表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/172

第53話「クレイラの得意技」

「「「ご馳走様でした!」」」


三人は手を合わせて大地の恵みに感謝した。お腹がいっぱいになると眠くなるのが

人間だろう。リルルは少しうとうとし始めている。


「こら、リルル。お昼にはまだ早いぞ、少し歩いてならまだ分かるが、ねぇ?クレイラさん」


「すぅ……すぅ……」


イングラムは眉間にシワを寄せてクレイラを睥睨した。彼女は座りながら頭をこくこくと動かしている。


(何故寝る)


クレイラの肩を掴んで優しく揺らす。

もぞもぞと言葉を溢してはいるものの

彼女は起きる気配がない。


「見張りを続けていたおかげで眠くなったのか……?」


だとしたら、申し訳ないことをした。

誰にとっても疲労は大敵だ。

今イングラムは無理にで彼女を叩き起こそうとしたのだ。自分も寝起きとはいえ、酷な事をしてしまったと反省する。


「リルル、少しお休みしようか。こっちにおいで」


「ん〜?」


イングラムは寄ってきたリルルを抱き抱えて自分の膝の上にリルルを乗せた。


「さあ、少しだけお休み」


優しく頭を撫でて、父親のように

言い聞かせてやる。すると、嘘のように瞳を閉じて寝息を立て始めた。


(さて、セリアさんの件を

どう伝えるべきか……)


イングラムはただ一つ浮かぶ絹玉を見つめる。中身のないただの絹玉だが、昨日まではセリアがあそこにいたのだ。

アデルバートの相棒ともいえる存在の彼女がなぜ突然髪の毛のみを残して消えてしまったのか。それを目撃さえしていれば、どうにか策は立てられただろう。

しかし、実際に見たのはクレイラだ。

イングラムは証言を元に言い訳を考えなければならない。


(といっても、あれじゃあな……)


上半身をゆっくりと動かして

なるべく広い視野で見るようにする。

でも、何もわからなかった。

クレイラは寝ているし、動こうとしてもリルルが乗っている。

下手に動けば目を覚ましてしまう。


「仕方ない、仮眠を取ろう」


考えていても仕方ない。

動くこともできないなら、はっきりとしない意識に身を委ねて寝てしまえばいい。

そうすれば、次に起きた時は目覚めがいいはずだ。彼は決意すると、瞼を閉じたのだった。





それからしばらく経ち、時刻は正午となった。イングラムが目を開けると、クレイラは最後の絹玉に手をかけていたところだった。


「あ————!」


「シッ!大丈夫。この中にいた人のことでしょう?私に考えがあるの!この中の髪の毛を私にくれないかな?」


クレイラは人差し指を口元に立てて言った。リルルを起こさないためだろう。

そしてイングラムは、今の発言に疑問符が浮かんだ。一体どういうことなのか、まだ寝ぼけているせいで思考が定まらない。


「まあ見てて」


クレイラはセリアの毛を摘み取ると、それを身体に取り込んだ。それも躊躇いなくだ。彼女は両手を胸に当てて静かに瞳を閉じると、身体から光が溢れて身体の構成はみるみると変わっていき、イングラムもよく知っているセリアの姿へと変わったのだった。まるで変身する女の子ヒーローのようだ。ルシウスならそう言うだろう。


「はぁ!?」


「おほん、イングラム様。リルル様、セリアと言います。なぁんてね、どう?瓜二つでしょ?」


にっこりと、セリアに瓜二つに変身したクレイラは笑いながらそう言った。

声のトーンや間、仕草など

全てイングラムの知っているセリアのものだった。


「これ、私の得意分野なの!」


セリア、もといクレイラはひらりと身体を回転させて、喜怒哀楽の表情を見せた。


「いや、笑顔はよく見ますけど、他の顔は見たことないですね。でも、笑顔は本当にそっくりです」


「本当?よかった!これでリルルちゃんも喜んでくれるね!」


ですます口調ではないセリアに物凄い違和感を感じるイングラム。

いくら変身しただけとはいえ、これは凄すぎた。誰がどう見てもセリアなのだから。


「騎士様……?」


「あぁ、起こしたか……ごめんなリルル」


「ううん、大丈夫————あれ?セリアお姉ちゃん!?」


「おほん。リルル様、目が覚めたんですね。おはようございます」


咳き込みをしてクレイラは彼女の口調で

リルルに笑顔を向けた。


「どこいってたの!お怪我してたのに……もう平気なの?」


(……怪我?あ、確か怪我してたんだっけ……)


