第34話「救いの手はここにあり」
王城の内部では、すでに戦闘態勢が整っていた。全ての兵士たちは意気揚々としている。
「我々は必ず勝てる!なんだって、アデルバートと最強のインペリアルガード、風の騎士がいるんだ!負ける要素がない!」
いつでも戦闘に移行できるようにテレポート用の魔法陣に皆が乗っていた。そして、それを画面越しに眺めているのは、ポンコツ王。
「そうだよ〜、みんな〜がんばえ〜!
私はねむりゅ————」
「寝かせると思ったか?あぁ?」
冷たいナイフを首筋に当てる。あと少し深ければ頸動脈から鮮血が噴水のように湧き出ていただろう。
「え〜」
「え〜、じゃねえ!てめえの働いてるところを俺どころか側近すら見ていないのはどういう理由なのか教えてもらおうか!?」
頬を膨らませてふぐみたいな表情を浮かべる。それを人差し指で押すアデルバート。
ぷしゅ〜と空気が抜けるように、頬から二酸化炭素が排出される。
「いや、働いてはいるんだよ?ただそれが部下たちの目に留まってないだけでさ」
「ほぉ?じゃあどんな内容の働きをしたんだ?」
「えっとね、まずは兵士たちの統率でしょう?」
「あぁ」
「それからそれから、兵糧の確認」
「ほう」
「あとあと、士気の低下の要因を取り除いたり」
「……で?結果は?」
両腕でばつ印を作る。これにはもう頭が煮え繰り返る。
「こんの————」
「へぇ?」
あっけらかんとしたとぼけた声。
よく聞こえなかったのか、耳を傾けて手を添えて聞き返す。それに対して、アデルバートは自分の口元に手を立てて叫んてやった。
「無能王がぁぁぁぁ!!!!」
「耳がぁぁぁぁあ!!!!!」
キーンとなった耳を塞ぎながら
ふらつく王の背後を取ってバックドロップをかます。王の頭部は玉座に続く段差に直撃して鈍い音を奏でた。止めない側近たちもアデルバートと同じことを思っていたのだろう
「全く、てめえの脳内最強〜は飽き飽きした。兵士たちがやる気になってるっていうのに、国を収める当のお前はなんだ?
あれやこれやと他人に押し付けてなんの指令も出さねえ」
「ううっ……面目次第もないですぅ」
「せっかく上昇しかけている士気がお前のそのぐーたらりんこな姿勢のせいで駄々下がりしたらどーすんだよ、あぁ!?」
「ひぃん!イングラムく〜ん!ルークく〜ん助けてぇ〜!!!!!」
無理やり起こされて胸ぐらを掴まれて
子供のように涙を浮かべて視線をふたりへ移す。
「お断り致します」
「俺も」
「ひぃぃいん!!!!!」
頼みの綱は存外細くて脆かった。
数時間後、アデルバートに殴られまくって顔面が蜂の巣みたいになった王は側近たちの使い魔の映像を見て驚愕した。
「びえええ!!!!うちの兵士たちより多いじゃないかー!!!!あの紅い鎧は國崩しで名を馳せている紅蓮の騎士団だよ!!なんてやっばいんだぁ!!」
「うるせえ黙れ」
アデルバートが凍てついた膜を口元に投げて開いた口を無理やり閉ざした。雪月花蝶のあの哀しそうな鳴き声は、こうなることを指し示していたというのだろうか?
「……側近、敵の数は?」
思考を変え、まずは態勢を整えるべくアデルバートは側近へ問いを投げた。
「およそ5倍、そして伏兵も紛れているとなると、少々測り兼ねまする」
「いや、それだけわかればいい。策はこれから練ることにする」
「ふむ……相手の参謀は、あの仮面の魔術師か、ったく、腹立つ背格好してやがる」
拡大ズームされた仮面の魔術師が映り込む。相変わらずわけのわからない衣装に身を包んでいて、アレの周囲には例の邪教徒も何十人と確認できる。
「……ではこちらも兵力を増やしますか?
