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第36話「怪異迫る!」


一糸乱れぬ突撃。紅蓮の騎士団は統率の取れた動きで一気に距離を詰めてくる。


「いいか、勝つことが目的じゃない!

引き分けに持ち込め!死ぬなよ!!」


アデルバートの怒号に近い号令が全員に轟いた。鬼気迫る表情の中で、蒼髪は電子媒体を活用して、数万のゴーレム兵を起動させる。兜型のモノアイが点滅すると、緩やかに行進を開始する。


一番乗りを果たした紅いひとりの兵士がゴーレム兵に手にしていた剣で攻撃する。

しかし、古城の如き強固さを誇るその

ボディは剣をへし折ってしまった。

そして————


「うわぁぁぁ!離せ!離せぇ!」


数万馬力の怪力を以って、行軍中の騎士団に向かって馬ごと投げ飛ばしてやった。

一頭、また一頭と投げ飛ばされた衝撃により馬は倒れていく。しかし、戦士たちは精強だった。馬を無くして尚立ち上がり、向かってくる。


「コンラの雪はなかなかの質だな。子供たちに感謝しないとな」


このゴーレム、実は雪で作られた代物だった。それを電子着色料で偽装兵に仕立て上げた。大柄で見たものを怖がらせるような

アイデアを取り込ませたおかげで、敵軍は行軍をしにくくなっている。使い魔を使わなければいけないということに目を瞑ってさえしまえば、自国の足りない兵力を補うには充分だった。


「ええぃ!所詮中身は人間だ!弓で射ぬけ!さっさと!」


先陣を切った男の焦りの号令が降る。後続の馬兵隊は馬を駆りながら弓を引き絞りつつ、矢を豪雨のように射っていく。

しかし————


十数の矢が刺さろうと、あのボディには

傷ひとつ付かない。それどころか、敵兵士たちの移動速度は雪に足を取られてしまうせいで低下してしまった。


「くそ、なんだこの雪!取れねえぞ!

このぉ!」


早く抜けなければ、という焦燥が全身に汗を伝わせる。雪に不慣れな戦士たちの体温を徐々に奪っていく。


「うう、ちくしょう!眠くなってきやがった、目蓋が……!」


「おい、しっかりしろ!気をしっかり持て!」


人間は体温が低下すると体を温めようとして自然と眠くなる。既に攻め込んできた尖兵のほとんどは寒さにやられて雪に倒れ、埋れていた。


「くそ……我が軍追い込まれていますっ!

どうか援軍を!」





「おお!紅蓮の騎士軍団があんなに手間取っている!やれ!ゴーレム兵!」


「おいおい、あくまであれは俺たちの消耗を抑えるためのものだあまり期待されても困る。」


「は、申し訳ない!」


(さて、そろそろか……)


パチン、と電子媒体に向けて指を鳴らすと、快晴だった空が暗雲に遮られ、まるで夜のように変わった。





「この微かな匂い、マナによる人工雲か。

それもかなりの質だな、生半端なものでは

形作ることすら不可能だ。この戦い、これまで以上の激戦になるかもしれないな」


尖兵が壊滅的状況にも関わらず

リオウは目を細め、空に出来上がった暗雲を見る。雲の上から煌く紫の迸りを見上げながら彼は己の鞘に手をかけた。


「若いの、まだ頃合いではない。敵大将のマナが枯渇するのを待つのじゃ」


自ら斬り伏せようと思ったところに水を差したのは、占いの仙人だった。せっかくの気分が下がっていく。


「……些か焦っていたか」


そう呟いた刹那、紫色の雷が大地に下るのを彼は見た。未だ進軍を続ける紅蓮の騎士軍に対してまるで粛正を行うかのように紫色に轟く雷は道を阻むが如く落ちていく。


「うわぁぁ!退け!丸焦げになるぞ!」


退却せんとする兵士たちを深緑の暴風が阻む。背後に落雷、眼前に暴風と、本来起きえないはずの超常現象に兵士たちはパニックに陥った。


「はぁ!?どうなってるんだよ!?

なんでこんなに天気が荒れてんだ!?