クレイラの顔から汗が吹き出してきているのが目に見えた。さすがに他人の記憶までは取得できないらしい。

いや、吸収させた質量にもよるのだろうか。


「はい、イングラム様のおかげで

どうにか歩くことができるようにまで

回復しました。」


クレイラがこちらに視線を向けてくる。

イングラムは小さく相槌を打つ。


「クレイラお姉ちゃんは?」


「「————!!!」」


さすが、子供の第六感は鋭い。

セリアは大慌てで汗をかきながら


「ええと、クレイラ…様は確か

用事があるとか仰っていました。

リルル様を起こしたくない、とも」


「ふぅん……」


そのふぅん、ほど怖いものはない。

リルルはおそらく感づいている。

その証拠にクレイラ(セリア)をじぃっと

見つめているのだ。しかも目を細めて


「リルル…セリアさんが困ってるだろう。

なんでそんな顔をするんだ?」


膝枕中のリルルは顔を上げて一言言った。


「だって、なんか変なんだもん」


なんか変なんだもん


クレイラの心に目に見えない鋭利で深い槍が良心に突き刺さる。

良かれと思ってやったことなのに、なぜだか悪い事をしているような気さえしてくるのだ…。それに、セリアが多分しないであろう行動を目の前でしているのだから

怪しがりもするだろう。


「まあ、まだ本調子じゃないんだろうさ。

さあリルル、出かけるぞ」


「……うーん、わかった。お姉ちゃん!よろしくね!」


「え、あ、は、はい!」


まだテンパる。イングラムはリルルを下ろして立ち上がり、クレイラの元まで駆け足で向かい耳元でささやいた。


「いきなり怪しまれてるじゃないですか」


「だ、だってえ……記憶とか取り込んだものが小さすぎて全部拾えなかったんだもん……」


クレイラも小声で応答する。


「そこは俺に合わせて、今はセリアさん

として動いてください。あと戦うの禁止」


「えぇ!なんでだよぉ!」


唐突に大きな声をクレイラは出したので

イングラムは驚いて口元を押さえ

リルルを見やる。彼女は向こうを向いて

大きく伸びをしているところだった。


「お馬鹿!そんなことセリアさんは言いません!」


「お馬鹿って言った!酷い!」


「酷くないですよ、あなたはリルルの為に変身してくれたんですから、俺も可能な限り協力したいんですよ。わかってください!」


うるうると瞳に涙を溜めて顎を引いている

クレイラ。ちょっと可愛いとも思ったが

その感情を必死に押しとどめる。


「わかった、ありがとう協力してくれて」


「ええ、どういたしまして。それじゃあ行きましょうか、クレイラ」


肩をポンポンと叩き、イングラムは

リルルの方へ駆け足で向かっていった。

クレイラは口元を手で隠して驚いている。


(い、今呼び捨てした……?????)


クレイラは少し機嫌がよくなり

同じく駆け足でリルルの元へと向かっていった。






「さて、どこに向かうか……」


「ここから北に帝国スフィリア。

西にスアーガ王国があります。

移動するのならば、このどちらかがよろしいかと」


「そうですね……」


じゃあここに行こう!

と多数決で決められるようなものではない。

この国二つはとてつもなく強力な国だと

知っているからだ。


砂漠の帝国スフィリアは、神帝ペーネウス王子が治める難攻不落の国。過去数多の軍勢や怪物が襲ってきても、その王子が一撃で屠ったとも言われている、そもそも、入れてもらえるかすら怪しい。踏み入れた瞬間にズドン!と天撃が振り下ろされるかもわからない。


そして、西方にあるスアーガ王国は人類が

かつて踏み入れたことがない未開の国として名を馳せている。

その国の王が酷く人間嫌いで、入ろうとした瞬間に亜人や獣人が槍を向けて突撃してくる始末だそうだ。おかげで、今まで他国と外交したことがないのだとか。


「うーむ……」


「どうしましょう……どちらも危険な国には変わりありませんが、じっとしているわけにもいきません」


クレイラの言う通りだ。ここでじっと悩んでいても、何も変わりはしない。イングラムはリルルを見やる。彼女は地図を真剣に眺めていた。一度聞いてみようか、そう思いイングラムが声をかけようとすると————


「動物さんの国に行きたい!!」


イングラムとクレイラは顔を見合わせた。

あの国は下手をすれば殺されかねない。

危険と隣り合わせなのだ。

危機として受け取らないのは、幼さからくる純粋さゆえだろうか。


「どうします?」


「どうしましょう……」


「動物さんみたい!」


動物園じゃないんだから、という突っ込みは心の中で炸裂した。

実際にやったら、多分泣かれる。


「あの————」


と、この場の誰の声でもない声が

後ろから聞こえてきた。三人は振り向く。


「あなたが、イングラムさんですか?」


イングラムとクレイラは顔を見合わせて

リルルは首を傾げた。


「あの、初対面のはずですが……?」


くるりと巻き上げられた短髪に

綺麗な瑠璃色の瞳を持ち軽装に身を包んだ女剣士がそこに立っていた。


「あ、ごめんなさい。私、レベッカと言います。ルーク・アーノルドを知りませんか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