第54話「リルルとレベッカ」
(ルークの知人か?)
イングラムは観察するように
レベッカと名乗った女性を見た。
纏っている雰囲気と、ルークの性格を照らし合わせてもみたが、どう考えても相性がよろしいとは思えない。
「なにジロジロ見てるんですか。
というか、イングラムさんであってますよね?質問に返答してもらってもいいですか?」
「……その通りです。俺はイングラム・ハーウェイ。ルークは俺の親友ですが、今は別行動をとっています」
「————」
その返答を聞いた彼女はこちらを睥睨した
別に好きでそうしたわけではない、あの時はそうせざるをえなかったのだ。
「そうですか……」
そう呟くと、今度は値踏みするように
こちらを観察する。
視線はリルル、そして、セリアに変身したクレイラ。そして最後にイングラムを
捉えた。
「ドン引きですね」
「えっ————」
思わず口からそう漏れた。
何を思ってそう言ったのか全く持って理解できない。が、大体の予想はつく。
少女と女性を引き連れているのだから
考慮しなくとも愛人関係とその子供認定されているのだろう。
「レベッカさん、何かあらぬ誤解をしているようなので一応弁解しておきますが」
「結構です愛人家殿。
まさかソルヴィア最強の騎士がこんなふしだらな男だったとは思いませんでしたよ。」
普通ならば激昂するところではあるが
イングラムはその手の煽りには慣れていた。穏やかな表情を浮かべて、笑顔を見せつける。
「こちらの事情を聞こうともせず
一方的に決めつけるとは。
ルークも大概な知り合いをお持ちのようで」
クレイラはやりとりを聞きながら事情を察したのか、リルルの肩を両手でポンと叩いて、向こうへ行こうと連れ出そうとし始めていた。
(機転が効くなぁ)
まあ、相手が一方的なだけで
イングラムにとっては赤子を相手にするような物。彼にとってあの程度の煽りは、子供の煽りにしか見えないのだ。
だから平然としていられるし、冷静に言葉を選ぶことができる。
「……っ、ルークは関係ないでしょう!?」
「おや?そちらが先にルークの名を出したのでしょう?発言した言葉を無かったことには出来ませんよ?それくらい理解しているはずですが」
「————」
この女、レベッカの煽り耐性は紙だった。
二言目を言い放った瞬間に、腰元に手が伸びていて、表情には怒りの文字が浮かび上がってくる。それを手元の剣に乗せて一刀の元に断ち切るつもりなのだろう。
カチャリ、と鞘に手をかけた音がした瞬間にリルルがばっ、とイングラムの目の前に出てきたのだった。
「リルル!」
「!?」
レベッカは思わず躊躇しながら剣を握るかけていた手を離す。イングラムも彼女がリルルごと斬るのではと焦ったが、そんなことはなかったようで安心した。
「危ないだろうリルル。ここから離れるんだ。クレ……いや、セリアさんのところにいなさい」
「うん、わかった。でもね、お姉ちゃんに一つ聞いておきたいことがあったの」
「な、なによ……」
リルルはじっとレベッカを見つめたまま
歩いて距離を詰めてくる。
その並々ならぬ圧力にレベッカは思わず
身構えたまま警戒を解かない。
「お姉ちゃんは、剣士様の彼女なの?」
「剣士様?誰よそれ」
リルルは常日頃から男性陣に対して名前ではなく見た目で呼び名を決めている。
だからレベッカは、その剣士様がルークのことだというのは知らなかった。
「ええとね、ええとね……そう!ルーク様!」
「なっ————!?」
レベッカの顔は赤鬼のように真っ赤になり
蒸気機関車のように蒸気のようなものが出てきていた。
イングラムも構えていた手を元に戻して
興味深そうにレベッカの表情を伺った。
これまで、ルークがセリアに対して抱いていた感情を思い出していたのだが、セリアは一向にルークを“患者”としてしか認識していなかった。それでも諦めないのは、
彼が一途だからだろう。
それに加え、今目の前にいるレベッカの感情はルークがセリアに対して抱いていた感情そのものだった。
(面白いことになってきたぞこれは)
これはまさしく、三角関係というやつだ。
顎に手を当てて内心ガッツポーズをする
イングラム。
この場にルークがいたら、一体どんな反応をしたのだろうか。
いいよ〜
笑顔で握手をして、抱擁するルーク。
いや、俺には好きな人がいるんだ。
ここにいる、セリアって人なんだけどね!
俺の命の恩人ですぞっ!!!
クレイラに肩をポンとやって
ニカッと歯を見せるルーク。
ふっ、そういうのに興味はない。
サラダバー!