義勇兵ならば募れましょうが……」
「戦闘経験のない奴らを加えてみろ。仲間の死に顔を見た途端に逃げるに決まってる。だったらここで家族とじっとしてる方がみんな安心できるってもんだ」
「むぅ、確かに……」
側近がなるほどと頷いているのを他所に
アデルバートは戦友に目を向けた。
「イングラム、ルーク。俺たち3人のマナを合わせる必要がある。セリアからは例の回復薬を貰ってるし、敵兵力を十分に削ぐことはやれるはずだ」
「何か案があるんだな?聞かせてくれ」
存外早く、策はなったらしい。
「あぁ、それは構わないがここじゃあなんだし、俺の部屋に来てくれ」
ちょいちょいと、アデルバートはふたりに手招きして耳打ちする。
(バカ王の内通者というのも、あながち否定できねえ、例の魔術師の部下が兵士に化けさせている可能性もあるしな。てわけで、掴まれ)
電子媒体のテレポーテーションを使って
瞬時に移動する三勇、王は未だに解けぬ口元のものをもがもがと必死に取ろうとしていたのだった。
「よし、怪しい魔術の痕跡もないし
誰かが無断で入った形跡もない。安心して策を伝えられるぜ」
ふたりはアデルバートに椅子に座るよう言われたので、その通りに座った。
「敵兵力についてはお前達もさっき知った通りだろうが、相手は俺たちよりも数が上だし多分質も上だとろう。ハッキリ言って
勝ち目はない、今のままじゃ、な」
「……というと?」
「この国の自然の力を上手く使う。相手は国の外側を知ってこそすれ、俺たちの内情までは知らないはずだ。いつどこで、どんな猛威が襲うのか……承知しはしていても対策を立てるには相応の時間が要る」
だが万が一を考えて、内通者がいることを考慮しているアデルバートは、それを踏まえて言葉を紡ぎ続ける。
「俺のマナで吹雪を起こす。そしてそれを加速させるためにはルークのマナが必要だ」
「……俺はどうすればいい?」
イングラムの特性を昔から知っているアデルバートは、にやりと笑って続ける。
「お前は任意に雷を落とせるってルークから聞いている。それを活用させてもらうぞ」
「だが、俺たちにも限りがある。いくらマナを薬で回復させるとはいえ、どれほど持つかわからんぞ?」
確かにそれがあれば何も知らされていない兵士達は驚き、尻餅をつくだろう。逃げ出す者も出てくるかもしれない。しかしそれでも、不安は拭えなかった。
「心配するな、そこはうちの兵士達の出番だ。この国の雪を使って偽装兵を作る。
まあ、雪人形だ。」
コンラ出身ばかりの兵士たちは昔から雪に馴染んでおり、幼い頃から雪遊びに興じている人々が多い。彼はそこに目をつけ、複数の人形を作り出して相手を錯乱させる。というわけだ。
「あえて目立つように北に黒、西に紫、東に黄色と塗装したものに分ける。そして、それをルシウスから貰った使い魔を練り込み、ゴーレム式雪人形の完成だ。」
「……南を空けた理由は?」
「あ?当然、コンラに続く道が出来るからに決まってるだろ。まあ俺たちは初っ端からマナを使いまくりだが、あとは兵士たちでも出来る。数が減り、士気が下がったあいつらにコンラ式のゲリラ戦法で殲滅する。伏兵も敷く予定だ、雪と大差ない鎧を着てもらうがな。
「ほぉ……」
と、納得した辺りでイングラムの電子媒体が振動する。
「なんだ、このクソ忙しい時に恋人か?」
「ちがわい!」
成人女性と知り合いはいない。同級生ならば、と思ったがそもそも彼女らは面倒というなの固まりだったゆえ全てを避けていたのでそれはなかった。唯一持っているものといえば、セリアの連絡先くらいか。
「これは……もしもし?」
〈お久しぶりねイングラム。話はリアルタイムで聞いているわ〉
聴き慣れた皇女の声が電子媒体を通して聞こえてきた。ルークは思わず眉を上げて驚きアデルバートは机の上で手を組みながら電子媒体を睥睨している。
「……彼女、か?」
「いや、この方はファクシーの皇女であり
北欧の三女神の三女、スクルド様だ」
アデルバートに隠す必要もあるまいとイングラムは堂々とそう言い切った。しかし、尚更アデルバートは顔をしかめている。
「どうした?」
「なぜ北欧の神とお前が知り合いなんだ?」
「ふむ、話すと長くなるが」
