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第49話「大地を飲み込む天嵐」

コンラの大地は大きな揺れを起こしながら

波を立てて移動し始めていた。

白い国の移動する周期が、今日この日だったのである。


「さて、ようやく二人きりになったな。

襲いに行けるなら襲ったんだろうが、その瞬間に俺がお前を斬るってわかってたんだろ?」


ニヤついていた能面は真顔になった。

どうやら図星らしい。人間の言葉がわかると、表情で判断できるから便利だ。


「おやおや、大当たりのようで。けどまあ、どうあれお前を斬る事に変わりはない。今日ここでお前の命運を断ち切ってやるよ」


放出している二つの戦意が、コンラに降り注ぐマナに呼応して深緑に光り輝く。

それは静かな渦となって、ルークに優しく降り注ぐ。


「……独りで心細いはずなのに、どうして落ち着いているんだろうな、俺」


目蓋を閉じて深く深く深呼吸する。死臭ではなく、綺麗な空気がルークの気持ちを穏やかなものにしていた。


「行くぞ能面野郎!」


叫んだルークに向かって浮遊しながら突貫する怪物。赤い布の隙間から黒く浸食した触手を顕現させ、それを鞭のように振るう。


「甘いっ!」


軌道を予測し、あらゆる可能性を考察し

身体を反らして剣を振るう。黒い触手は断ち切られ、墨汁のような色をした血液が勢いよく吹き出した。苦悶の声をあげる怪物は後退するが、ルークは休ませてやるつもりはない。


「刃風・三烈牙!」


迫りくる触手を、一撃の攻撃で防いだ。

そして切断されるような衝撃が二度、一つは動きを制止させ、一つは触手を両断した。


痛みに耐えかねた赤子のようなわめき声が

コンラに轟き、耳をつんざく。


「ちっ、うるさいなぁ!可愛い赤ちゃんを見習えよ!」


ルークは跳躍しながらわめき声の範囲外へと脱出した。空中に浮いている間、敵がどのような攻撃を繰り出してくるのかを思考、観察する。


(気持ち悪っ)


その一言が頭の中に大きな壁として立ちはだかる。邪魔になるので頭を横に振って思考を切り替えた。すると、視線の先には

奇行にも等しい行動を怪物は行っていた。

無事な方の触手で、倒れている無数の兵士たちを一気に引きずり寄せて、おそらく下半身が隠れているであろう布の下に引き摺り込んだ。小枝が一気に何百本とへし折れるような音が聞こえてくる。

音源が一体何なのかは、想像に苦しくない。


「おいおい、見た目だけじゃなく食欲もイカれてるのかあいつは!」


能面の方から喰らう、という予測は外れたが布の下はモゾモゾと動いている。

未だ食事中なのだろう。成人男性数人分一度にを平らげている最中なのだ。動きは鈍重になっている。はずである。しかし、予測不能の攻撃を仕掛けてくる可能性も高い。ルークはそう判断して、空中で剣を鞘に戻し、双眸で怪物を捉えた。


「刃風・風雨!」


剣を抜くと同時に出現したのは深緑の光針。マナで編み上げた氷柱のような形をしたそれは、ルークの放出している風を受けて先端が怪物の方へ向き、一直線に飛んでいく。簡単に言えば、撃った後も向きを変えられる矢のようなものだ。

これは一気に発射するのではなく、一つ一つ時差的に遅れながら飛んでいく。

故に持続的なダメージが期待できるのだ。


「————」


次々と全身に突き刺さる深緑の氷柱、それを防御すらせず、食事を淡々と続ける。

能面だけは、ルークをずっと見ていたが


(やっぱり気持ち悪っ)


距離を置いた着地しても、やはりその印象しか残らない。初めて会った時から、心の底から気持ち悪いとしか感じなかった。恐怖心なんて上の空。


この怪物には全人類が嫌悪する全てが凝縮している。見た目だけなら、まだ何かの舞台演劇の一つとして受け取れるだろう。しかし、この不規則な動きと不相応な赤ん坊の声のせいでそう思うことはできなくなっていた。

と————


怪物がいきなり唸り声にも近しい怒声をあげた。紅衣がめくり上がり、そこから無数の骨が飛んできた。


「うおっ!?」


ルークはそれを間一髪で全て叩き落とすと

次の一撃を迎撃するために構えた。しかし、怪物を見据えようとしたものの

あの姿は既になかった。

地面を掘った形跡もないし、足跡がついているなんてこともない。骨の残骸だけがそこにあった。


「くそ、何人食らったんだアイツ!

砂の城みたいに積み重ねやがって」


気色悪いと吐き捨てる。すると、立っているはずの白い大地が徐々に黒く浸食し始めていた。あの触手と同じ色だ。ルークの全身に粟が立つ。もしや、敵の術中にはまったのかと、そんな予感が脳裏をよぎる。


