第29話「空舞う雪花」
白蛇は大きく口を開け、牙を向けながら
威嚇する。普通ならば畏怖するはずの存在である巨大蛇、しかしイングラムは引かない。その身をぐっと引きながら、いつでも迎撃できる態勢を整えている。
「さて、心底心苦しいがお前を倒さねば親友が永遠に目を覚さないのでな、退治させてもらおうか」
蛇はその言を聞き、にやりと口角をあげた。先程から観察しているが、知能が高く、人語を理解できている節があるようだった。
「お前さては、俺の言葉を理解しているな?」
青い舌をチラつかせながらイングラムをみやる。否定とも肯定とも取れないから
どこかもどかしい。
「まあいい、お前と戦えることをまず
喜ぶとしよう」
イングラムはそう呟くと電光石火の如きスピードで蛇の眼前へ跳躍し、自身の腰元から剣を抜き、それを目に向けて投擲した。
そのスピードは高速を上回る。例え錆び付いていようとも、刺さればとてつもない激痛が全身を駆け巡るだろう。しかし、蛇は青い舌を伸ばして剣の柄を巻き取った。
「ほう、流石に知能が高いだけはあるな」
だからこそ、面白い。イングラムは雪の大地に足をつけて手にしていた槍を強く握りしめてとぐろを巻いている半身を突く。
ガキン、と金属が弾かれる感触が伝わった。この蛇の皮膚はとても硬いらしい。
思わずのけぞるが、後転して距離を取り
槍の感触を確認する。
(ふむ、スクルド様に鍛えてもらっていなければおそらく折られていたか。衰退しているとはいえ神代の技術で再構成された槍を容易く受け流すとはな。予想よりも遥かに進化しているらしい)
この頑丈さは、アルビノ種には持ち得ないものだ。白い外套を思わせる皮膚に身体の一部のように癒着しているもの、それは————
「積年の雪が皮膚の隙間に入って溶け込み、上から新しく雪が積もりを繰り返して鎧のような役割を果たしている、といったところか」
おそらくこの個体は長年もの間に起こった
激しい食物連鎖を、この環境下と持ち得た能力を利用して生き抜いてきたのだろう。
だから体躯も並ではないし、その強靭性や
判断力も上をいっているのだろう。
そんな風にひとりぽつりと呟いていると
蛇は口を裂けるように開けて白濁した強酸を水鉄砲のように吐き出した。
イングラムの身を守っている鎧でさえ容易く溶かしてしまったのだ。あれを鎧の隙間に落とされてしまっては激痛どころではすまない。
(奴の体内気管構造を直で見てみたいが
時間がないのが惜しいか!)
イングラムは槍にマナを集中して跳躍し、弓で矢を射掛けるように投擲する。
「紫落追槍!」
マナにより肥大化した槍は大蛇へ直線を描いて向かっていく。しかし————
ガンッ、と金属が焼けるような音がしただけで肉体が貫かれたような手応えを感じられなかった。
「……何かの冗談か?硬すぎるな……!」
心臓をめがけて威力を増加させたものを放ったというのに、結果は金属状の皮膚が朱く灼けただけだった。
(いや、逆に考えろ。灼けた部分は軟化している可能性もある)
電撃では火に劣るということは理解した。
しかし、火のマナはイングラムに宿っていない。持ち前の知識でどうにかしなければならない。
「ならば、紫電光!」
槍を蛇の両眼の間にあわせて、小さな糸のような紫電を放出し閃光弾のように炸裂させる。
両目を全力で瞑りながら、のたうちまわる大蛇、身動きの取れないように紫電の拘束糸を全体に張り巡らせる。
イングラムは手の平サイズの紫電球を
出現させて、それを握り潰した。
「唸れ我が雷!」
紫電がイングラムの右手に迸るように
宿っていく。視覚化できるほどに煌く紫の光はバチバチと音色を奏でている。
突貫し、右手を大きく広げて灼けて朱いままのそこに思い切りぶっ込んでやる。
金属状の皮膚を焼きながら肉体の中に侵入していく右手。
そして、脈打つ体内の中で一際大きな振動を感じ取る。心臓は、ここにある!
