第41話「援軍到来」
「スクルド皇女は流石だな。たった一言で士気を上げるとは」
「……あれが、神話の三女神のひとりか」
アデルバートは塀の隙間からその神々しい
スクルドの姿を眺める。気品に満ちた振る舞いと、優雅かつ大胆な彼女は、自ら戦線のど真ん中に立って戦っている。
「さあ、どうしたのかしら
紅蓮の騎士諸君。同盟国の総大将はここよ?」
自ら煽るように、指を指して後方の敵にもヘイトを向ける。
「はん!神の名を語るたぁ笑止千万!弓兵部隊!矢を放て!」
弓から放たれる矢はまるで雨のように
スクルドに降り注いでいく。大量の矢が全身に突き刺されば死は免れない。だが、それは人間に限った場合である。
「ふぅん、ずいぶんと古典的ね……」
スクルドは宙に赤色のルーン石を一つ浮かべてそれを指で空へと弾き飛ばした。矢がルーンの圏内に入ったところでそれは輝き、無数の光の筋となって矢を焼き落とした。
「矢を石ころ一つで落とすだとぉ!?
もう一度だ!もう一度射掛けろ!!」
第二弓兵部隊が前進して、もう一度矢を放つ。しかし、それすらも赤石のルーンで焼却された。
「う〜ん、馬鹿の一つ覚えね……別の手を使うことはしないのかしら」
呆れながらそう呟いて、弓兵部隊の頭領に
近づき、かかと落としを肩にくらわせた。
鎧ごと肩甲骨が粉砕する音が鈍く響く。
兵士は肩が肉体から離れると同時に倒れた。
「いったたぁ……!鎧頑丈すぎる、下手すりゃ矢より痛いわこれ……!」
利き足を必死に抑えて左足でピョンピョンと跳ねる。痛みはこれで紛れるはずもないがそうしないとやっていられない。
「よぉし!あの馬鹿女神が自ら吐いたぞ!
弓兵部隊!矢を捨てて突進だぁ!」
「……どうしてそうなるのよ!?」
雄叫びを上げて、スクルドを取り囲み数百人で突進し始める兵士たちそれを見てため息を吐く。
「確かに有効な手段ではあるわね。盾を構えつつ利き手で槍を持って突進。防ぎようがなければ串刺しなのは目に見えてるわ……でもね?」
「突撃ー!!!!!」
「私、飛べるのよ?」
スクルドはパチンと指を鳴らしてふわりと身体を浮かばせて、空高く飛んだ。兵士達は勢い余ってお互いに衝突し合う。要は自滅ということだ。
「そっちの指揮が悪かったわね……もう少し頭を使ったらどう?」
スクルドはそう呟くと、右手の指先に小さな球体を生み出して、それを空高く掲げた。それは周囲のマナを吸収して工事用の鉄球並みの大きさに変化した。
「ごめんなさいね?掃除は一気にするタイプなの!」
両手でそれを持ち上げて下に投げ飛ばす。
大きな火炎を纏った球が、隕石が衝突するみたいに地面に食い込んでいく。
おまけに、敵軍も全員呑み込んで、最後には大きな爆発と共に消え去った。
後にはクレーターのみ残る。
人のかけらもなくなった。
「ふぅ、終わり終わりっと……」
パンパンと両手でゴミを払ってちらりと城の方を向く。イングラムが疲弊の詰まった表情でこちらを見ていた。スクルドは笑顔で手を振ってあげた。
「さぁさぁ!苦しいのが嫌なら逃げることをオススメしますよ!」
自分の等身よりも巨大な槍を手にして
不協和音を奏でる。黒板を引っ掻く音を耳元で最大音量で再生されるような不快感が、兵士達を襲っていた。
「ぐぁぁぁぁぁ!!!鼓膜がぁぁぁ!!!」
「ふふふ、両手がガラ空きですよ!それ!」
地面に突き刺していた槍を軽々と抜いて
大きく薙ぎ払う。防御をする間もなく、兵士達はそれに吹き飛ばされてヒビ割れた穴の中へと沈んでいく。
「えへん、今日も絶好調みたいです!
やりました!」
「このガキがぁ!」
えへんと、見栄を張っていると後ろから剣が振り下ろされる音がした。しかし、フィルは振り返りもせずにそれを片手で受け止める。兵士の1人は力を入れるが、剣はびくとも動かない。
「あの、ひとつ教えておきますね。僕、貴方の何万倍も年上ですよ?そぉれっ!」
細身からは想像もできない怪力を発揮して
兵士を槍ごと軽々と投げ飛ばす。
「ガキ呼ばわりしたお返しです!
