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第33話「国の為でなく、人の為に」

即死級の匂いの件から1時間。ルークはシャワーを浴びて、爽やかな笑顔を浮かべながら出てきた。足の筋力も大分戻ってきているようで、通常運転になるまでもう少し、といったところだろうか。


「やあ、お待たせ。それで、頼みたい事ってなんだい?」


アデルバートは離れた距離で匂いを嗅ぎ

異臭無しと判断すると、口を開いた。


「お前はあのクズい場所を卒業したあと

全国各地を放浪して、怪人やら怪物やら倒して、食料や水を恵んでいたって聞いたが、それは事実か?」


「うん、まああの程度が施しといえるかどうかは今でも断言できないけれど、困ってる人は助けてたよ」


貧民街や貧民国などに鮮度の高い食料や水を持ってきては、その民や王たちに振る舞っていたのだという。その名声は、移動するこの国のコンラでさえ轟いていた。


「よし、確信が持てたぜ。お前の名声も借りよう。兵士たちの士気に大いに関わるからな」


「あぁ、やっぱり戦争が始まるんだね?

なら俺も手を貸さないわけにはいかない。

協力しよう、絶対コンラを守るんだ!」


風の噂で聞いたのだろう。海の上を移動する国にどう進撃してくるのかは不明だが、ルークにはそんなこと関係ない。ソルヴィアの民を1人しか救えなかった後悔が戦意の源になっていた。


「俺も、僅かだがインペリアルガードとして貴族共が噂を流してくれていた、風に乗ってここまで届いているかはわからんが、使ってくれ」


「よし、じゃあ明日は早速演説だ。下準備はセリアや女医たちがしてくれたみたいだし、当日はさっさと済ませようぜ」


「「おうっ!」」


固い契りを結んで、3人はそれぞれ別室へと向かい、夜を過ごした。ちなみにルークは病室を一時出禁になったとかならなかったとか。


その夜、アデルバートはセリアから届いた

リルルが異変を起こした当時の音声を聴いていた。


「人類が犯してきた罪と星の限界ねぇ……

あの歳であんな思考が出来るとは考えにくい、何かが取り憑いているのか?」


思考を重ねるが、答えは一向に見つからない。時間の無駄だと判断するとアデルバートはそのままシャワーを浴びて床についた。フワフワのホテル級のベッドや枕も

今日この時だけはなんの安心感も得られなかった。


(万が一、あの娘が邪な存在だった時は

俺が始末しないとな、イングラムの手を汚すわけにはいかない)


友の安否を気遣ったアデルバートの心境は

今でもくしゃくしゃだった。あの時、手を共に洗ったときのリルルは、年相応の反応を見せていたのだ。それがいきなりあんな風になるとはセリアも思わず取り乱したに違いない。


「ちっ、考えすぎると寝付けなくなるな。

さっさと寝るとするか」


セリアは今もきっと、リルルと共に過ごしているはずだ。何かあれば連絡を寄越すように伝えているので、大丈夫だとは思うが、一種の不安が募る。


「……寝る、もう寝るしかねえ……」


意識を無理やり夢の中へと堕としていく。

遅めの朝とはいえ、早く寝なければ次の行動に響く。


「おやすみ」




「〜♪」


翌朝、雪雀の囀りと美しい唄声がアデルバートの耳元に囁くように静かに響いていた。優しく包み込むような、しがらみを解いてくれるようなそんな声が。

この声は、そう————


「……セリア?」


「……おはようございます。アデル様、よく眠れましたか?」


「————」


彼女が顔を覗き込むように微笑みながら語りかけてきている。最悪な眠りだったというのに、そんな感情は彼女の微笑みで霧のように掻き消えていった。


「あぁ、セリアのおかげでな。いい朝が迎えられたよ」


「ふふ、それは何よりです。今日は大事な日ですから、たまには、と思いまして」


彼女がここにいるということはリルルの部屋にはイングラムが行っているのだろう。セリアの不安をイングラムが察したところだろうか。今はこうして微笑んでいるわけだが————


「なら今日は一日中動けるな」


「だ、ダメですよアデル様!

労働は4時間と規定されているじゃありませんか!」


「ん?そうだったか?