さっきまであんなに快晴だったのによ!」


「くそぉ!氷柱まで降って来やがった!

ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」


落雷、暴風と続きゴルフボールほどの大きさの雹までもが降り注ぎ兵士たちの鎧に穴を開け、肉を穿ち、雷が肉体を焼きあげ、暴風がそれを巻き上げていく。


危険領域より一歩下がったところに

リオウはいた、彼はこの光景を眺めるや

ぽつりと言葉を溢す。


「このままでは兵士たちが無駄死にしてしまう、安全圏まで退くよう伝えろ!」


息絶え、瀕死にも近しい兵士たちが数百メートルの高さから落ちて散っていく。

コンラの大地は徐々に赤く染まっていった。リオウの指示で、上空に一筋の赤が飛んでいく。それは、自軍の兵士たちにのみ通じる伝令法だった。


「ほほほ、伏兵部隊にそろそろ指令を下すべきではないかな?」


真後ろに仙人の不愉快な笑いがリオウに届いた。それでも彼は振り返ることをせずに

淡々と述べる。


「いやまだだ、敵が勢いに乗り優勢と計る

その直前まで、我々は劣勢を装う。敵軍に紛れるにはそれが妥当な手段だ」


「ほっほっほ、それが主の作戦ならば

それでよかろうて、儂も準備は出来ておるからのぉ、いつでも声をかけるがよい」


ふっ、とまるで最初から存在感が無かったかのように、仙人は姿を消した。


「ふん」





「アデル様!何やら我が国の後方に怪しい動きがあるとのこと!」


「恐らく伏兵だろう。あそこには戦いに不慣れな奴らしかいない。50人ほど偵察に向かわせろ。随時報告するように伝えておけ」


「はっ!かしこまりました!」


颯爽と去っていく伝令兵。最適な人物を瞬時に見抜く目を持っているため抜擢された。おかげで情報の伝達が早くて助かる。


「……マナの調子は半々か、まあこれだけ持てば妥当だな」


雷を落としても、暴風に巻き込まれても

氷柱に当たろうとも、ゴーレム兵には傷ひとつ付かないどころか氷柱を吸収して

肥大化までし始めている。


「ちっ、しかし頭は何をしてやがる。自分の軍があれほどやられているのに傍観しているとは……」


いや、何かしらの策を練っていてそのタイミングを測っているとも取れる。

相手は先見の明と知恵、そして鬼神の如き武勇を誇る国崩しの帝王。そう簡単に尻尾は掴ませない辺り、やはり手強い。


と、マナが枯渇したのだろうか。

周辺の災害規模もどきの悪天候は瞬く間に消え去った。





「占い師、幻霊兵士を出せ。戦力増強とまではいくまいが、奴らの戦意を挫くのには適役だろう」


「ほう、頃合いかの?では————」


死んだ兵士たちの身体から抜け出していく

数千規模の青い小さな人魂達が、仙人を取り囲むように飛んでいく。


「霊術……返魂幻視!」


全ての魂が仙人が両手を叩く音に合わせて弾け、再び陣に参列するように降り立っていき、それはやがて人の形を成していった。無表情で埋め尽くされた今し方死んでいった兵士たちの全てが現世に再びその姿を現したのだ。


「ほほほ!前回とは死んだ規模が違う!