イングラムは回想するように頭に吹き出しを出現させて説明しようと————
「3行で言え」
したのだが止められた。ほわほわと浮かんでいる雲がアデルバートの手で掻き消されていく。
「ソルヴィアの同盟の為に。
ファクシーに行って。
同盟を結びました」
「ほぉ、で?その女神様がどうして俺たちに連絡をよこしてきた?」
〈あなたたちコンラ側に加勢してあげる。
ソルヴィアの壊滅の時、手を貸すことが出来なかった。だから、ね?〉
「————」
なんの見返りも求めていないはずがない。
アデルバートは腕を組み疑りながら、イングラムに話を続けるように視線で合図を送った。
「皇女様、それはどうして急に?」
〈単純よ、同盟相手が知らない国を守ろうっていうんだもの、手を貸すのが道理でしょ?〉
「でも、それじゃあそちら側にメリットが
ないのでは?」
ルークがふたりの思っていた疑問を投げた。それに対して皇女は
〈メリット?それならそっちに恩を売ることになるし、その恩をいずれ返してくれればいいわ。ウィンウィンの関係でしょう?〉
「ふむ————」
〈安心なさい、コンラの環境、地形については私もよく知っている。そこの天候すらもね。うちの子たちをテレポートで送り込むことも容易いわ〉
「つまり、上空から奇襲をかけることも可能ということか、より勝率が上がったな」
溜まりに溜まった紅蓮騎士団の頭上に
百戦錬磨のファクシーの戦士たちを上空へ落として奇襲で倒す。アデルバートの脳内に浮かび上がるイメージが思わず頬を緩ませる。
「しかし皇女とやら、ひとつ聞く」
〈あら、なあに?アデルバート〉
「あんたはもしや、この国に知人でもいるのか?」
その言葉に、皇女はどう思ったのか口を閉ざした。まるで時が止まったみたいに
部屋の一室が静まり返る。
〈————まあ、ね〉
スクルドは否定しない。ということは、間違いではないということなのだろう。アデルバートは頭の中で、コンラで出会ってきた人物たちを思い浮かべていく。
〈“彼女”にはまだ会ってないのかしら?
だとしたら、そうね……戦いの時に見えるでしょう〉
(彼女……?ここの王は男性だったはずだし、女性の王がいたということは聞いていない)
イングラムの考察を他所にスクルドはえへんと見えを張り
〈ふふん、なぜわかるのかって?それは私が————〉
「“未来を司る神、スクルド様だからよ”だろ?」
〈むぅ……言われた〉
彼女の締めの言葉を、出会って数分足らずの男に言われて、むくっと膨れる。そして、内心思った。
(やりにくいわね、この男)
イングラム以上にくえない男である認定を勝手に贈り通信を続ける。
〈とにかく、私はあなたたちの指示に従うわ?兵力はそうね、10万ほどならレンタルしてあげられるわよ?〉
「「じゅっ、10万!?」」
「————」
イングラムとルークは驚愕する。それもそうだ、コンラの兵士たちと合わせれば展開している敵兵だけとはいえ、2万もの差を埋めることができる。
〈なぜここまでするのか?と言いたい顔ね、アデルバート〉
「……ふん、ハズレだな。兵を貸してもらい感謝していると言いたかったところだ。」
(やっぱりやりにくいわ、この子)
「ふん……」
どうやらこのふたりは相性がよろしくないようだ。しかしここに来てまさかの同盟が
花を開くことになろうとは彼らも思わなかっただろう。これで、コンラを守り切る算段が更に上がったと言っても過言ではない。スクルドには感謝してもしきれない。
〈それじゃあイングラム。兵が欲しい時はいつでも連絡してちょうだい。そっちへすぐに送り込むから〉
「はい、座標諸々送りますゆえ奇襲をお願いします」
〈ふふ、了解したわ。それじゃあ次は、戦場で会いましょう〉
プツリ、と通信は切れた。そして、アデルバートはふたりの前に立って頷いた。
「お前達の力を借りる。この戦い、必ず生き延びるぞ!レオンを探す為に!」
アデルバートは拳を突き出した。イングラムとルークも、拳を突き出して力強く頷いた
「当たり前だ、俺たちが力を合わせればどんな敵とでも戦える!」
「どんな困難でも乗り越えられる!」
3人は力の限りを尽くして決死の想いで戦い抜くだろう。いつの日か、皆で再会できるその日を目指す為に