第35話「絶望を打ち砕く者たち」
正午のコンラを囲うように紅蓮の騎士の軍団が侵攻開始の合図を待つ。総大将を務めるのは、ソルヴィアを含めこれまで数多のを堕とした紅き騎士リオウ・マクドール。鬼神の如き武勇、全身を真紅の鎧と兜で覆った戦士である。
「氷海を行き来する国か。だが、紅蓮の騎士の勇士たちはそのようなものに劣りはしない」
漆黒の馬に乗りながら、紅い鎧を着た最強の男は叫ぶ。今の今まで成せないことなどなかった。天候さえも味方につけて、堕とすのに10数年かかるのまで言われていた城砦の王国を10日で滅ぼしたのだがら。
だが今回とて、同じようにはいくまい。
「リオウ殿!コンラへ侵入する道が見えて参りました」
視察者の者が駆け寄って膝を折り報告する。
「そうか、天候の影響で見えていなかったということか?」
「はっ!そして北、東、西にそれぞれ数万の兵が迎撃態勢を取っている模様です!」
「……コンラに策を献ずる軍師がいるというのか?いや、どこかで有能な人間を捕まえてきたに違いない。さすればこのような陣をあの無能が敷けるはずもあるまい」
クク、と慢心を抱きながらもリオウは再度笑う。人間、3日会わざれば刮目してみよ
という呉下の阿蒙の言葉もあるが
あの王は例外だ。それを成せるほどの器ではない。
「いや待て、確かコンラは主君が変わったと言っていたな?」
そんな思考を、引っかかっていたものが取り払った。部下に問いを投げる。
「はっ!先代の王はなんの前触れもなく急死しており、その子が跡を継いだとのこと!」
「……暗殺、か」
ならば、あのバカ王の子が有能であるということも否定はできなくなった。名君の子が暗君である、という事例も存在する。その逆も、あり得なくはないのだ。
「ふふ、これは面白いことになってきたぞ?なあ?魔術師、仙人よ」
騎士の両隣には黒い炎が出現しそこからあの仮面の魔術師と、年幾ばくもないような白く長い髭を生やした仙人が現れた。
「ほほほ、お若いの。やはり戦士の血か?滾っておるの?」
「……流石は我が主君。その闘志に誰もが焚きつけられましょう」
仙人はククと笑いながら陣を敷いているコンラを眺め、その手の間に水晶玉を出現させた。それを宙に浮かせ妖しく光らせ、占う。
「何かしらの策はあるであろうな。“上下左右、あらゆる所に警戒をすると良い”と出ておる」
「ふむ、ではその言を採用しよう。仕事を頼むぞ」
占いの結果を報告。リオウは仙人を頼りにしているようだった。
そして、彼の真横に突撃隊長であるシュラウドがやってきた。
「ではリオウ殿、私は手筈通りに」
「あぁ、移動しているとはいえ油断はできん。気を付けろ?」
「御意!」
消えるは赤い影。絶対の信頼と信用という
魔術師と仙人にはない繋がりが彼らにはあった。
「さて、陽が真上に登った時を進軍の合図とする。皆の者気を引き締めろ!コンラという国を今日ここで滅ぼす!」
兵士たちは武器を掲げて歓声をあげる
彼らの士気は異様な程に高まっていた。
一方その頃。コンラの中心地でも多くの兵が集まっていた。全員が電子媒体のモニターを確認して敵兵力の多さを確認している。しかし、誰ひとり恐怖で逃げ出すものはいなかった。皆が王の言葉を待ち望んでいる。そして————
「みんな〜頑張れ〜」
たったの一言士気が削がれることなど全く気にしていない様子で、のほほーんとした表情で言った。溜息を吐きながらデカいハリセンで王の頭を叩く。スパァン!と爽快な音が鳴り響いた。
「っ〜!!!!」
声も出せないくらいの激痛が襲う。バカ王子は思わず頭を押さえる。
「さて、今のは諸君の気を紛らわ王なりの配慮だ、ここからは(愚)王に代わって俺が指揮を取らせてもらおう」
アデルバートはうまいこと王のダメダメを
周囲に茶番だと示すことで茶化させた。
彼は視線を側近に移す、相手も既に承知しているらしい。王の御前に跪いたまま頷いた。
「無論総大将はここにおられる王だが実質戦闘経験皆無と聞いたので、そのつもりで」
「アデルバート殿!それぞれの部隊展開はどうなされるおつもりで?」