なんだか、“昔”を思い出してな……すまん」


焦るように言い聞かせるセリアと昔を思い返すアデルバート彼女は、はっとしたのか、思わず頭を下げて謝罪した。


「申し訳ありません。朝からこのような言い方を……」


「気にするな、それで、今の唄は?」


「……!」


まさか唄声に反応するとは思わなかったのだろう。セリアは思わず眉を上に上げて驚いていた。


「この唄は、私の記憶にある故郷の唄です。幼い頃、祖母と母が私に聞かせてくれたもので、こうして唄って昔を思い返していました。」


(セリアの故郷か)


そういえば、彼女の故郷について聞いたことがなかった。本人が口にしたことがないからアデルバートも大して気に留めていなかったのだが、こんなことを言われると、つい聞いてみたくなる。


「セリア、お前の故郷についてあまり聞いてこなかったが、その、大丈夫か?」


「何がでしょう?」


「いやなに、何か言いにくいことがあるんじゃないか、と思ってな」


「何もないと言えば、嘘になります」


一瞬、セリアの表情が曇ったような気がした。彼女と出会う以前のことを知らないからなんだか申し訳ない気持ちが出てきた。


「そうか、すまんな。出過ぎたことを言っちまった」


「そんな!アデル様が謝られることなど何も————」


アデルバートは急に身体を起こして、セリアを抱き寄せる。


「え————?」


「……辛いこと、あったんだろ?俺と出会う前に、大変な目にあったんだよな?すまない、気付いてやれなくて」


「ア、アデル様……実は、唄のことと母と祖母の事以外は記憶がないのです。

兄弟はいたのか、ひとりっ子だったのか、それはいまもわかりません」


何がなんだかわからない。という表情で

どっ、感情が溢れて、顔がぐしゃぐしゃになる。それがあまりにも情けなくて目元に涙が浮かんだ。


「すまん。俺は不器用だから、こういう慰め方しか出来ない。なぁセリア、少しずつでいい。俺に吐き出してくれ、苦しいことも、辛いことも、全部、残さずに」


でも、アデルバートはセリアの顔を見ずに

ただただ抱きしめていた。優しく、それでいて強く、離さないように


「……はい、ぜひそうさせてください。アデル様」


涙声で精一杯の返答をする。彼女は笑いながら、アデルバートを強く抱き返したのだった。





「よし、イングラム、ルーク。

準備はいいか?」


「無論だ、食事も済ませたことだしな」


「俺たちがこの国の士気に関わってるなら

ぼけーっと休んでるわけにもいかないしね!」


彼らはいつもと変わらぬ顔でアデルバートを見る。フッと笑うと彼は背を向けて王国の中心部にある城へと再び向かった。






「やあ〜、初めましてだねえ?ルークくんだっけぇ?」


「あなたがこの国の王、オイフェ王ですね?私の名を知っていてくださり、光栄至極に存じます」


膝を崩して、ルークは頭を垂れる。それに機嫌を良くしたのか、オイフェはわははと笑い始めた。


「今朝アデルバートから話は聞いたよ。

いやまさか君たちの名声を利用して士気をあげようとはねぇ、単純だが実に手っ取り早いやり方だ」


「王よ、この国の兵力はどれほどです?」


「ん〜、何人だっけ?」


執事に確認を取る。と、執事は巨大な国家地図をドンと王の頭上に張り付けて、人数を大きなペンで書き始めた。


民10万、兵士3万5千人。


「……敵戦力が未知数なのでなんとも言えませんが、少ない気がします」


「そだね〜、でもこの国は移動する。時間は少なくとも稼げるはずさ〜。内通者でもいない限り、ね〜」


イングラムが真剣な表情でそう答えているというのに、この王はヘラヘラととんでもないことを呟く。


「内通者……ですか?我々を疑っている、と?」


「んふ〜」


ルークが伺うように聞き、まるでその返答が来ると分かっていたかのように、へらへらと笑みを浮かべる。


「おい、いくらなんでもそれは我慢ならねえ。仲間を侮辱するの俺のプライドに泥を塗るも同じだと知っておけ」


アデルバートは殺気を込めて睥睨した。並みの人間であれば怯えて柱に隠れるところだが、この王は肝が座っているらしい。未だへらへらしておられる。


「ちっ、やりにくい奴だ……」


やがてアデルバートの方が諦めて、視線を逸らした。そして————


「王よ、コンラに隣接する国周辺に紅い謎の部隊が展開しているとの報告が」


「へ〜」


「へ〜って……王よ!しっかりなされよ!

