第59話「レディース・ファースト」
「リルルちゃんは俺が貰う!
お嬢さん方を峰打ちで倒して、イングラムくんを倒して旅のお供にするんじゃ!」
「セリアさん!絶対阻止しましょう!
イングラムさんなら許してくれるはずです!」
そうだ、イングラムがここにいたのならば
リルルを身を呈して守るだろう。
ならクレイラたちは、彼の代わりにその役目を果たすまでだ。
「とうっ!ロリコンパワー!」
最初から底力を出しながら突撃してくる
ユーゼフ。
それを、レベッカは前に出て迎撃した。
全方位に揺れる地面に直感で合わせて揺れ
立っている時と同じ感覚を以って
血の剣を振るった。
女性の手から放たれた一撃は、一瞬にして極光の如き赤を帯びてユーゼフの猛攻を防いでみせた。
「ロリコンが!俺に力を与えてくれる!
ふんぬぅぅ!」
「なんて剛力なの……!?」
ただの戦斧が、極光と拮抗している。
粉々に砕けるわけでもなく、刃こぼれしまくって機能しなくなるわけでもない。
ただ彼の意思のみで、斧を斧たらしめんとしているのだ。
「レベッカ様!」
空中から声が轟く。ユーゼフは視線のみをあげ、その主人をみた。セリアだった。
「ていやぁ!」
業火を片足先に集中して急降下しながら
ユーゼフの戦斧を蹴る。
が、頑丈すぎるゆえに、弾き飛ばされてしまった。クレイラは身体を空中で反らせながらレベッカの隣に着地する。
「あちち……あれを耐える斧ってどんな材質なんですか!普通熱波に耐えきれなくて溶け出すはずなのに!」
「レベッカさん、今度は私が空中から
行きます。もう一度あの男の動きを見ないと」
「わかりました。
ではお願いします!」
レベッカは空中へと飛んだ。彼女の為に氷の足場を飛ぶ先々に出現させ、ユーゼフの真下まで移動した。そして、エネルギーを集約し始める。
「お姉さんの恩知らず!オラァ!」
「しつこいですよ!」
地上ではクレイラが迫りくるユーゼフに対抗していた。右手はレベッカに向かせたままで左手をユーゼフに突き出す。すると、木々をなぎ倒し吹き飛ばすほどの小規模かつ、高出力の風が手の平から放出された。だが蟹男は吹き飛ばされることはなく、両足をしっかりと地面につけたまま踏ん張っていた。
「うそぉ!?」
普通なら肉体すらカマイタチで切り裂かれるが如く細切れ肉と化すのだが、この男にはそんな普通とか常識とかそういうお約束とか当たり前とかが通用しないのだ。今までの彼女の「普通」が覆された瞬間だった。
「————リィ!」
戦斧をボウガンに武装変更し、ユーゼフは荒れ狂う台風の中を幼女パワーで耐える。何重にも重なる風のせいで標的をほぼ捉えられない中で正確無比に弾丸を装填しクレイラの手のひらに向けて撃ち込んだ。
弾丸は風向きを無視して直進してくる。
「甘いですよ!」
荒れ狂う風に加えて、氷の息吹が加わり
吹雪の如き悪天候のような物がユーゼフのみを襲いかかる。弾丸は寸前で凍りつき、吹き飛ばされて撃った本人の鎧の頬を掠めて空へ飛んでいった。そして、猛吹雪はユーゼフの四肢を徐々に凍てつかせていく
「ふぉぉ……冷てえ、高速ゴマスリスリしてぇよぉ!」
そして数分後、雪だるまになった。それを見計らってレベッカは急降下しながら最大出力の極光にも似た膨大な血のエネルギーを集約して、それを振り下ろした。
「せぇぇい!」
流石のユーゼフも避けることも出来ず
反撃も出来ずに自分に向けられた一撃を脳天に受けた。金属のような鈍い音が響いて、そこからヒビが入ってピキピキと音を立て始めた。
「あれ……これはまずい状況ではないでしょうか。もしかして殺人罪で起訴されるとかないですよね!?」
「大丈夫でしょう」
やれやれといった表情でその場にへたり込むレベッカ。リルルは駆け足で二人の側に飛んできた。
「お姉ちゃんたち!大丈夫?」
「うん、ありがとう。なんとかなった……ふぅ」
