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第44話「古き時代の仙術師」

仙人は戦場とは程遠い場所からこの光景を眺めていた。杖を地面について、腰を下ろしてただただ景色を眺めるのと同じようにコンラの惨劇を愉しんでいた。


「いやはや……よもや数時間も持たんままに消えよった。魂の集合体よりも、オリジナルの方が上、と言うところかの」


感情を浮かべずに淡々と呟く。せっかくの最高傑作が、中途半端な半神半人と、多少マナが扱える程度の人間が手を組んだだけで消え去ってしまった。だがしかし、“引き金”を引くことには成功した。その点を見てしまえば、成功だったのだろう。


「呵々、まあ骨の折れる作業ではあったが

これで良しとするかの」


仙人は長い白髪を避けるように掻き分けて

両目の視界を確保しながら杖を支えに立ち上がった。彼の顔には不敵な笑みが、自然と浮かんでいる。


「さて、儂も少しばかりあの若造達に教示してやるか、老い先短いこの儂が、な」


ククと笑いながら、仙人は黒い炎を出現させて、戦火へと再び身を投じる。

あの若き戦士の怒りの表情が、苦悶に悶える表情を見るのが今から楽しみで、つい昔を思い出してしまう。





建安5年の西暦200年。この時代の中国は、曹操と袁紹が官渡の戦いで覇を競い合っていた頃、男は魏の軍師の一人に呉の総大将を暗殺する刺客として送り込まれていた。その男の名は、道士于吉。

魏軍や呉軍、そしてのちに蜀漢と呼ばれる三国からなる国の出会った多くの兵士たちをその摩訶不思議な力で治療し援助してきた。しかしそれは、刺客として潜り込むための前触りでしかなかった。


同年5月、数ヶ月のうちに干吉の名は兵士たちの間で噂になりたちまち時の人となった。彼はそれを好機と捉えて、呉軍の門を潜り戦後の傷に苦しむ兵士達を仙術で治療し始めていた。


「ありがとうございます!干吉様!」


「おかげでまた殿の為に戦えまする!」


「殿、小覇王殿のことですかな?あのお方もかなりの重体と聞きました。儂でよければ、治療して差し上げましょう」


呉の小覇王。西楚項羽の再来と言われ、数年で孫呉の地盤を作り上げた男、孫策である。


「ご存知だったのですね!では話は早い!早速殿の元へご案内します!」


「えぇ、傷は早く治した方がいい。天下太平の為にも……呵々」


兵士たちの計らいで、于吉は容易に孫策の懐へと飛び込むことができた。


「兵士の皆様にお約束がございます。決して物音を立てないでいただきたいのです。国を治める方の治療となれば、それ相応の集中力が必要になります故な」


「承りました。では我々はしばらく周辺の警備に当たらせていただきます」


「えぇ、用が済めばお伝えいたします……」


◇◇◇


そして、彼はとうとう邂逅した。絹で作られた柔らかなベッドに横たわっていて、全身に深い傷を負ってはいるものの容姿端麗でありながら人の話をよく聞き人望に熱いとされている男。この男が、呉の小覇王である。


「部屋の兵を引き払ったのはお前か?おおかた妖しげな術を使って兵士たちをたぶらかしたんだろうが、俺はそうはいかねえぞ」


「呵々、何を怪しまれておりますや小覇王殿。儂は貴方の部下に頼まれて治療をしにやってきたのです。さあ、じっとしてくだされ」


誠意を込めた言葉を贈りながら、于吉は

孫策の傷口に呪いのこもった薬液をつけようとする————


「その手を止めろよ爺さん。俺を殺しにきてるのはわかりきってるんだ。誰の引き金だ?」


「————」


孫策の瞳は彼を敵として認知していた。

刺客に襲われながらも生き延びた彼を治療しにくると言う者は再び刺客を向けたことと同義であると、孫策は理解していた。

このまま曹操の後ろを突けば一気に情勢は孫呉に傾いていく、しかし、それを予見したのは魏の軍師だ。


あの小覇王の息の根を止めていただきたい。


それを快諾し、いざ当人の前に立ちはだかる。楽に殺せるものかと思いきや呉の総大将という男は自分が危篤の身でありながら、敵を威圧するに充分なプレッシャーを放っていた。顔色も生気も満ち満ちている。


「呵々、やはりそううまくはいかんか。なら別の場所に案内しようかの」


パチン、と干吉が指を鳴らすと周囲の風景は歪み始め、闇道を照らす炎が灯る軍門付近らしき景色に変わった。于吉と孫策以外の第三者は、この世界には入ってこれない。その類の仙術を使ったのだ。


「お前……やっぱり邪教徒の類だったか!そんなやつを野放しにしておけねえ!」


患部を覆う包帯から僅かに滲み出る赤い筋、無理をして起き上がりながら孫策は自身の武器を手に取った。


「呵々、無理はせん方がええぞよ?小覇王殿」


「へ、たとえ俺が死んでも、俺の弟や仲間達が天下を取ってくれる。俺の最期の一仕事だ、暴れてやるぜ……!」


この男は自分が作り出した本物に瓜二つの

幻影に一度は躊躇いながらも、悉く打ち倒していった。自身の部下である数百の兵卒を、愛する妻を、戦死した父を————


「ぐ……ぁっ」


小覇王は膝をつき、吐血した。幻影の一つ一つに呪いを込めていたのだ。全身を癌細胞のように蝕んでいく激しい激痛を伴いながらも、この男は倒れることはなく于吉の懐に飛び込んだ。


