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第47話「衝突するは紅、散るは赤なり」

壁に激突したはずの槍はひとりでに抜けて

オイフェの手元に戻ってくる。

彼女はそれを掴み取って、柄をくるりと一回転させると、鋒を見せつけた。


「うーん、うーん……やっぱりあれね。

なんかかっこつかないわね」


何かが違うらしい、オイフェは槍を軽く上下させては顔を顰める。しかし、彼女はすぐに理解した。


「孵りたてだから全身が鉛みたいに重いのかもしれないわ、そこの兜で顔を隠してるイケメンの匂いがする貴方」


オイフェはリオウを名指しした。

思惑を理解したのだろう、彼は前に出て、魔剣を腰から取り出す。


「理解してるようね、私のウォーミングアップ手伝ってくれるかしら?」


「……さて、俺が貴女の槍捌きに答えられるかどうか……」


「リオウ殿、いかがされるおつもりか」


シュラウドは表情を変えずにリオウを

見据える。彼は兜の奥で笑っているように見えた。アデルバート以上の、もしくは自分以上の力を以った女性と戦うことができるのだ。生まれて初めて、高揚感が全身を巡る。


「戦うさ」


一言、リオウは呟いて玉座の中間地点に立ち、両者は突撃した。

人間の強者と、神の猛者が初めて刃を交える。紅い彗星のような連続突きがリオウの兜目掛けて繰り出される。

一方で、リオウは魔剣で三撃を一度で防ぎつつ、槍の軌道を変えて、懐に飛び込みながら肘打ちを腹部に叩き込んだ。


「へぇ……?大胆ね?」


黒い何かが音速を以って一撃を放つ。

リオウは反射的に身体を反らして

足蹴りを回避する。が、体勢を元に戻すまでの時間が僅かにかかった。


「遅い!」


黒の一撃の次は、赤の一撃が紅蓮の戦士を

襲った。音速を越え、音もなく槍が振るわれる。視認することすらやっとだというのにこのオイフェという女性はさも扱い慣れているかのようにその武技を叩き込む。


「全部防ぐの?最近の子は芸達者ね?」


甘美の囁きと、鋭き槍捌きが交差し

リオウの調子を狂わせる。


(なるほど、神の名を騙るに相応しい

武勇の持ち主だ)


確かな洞察力を用いて、相手の言葉を聞き流しながら次の一手を思考する。

余計な情報は支障を来す。

リオウは双眸に全ての神経を集中させた。


「そこだっ!」


再度身体を抉らんと迫る紅い槍を黒き魔剣が受け止める。そしてリオウは自らその剣を槍と拮抗させ続けて肢の部分を叩き割るように剣を振るった。


「……へぇ?」


とてつもない振動が槍と持ち手を襲う。

しかし彼女の表情は依然としてひょうひょうとしていた。もちろん、リオウもこれくらいで1本を取れたとは思っていない。

オイフェはしなやかな足を上げてリオウの兜へ向けて蹴り上げた。

対するリオウも、その蹴りをいなして

後ろ回し蹴りで対抗する。


「いい判断ね、若いのになかなか楽しませてくれるじゃない?」


「称賛はありがたく受け取っておこう。

影の国の女戦士よ!」


両者がお互いを称賛し、再度獲物をぶつけあう。激しい火花が散りながら果てない拮抗を繰り返す。尋常ではない魔力を放出する紅い槍を押し留めているのは、リオウの持つ魔剣の特性による物だ。


彼の魔剣は、地上に胡散しているマナ、マナを用いた攻撃等を吸収することで剣自体を守る強固な結界を作り出し、同時に爆発的な破壊力を生み出している。彼の身体のマナが底無しなのは、その影響になのだ。あの槍とやり合えているのは、この剣あってこそ。


(紅い槍、影の国……そして、女戦士か。

全て合点がいった。あの槍の正体が!)


最速の剣の振り下ろし、神速の槍の突きが

ぶつかり合い、両雄はその衝撃により

後退する。


「理解したぞオイフェ女王。貴殿のその槍、かつてのアルスターの英雄が用いたとされる魔槍だな!」


「————————」


オイフェのひょうひょうとした表情は一変した。眼差しは氷のように冷たく殺気だけで人を殺してしまいそうな感覚に襲われる。それほどまでに、彼女の顔は恐ろしかった。


「刺せば二度と怪我が治らぬとも、死を運命付けられるとも聞いているが、それは持ち主の気分次第、そうだな?」


「ククク、人間にしてはなかなかどうして

賢いじゃない?」


口角をあげて嗤うオイフェはゲイボルグをまるで恋人のように抱き寄せて、頬擦りする。


「亡き夫の形見そっくりに作ってみたけど

やっぱダメね、これじゃあ三流がいいところか」


存外にあっさりとネタばらしをするオイフェ。ならば、手にしているそれは本物ではなく彼女自身が造りあげた偽りの魔槍。

さしずめボルグフェイカーと言ったところか。


となれば、死を決定付けるものは最早なし。リオウはそう意気込むものの、やはり彼女の持つ紛い物は、本物としか思えなかった。彼自身が本物を見ていないから、ともとれるが、それを感じさせるほどの執念と情熱が彼女からはヒシヒシと伝わってくるのである。


「いずれ旧アイルランド大陸に赴いて

取りに行ってあげたいところだけど……

残念ながら叶いそうにないわね」


ふう、と深くため息を吐いた彼女は

顔を上げて再び表情を変える。冷たき視線、衰えぬ勢いでオイフェは槍の十連続の繰り出す。


「くっ……!」


一撃一撃が致命傷足り得るであろう破壊力。まともに受けてしまえばリオウとて

無傷ではすむまい。現に彼女の一撃を防いでいる剣の結界は綻びができ始めていた。


(このままではまずいな、押し切られる)


「はぁっ————!」


彼女は剣の綻びを見定めその箇所を集中的に攻撃する。威力は衰えぬまま、結界で覆っている剣を通り越して全身に衝撃が走る。


「せいっ!!」


隙を見つけては攻撃する。衝撃は未だに全身を伝わってはいるがそれで臆するほどこの男は修羅場を潜っていない。


「————!」


(視えた!)