「……今のうちに行きましょう。イングラム様たちに何かあったのかもわかりませんし……あれ?」
「あ……」
ヒューマノイドがいなくなっていた。
ユーゼフに集中しすぎて、あのUMAを
捕縛し続けておくための意識が及ばなかったのだ。必死に逃げたのだろう、涙の後が地面に残っている。
「……どうするの?仲間を呼ばれるかも」
「あの蟹さんよりは早く終わるでしょう。
多分」
今回の戦いで常識が覆されたクレイラは
断言するのをやめ、多分をつけるようになった。
「さぁ、行きましょう」
「待てぇい!」
おかしい、頭の先から足の小指の爪先までの全部を凍りつけにして動けなくしたはずなのになぜあの男の声が聞こえるのか。
「うぉい!兜弁償せぇや!割れたじゃないか!」
レベッカはリルルをクレイラに任せて
振り返った。四肢と首から下は全て凍っている。が、顔だけは溶けたのかなんなのかわからないが無事だった。
「えぇ……なんで呼吸できてるの?ていうか意外とハンサムね」
「え?あ、ありがとう。いやそれはまあいいよ!兜どうしてくれるんだ!」
満更でもなさそうに顔を赤らめて照れてからの怒り。喜怒哀楽が豊かである。
「どうしてくれるって……どうもしないわよ。というか、あなたが私たちの邪魔をしたんでしょ!払う義理はないわよ!」
いってしまえばまだこの男は、リルルを誘拐しようとしたのだ、罪が一つ増えたことになるのだが、全く気にしていない模様。
「あるっ!リルルちゃんを渡してくれたら
まあ譲歩してあげようじゃないか!美人さん!」
「レベッカよ」
「レベッカ!なんだか全身が激痛で動けないんだけど、あなたの剣のせい!?」
その通りだ、生命活動が止まぬ限り
彼女の血の剣の一撃を受けた者は内側から激痛が走り、動くこともままならなくなる。のだが、凍っている影響なのか、顔だけ無事なせいなのかは不明だが、全くそんな感じには見えない。
「そうよ、でもあなた、私の剣が効いてる気がしないのよね。本当に人間?UMAなんじゃないの?」
「ちがわい!俺は正真正銘!地球出身のユーゼフ様だ!」
「あ、そう。それじゃあ私もいくから」
もう相手にしているのも疲れた。
レベッカはユーゼフを背にして歩き始める。が、後ろからメキメキと音が聞こえてくるのは幻聴だろうか。
「ロリロリロリロリ」
その言葉が放たれる事に、氷が割れていく音が増えていく気がする。
彼が凍りつけにされた影響なのか、背中にぞくりと寒気が襲ってきた。
嫌な予感がレベッカの頭の中でイメージされてしまう。
「リルルちゃんはぁ……!俺のもんだ!
勝手に手を、出すなぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
蒼き蟹は咆哮して、凍り漬けの状態をブチ破った。両腕を大きくあげ顔は空を見上げ
果てまで声を轟かせる。
驚いて振り返ると、ユーゼフの状態に思わず声を荒げた。
「嘘でしょ!?氷ごと弾き飛ばすなんて……規格外もいいとこよ!それに、私の剣の影響が消えてるなんて!」
「ふぅ…やっと動けるようになったぜ…
まあ、たかが3分ちょいだったけどね!」
呆れを通り越して最早諦めた雰囲気を出す
レベッカは思った。
この男には何をしても通用しないのではないかと。
「さぁて、レベッカを倒してセリアさんに口づけして、リルルちゃんをお嫁にもらう!はっはっは!」
同じく凍っていた戦斧を手に取ると
氷が弾け飛び、先程と同じように普通に振るうことができるようになった。
「ちぃ……しつこいなぁ!」
レベッカは再び鞘から剣を抜き
ユーゼフに鋒を向けた。
「おらおらおら!いくぞいくぞいくぞぉ〜!」
「はぁ、こうなれば身体潰されるの覚悟で
時間稼ぎするしか————」
「————いや、あなたがそこまでする必要はありませんよ」