「今だ!でぇぇい!」
グワンと大きな衝撃と共に鮮血が噴き出てイングラムの全身を赤く染める。彼はそんなことを気にせずに脈打つ心臓を取り出して、観察する。
成人男性の頭部ほどはあろうという
大きな心臓は、今もなお脈打っている。
「ふぅむ……このまま握り潰してしまうのは勿体無いな……ホルマリンに入れるか?
いやそもそもこの国にホルマリンあるのか?」
大蛇の心臓を地面にそっと置く。すると、一瞬のうちに氷像みたいに凍ってしまった。
「!?」
そんな馬鹿な、と驚いて電子媒体で周囲の気温を測ると-20度だった。これは凍っても仕方ない。
「ちっ、せめて手に持っておくんだったな。」
大きな氷の中に心臓がドクドクと脈を打ったまま活動している。まあいいか、とイングラムは呟いて倒れた大蛇の背に乗ってその周囲を探る。
と————
「……このムキっ!としてるこれがそうか?」
腰元らへんに生えていたフルーツをもぎ取ってみる。確かに、マッチョマンの握り拳くらいあった。
それに、雪っぽい質感で、色合いも真っ白なので落としたら最後、見つけるのは困難を極めるだろう。
「白銀蠍の時といいこの蛇といい……
倒せば手に入るのではなかろうか」
なんだか呟いてはいけないようなことを呟いて、イングラムはそれをカプセルホルダーに収納した。念のためいくつか剥ぎ取る。
「リーディングできるだろうか…?」
電子媒体を起動してムキムキっとした白いフルーツを赤外線照射で図鑑登録する。
ストロングベリー
コンラの森で見られる希少果実。
雪と全く同じ色合いと質感をしているため
発見することは熟練者であっても難しい。
詳細はわかっていないが、電子媒体となぜか連動し、効能を選択し促進できる。
副作用もその分反動が大きいため、注意が必要である。
また、個人から個人へと配達のように相手に送ることもできる。
これを主食としている巨大蛇がコンラの森へ潜んでいるという、注意されたし。
入手条件 ★★★★★
「本当に難易度が高かったんだな……
運がいい……」
「おい……終わったのか……???」
とてつもなく弱々しい、というよりは
とてつもなく疲弊している聴き慣れた声が後方から聞こえてきた。
「おう、アデルか。たった今終わったぞ」
「……蛇が主食にしていたってわけか。
俺の苦労を返せ!」
イングラムの表情と、彼の足場になっている蛇らしきものを見て足蹴りする。
「……なあアデル。疲労してるなら、マナ回復の項目で使ってみるのはどうだ?」
そう言ってイングラムは
〈ストロングベリー、ロードします。
強化、または回復する項目をお選び下さい。〉
「あ?んな勿体ねえことできるかよ…
ルークに持っていくぞ」
「……いや、万が一があるかもしれん
使うぞ」
「おい、待て————!」
アデルバートの制止を振り切ってイングラムはマナ回復の項目をタップして
それをアデルバートに向ける。まるで太陽の光が降り注ぐが如く、緑色の光がアデルバートを優しく包んでいく。
「ちっ、無駄遣いしやがって。セリアから薬を貰えば済んだ話だったんだ。希少だってことを忘れたお前じゃねえだろ」
「そう怒るな。どうだ?調子は」
アデルバートは自分の中のマナが充分に
満たされたことを感じる。いや、それよりももっと溜め込めるようになった気さえしてきた。
「……蓄積容量が増えた気がしなくもねぇが、これがストロングベリーの力か?というかお前、どうやって使った」
「勝手に電子媒体が起動してな。どうやら身体の一部に反応するらしい。セリアさんはそれを知っていたんじゃないか?」
「————まあいい、帰るぞイングラム」
しばらく考え込んで、アデルバートは