「これほどの苦痛を身に浴びておきながら

まだ抵抗するのか!?」


驚愕に思わず目が開き、小覇王を見据える。この男の瞳は既に虚、生気もとっくに消えてしまっているはずなのに、どうしてここまで生きることにすがるのだろう。


「……ったりめえだ、てめえなんかに俺の仲間はやらせねぇ!」


一瞬、瞳は虚ではなくなり全身全霊を込めた一撃が于吉の心臓を打ち砕いた。


「ぐ……ぉ、おぉ!?」


「へ、ざまあみやがれジジイ。ただで死んでやる俺じゃねえ」


そうぽつりと呟いた小覇王、瞳は再び虚に戻り、誇らしげに笑いながら大地に倒れた。


「ぐ、ぬぉぉ…おのれ!おのれ

江東の小覇王!よくも、儂の命をっ!」


于吉が悔恨のような声を上げて煙のように姿を消すと風景は再び歪み、元の孫策の部屋に戻った。その声を聞いた弟の孫権や親友の周瑜が駆けつけてきたが、既に彼の肉体は限界を迎えていた。後が長くないことを悟った孫策は孫権を後継者に指名し周瑜に弟の補佐と軍師を任せて、孫策は26年の生涯の幕を下ろした。


それを遥か遠くで眺めていた于吉は、仲間の悲しむ顔を見る。なんと甘美なのだろうと心躍った。これが、于吉の初めての殺害にして初めての屈辱となった日であり、また自身の愉しみを知った日でもあった。




「あの頃から幾星霜、儂は再びこの世に戻ってこれた。向こうの世界には小覇王もおるからのぅ……あちらは退屈だて、死人が死人を弄んでも面白みがない。それよりは————」


嘆き悲しむ生者を間近で眺めた方が遥かに面白い。于吉はそう思いながら、身体を漆黒に包んでイングラムたちのすぐ側に姿を現した。友の亡骸を抱きながら、睥睨してくる騎士と剣士。そうだ、その顔が見たかったのだ。大昔に叶えられなかった、見ることのできなかったその顔こそ————


「いやはや、実に愉快な顔よな…?

イングラムにルークよ……呵々」


「貴様か!レオンさんの偽者を造ったのは!?」


「儂史上最高の出来であったわ!お主らの困惑する顔、そして同士討ちの時の絶望したあの顔!それも含めれば造った甲斐があったわい!がははははは!!!!」


ルークの拳が震えだして、コンラの地面を叩く。


「お前だけは、絶対に殺す!」


「その通りだ!アデルの仇をとらせてもらうぞ!」


アデルの亡骸を地面に下ろして2人は立ち上がりながら自身の武器を顕現させる。


「呵々!よかろう!久方振りに人の子の相手をしてやろうぞ!」


于吉は自分の好みの表情を見れたことで満足していた。だが、まだ一つ愉しみが残っている。お互いがお互いを助けられなくなった時、また違う表情を見せてくれるのだろうと、淡い期待を抱く。


「自己紹介しよう、儂は于吉。仙道を極めた仙人!貴様らの苦悶の顔、今度は直で見せてくれ!」


怒りを前にして武器を手に駆け出そうとする戦士たちふたりを、スクルドが制止する。


「そうはさせないわよ……生きてるのか死んでるのかは知らないけれど、私は貴方の欲望を叶えてあげるほど神として出来てないの。調子に乗らないで!」


傷ついた身体を自身の中の強靭の精神力で

痛みを抑え込む。そして、スクルドの双眸には強力なマナが宿り始めていた。

長らく封印していた闘争心が、彼女の潜在能力のトリガーを引きかけているのだ。


「スクルド様、ここは俺たちがやらなければならないんです!退いてください!」


「アデルの仇を討たないと……!」


怒りの感情が未だに制御出来ていない2人はスクルドよりも前に出ようとする。

負の力に任せた力は暴威となり、負の連鎖を生み出すという悪循環しか誕生しない。


〈愚民共も三女も頭に血が昇りすぎよ。

しばらく冷静になりなさい。ここは私がやるわ)


天から再び、凛とした声が響いた。

それと同時に、清らかな光が眼前に広がっていき、快晴だった青空から一筋の光が降り注ぐ。陽の光を背に両翼を羽ばたかせて

少女は3人の盾になるように前に出てゆっくりと地上に足を下ろした。


「ほぅ……?かような幼子が儂を倒せると?面白い冗談じゃな……」


「黙りなさいジジイ。その声、その性格、その身体。とっても耳障りで目障りだわ。

不愉快極まりないから、魂ごと殺してあげる」


口達者な幼子に思わず口角が上がる。

まさか神を相手にする日が来るなど、

当時の自分に言っても信じまい。

この神を目の前で殺し、妹の嘆き悲しむ顔を愉しもう。そう思わずにはいられなかった。


「姉さん!ダメよ、姉さんは奴らのの影響を受けてる!ウルズ姉さんほどじゃないにしても、今ここで戦うのは————!」


ヴェルザンディはスクルドを前を向いたまま見る。スクルドの瞳には涙が溜まっていた。


「姉は妹を守るものなのよ。そして、人類が道を踏み外しそうな時は、外れた道に落ちてしまわないように導く。それが神の役割。それに、私には今、その両方が試されてるの。」


ヴェルザンディはにやりと笑いながら

パチンと指を鳴らす。スクルドとは比較できないほどの大量のルーンが出現し、それぞれが浮遊している。


「なぬ……?」


「ねぇ、ジジイ?元ワルキューレだった妹ほどではないけれど、私も結構やるんだからね?」


ククと不気味に笑いながら干吉を見下して、ヴェルザンディは手の平を見せながらクイクイと挑発し、干吉を刺激する。

かかってこいよ、古い人間風情が、と————

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