いつまでもアデルバートに頼り切りでは…!」


流石の部下も、呆れを通り越して戦慄しているらしい。少しきつめに言葉を言ってみるも


「うるさいなー、適当にやってなよ適当に〜、私は疲れてるの!寝かせろ寝かせろー!ぷんすか!」


と、このように返すだけ。


「ちっ、時間の無駄だ。俺たちは兵士をかき集めに行ってくる。てめえはそこで怯えて首を取られるのを待ってやがれ」


「へ〜い、そうする〜」


「ふん、行くぞお前ら」


振り返らずしてアデルバートはイングラムとルークと共に城を後にする。それを値踏みするように見届けた王はぽつり、と


「安心しなよ、アデルバート。君がやばいときは手を貸してあげるから、ね」





既に国内では兵士達が集まっており

慌ただしい様子で演説の席へと着いていた。


「おい、敵が攻めてくるって本当か?」


「規模がどれくらいかわからないんだろ?」


「俺たちだけでやれるのか……??」


そんな不安な声の数々が、国中に渦となって飛んでいく。しかし、そこに現れたのは青い人影。この国の人々が“貴族殺し”“蒼髪”と呼んでいる人物が見上げた先に立っていた。


「俺はアデルバート・マクレイン。お前たちのいう蒼髪とは俺のことだ。数多くの貴族たちが殺され、治安が回復し始めたのは皆の記憶にも新しいだろう。それを行ったのは紛れもない、この俺だ」


会場がどよめき、こそこそと会話をし始める。本物なのかと疑う者達もいるし、実際

目の前に見える彼に助けてもらったという人も大勢いた。そんなものお構いなしに、アデルバートは演説を続けた。


「俺の両隣にいるのは、友人であり戦友だ。それぞれ紹介しよう」


イングラムの方向へ視線を向けるように

アデルバートは上手く誘導する。彼は全民衆が友を見たことを確認すると

言葉を紡いだ。


「彼は元ソルヴィア王国のインペリアルガード。イングラム・ハーウェイ。不穏な空気が渦巻く中で貴族と民の仲を取り持ちながら、迫りくる怪物達を一撃で葬りさるほどの武勇を持ち、そして人一人として怪我すら負わせなかった確かな誘導術と、街の被害を最小限に抑えた先見の明は今なお確かに健在している。それでは、ご挨拶いただこう。どうぞ」


凄まじいほどの偽りの言が国中に散らばっているが、まあ確認しようとするものはいないだろう。そう踏んでイングラムは一歩前に出た。


「アデルバート・マクレインの紹介に扱った。イングラム・ハーウェイと言う。私は先代の王より仕えた騎士だ。ある時にはゴブリンの王を討ち倒し、ある時には洞窟に巣食う巨大な蠍を倒して国に貢献してきた。そして、今回友のいるコンラが危機にあるとの知らせを受け、馳せ参じた次第である。我らが力を轟かせて見せよう!!」


おおっ、とどよめきが一層強くなり

兵士たちの目に希望の光が宿り始めた。


「よし、続いてルーク・アーノルド!」


イングラムが一歩後ろへ下がると同時に

ルークは一歩前に出る。


「俺はルーク、深緑の騎士!イングラムと同じく、コンラの危機を救わんが為に馳せ参じた次第だ。イングラムが敵を穿ち貫く雷であるのなら、俺は皆を守る風となろう。皆の命はこの俺が預かった!」


おおー!と歓声が上がり

コンラのボルテージは最高潮だ。


「皆、傷つくことを恐れるな。恐れるのみは死のみ!皆が帰るのはこの国、家族や友人のいるこの国だ!俺たちは戦わねばならない!国のためではなく、己の生活のために!」


アデルバートの最後の一言で

この国の兵士達の心は一つとなった。

屈強な見えない糸で結ばれた団結力は

きっとなににも負けはしないだろう。

歴戦の3人の戦士は、この国を見て

そう思ったのだった。

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