振り上げられる漆黒の剣と振り下ろされる紅蓮の槍が再度ど激突せんと迫る。しかし————


剣の軌道は、突如としてオイフェの真横に変わった。弧を描くように真っ直ぐ、彼女の腹部に一撃を加えるがため。

しかし、オイフェは焦りの表情すら浮かべず、そのしなやかなる脚と肘を用いて剣を挟むようにして侵攻を防いだ。


「……やるな」


「あら、焦らないのね。予想できてたって感じかしら?」


斬りつけることは出来なかった。咄嗟の判断力に、思わず称賛の言葉が漏れる。それほどまでに、彼女は戦士として格上であったのだ。しかし、それ以上なにかをしてくるということはなかった。


「……あれ、もうこんな時間か」


オイフェは視線だけを落として、自身の

手を見下ろした。小刻みに震えているのは

神性が不足し始めてきたということだろう。槍に膨大な魔力を注ぎ続けながら戦い続けてのだから、無理もない。


「どうした、オイフェ女王。震えているぞ」


「“今の私”はちょっと制約付きなのよ。

だから、下手をすれば“奴ら”に全部持ってかれる」


「なんだと?」


リオウが疑問を浮かべると同時に、オイフェは城の天井を槍を投擲して破壊した。


「いずれあなたたちにもわかるわよ。嫌と言うほどにね」


そう言うと、オイフェはリオウとシュラウドに優しく手を振りながらウィンクし

黒い影の如く空へと消えた。


「“奴”とはなんだ……?あの女王やスクルドを語る存在と同じなのか?それとも————」


「リオウ殿、どうされますか?追いますか?」


真横にはシュラウドがいて、穿たれた天井を眺めていた。リオウはその言葉を聞き、首を横に振る。


「いや、当初の目的は既に達した。

コンラの国王の首は取れなかったが、“奴自身は死んだのだ”俺たちのやるべきことはこれで終わりだよ。シュラウド」


「はっ、では投降した兵士たち全員に

我らが拠点に移動する魔道具を渡しておきまする。」


「あぁ、手間をかけさせるがよろしく頼む」


シュラウドは頷き、執事を担ぎ上げて玉座を後にした。リオウは元コンラの王がいた場所へ歩み寄る。鎧から鳴る音が、この場が静寂だったのだと理解させた。

彼は無意識に穴の開い天井を仰ぎ見た。


「おい、コンラの王よ。そして天にいるであろう先代の王よ。お前たちはなぜ国を造る?なぜ制度を造る?なぜ平等に扱おうとせんのだ?我々は元は同じ星の下で産まれた同志だというのに……お前たちは一体どこで道を違えた?」


吐き捨てるように言い放って背を向けて、歩き出す。それと同時にがらり、と天井が崩れ玉座もろとも埋まってしまったがリオウは立ち止まることなく、ただ真っ直ぐに進んでいった。


(俺は、敗北してはならない。死んではならない。もしそうなってしまえば、俺の家族が死んでいった意味がない。

必ず、全ての国を滅ぼしてやる。

そしていつか、お前を見つけて連れて帰る。レティシア————!)




多くの屍が積み重なるコンラの大地。

苦悶な顔を浮かべた者、苦痛に伏する者、

名も無き多くの戦士たちが、ここで命を散らせた。そして、コンラで獅子奮迅の如く様で戦い、壮絶に散っていった蒼き英雄の墓前にオイフェは立っていた。なぜそこにいるのか彼女自身にも答えはわからないのだろう。きっと、ここが心地いいからなのかもしれない。


「ふぅ、心地いいわね。この国の風は」


我が愛子の名の国の風は、震えていた彼女の身体を労わるように優しく吹いていた。


「あら、優しい子ねコンラ……あなたも生きているの?この時代のどこかで————」


手の平に自然と視線が落ちる。ボルグフェイカーをしっかりと握っていた右手を見て、強く握りしめる。


「旦那と息子がもし生きているなら。

また、逢いたいなあ————」


そしてまた、彼女は無意識に青い空を仰ぐ。戦争が起きていたなんて信じられないくらいの、雲一つない清々しい空は、太陽の光と共に悠々と存在感を表していた。


「さて、と。感傷に浸るのはらしくないわね……私は私らしく闘い続けなきゃ……」


ふふ、と微笑む。彼女は希望を胸に抱きながら、地面に刺していた偽りの魔槍を手にして背を向ける。と————

ザン、と雪を斬りつけるような音が聞こえた気がした。彼女は思わず視線を戻す。


「……変ね、墓前のはずなのに十字架が

地面に突き刺さるなんて……」


オイフェは十字架を元に戻そうとして

墓の中身を偶然“視て”しまった。


「……?遺体が無い……?じゃあこれ、誰のための墓よ」


わけわかんないわ、と墓前で吐き捨てて

オイフェはコンラから姿を消したのだった。

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