第39話「暴食者と魔術師の戦い」
旧西暦の遺産のひとぬである核シェルターの上で、青き蟹は仮面の魔術師と睨み合っていた。
「許されねえぞぉ?おぉん?」
「ぐ……き、貴様……俺の愉しみを————!」
言葉を漏らすその瞬間に、大きな一筋の影が振りかぶってきた。間一髪、魔術のバリアを張ったが、簡易的なものであったことと、相手の一撃が強すぎたことが重なって、亀裂が生じてしまった。
「ロリっ子はな……お前みてえな奴がイチャコラしちゃいけないんだよ!!俺のように純粋無垢で紳士で無くちゃ!ふんぬっ!」
1トン近くあるその斧を軽々と振るい
防壁を粉々に破壊する。魔術師は開幕から劣勢に立たされていた。
「ちぃっ!下僕ども!」
腰を左手で抑えながらも、指を鳴らしあの黒い衣服を着た集団を10人近く召喚する。
「その阿保蟹を取り囲んで殺せ!」
その言葉を聞き届け、集団はユーゼフを
取り囲むように、その周りをグルグルと
回り始めた。しかし————
「閃!光!弾!」
淡く小さく光る球体を勢いよく叩きつけるとそれは光を拡散させる。
「ぐぉぉ!?」
「邪魔だ邪魔だそぉい!」
あまりの強烈な光に思わず手で画面を覆う。まさか仮面を貫通するほどの閃光力だとは予想できず、その隙にユーゼフは周辺の取り巻きをこの眩しい中でなぎ倒した。
視界が正常に戻った頃、仮面の魔術師は息を切らしてユーゼフを睨む。
「なぁに見てんだよ!」
「貴様が気に食わんだけだ!」
5つのマナが魔術師の中央に舞い、それが螺旋を描きながら巨大なレーザー状の型になってユーゼフに襲いかかる。
「死ねえっ!」
質量、熱量共に凄まじい威力を誇るそれは
核シェルターを溶かすほどのものだった。
当然、人が食らって無事でいられるはずもない。反動からか、魔術師はその勢いを殺すことができずに後退してしまったが————
(やった、あの忌々しい蟹を殺したぞ!)
手応えはあった。魔術師は仮面に手を当てて不敵な笑みを浮かべる。
「ククク、所詮口だけの蟹よ……ぐっ、腰が……」
アルゼンチンバックブリーカーの痛みが未だに全身を蝕んでいる。早く治さなければ
今後に支障が出てしまう。魔術師はこの場から去ろうと背を向けた、が──
「あちちぃ」
「な、なにぃぃ!?」
灰となったはずのユーゼフの声が立ち込める煙の中から聞こえてきた。思わず驚愕して振り返った。
「斧で逸らさなかったら腕の一本死んでたわ」
(腕だけで済むだと!?馬鹿な!)
何という耐久力と剛力だろう。この男は五大元素最大の一撃を食らってもなお平然としていたし、あの一瞬での一撃を即座に逸らしてしまうほどの直観力。普通ではない。
「あ、今ので理解したわ。お前、本当のマナ元素の使い手じゃないな?」
「……っ!」
なんということだろう。この男は今の一撃で魔術師の切り札を見破ってしまったのだ。そして蟹の戦士は————
「パクリだパクリ!やーいやーい努力無しで成功するなんて思うなよー!ターコターコ!イングラムくんの方がまだビリビリしたわ!」
指を指して捩れそうな腹を押さえ、笑いながら挑発する。
「ふん!そんな安い煽りに乗ると思うなよ!馬鹿蟹め!」
苛立ちとストレスをがマグマのように込み上げてくる。それが声にならないように堪えてて、次の一撃の準備をする。
「煽りに乗ってるんだよなぁ、お前耐性ひっくい」
「ふん、レオンに比べればマシだ!」
魔術師が5本の指先からガトリングのようにマナを放出してくる。それを、防御姿勢すら取らずに頬をポリポリとしているユーゼフ、肉体には全て着弾しているのだが、鎧がそれを全て弾いているのだ。
「……ええぃ!でたらめな!」
「じゃあ、俺も次の手出しますか」
ユーゼフは斧を垂直に伸ばして身体をハンマー投げの選手の様に高速スピンさせた。1秒に1回転の早さで徐々に距離を詰めてくる。風圧に触れるだけで服の裾が切れていくのだ。アレに触れればどうなるか、想像に苦しくない。
(この男は本当に……!)