耳元で聞いてください!」
地面に倒れた兵士の聴覚を麻痺させるほどの不協和音が全身を水面のように伝っていく。もはや叫ぶしか、気を紛らわせる方法はなかった。
「おらおら!國崩しの連中はこんなに
弱っちいのかぁ?」
異様発達した豪腕を用いて、敵兵士を大量に投げ飛ばしては相手の武器をへし折って盛大に笑う。
「がはははは!ファクシー1の怪力自慢、ブルッグ様を満足させられる奴はいねえのかよ!」
「ひぃぃ……!怪物だぁ!逃げろ!逃げろぉぉ!!」
「おいおい!逃げるなよ!少しは楽しそうにしたらどうだ?んん?」
逃げ惑う兵士ふたりを摘み上げて顔を覗く。戦慄しかけている彼らを見てしかめっ面をしたあと、地面に勢いよく叩きつけた。
「けっ、ルークの方が強かったぜ……」
コキコキと首を左右に鳴らしながら周辺を観察する。強い奴はいないか、満足させられる奴はいないのか、ブルッグはそんな期待を込めて鋭い視線を兵士たちに突きつける。
「しゃあねえ、片っ端から片付けに行ってやらぁな!!!」
考えることをやめ、目に捉えた敵兵士達を
殴り倒すことに決めたブルッグは一目散に駆け出した。もしかしたら、満足させてくれる奴がいるかもしれない。そんな期待を込めて
「むっ……これはどういう状況だ!?」
シュラウド・レーヴェンハイトは僅かな伏兵達と主に人質を確保するための密命を受けてここの核シェルターにやってきた。仮面の魔術師から、大きな建物に大勢の女子供がいるとの報を受けたのだが、彼らが目の当たりにしたのは人質などではなかった。
「ひぃぃ……なんで首が無いんだ!?」
「……リオウ殿から避難している者は殺すなという指示を受けている。しかしこれは————」
怯える兵士がいるのも当然だ。何せ核シェルターの中は血の匂いと腐敗臭が入り混じった不愉快な匂いが充満している。それに、横たわったり壁に背を持たれて倒れている首がない死体が大量にあった。何かが弾けたような跡も、飛び散って壁にこびりついたものが教えてくれた。生存者など、見る限りでは1人としていない。
「隊長、これは……」
「うむ、おそらくは魔術の仕業だろう
私には大方見当がついているが、さて————」
シュラウドは兵士達を待機させて、血溜まりの入り口へと足を踏み入れる。僅かに固まりかけている赤い感触が、鎧越しにも伝わってくる。
「た、隊長ぉ……」
「まだ何か潜んでいるやもしれん。しばし待て」
怯えながらも同行しようとする部下を静かに制して、自身は歩みを続ける。人の気配は微塵もなく、血の匂いだけがひどく鼻に残る。
「誰か、生きている者はおらぬか?」
「隊長ぉ、やめましょうよぉ……化けて出ますよぉ〜」
「ここで待機しているのだ。私が様子を見てくる」
シュラウドはそのまま、歩いて向かっていく。中は静かで、自分の足音しか聞こえてこない。と————
「あなたは、だあれ?」
どこからともなく、少女は姿を現してシュラウドの顔を覗き見た。
「私は……救助隊だ。それで、幼き子よ、ここで何があった?」
本当のことを口にして叫ばれてしまうのは避けたい。だから事実のみを告げた。シュラウドは静かに腰を下ろして目線を合わせてやる。少女は怯えることもなく、ただただそこに佇んでいた。
「お姉ちゃんを助けてくれたら教えてあげる……」
「お姉ちゃん……?他にも生き残りがいるのか?」
「うん……セリアお姉ちゃん。仮面の変な人にお腹を刺されたの……」
(やはり、この惨劇はあの男の仕業か)
シュラウドが周囲を目で追っていると
奥に1人、横たわっている女性がいた。
腹部には5つの鋭い穴が空いていて
血は止まっているものの、意識はない。
相当重傷のようだった。
「このままではいずれ事切れる。衛生兵、ここへ来い!」
「はっ!」
ひとりの衛生兵がセリアの横で膝を折って
医療キットを開ける。簡易型の診察器具を取り出して、服を外してそれを胸に当てる。
「お姉ちゃん、助かる?」
「もはや周囲がこうなってしまっては誰も助けようがあるまい。だから私たちが助け出す。安心するがいい」
シュラウドはそう少女に伝えて衛生兵に目をやる。
「脈拍、心拍数ともに規程の数値よりも低いですが意識回復の見込みはかなり高いと思われます。おそらく、何者かが止血剤を使用したおかげかと」
「うむ、この者は運に恵まれているな。
さて————」
シュラウドは自身の懐から回復薬を取り出して傷口に注ぎ始めた。深々と生々しかった傷が徐々に小さくなっていく。
「シュラウド様!それは————!」
「案ずるな、今使った回復薬は私の物だ。
皆の物ではない。」
慌てふためく様子の兵士をそういって宥める。それでも衛生兵は納得がいかないという表情を浮かべていた。
「衛生兵殿、大丈夫ですよ。この方は何せ、たった100人の兵士で10万の敵軍団を退けた生ける英傑。あの魏の五大将軍の一人、張遼文遠の再来と言われている方なんですから」
後ろからやってきた兵士が悠々とそう言い切った。だから大丈夫だと。
「それは言うな、張遼将軍に失礼というものだ。私など足元にも及ばぬよ」
そう部下に言い聞かせて立ち上がる。シュラウドはコンラの戦線地を眺める。人々の雄叫びと、燃え上がる爆炎は大地を淡く色付ける。
「我々の作戦が無碍にされた今、リオウ殿に加勢する他あるまい。」
「了解であります!隊長!」
背後の兵士たちは皆敬礼をして各々の武器を手に取る。
「うむ、衛生兵。そなたはここに残って少女と女性の看病を頼む。念のために脱出用の魔道具も渡しておこう。くれぐれも敵に見つかるなよ?」
「かしこまりました。隊長!それにみんな、御武運を!」
シュラウドはその言葉に頷いてコンラの戦線に向けて歩き出した。
「おじさん!」
少女の呼び声に思わず足を止めて少しだけ振り返る。
「……?」
「私を助けてくれて、ありがとう!お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう!頑張ってね!おじさん!」
「……あぁ、そなたも気をつけるのだぞ?」
シュラウドは電子媒体から馬を召喚して、それに跨る。
「征くぞ!我らがリオウ殿の刃とならん!
私に続けぇぇぇぇえ!!!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
10人の精鋭たちは武器を掲げて咆哮し
先導するシュラウドに続いて駆け抜けていく。全ては、主人の悲願のために————