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第48話「戦禍からの脱出」

イングラムとルークはシェルター内へと移動したものの、そこにいたのはセリアとリルルのみだった。なにが起こったのか、セリアの腹部には鋭い5つの穴が空けられており

それを薬で治癒している途中のようだった。

リルルはそんなセリアの側で、一生懸命に

看病をしていた。以前にはなかった医療器具を、小さなメモ書きを読みながら

必死に動いている。


「リルル!?大丈夫か!?」


「セリアさん!!」


イングラムはリルルに、ルークはセリアの

側に駆け寄った。声を掛けるまでリルルは気付いていなかったのだろう、イングラムの姿を見ると安心したように笑顔を浮かべた。


「騎士様、私は大丈夫。でも、お姉ちゃんが悪い魔術師に怪我をさせたの。だから————」


イングラムは膝を折って、リルルを優しく抱擁する。そしで同時に違和感を感じとった。


(リルルは文字が読めたのか?いや、少なくともあの国では下民層に対して教養は与えていなかったはず……)


「セリアさん……呼吸は大分安定しているみたいだけど、あくまで応急処置の範囲内みたいだね。早いところ医者に見せないと

いつ危険な状態になるか……」


ルークはセリアの患部を優しくなぞりながら怪我の具合を観察すると、そう告げた。

イングラムも彼の言葉に納得して

リルルを担ぎ上げる。


「騎士様!」


「リルル、4人でここを脱出するぞ。

もうこの国にはいられない」


「どういうこと?騎士様は勝ったんじゃないの?」


「————————」


少女の純粋かつ悪意の無い問いに

イングラムは答えるべき言葉を見つけられずにいた。あれは勝利とは言い難いだろう。






二人はシェルターへの移動中、コンラの城が崩壊するのを見た。そして、何人ものコンラの兵士達がイングラムたちを恨むように消えていくのも見ていた。おぞましいと感じるほどの憎悪が降りかかり、それで理解したのだ。リオウが姿を消したのは、おそらくオイフェ国王を抹殺するためであり、そして城が崩れたということは、王は抹殺されたのだろう。城が完全に倒壊すること、それがイングラムの憶測を確信へと変えたのだった。






(アデルは死に、兵の多くは紅蓮の騎士軍に吸収されてしまった。死んでしまった兵士たちを除けば……)


「騎士様……?蒼髪様は?どこに行ったの?」


「リルルちゃん、青髪様はねあとで落ち合うことになってるんだ。だからひとまず俺達はここから離れよう?」


「そうなの?剣士様がそういうなら、きっと大丈夫なんだね!よかった!」


二人は顔を見合わせる。心の底にぽっかりと穴が開いたような感覚が歯痒く、リルルの笑顔がそれを逆撫でする。しかし、泣くわけにもいかず、気持ちを切り替えて頷いた。


「あぁ、きっと会える。リルル、私の肩に乗れるか?」


「肩車?」


「まあ、そんなものだ。でも、手を絶対に離さないこと。約束だぞ?急ぐからな」


「うん!」


よし、とリルルの頭を優しく撫でて肩に乗せる。小さな手で首元に手を回し、絶対に離さないように強く力む。

そして、セリアを背負いながら立ち上がった。


「殿は任せて、リルルちゃんとセリアさんのことは頼んだよ」


ルークは万が一の時に備え残党兵に対抗すべく名乗り出た。彼ほどの腕前であれば、きっと軽くいなせるだろう。だからこそ、イングラムは安心して2人を運ぶことができるのだ。


「お……っと、念のためこの救急箱も

貰って行こう。道中使うかもしれないし」


ルークはそう言うと、電子媒体を近づけて

それを自分の物として登録した。

これでいつでも取り出すことができる。


「よし、ここを出るぞ。なんとしても生き残る」


「もちろんさ!」


絶対に生き残るとお互いを鼓舞しつつ

シェルターの外へと出た。辺り一面は赤と白の死体の山が多くあった。この寒冷地ゆえ死体の腐敗が遅れていることと、風が強いことがが幸いして、死臭が鼻をつんざくことはないようだ。


「リルル、大丈夫か?怖くはないか?」


頭を抱いているリルルを見る。彼女は下を向いて笑顔で答えた。


「うん、見慣れてるから大丈夫。ありがとう騎士様」


見慣れている。そんな言葉を戦士が言うならばまだしもまだ幼いリルルがそれを言ってしまうのはやはりソルヴィアでの件が強く影響しているのだろう。あの頃は仕方なかったとはいえ自身の中で不甲斐なさを感じるイングラムは

リルルの笑顔を見て、尚更そう思った。

と————


「————っ!」


ルークが突如足を止めて、鞘に手をかけた。街や建物が倒壊している今のコンラに隠れる場所などなかったはずなのに、気配すら悟らせず、コンラの兵士達がゾロゾロと4人の前にやって来た。その数およそ15人


「イングラム、ルーク!お前達が紅蓮の騎士軍と内通していたのは明白だ!ここで始末させてもらう!」


「なにっ!?どういうことだ!俺達はあいつらのことは噂しか聞いていなかったんだぞ!内通なんてできるわけない!」


「白々しい!弓兵部隊!前へ!槍兵隊構え!」


隊長格の男が剣を向けて命令を下すと、兵士たちは各々の配置につき、攻撃態勢を取る。イングラムは心の中で舌打ちしつつも

どうにか挽回できないかと思考を巡らせる。


が、答えが出てくるよりも早く、矢を放つ音が空に届いてイングラム達に迫る。


「させるかっ!」


ルークはイングラムたちを庇うように前に出、手を広げてそれを突き出し風の加護を発動させる。緑色の防壁が矢の雨を全て防ぎ終わると、弓兵隊は再度背中の矢筒に手をかけて弓に装填しようとする。