兵士のひとりが挙手をして質問を投げた。表情を伺うに、各隊の指揮官がいないことが気がかりなのだろう。それを察し、アデルバートは答えてやった。
「それに関しては問題ない。北を俺がまとめ、西をルーク、東をイングラムに担当してもらう。俺はともかく、ふたりは歴戦の勇士だ。頼りにしてやってくれ」
「おおっ、それならば安心だ!」
「そうそう、お前たちの士気を向上させる情報を提供してやろう。コンラ側に援軍が到着する予定だ。既に連絡は取り合っている。頃合いを見て仕掛ける予定だ」
「よぉし!やれる!やれるぞー!」
兵士のひとりがそう意気込み、それが周囲を巻き込んで、かつてない高揚感が国中を滾らせていた。
「よし、では各自配置に付け。指揮官の命令をよく聞き、時に自身で判断し行動しろ!死ぬことだけは許さねえからな!」
「「はいっ!!!!」」
「では!散会!」
兵士たちは各自持ち場へと向かっていく。
第二の演説が終わり、アデルバートは
ふぅ、と息を吐いた。これから戦争だというのに、なんだかやり切った感がもう出てきている。
「お疲れ、アデル。じゃあ俺は先に行くよ」
「おう、頼むぞルーク。お前のその神速の如き剣捌き、期待してる」
お互いに肩をポンポンとしあって緊張を
ほぐし合う。ルークは頷くと西側の部隊へ合流しに向かった。
「……イングラム、あいつらを送るタイミングはお前に任せる。好きにやれ」
「あぁ、安心してくれ。それで、お前はどうするんだ?」
「セリアとリルルを安全な場所へ避難させた後に北へ布陣する軍に合流する。そこから戦闘開始だ。おそらく正午になるだろう」
イングラムはわかった、とだけ返して踵を返し歩き始めた。
「イングラム」
自身の名を呼ぶ友の声に、思わず歩みを止めて振り返った。
「お互い生き残るぞ」
「あぁ、当然だろう?」
イングラムは優しく微笑んで、今度こそ自身が指揮する軍へ合流しに行った。
「……さて、あいつらを連れて避難させねえと……」
アデルバートは地下深くに用意されていた旧式の核シェルターの中へふたりを収容した。西暦の遺産のひとつとされているこれがまさか役に立つ時が来ようとは思いもしなかったが
「……アデル様、とうとう戦われるのですね」
避難所の入り口でセリアはリルルを優しく抱き抱えながらそんなことを聞いてきた。
その瞳は僅かながらに震えている。
「あぁ、お前たちふたりを守るためだ。
ここでじっとしてろよ?」
アデルバートは背を向けて、歩き始める。
今のコンラに民たちの姿はない。
戦士がひとりだけ、戦場に向かうだけだ。
「アデル様……!必ず、生き延びてください!あなただけではありません、イングラム様やルーク様も————」
「それ以上言うな。大丈夫、みんな生きて帰れるさ」
セリアに振り返って、肩に優しく手を置く。
「蒼髪様、頑張ってね!」
そして、リルルからも精一杯の声援。小さくとも、戦士たちの背中を押すには充分だ。気合が入るというものだ。
「ふっ、おう。お前の騎士様にも伝えておくぜ」
アデルバートは腰を下ろして、リルルの頭を優しく撫で、そしてセリアを見上げる。
「それじゃあ、行ってくる」
「アデル様、御武運を!どうか、無事で……!」
言葉を返さず、アデルバートは手を軽くあげて答えた。そして、自動ドアの向こうからは正午の光がアデルバートを包み、戦士は消えていった。
北軍、東軍、西軍を指揮する戦士がそれぞれ配置に付いた。北にアデルバート、東にイングラム、西にルーク。それぞれに1万と数千の兵士たち。
数は向こうに劣るとも、最強の戦士たちがひとりずつ指揮をとる。拮抗させることはできるはずだ。
「さぁてめえら!迎え撃つぞ!あの赤い鎧を真っ白に染めてやれ!」
「「「おおーーっ!!!」」」
「ふん、向こうも始まったらしい。俺たちも行くぞ!紅蓮の騎士軍最強の力を見せつけてやれ!行くぞ!」
「「「おおーっ!!!」」」
リオウの雄々しき咆哮にも似た掛け声は
紅蓮の騎士団の兵士たちの闘志を滾らせる。そして、兵士たちは馬を駆りて一直線に駆け出した。
真夏の正午、今ここにコンラと國崩しを名乗る紅蓮の騎士軍との壮大な戦争が始まろうとしていた————!