第25話「邪悪を討つ刃」
「アデル様!」
セリアが名前を叫んだ。絶望しかけていた彼女の瞳に希望の光が宿る。
「よぉ、待たせたなセリア。よくイングラムを見つけ出した」
アデルバートは両手の指先から糸を練り出して人形師の様に操る。そして、小指をイングラムに襲いかかっている怪物に向ける。すると、怪物は壁に突き飛ばされた様に叩きつけられた。
「汚え歯で仲間の武器汚してんじゃねえ。
ゲス野郎が」
「セリアさん、俺に捕まって!」
「はい!」
イングラムは後方にいたセリアを抱き抱えてアデルバートの横へ跳躍する。
「アデル……来てくれて助かった。それにしても、よくここがわかったな」
その質問に、アデルバートは鼻を鳴らして
答えた。
「ブルーの咆哮だ。セリアが来たって教えてくれたんでな、わざわざ雪崩の中を探す必要がなくなった。状況はよろしくないみたいだがな」
くんっ、と両手を交差させて制止させた怪物を無理やり引っ付ける。当人の適当さが怪物の姿形を不形容な物へと変えた。
「……アデル様、ご無事で何よりです!」
「あぁ、セリアもな」
赤い瞳で優しくセリアの無事を確認する。
イングラムが身を挺して守ってくれたおかげで傷一つないようだ。
「さて————イングラム、まだマナは足りてるか?」
アデルバートは両手を数回スナップさせて
氷で出来た短剣を作り出した。
「もちろんだ、あいつを仕留める程度には残ってる」
ククとアデルバートはマスクの下で嗤う。
「上等だ。あまり時間もないんでな。一気に決めるぞ!」
即座に間合いを詰めて、アデルバートは
能面に氷の短剣を投擲する。
氷が砕け散るような音が響き渡るが短剣が砕けたわけではない。おそらく、能面が急速冷凍され割れたものだろう。
アデルバートはにやりと笑みを浮かべて
中指をくいっ、と動かした。極細の小さな水の糸が彼のマナを伝って短剣を操っている。イングラムはその微かな変化を目で確認した。
「おい、イングラムお前の電気、借りるぞ。手ぇ貸せ」
「了解だ。俺もお前の水の力を借りよう。」
ふたりはお互いの拳を軽く突いて、特性のマナを入れ替えた。
「さて、特別仕様にしてやる。悶え苦しめ」
右手薬指に垂れ流すのはピンク色の謎の液体。左手薬指に垂れ流すのは黄色の謎の液体。これを糸に垂れ流していく。
「グギゲゲガァァ!!!!!」
不可思議な動き、苦悶に満ちた絶叫。朱い怪物はその身を氷の地面に転がして悶絶する。
「破水、撃滅槍!」
深海の如き圧力を槍に纏わせて投擲する。怪物にそれが触れた瞬間、青く薄い膜が出現して怪物を覆った。
「そのまま溺死しろ!」
膜は徐々に縮小、それと同時に怪物も
縮小していく。
「ふん、詰めが甘いぞイングラム」
アデルバートはそう呟くと両手指からそれぞれ1本ずつ糸を投擲。してやったりと口角をあげた。
「豪電糸断!」
叫ぶと同時に紫電が糸を伝い膜の周辺を走り回る。そして————
水の膜全体を膨大な電気エネルギーが蛇のように何重にも高速で伝っていく。
もはや怪物の姿を視認することは出来なくなった。
「……セリア、魔力回復瓶だ。」
振り向かずに後ろの手を伸ばす。
セリアはすぐに取り出して手渡した。
「イングラム、お前も飲んどけ。1日2度の服用までなら許容範囲内だ」
その言葉に少し恐怖感を覚えながらも
イングラムはもう一度服用する。
「さて、こいつを凍らせて頭の中掻き分けて脳味噌を絞り出して情報を抜き出してやるか」
腕をポキポキと鳴らしながら苦悶の声を上げる怪物に近づこうとしたその時
「おおっとそうはさせない」
電子的な女性の声と共に、黒い炎が何もないところから立ち込めて、仮面を被った魔術師が怪物を守るように現れた。
「こいつにはまだ倒されてもらっては困るのでね」
「ふん、今の発言……マナが弱点だと
肯定してるような口ぶりだぜ、魔術師」
「————」
急な出現にもかかわらず、アデルバートは
冷静だった。そして、相手を煽るように言葉を返す。
「ところでテメエ、そいつを回収しにきたみてえだが、そう易々とさせる思うか?」
「……いいや、お前はそういう人間ではない。これまでの経緯でわかりきっているからな」
ふん、とアデルバートは鼻で笑う。自分の情報はあまりにも国内や国外で広がりすぎた。今目の前にいる偏屈な人間が知っていても別段不思議ではない。
「そうか、おいイングラム。あいつは俺がやる。マナを元に戻そうぜ」
「あぁ」
イングラムはアデルと再び拳を突き合わせる。青い水のオーラと紫の電気のオーラがお互いのものへと戻った。
「セリア、イングラムの後ろにいろ。
俺は少し前に出る。そうしねえと、あの仮面を叩き割れそうにねえからな」
「わかりました!イングラム様、よろしくお願いしますね」
首をコキコキと鳴らしながら腕をブンブンと回す。まるで喧嘩でもするみたいだ。
「お前が私を倒せると?」
「誰が倒すっつった?俺はその悪趣味な仮面を叩き割るって言ったんだ。耳鼻科行きやがれ」
「不遜な態度だ、改めてもらおうか」
苛立ちを孕み、仮面の魔術師はパチンと指を鳴らす。すると地面から無数の黒いロープを身に纏った人間のような何かが現れた。
(こいつらは、ソルヴィア城内にいた奴らと同じだ!)