上空より聞こえる穏やかな男の声。
全てを優しく受け止めるような安心感が
レベッカを包み込んだ。
「ユーゼフくん、相変わらずやんちゃしてるみたいだね。少し落ち着いたらどうかな」
蟹男の名を優しく呼び、静かに論する青年はそう言ってレベッカの前に降り立った。
美しい黒髪と煌びやかに舞うマント、そしてその身を包み込む黒と銀の軽装。腰元にあるのはレイピアのような細い剣。背中には何も入っていない矢筒があった。
「……あれ、なんでここに?暇潰しにきたの?」
「いや、これも立派な任務だよ。
UMA退治という名のね。意志を持ったフライングヒューマノイドがこの辺りに出現したって友人から聞いたんだ。でもまさか、君がいるとはね」
どうやらユーゼフとは知己の間柄のようだ。レベッカは置いてけぼりになりながら
青年の方を見る。
(かっこいいなぁ)
「ダメ!俺の依頼だ俺の依頼だ俺の依頼だ!」
「ははは、確かに先約があるとは知らされてなかったな。それで、誰からの依頼かな?」
青年は笑顔で問いを投げつける。彼はユーゼフが連呼していた【俺の依頼】という単語を聞き逃さなかった。
「え、ギルド」
「うん、どこのギルドかな?僕に教えて?」
「……ふ、普通の」
「じゃあ問いを変えよう。
それは正規の依頼?それとも裏かな?」
「————っ」
ユーゼフは言葉を詰まらせた。
そして青年は真っ直ぐに相手の目を見た。
彼の目は動揺しているせいで、キョロキョロと泳いでいる。
「ふぅん、なるほどね。教えてくれてありがとう。今回は友人として目を瞑ってあげるから早く家に帰った方がいいよ」
「え……」
「君にはいくつもの罪状がかけられている。身寄りのない幼い女の子を誘拐したり
国の兵糧を丸々一人で食い荒らしたり
新種と謳われる生物を無許可で狩ったり」
ユーゼフは戦慄した。
彼の笑顔こそ太陽のように眩しいが
単語の一つ一つに抑揚がないのである。
これは、彼なりの警告の仕方なのだ。
「正直言って、今捕まえることもできるんだけど、君は素直に捕まるタイプじゃない。だから、執行猶予をプレゼントしよう。そぉれ」
笑顔で何かを投擲する青年。ユーゼフはそれをローマ字のCの形で避けるが、それは追尾式だった。ユーゼフの耳の中のうず巻き管にピタッと張り付いた。
「ひぇぇ!なんか耳に入ったぁ!!」
「うん、入れたよ。内蔵式監視カメラ。
悪さをすれば耳の中で大音量のサーカス。
近くの竜騎士機動隊の人達がそれを聞きにいく観客になるスペシャルなものさ」
「ひぇぇ!怖い!どうにかしてぇ!」
「うん、人体に害はないし
時期が来るまで大人しくしていれば無くなるから大丈夫。だからねユーゼフくん。」
ユーゼフが瞬きをした刹那、かなり離れていた青年が目の前に現れて笑顔でユーゼフの肩にポンと手を置いた。
「もう、悪さしたらダメだよ?」
本当に本当の最後の警告。
マジだ、と受け取ったユーゼフは
身震いしたままどこかへ飛んで行った。
「あの……すいません」
「あぁ、大丈夫でした?彼なかなかの手練れだから苦労されたでしょう?」
見送った後の青年の表情はとても穏やかだった。レベッカはまたもや安心感を覚える。
「いえ、私の仲間が一緒に戦ってくれたので……」
「そうですか、お怪我がなくて何よりです」
相手の身体を笑顔で気遣う青年は、レベッカの背後へ続く道の地面を見ていた。
(誰かが通った後、足跡が合計5つ。
そのうちの一つが目の前にいる子の女の人か。そして、二つのマナの残滓を感じられる。一つ目はともかく、もう一つのマナは一体…)
青年は少し睥睨したあと、すぐ笑顔に戻り
レベッカの表情を伺った。
「どうされました?」
「あの、名前を教えてくれませんか?」
「僕ですか?ルシウス・オリヴェイラ
ただのマナ使いです」
ルシウスと名乗った青年はよろしく
と言いながら握手を求めてきた。