しかし、それよりも早く————


最速の脚を持つルークは全員の矢筒を全て叩き斬った。そして、槍兵隊の槍を肢の部分だけを狙って斬り落とす。


「ひぃっ……!は、速いっ!!!」


「くっ、ルークを見失ったが駆ける音だけは聞こえる!ええい、遠くなったり近くなったりややこしい!イングラムと子供だけでも狙え!」


そう言って残り一本の矢を構えた時

一人の兵士が叫んだ。


「し、しかし隊長殿!彼の背中にはセリア様がっ!」


「なにぃ!?セリア様には子供を治療してもらった恩がある!殺さぬようにしろ!絶対だ!」


眉を潜めて甲高い声をあげる隊長は慌てたようにそう言って、自らも武器を取り出した。が、それだけで終わった。


「ぐぉっ、く、首が……!」


「話を聞いてくれなそうだったんでこうするしかなかった。許してくれ」


ルークが隊長の後ろへと回り込み剣を手刀で叩き落とし、両手首を拘束して

羽交い締めにした。


「ぐぁ、ぐ、ぐるじい……」


「殺すつもりはない。俺は殺人鬼じゃないんでね。さて、どうして俺たちが内通していると思ったのか教えてもらおうか」


兵士たちは震える手で弓を構えてはいるが

彼の今の動きを見て避けられてしまうのは

容易に予測できている。だから弓を引くことはできなかった。


「あ、アデル様を殺し……王まで殺した……!あの女神を名乗る女もお前たちの手先だと思ったから……!」


「殺してないっ!アデルは!俺たちの親友は目の前で死んだんだ!俺達の力不足のせいでっ!」


いつも冷静なルークはいつも以上に声を荒げていた。兵士たちは思わず畏怖して、

武器を落とす者も現れた。


「ぐぬぬ……しかし、しかしだな!

我々は城の守備を任せられたが、あの総大将に落とされた!多くの兵士達が奴の言葉に乗り!奴の部下となった!

どれもこれも貴様らのせいだ!」


「だからって、俺たちを殺したらその兵士達が戻ってくる確証はあるのかよ!?」


「ない!が、何もしないよりはマシだ!

貴様らの首を取り、我々はこの国を離れ、

総大将殿に献上するのだ!」


「あぁ、そう……じゃあ俺からは言うことはない!」


ルークの目に殺意が灯った。それに違和感を感じたイングラムは叫ぶ。


「よせ!ルーク!」


その叫び声と共に、ルークは兵隊長を

突き飛ばした。空からあの紅い怪物が降ってきて、ルークは間一髪、奇襲を避けたのだ。


「ひぃぃ!化け物!能面の化け物だ!

ひぃぃ!」


兵士たちは恐怖し、散り散りになって逃げていく。武器も拾わずに、あてもない方向へ逃げていく。


「またお前か能面野郎!相変わらず似合わない声出しやがって!」


能面の口角は僅かに上がっているように見えた。嗤っているのだろう、仕留め損ねた

剣士が目の前にいるのだから。


「ひぃ……!」


ルークは兵隊長に見向きせず

だがしっかりと聞こえる声で叫んだ。


「逃げろ!お前じゃこいつは手に負えない!」


「はひぃぃ!逃げますぅぅ!!!!!」


隊長は腰が抜けたまま立ち上がることなく逃げていく。


「ルーク!」


イングラムは友の名を叫んだ。それに応えるかのようにルークは能面野郎から守るように目の前に降り立つと彼は背中越しに言葉を漏らした。


「イングラムくん!ここは俺に任せて先に行くんだ!」


「何を言っている!俺もここに残って戦う!お前まで失うわけにはいかないんだ!」


「君にはレオンくんを探す大事な役割があるだろう!?大丈夫だ、俺は死なない!

後で必ず追いつく!だから行けっ!」


イングラムは唇を噛み締めて友の背中を見る。覚悟を決めた戦士の背だった。

本当は共に行きたいという感情を殺して

ルークはあの紅い怪物を止めることを選んだ。


戦士である2人が一緒に戦い、万が一ここで死んでしまえばリルルも襲われてセリアも息絶えてしまう。そうすればレオンを探し出すという願いは敵わなくなる。そうなってしまうのならば、とルークは少しでも可能性のある方を選んだのだ。

ただ1人が足止めをすれば、イングラムたちは逃げ切れる。それに、脚の速さは誰にも負けない。ルークには自信があった。


「俺を信じられないかい?」


「いや……すまんルーク。後で必ず会おう!」


イングラムは友を信じて走り始めた。リルルとセリアを振り落とさないように、それでいて速くその場を離れた。


「よし……さあて能面野郎!あの時のリベンジマッチといこうじゃないか!!来いよっ!」


ルークは鞘に手をかけて居合斬りの構えを取る。


(頼んだよ、イングラムくん)


遠ざかる足音に向かって心に秘めた想いを心の中で吐き出した。

紅い怪物はそれすらも嗤っているように

赤子のような声を上げていた。


「ふん、お前とは覚悟の差が違うんだ……!

覚悟しろよ能面野郎!」


戦士は闘志と闘気を放出して

紅い怪物を睥睨した。


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