未だ有効的ダメージを与えられていないままユーゼフが優位なのは未だ変わらずだった。
「まわるーまーわるー!」
人型の小さな台風が、質量と密度を充分に蓄えた状態で迫ってくる。後退すれば、高所から落ちて重傷を負うのは間違い無いだろう。
「ふん、ならばとっておきだ……!これだけはやめておきたかったが仕方ない!」
魔術師は首筋に注射器を突き刺して
何やら黒い液体を流し込んだ。
「おぉ……うがぁぁぁぁあ!!!!」
「まーわーれー!」
あと1メートル弱という距離でも、魔術師は肉体の激痛を紛らわせるために咆哮する。
「おあぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、高速スピンしていたユーゼフの
斧が魔術師の胴体を切り裂き始めていた。
「うわぁぁぁ止めろよなぁぁぁ!!!」
斧が肺やら骨やらを粉々に打ち砕いていく。液体の漏れる音と骨の砕ける音が交互に鳴り響く。常人からすればたまったものではない。
と、魔術師は高速スピンするユーゼフを
足蹴りで止めた。
「うおっ、ととと!」
「はぁ…、はぁ…!ふぅ————!」
仮面の奥から滲み出ている殺気と執念がユーゼフを睨みつけた。
「うわぁ、お前今超グロテスクな状態だぜ?よく呼吸出来るな?肺2つも切ったのに」
「ふん、敵を心配している場合か?」
「いや、ご飯が不味くなるなって思っただけ」
「————!」
魔術師の無惨になった肉体は徐々に再生されていく。粉々になった肋骨も、切り裂かれた肺も何もかもが直前の状態に戻っていく。
「へぇ、じゃあ頭はどうかな!」
司令塔である脳味噌を破壊すればこの厄介な現象は消えるのではないかと考えたユーゼフは、その戦斧を思い切り振り下ろした。しかし————
「……ふふふ」
ユーゼフの高速回転する身体の、頭部を押さえつけて無理やり回転を止めた。
「あちちちち!」
摩擦を移動しながら殺していたところを
無理やり止められ、その場で回転し続けたせいで足元から煙が上がっている。
「クク、間抜け」
そして魔術師は、両手でユーゼフの頭部を押さえたまま反対方向へとねじ曲げた。
グキリと骨が異音を奏でて、おかしな方向へ身体が倒れていく。
「はっはっはっは!慢心したなユーゼフ・コルネリウス!死とは敗北なのだよ!」
ユーゼフだったものを蹴り続けて
可笑しくなって嗤う。
「ははははは!邪魔するものは例えなんだろうと捻り潰す!我が野望のために!」
「っててぇ!」
勝利の余韻に酔っていた魔術師の
足元で、未だ健在と言っているように
ユーゼフから声が聞こえてくる。
「は……?」
「痛えなちくしょう!」
足首を握られて、引きおいよく引っ張った。
「うわわわ!?」
ドンっ、とシェルターの強固な部位に頭をぶつける。
「ぐぬぉぉああ!!」
ユーゼフは身体を起こして、自分の首の位置を無理やり元に戻した。魔術師はあまりの痛みに叫び声をあげながらのたうち回っている。
「あーくそ、痛え!こりゃあリルルちゃんによしよししてもらわないと治らない!」
「馬鹿な!首の骨が曲がったら呼吸が出来ずに死ぬはずだ!それも貴様の鎧は頑丈、そう簡単に戻せるはずがない!」
「るっせえなぁ!俺はそんなの慣れっこなんだよ!へし折られる前に呼吸止めて位置戻しゃあいいんだよターコ!」
苛つくように叫んで、ユーゼフは自分が得意とする戦斧を置いた。そして、シコを踏み始める。
「……んな人外じみたことが出来るか!