イングラムの表情に、無意識に怒りが込み上げてくる。王を爆死させたのも、この魔術師の仕業だったということか。
「ふん、人殺しは慣れてるんでな。今更抵抗なんぞ感じねえぜ?」
アデルバートはボクサースタイルのポーズを取りながら、ぽつりと呟く
「氷砕拳」
特殊なフィンガーグローブが自動的に装備され、紺碧色のオーラが放出し始める。
「さて、涼しくなりたいのはどいつからだ?」
無数の敵は胸元の鞘からナイフを取り出して投擲する。
それをアデルバートは————
「オラよっ!」
秒速で繰り出した拳により粉砕した。
アデルバートは地面を踵落としで蹴り上げ、それをクリスタルのように隆起させ、サンドバッグのように連続して拳を突き出す。天井に出来た氷柱のように鋭利な形となったそれは、敵たちの喉元に深々と突き刺さる。
「ふん、やはりこいつらでは足止めにもならないか」
呆れたように呟いて、動いていたそれを
ひと蹴りする。やはり動かないと理解すると、溜息を吐いた。
「見てるだけじゃ退屈だろ?魔術師さんよぉ!」
距離を詰めるアデルバート。未だ部下たちを踏みつけたままの魔術師はそれを浮かび上がらせてアデルバートへ向けて飛ばした。
「遅え!」
冷気を瞬時に足に纏わせて下段蹴りを
繰り出す。僅かに出た空気が対象を凍らせて氷像へと変えて、それが魔術師に向かって飛んでいく。
「ちっ、面倒な」
魔術師はパチンと指を鳴らしてその飛んできた部下を消滅させた。それだけでは飽き足らず、地に伏した部下全員を幽霊のように浮かび上がらせて投げ飛ばす。
「ふん……!」
アデルバートは両手を地面に付け、飛んでくる対象の数を目視で確認する。
(6体……)
それが完了すると、自身のマナを湯水のように放出し、地面から氷柱を出現させ
部下たち全員を串刺しにした。
「地に巡り巡る白く冷たきものよ。我が身を醜き魔術師の元へと導きたまえ!」
詠唱が終わると同時に、地面はアデルバートを吸い込んで魔術師の背後へ召喚させた。
そして————
「取ったぁ!」
羽交い締めするように魔術師を拘束する。
更には脅しも追加で、凍てついたナイフを喉元寸前にまで突きつける。
あと数ミリでも深ければ確実に喉仏を貫くだろう。
「さあ、教えてもらおうか。悪魔や邪神を崇拝している例の教団のことを!」
「ククク…誰が答えるものか。答えは自分で見つけるのが悦というものだ!」
魔術師は大声で嗤う。アデルバートは瞬間的に後方へ飛ぶと、彼は砂のように上から崩れていった。
そして、どこから砂塵を巻き上げるように、そのピラミッド状に降り積もった砂は風に乗って飛ばされていった。
「ちっ、逃げたか……」
アデルバートはマナを解いて手をスナップさせ、セリアとイングラムに近づいた。
「よお、無事だったかお前ら」
「はい、本日もお見事でした!アデル様!」
「ふん、朝飯前だ」
親しげな会話を僅かに交わすと、イングラムの訝しげな表情を彼は読み取り声をかける。
「あいつのことを知ってる感じだな。
話してもらおう、なぜお前が……いや、
お前たちがなぜあそこにいたのか、あいつとの関係はなんなのかをな」
「……わかった、だがその前にブルーに
認めてもらわねばコンラへは入れないと聞いた。先に上の階へ行っても構わないか?」
あぁ、とアデルバートは思い出したように
言葉を漏らした、確かに救急搬送目的で連れてきたもの以外は、氷の門が入国を拒否するのだ。
「わかった、俺とセリアもついていく。
ブルーの様子も久々にみたいしな」
「はいっ!ではみんなで参りましょう!」
「お前、テンション高くねえか……??」
会話を続けながら、3人は上の階へ続く階段を登った。
「ブルー!」
アデルバートの一言に、青いドラゴンが反応する。そして、翼を小さく羽ばたかせて飛び目の前に着地すると頭を垂れた。
「よしよし、いい子だ。ブルー、隣にいる奴が俺の友人のイングラムだ。そして、今治療されてるルークとリルルもついさっき俺の仲間になった。ってわけで、イングラムを認めてやってくれ」
グルル、とブルーはイングラムをその碧玉色の瞳で見つめる。鼻を近づけて、すんすんと匂いを嗅いでいるようだ。
「随分慎重だな、ブルーというのは」
「国を見守る役割を担ってるからな……
そこは目を瞑ってやってくれや」
こくりと頷いて、嗅ぎ終えるのを待つ。
そして、大きな青い舌でペロリと顔を舐めた。
「お、認められたな。おめでとさん」
認められた証らしい、舐められるのが証なのか?
「う、うむ……」
「これで大抵の寒さは何も服用せずとも
平気になります。凍傷にもなりませんよ」
ありえないほどの高性能だが、それはありがたい。わざわざ素材を採取してフレイムスープやコールドスープを作る手間が省けるというものだ。
「お、そうか、ルークと子供も認めるってよ。ブルー、お疲れさん。眠ってていいぞ」
グルル、と嬉しそうに頷いてその身を
氷白の大地へ横たわらせて
すやすやと寝息を立て始めた。
「……イングラム、帰るぞ。家の中で、改めて話を聞かせてもらうからな?」
「あぁ、洗いざらいに全てを話そう」
こうして、イングラムとセリアは
アデルバートの案内でコンラへと
向かうことができたのだった。