背中で語り、飛んでその場を去るルーク。
様々な反応が脳内で再生される。
これはこれで愉快だったので
ためにし少しいじってみることにした。
「ほぉ、なるほどこれはこれは失礼した
レディ・レベッカ。ルークの恋人とは
梅雨知らず。俺は無礼な態度を
取ってしまっていたようで」
紳士的にご挨拶をして、ちらりとレベッカの顔を伺う。
「こ、恋人なんかじゃ……ないんだから!」
(ツンデレだぁ、典型的なツンデレキャラだこれは)
と、そこにセリアに変身したクレイラが
ルンルンスキップでレベッカの肩へ手を乗せた。
「恋話ですか!?悲恋物語ですか!?」
「悲恋じゃない!!!!」
クレイラがぐいぐいレベッカに食いついてくる。心なしか目をキラキラさせているような気がした。好物なのだろう。何を隠そうイングラムもその一人だった。
騎士も、レベッカの肩に手を置いて
ちらりと視線を投げる。
「なに、恋の相談でしたら俺がレクチャーの一つや二つ、ご教授しましょう。同期のあいつは散々失敗しまくりましたが、あなたならそんなヘマはしないと思っています」
ズンッ、と重たい一撃がイングラムの腹部に衝撃となって襲ってきた。
それはクレイラも同様だった。
「余計なお世話ですっ!!!」
剣をいつの間にか抜いていて、柄頭で
思い切りどつかれていたのだ。二人は凄まじい威力に思わずお腹を抱えて倒れ込む。
「騎士様!!お姉ちゃん!!」
リルルは駆け寄って、両手でお腹を優しくさすってくれた。しかし、痛みは一向に引かない。
「は、腹がぁ……」
「ふぐぅ〜っ!!」
クレイラはもう泣きそうな顔をして
声を殺して嗚咽を漏らしているのがわかった。この女性の剣は何か特別性らしい。
「レベッカお姉ちゃん酷いよ!騎士様とお姉ちゃんはお話ししたがってただけなのに!」
「えっ……だ、だって!
あんな風に言われたらカッとなるに決まってるじゃない!」
「自分の気持ちに素直にならない人は
嫌われるよ!」
レベッカの頭の中の硝子が一気に崩れ去るような音がした。リルルの「嫌われるよ」
が何十回もエコーがかりで再生される。
「うっ、それは嫌……!」
(もしかしてこの人、もうその性格がルーク本人にバレているのではなかろうか)
(失恋より惚気の方がいいよぉ〜
レオン……お腹痛いよぉ〜)
蹲りながら両者は勝手なことを思っていた。レベッカが謝りながら手を貸す様子はなさそうだ。このまま痛みが引くのを待つしかないのか。
「あ、お二人とも、私に謝らなければそのダメージは消えませんよ。そういう類の剣ですので」
自分から吐露しましたこの女性。謝罪しないと治らないとは如何なる性質の剣なのか。ものすごく興味を惹かれるイングラムなのだが、好奇心よりもダメージの方が大きいらしく、声もまともに出せない。
「レベッカお姉ちゃん……」
「な、なによ……じろじろ見ないでくれる?」
リルルはレベッカに近づいて精一杯の怒り顔を見せる。
「え?な、なに?」
リルルは怒っている。怒っているのだが、子供のやることに理解が及んでいないのだろうか、レベッカの頭部には疑問符が大量に浮かんでいる。
「あの……私、この2人にしか手を出してないんだけど?」
柄頭の一撃で昏倒させるくらいには凄まじい威力なのだ。悶絶するくらい痛い。
「ダメ!!剣士様に言いつけてやるんだから!ぷいっ!」
その一言で、レベッカの脳内にある方程式が立てられた。
剣士様とは、リルルにとってのルーク・アーノルドである。
言いつけてやるとは、今さっき起きた現状のことを包み隠さずルークに曝け出すということである。だが、それで=にはならない。
「リルルちゃん、そんなこと信じてくれないわよ。何より、証拠がないもの」
「?電子媒体のね、記録が勝手にされてたの。見てみてお姉ちゃん」
そこにはイングラムとクレイラが肩を置いて
言いたいことを言った後に、腹部に攻撃を加えるレベッカが鮮明に、これでもかと映っていた。それを見せられた途端に
方程式の=に答えが記入されたのだ。
嫌われてしまう
と
先程まで赤かった顔は今度は真っ青に
大変身して、リルルに謝罪の意を示した。
「ごめんなさい!貴女の騎士様とお友達を
怪我させてしまって!だからお願い、その映像を消してくれないかしら……」
「……お姉ちゃん剣士様に会いたいんでしょ?なら、旅のお供になってくれる?
そしたらきっと会えると思うの!」
「旅の……お供!」
レベッカの中でまた別の方程式が組み立てられた。
イングラムたちと同行するということは
=ルークに会う確率が高くなる。
ということである。
「OK!いいわよ!レベッカお姉さんに任せなさい!さあ二人とも!先程はごめんなさい!立てますか?」
レベッカは意気揚々となって手を差し伸べる。そして顔だけはリルルの方を向けて
「動画消してね!?」
「見て見て!消したよ!」
ほっ、と胸を撫で下ろしたレベッカは
謝罪をした影響からか、2人はむくりと立ち上がってお腹をさする。
「どういう原理なんです?これ?」
「なんともなくなった……」
「いや、この剣の機能というか…なんというか…、詳しく説明しますね?ええと————」
レベッカが2人に仕組みを説明している間に、リルルは消去項目から映像を復元
それを複製していた。
リルルの顔は見たことのない悪い顔(計画通り)をしていたのだが、三人がそれに気付くことはなかったのであった。