死ね!」
そして、突っ張りの要領で進撃していく。
一歩前進するごとに、一手の張り手が迫る。魔術師の渾身の一撃すら、その張り手に掻き消されていく。
「ええい!出鱈目な蟹め!来るな!」
「どすこいどすこい!」
胴体の急所を的確に張っていく。肉体の内側が振動し、全ての臓器が激しく上下する。
「ほらほらどすこいこい!」
緩まぬ張り手、防げぬ追撃に魔術師の怒りは頂点に達した。
「おのれ!こうなれば貴様の心臓を爆弾に変えてやるわ!」
そして、ユーゼフを見やると目の前にはいなかった。
「どすこい飽きたからコブラツイストで」
「ぐぎゃぁぁぁぁ!!!!!」
5トンある鎧に身体を拘束され、肉体を
無理やり引き伸ばされるこの感覚は
非常にキツイ。
「リルルちゃんに謝れ!あの紫色のお姉さんにも謝れ!そしてついでに俺の首のことも謝れ!」
「だ、誰が……ぐっ!」
薬の効果が切れ始めているのを直感で悟る。このまま切れてしまえば、今の重量には耐え切れずに倒れ伏して、全身を核シェルターに強打させるハメになる。
「ぐぉぉぉぉ!離せ!この肥満野郎がぁぁぁ!」
瞬間、コブラツイストの拘束が緩んだ。
そこから脱出して、2つ目の薬を投薬する。
「おい、今お前俺の体型のことなんて言った?」
「肥満野郎と言ったのだ、聞こえなかったか?あー、防具で聞こえていないのだな?
ククク、肥満野郎め!」
全身に漲る闘気は血液のように循環し
マグマのように込み上がってくる。アドレナリンも異常に出ていて痛みを感じていないし、今ならばこの男、蟹男を倒せる。
「殺す」
しかし、その威勢も束の間。ユーゼフのこれまでの飄々とした態度は一変し、悪魔のようなオーラを背後から放出し始めた。
「む……!?」
「禁句を言ったなぁ、それが初対面であれ
友人であれ愛するペットであれそれを言うことは許さない!」
持っていた戦斧を、さらに巨大化させる。
さすがに持つことはできないようで、引き摺っている形にはなるのだが、それがどこかのアフリカの処刑人の様で、少したじろいだ。
「オラ死ねやぁ!この薬中がぁぁぁ!!!」
ズンッと振り下ろされる巨大斧。砂埃が舞うほどの凄まじい圧力が感じ取れた。
「ふん、当たっていないではないか!
間抜けめ!」
「うーしーろ!」
みーつけた、とでも言う様にユーゼフは
恐ろしく低い声でそう囁いた。
「ぬっ!?」
振り返った時にはもう遅かった。臓器全体が押しつぶされるような圧力と共に
遠心力で遠くの彼方へ飛ばされてしまったのだ。心身を薬で強化したはずなのに
全く持って敵わなかった。
「なぜだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
距離がおかしくなる前に、魔術で
姿を消した。
それを見届けたユーゼフは唾を吐き出して
斧を通常サイズに戻した。
そして————
「リルルッちゃん!」
小さく屈んで、両手を広げる。まるで歩きたての子供を笑顔で迎える父親のように。
「おじさん!ありがとう!」
「だぁもぉ!おじさんちゃうって!お兄ちゃん!」
「ねえおじさん!頭下げて!撫で撫でしてあげるから!」
「お、おん……♡」
リルルは精一杯背伸びしてユーゼフの頭を優しく撫でてやった。まあ、鎧が邪魔をして温もりを感じられなかったのだが
「んぉぉぉぉん!頭外すからもう一回やってぇぇぇぇ!!!」
「ぶー!撫で撫ではご褒美の時にしかあげられないんだよ!お爺ちゃんが言ってた!」
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!」
ユーゼフは自分に心底呆れながら、後悔しながら地面をガンガンと叩きつけ、冷静になったところで
「おっとこうしちゃいられない。これ止血剤ね、塗っておこうか。」
セリアの出血が和らぎ、止まっていく。
これで一応は安心だ。
「さて、蟹のお兄さんは行かなくては」
「どこ行くの?」
立ち上がる蟹の戦士を、小さな少女は見上げる。
「うん?君のように困っている人を助けに行くのさ!」
「それって、撫で撫でしてもらうために?」
「もちろっ……ううん、これは俺のボランティアさ!それじゃあさようなら!イングラムくんたちによろしくね!あばようっ!」
ユーゼフは自分で開けた天井に向かって高く跳躍した。戦士は征く、困っている人(ロリっ子)を少しでも救うために!(そして撫で撫でしてもらうために!)
さようならユーゼフ!また会おうユーゼフ!