そう呟いて踵を返した。イングラムも帰る気満々で地面に降り立ち、氷像化した大蛇の心臓を拾って鼻歌を歌い始める。
「おい、それは置いていけ。腐ると猛毒になるぞ」
「えっ」
振り返りもせずアデルバートはそう警告した。思わず声が漏れて、眉を潜める。
「本気か?」
「あぁ、生物研究学者の予備校生が何人も犠牲になった。死にたくなければそこの死骸の隣に置いておけ。
今はこの気温で凍っているだけだが、常温になって溶け出した瞬間、腐敗して毒が蔓延するぞ」
圧と共に語られる背筋が凍るような悲惨な末路を聞く。おそらく現場を見てきたのだろうか、説得力が凄い。
「わかった……写真だけ撮っていい?」
「ガキかお前は……早くしろよ?」
カシャ、と写真を撮って、その心臓を蛇の口の中にぶち込んだ。
(せめて安らかに眠れ……)
イングラムは心の中で手を合わせて魂の
昇天を祈ると、立ち上がってアデルバートの隣へと小走り向かう。
「……ん?雪か?」
「あぁ……?今は夏だぞ、いくらコンラとはいえこんな季節外れな雪なんて————」
アデルバートは確認のために空を仰ぐ
半透明の巨大な何かが、雪らしき何かを
降らせていた、
「……おいアデル、あのデカい生き物はなんだ?」
「雪花蝶…このコンラの伝説的存在だな」
10メートル近くはあるだろう。コンラの森を覆い尽くす巨大な影の正体は羽化したてのような美しい羽のような両翼と雪のように真っ白な身体、落ちてくるのは粉のようなものは鱗粉だろうか、雪のようでまどろっこしい。それは哀しげな鳴き声を上げながら上空を登るように消えていった。
「かなりの大きさだったな……何だったんだ?」
「……あの行動は吉凶のうち凶を知らせる役割を持っている。つまり、近いうちにコンラに何かが起こる。そう考えていいだろう。」
アデルバートは神妙な表情でそう呟く。
そして、電子媒体でイングラムの取ったストロングベリーをセリアへと無数に送りつけた。
「あっ、おいアデル!」
「これはただごとじゃねえ、お前も来い。
オイフェ国王に報告しに行くぞ」
アデルバートは蛇の死骸を踏み台にして
木へ飛び移った。顔で合図をして、こっちへこいと指図する。
「……深刻らしいな」
ぽそりと呟いて、イングラムは、アデルバートに続いた。
一方その頃、セリアは送られてきたストロングベリーを細かくすり潰して精神増強仕様にして、ルークに服用させていた。
「……無理やり口を開くのはあまり良いことではありませんが……失礼しますね」
ルークの舌に乗せるようにその粒々としたフルーツをスプーンに乗せて運ぶ。心に作用したようで、全身が淡色に光り彼は数日ぶりにその瞼を開いた。
「うっ……あぁ……こ、ここは?」
「ルーク様!?ストロングベリーが効いたようですね。良かったです。本当に……!」
ほっと胸を撫で下ろして、優しくルークの手を包むように握る。
「ん〜、天使がここにいる……」
ルークは息を引き取る寸前のような笑顔で
セリアにそう言った。
「へ?わ、私はセリアです。お迎えではありませんよ!しっかりなさってください!」
「あ、え、げ、現世?」
驚くと同時に身体を起こす。
「はい、現世です。アデル様もイングラム様もルーク様を案じておられました。
ご一報入れておきますね」
そうなんだぁ、と呟いて力が抜けたようにパタンとベッドへ倒れ込んだ。
「セリアさん。リルルちゃんとドラゴンくんは?」
「はい、ご無事ですよ」
その言葉を聞いて、ふぅ、と息を吐く。
本当に安心した。ここにアデルバートとセリアが居てくれて良かったと思う。
(セリアさん、可愛いなあ……)
副作用で眠気がドッと襲ってきた中でルークはせっせと準備をするセリアを見て
今度は安心して目を閉じたのだった。