第62話「同行」
仮面の魔術師が消えたあと、周辺の炎は
消え去り、淡々とした青空が広がった。
ルシウスとイングラムは互いの武器を下ろす。
「ルシウス、強くなったな」
「みんなと別れてから3年間も経っているからね。その間、兄さんに鍛えて貰っていたんだ」
「兄……か、確かルキウスさんだったか?」
「そう、ルキウス兄さん。マナ適性こそないものの、教え方は他の髄を許さないほどに上手かった。人の頭に手を当てて、どれほどの規模と出力かを“視る”ことによって自分がその能力を持っているみたいにわかりやすく教えてくれたんだよ」
イングラムはふむ、と言葉を漏らして腕を組む。自分には師匠と呼べる存在の人間がいなかったから、独自の解釈と持ち前の能力でどうにかしていたが、そのことを聞くと師を持つのもいい気がしてきた。
まだ自分の中で目覚めていない何かがあるのかも知れないし、それは身につけていく中で今後大きな力になるだろう。
「でも、その兄さんも2年前に置き手紙もないまま行方知れずになってしまって……僕はその間騎士警察の仕事をフリーで行いながら兄さんをずっと探しているんだ」
「俺たちと似たような状況だな」
「…というと、レオンさん関係かい?」
ルシウスはイングラムの瞳を覗くように
“視る”と、そう呟いた。
騎士は驚いて思わず声を漏らす。
「その通り、5年前に行方不明になったと聞いて、俺はしばらく一人であてもなく世界を回っていたんだが、ここ最近でルークやアデルたちと再会できてな、一緒に旅をしている最中だったんだが————」
「なるほど、二人とも戦禍の最中行方不明になった。ということか」
言葉を詰まらせるイングラムに代わり
ルシウスが変えの言葉をつむいでくれた。
「そういうことだ」
イングラムは落胆したようにぽつりと紡いだ言葉を溢した。
それを見かねたのか、ルシウスが友の肩に優しく手を置いた。
「大丈夫さ、君は一人じゃない。
一緒に戦ってくれる人が二人もいるじゃない。それに、イングラムくんは
ルークくんの最期を見届けたのかい?」
「……いや、俺たちはそのまま背を向けて逃げてきたからな…見たわけではない」
「なら、彼だって生きているかもしれないよ?死んだと決め付けるにはまだ早いんじゃないかな?」
ルシウスの言葉には確かな説得力があった。
イングラムは自分の目でルークがどんな結果をもたらしたのかを、あの魔術師からの情報しか持ち合わせていない。
あんな奴の言葉など微塵も信じる気にはなれないし、するつもりもない。
なら、友であるルシウスの言にすがった方が何倍も気分が楽になる。
そう思うと、自然と笑みが溢れた。
「そうだな。アデルはともかく、ルークはまだわからない。この目で見るまでは俺は諦めるつもりはない」
「……そうだ、アデルくんのことなんだけど、どんな最期だったの?」
一瞬背筋が凍えるような錯覚を覚えた。
しかし、ルシウスが意味もなくそんなことを聞くとも思えずに、イングラムは
その最期をルシウスに伝えた。
彼はそれを聞くと、顎に手を当てた後
こんなことを聞いてきた。
「辛いかもしれないけど、その直前と
直後のこと、鮮明に思い出せるかな……?」
「どういうことだ?」
「僕は“眼”がいいから。運が良ければ君の頭に手を置いてその時の記憶をビジョンとして共有できるんだ。言うなれば映画のワンシーンみたいな感じで見れるんだ」
「そんなことが可能なのか?」
「うん、出来るよ。僕はそういった能力も持ち合わせているんだ」
なるほど、とイングラムは溢す。
理屈は全くわからないが、共有してもらう
という点では言葉で長ったらしく語るよりも簡単で時間も多くかけなくて済むだろう。「頼む」とだけ言って
イングラムは目を閉じた。
「うん、それじゃあ失礼するよ」
ルシウスの手はとても暖かかった。
おかげで気分も不思議と落ち着いてきて、
当時の記憶を鮮明に脳裏に浮かび上がらせることができた。
「————」
ルシウスは言葉を発さず、ただただじっと
手を置いたまま集中していた。
無意識に心臓の音が早まっていく。
アデルバートが最期を迎えたところで
鼓動は最高潮に達していた。
「……くっ」
「大丈夫、もう少しだけ耐えて」
怒りを噛み殺しつつも、映像は無事に共有することができた。一生分の集中力を使ったようで身体から一気に力が抜けた。
「はぁ、はぁ————」
「ありがとう、辛いことを頼んでしまって
ごめんね。でも、一つだけ分かったことが
あるよ」
「……それは、一体?」
額に汗を滲ませながらルシウスの表情を
伺う。心なしか彼の笑顔はいつも以上に清々しく、そして眩しく感じたのだ。
「アデルくんは“生きている”」
「……なに?」
内心驚いていたというのに思わず