これは素晴らしいのぅ!」


自身の傑作を自ら拍手して褒めたたえ

再び兵士として再利用する。半透明の幽鬼のような表情を浮かべ、死したはずの兵士たちが常人には出せない凄まじいスピードで突貫し、ゴーレム兵を粉微塵にした。


「仙人、仲間の死を喜ぶな。奴らは俺の友であり加須区、貴様の道具ではない。

だが、お前のソレはなかなかだ」


複雑な面持ちを浮かべながらも、仙人を称賛する。何度もこの老人がこの術を行使する姿を見て来たせいだろう。彼は自然とその技術に関心を抱いていた。


「よし、興が乗った。そいつらと共に俺も進軍する。霊兵に士気など不要、怪我も負うことも感情を吐露することも無いのだから、前線に突撃させる!」


「よいよい、では、儂は3つの頭を取るためのとっておきの準備をするでの…それを引っ提げてまた来るぞよ。ほっほっほ……」


ボウッと、禍々しい炎と共に仙人は姿を消した。それを鼻で笑いながら見送り

前を見据える。


コンラの兵士達は今困惑の中にいるはずだ。生きた兵士たちの中に混ぜた霊兵は

物理的な攻撃、魔術的阻害や環境に影響されない。壁抜けや敵の背後を瞬く間に取ることも可能だ。攻撃も、怨念や執念等の“生前の悔い”があれば叶う。


「さて、紅蓮の騎士軍総大将リオウ・マグドール。総大将である王の首を取りに向かう、お前たち、死して尚俺の元に集うというのならばついて来い、先ほど受けた恨み辛み……俺が全て倍にして返してやろう!」


最強の男は高らかに自らの獲物を掲げながら馬で駆けていく。


真顔の白い肌の兵士たちはそれに続き声を上げることなく、ただただ獲物を掲げながら、馬と同等の速度で進軍を開始する。

不気味さと恐ろしさの入り混じった

得体の知れない感情が渦となり、コンラを巻き込もうとしていた。






「……なんだ、この嫌な感覚は!?敵の頭以外にも何かがこっちに向かってくる……!?」


アデルバートの背筋にコンラの冷気よりも冷たい何かが背中を撫でた。細胞の隅々に記憶された感情が無意識にマグマのように湧き上がってくる。そんなことはありえない、とアデルバートは頭を横に振り、改めて敵軍勢を見渡す。


すると、眼前には無表情の敵兵士が槍を振り下ろさんと迫っていた。そして、その口元は確かにゆっくりと動き————


「殺す」


死者の声など聞こえるはずがないのに、まるでそう聞こえたように感じ取ってしまった。


「っ!?」


アデルバートは反射的に防御姿勢に入ってしまった。馬は嘶いてアデルバートを振り落としてしまうが、彼は宙返りをしながら上手く着地した。顔を上げると、さっきの霊兵は見えなくなっていた。しかし、進軍してくるリオウの軍団の兵士の多くはアデルバートが今し方体験した畏怖の怪異だらけだった。


(この状況をどう伝える……?さっき死んだ奴らの霊だとすれば、兵士たちがパニックになるのは確実だ……!どうにかして対処しねえと!)


アデルバートですら得体の知れない何かに

身体を這われている不快な気分なのだ。

一般兵たちがこれを経験してしまえば、

間違いなく逃走者で溢れてしまう。


「アデル様!急に馬が嘶いていましたが……

何かあったのですか?」


「……いや、何でも、な————!」


振り返った味方の兵士の顔は、死んだ敵の兵士の怒気と殺気の孕んだ恐ろしい表情だった。


(視覚幻術の類か……!舐めた真似を!)


極寒の土地だというのに、冷や汗が止まらない。炎天下の太陽の真下にいるみたいに

汗がどんどん噴き出してくる。


「俺のことは気にするな。お前らは自分を守ることに集中しろ!」


「はっ!」


1秒にも満たない瞬きをしたら彼の顔はいつもの顔に戻っていた。やはりこれは脳と視覚、そして精神に直接訴えてくる類の術らしい。


アデルバートはこの異常についてイングラムとルークに電子媒体を通じて連絡をしようとしたのだが————


(馬鹿な!?)


電子媒体にノイズが走り、エラー表示がされている。あの霊兵たちの影響なのかはわからないが、少なくとも戦況が劣勢へと傾いているということは、彼には嫌というほど理解出来てしまっていた。


「ちっ、クソが……!」


舌打ちをしながらも、アデルバートは己が

最も得意とする暗殺用ナイフを2本手に

取りながら、迫りくる総大将を見据える。


「しゃあねえ、お前達はここで待機していろ!」


「アデル様!どちらへ!?」


吠えるように号令する青き戦士は

馬に跨りながら答えた。


「敵の頭を取る、お前たちを死なせるわけにはいかねえからな!」


それだけ告げて、彼はひとり、声を上げながら馬を走らせて霊兵入り混じるリオウ軍へ単騎で突出していった。

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