「————っ!」


5メートル近くにも及ぶ大きな触手が出現しルークを叩き伏せんと鞭のように振るってくる。舌打ちをしながらも、まだ浸食下にない場所へと後退して跳躍する。


ヒュン、と風を切るような音が聞こえた。

そして、ルークの胴体からは血が滲み出した。視覚には攻撃と判断できるようなものはなかった。ただ音だけが、斬りつけてきたのだ。


「な、にぃ……!?」


辛うじて急所は免れたが激痛が走る。

そして、ルークは自身の胸元を見ると

地面を浸食しているあの黒と全く同じ物が

生々しい傷跡のように残ったのである。


「あっちゃあ……」


患部に触れないように傷口をなぞる。

深々と溜息を吐いたあと、怪物を笑いながら睥睨した。


「やっちゃったなぁ?お前」


ルークは苦笑しながら心底怪物に対して

そんなことを呟いていた。そして————


「タカが外れちまったよ————!」


先程までとは比べ物にならないほどの

凄まじい闘気と闘志が緑色のオーラとなって色濃くルークの背後に顕現した。

そして、彼の全身から緑色の光が溢れ出し

肩甲骨が内側と外側から剥がれ翡翠色の両翼が現れた。


そして、身に纏っていたものも美しい翡翠色の神秘的なものへと変わり、見た目はまるで風の天使のようだった。


「我は全てを遮る風なり。大地を呑み砕く嵐なり」


その双眸は深緑に染まり、逞しい肉体が

あらわになる。そして、右の腰元には、別の剣が出現する。


「さあて、あまり時間はないんでね。

風となってお前を抉り潰してやるよ!」


彼がまるで台風の中心であるかのように

凄まじい速度の風がコンラに吹き荒れる。

建物は全て傾き、堅強な白の残骸は容易く崩れ去るほどの高い威力を発揮している。


「さあ、恐れおののけ!」


走るたび、そこから台風の如き風圧が発生する。今の彼が怪物を取り囲むように走り続けると、無数の台風の目が出現し、そこを中心とした暴風が発生するのだ。

さすがの怪物も立っていることが出来ないのだろう。強風以上の嵐に襲われ、手出しができずにいる。飛ばされないようにその場にへばりついているのがやっとのようだった。


ルークは両翼を羽ばたかせて宙に浮かびながらもう片方の剣を抜いた。

密集した風圧が刃とやっているのだろう。

それは仄か煌めいていた。


「天の嵐よ!」


両刀を空に掲げると地上は嵐に見舞われた。まるで巨大な洗濯機、家だろうと城だろうと死体の山だろうと怪物だろうと、全てを空に叩き上げている。


「刃嵐・烈破斬り!」


同時に振り下ろされた剣のエネルギーは

交差した巨大な三日月状の刃となって

音速を越えて怪物に直撃する。

そして、風圧で身動きが取れない怪物の

全身をズタズタに斬り裂いてやった。

たったの一振りで、怪物の肉体は細切れ寸前になるまで変形していた。


「……っ!タイムリミットか!」


全身から溢れている光が明滅し始めた。

膨大すぎる嵐の力は、今の彼の肉体にとてつもない負担をかけてしまう。そうなって肉体が崩れてしまう前に身体自身が時限式で知らせているのだ。


(レオンくんと戦っていた時の

イングラムくんを真似してみたけど、

上手くいったな。あとは————)


「肉片だろうと布切れだろうと全部

塵芥にしてやるだけだ!」


両刀に最大最高の風力エネルギーを注ぎ込む。その刃はこのコンラのマナをも巻き込んで超巨大なものになっている。それを、ルークは交差するように振り下ろした。


「空に消えろ!能面野郎!」


コンラの大地を巻き添えに怪物を両刀の元に両断した。無数に出現していた小さな台風が、剣の隅々にまで発生していたおかげで、ブラックホールのような役割を果たし、それはやがて大地ごと飲み込み、空へと昇天させたのだった。


その様子を見上げながら、ルークは満足げに微笑んだ。


「へっ、リベンジ成功……!してやったり、だ……!」


そう呟くと同時に、嵐の力を持つ人としての姿は消え去り、いつものルークがそこにいた。両目を閉じて、口角をあげながら

大地の無くなった氷海へと落下していく。


連戦に続く激戦により、肉体は限界を迎えていた。最早、指先一つ動かすことはできないほど、彼は疲弊していたのだった。

それでも殿を買って出たのは、イングラムがレオンを必ず見つけ出してくれると信じていたからだ。だから彼は、満足して友に微笑むことができるのだ。


(……イングラムくん、絶対生き延びるんだ。俺は必ず追いつくから————!)


そして、彼は高波に呑まれ

遥か深き海へと姿を消したのだった。





その様子を、仮面の魔術師は

遠巻きに眺めていた。


「ふん、あの高さ、この波では死んだも当然だな」


仮面の魔術師はそう呟いて、未だ激痛が疼く腰を押さえた。

本来であれば于吉と共同でイングラムたちを苦しめる予定だったのだが


「しかし、ユーゼフのやつめ……

あの蟹男さえいなければ今頃リルルを殺してセリアを凌辱し、あいつらの絶望の顔が見れたものを……」


予想外の人物に計画を妨害されたのだった。人の不幸を蜜の味とする仮面の魔術師は悔しげに拳を握り込んだ。

冷たい風などにいちいち振り向いてやる気も起きなかった。

あの男は必ず目に物言わせてやらねばと

目には復讐の炎が灯る。


「しかし、まあ機会はいつでもある。さっさと腰を治し、あの老いぼれを利用し、俺が“あのお方”の真の臣下だとわからせてやる……ククク、ハハハハハ!ぐぉっ、腰が!」


腰を両手で押さえ込んでコンラの痕跡が一切無くなったのを見届けると、魔術師は姿を消したのだった。

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