あっけらかんとした声が出てしまった。
本当に、どういうことなのか問いただしたい。
「うん、単刀直入かつ簡潔に言うとね
刺される前と刺された後のアデルくんの体内構造が異なっていたんだよ。
あれは……あの国独自の雪の性質によるものなのかな?そこまではわからなかったけれど、彼はそれを用いて身代わりを立てたみたいだね。」
「雪……身代わり、まさか————」
その二つの単語が点と点を結んで一つの結論へと至った。
そう、アデルバートがストロングベリーを探す際に一度イングラムに見せたあの
“雪分身”である。
「だが、仮に身代わりを立てたとして
どうやってそんな一瞬で移動したと言うんだ?」
「それも大方予想がついてるよ。
アデルくんも僕と同じ使い方をしたんだろうね。僕とは真逆のマナ性質の持ち主だし」
「……うん?」
「僕がさっきから相手の背後に急に瞬間移動したりするあれ…“探知移動”って言うんだけど、知ってる?」
聞いたことがある。
探知移動とは、対象の中にある物質を察知して瞬時に左右上下のどれにも高速移動することができる1種の技術のようなものだ。ルシウスが扱うのが火のマナなので
彼の場合、体温を感知してここまでやってきたということだろう。
「ということは、アデルは自分の分身を作り、その中にある
体液を目印にして入れ替わり、難を逃れたということか————」
「そういうこと、いつどこでその分身を準備していたのかはわからないけどね。
セリアさんも同じ理由だと思うよ。
それに、今のセリアさんが別人ということも、理解できた」
「ルシウス、なぜあの人が本人じゃないと
知っている……?」
「うん……?僕の眼の能力だよ。千里眼って言うんだけど、触れた人のことがわかるんだ。あの人の場合は単純で
その人の細胞などの一部を用いて外見だけ瓜二つにしている。っていうのがわかる。
もっと詳しく調べるにはさっきみたいにすごい集中力がいるし、目に大きな負担もかかるから極力使いたくないんだけどね」
「では……ルシウスは未来予知と真逆の能力を持っている。ということか」
「そうだね、他人の過去限定、本人の同意
あっての能力だけど、使い勝手は悪いよ。
疲れるし」
ふぅ、と息を吐いて目を押さえ込む。
目の酷使が応えているようだった。
ルシウスはゆっくりと空を仰ぐように顔を向ける。
「ただ遠くを見るだけなら目を見開くだけでいいんだけど、人の中身となればそうはいかない。触覚以外の感覚を全部目に移さなきゃいけないから、侵入には手間取るんだよ」
「なるほど、納得した。余計な労力を使わせたな、すまない」
「ううん、大丈夫大丈夫。おかげでアデルくんの生存もほぼ確実になったし……」
そうだな、とイングラムはそのばにすわりこんで空を仰ぐ。
美しい青空と緩やかな風が白い雲をゆっくりと動かしている。
心が緩やかになる光景だった。
「本物のセリアさんも、きっとアデルくんの側にいるんじゃないかな?」
「うん…?どうしてそう思うんだ?」
「君から手を離す時、つい最近のビジョン
が見えたんだ。シャボン玉みたいな泡の中に
セリアさんの髪の毛が見えたから、きっと
アデルくんはそれを媒体としてセリアさんの
分身も作りだしたんじゃないかな?」
「なるほど…それを聞いて安心したよ。
二人とも無事なんだな。」
「多分ね、どこに避難したかはわからないけど……」
「ルシウスがここに来たのは、あの怪物を捕まえるために?」
「いや、本当ならスアーガに真っ直ぐ向かうつもりだったんだけど、途中で何かに
“視られた”ような気がしてね。僅かに残った残滓を頼りに瞬間移動してきたんだ。
もしかしたら悪いやつに見られたかもしれないけれど、おかげで君にも会えたしね」
そう言うと、ルシウスは目の負担が柔らいだのか、目元から手を離して改めてイングラムの方を向いて微笑んだ。
「ルシウス————」
「君の言いたいことはわかってる。
レオンさんを探しにいくんだよね?
僕にも協力させて欲しい」
それすらも見透かしたようにルシウスは言葉を紡いだ。先程から驚きを隠せないが、イングラムは穏やかに笑った。
「兄さんの捜索も兼ねて、道すがら一緒に行動していけば、自ずと会う可能性も高くなる。それに、強敵が出てきた時は
みんなで協力すればきっとどうにかなると
信じてる。だから一緒に行こうよ。イングラムくん」
彼は太陽を背にしてイングラムに手を差し伸べた。
その笑顔は太陽に匹敵し、万民の心に希望
という光を灯してくれる正義そのものだ。
「あぁ……いこう。みんなが待っている!」
イングラムはルシウスの手を握りしめて立ち上がる。二人は無意識に頷き合って
今彼らを待ってくれている者たちの元へと足を進めていく。
レオンと兄を探すため、協力し合うことを誓うのだった。