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第24話「怪物再び」

「セリアさん、コンラは氷の大陸にあると

聞いています。それが毎月移動していることも……」


「おっしゃる通りです。頻繁に起こる地殻変動によるもの、または水面下の揺れによるものなのではないか。と専門家の方々は仰っていますが……詳しくはわかっていません」


「では、どうやってそこに帰国するのです?」


常に移動してしまうというのなら帰還するのは困難を極めるだろう。


「外に出ることがあるのは任務を与えられた私とアデル様だけです。なので、専用のテレポーテーションを使います」


「ですが、電子媒体は故障を……」


セリアは再度電子媒体を起動する。そして、テレポーテーションのアイコンを優しくタップする。


「連絡が取れなくなっただけで帰れないことはないのです。ただ、地図表記がこの吹雪の影響で表示されない分、国のどの場所にワープするのかは私にも————」


なるほど、と納得する。するとセリアは微笑みながら手を差し伸べて来た。


「イングラム様、私の手を取ってください。テレポーテーションは一度使えば一週間は使えなくなってしまうので」


「ええ、ありがとうございます」


言葉に甘えて、セリアの手を握る。イングラムの冷えかけた身体に温もりが伝わってくる。


「では、テレポーテーション!」


ふたりの姿は瞬く間に消えた。そして、雪崩が起きたのはそのすぐ後のことだった。





「アデル様、子供とハーフ種は軽度の凍傷。ルーク様は原因不明、症状も不明の状態です」


暖をとっている小さな家の中でひとりの女医と蒼い髪の男は話し込んでいた。


「そうか、似ている症状はないか?」


女医は首を横に振る。


「……セリア様であれば何かお分かりになるやもしれませんが」


アデルは腕を組みながら壁にもたれによりかかり思慮していた。


海の如き深い青色をした逆だった髪と頬に深々とできた十字傷。小麦色に焼けた肌と見たものを震え上がらせるような赤い双眸。鼻先から顎までは黒い布で覆っている。


「ちっ、セリアの奴。雪崩に巻き込まれてなけりゃいいがな……」


「はい、今のこの時期はどうも雪崩が多発しております。不安になるのも仕方ないかと……」


アデルバートは再び舌打ちして、外に出ようとドアの前まで早足で移動する。


「もしやアデル様!なりません!いくら貴方でも無事で済むかどうか……!」


「セリアは俺の仲間だ。みすみす放っておけるか」


簡易的防寒衣を纏ってドアを開ける。


「戻るまでの間、ルークとその子供を頼む。何かあればすぐに連絡しろ」


「しょ、承知しました」


承諾の敬礼。アデルバートはそれを見ることもなく外に出た。






鏡のような煌びやかな地面。周辺に建てられた低温の警備塔中央には純白の雪の積もった城そして雪合戦で賑わう子供たち。


アデルバートはいつもの光景を目にして

ふん、と鼻で笑った。馬鹿にしているわけではない、これは彼なりの安堵の仕草なのだ。


「さて、あいつと別れたのはどの辺りだったかな」


軽やかに跳躍して、氷の塔の天辺に登る。

高い場所に立って思考を張り巡らせる。


「全く、あの底なしの暴食魔のみならず

ルークまで来るとは思わなかったぜ。」


やれやれと呆れながら、彼の紅い双眸は

周囲を把握していく。





「あれ……ここはコンラ国の外側ですね……

氷の塔が目の前にありますから」


「氷の塔?」


「はい、アデル様が飼っておられる氷と水を操るドラゴン、ブルー様がコンラを守護しておられます。コンラの国に入るには認めてもらうしかありません」


セリアはイングラムの目を見つめて優しく微笑む。


「イングラム様、どうでしょう。ブルー様にお会いしてみては?」


「……そうですね。密入国してしまえば竜の裁きが下りそうだ。案内してください」


「かしこまりました」


こちらです。と家を案内される様に塔の入り口へと立たされた。そこには、氷で彫刻されたような手形がある。


「ここに手をはめてください。ブルー様が見定めてくださいますよ」


固唾を飲んでイングラムはそこに手を置いた。電子的な読み取り音声が流れた後、竜の咆哮が塔全体に轟く。そして————


「開きましたね!さあ、行きましょう!」


なぜウキウキしているのかわからないが

イングラムはとりあえず、率先してくれるセリアの後へ続いていく。


中に入った途端、凄まじい冷風が吹き

進めていた足を止められた。


見渡す限りに生えている氷の結晶

建てられている像は険しい表情をしており

来塔するのを拒絶しているかのようだ。


「セリアさんは平気なんですか……?」


セリアはにこりと笑って首を縦に振った。

イングラムよりも肌寒そうに足を露出しているというのに、その歩みは変わらない。


「はい、私は平気です。もう何年もここにいますから」


なるほど、認めてもらうことができれば

この凄まじい冷気に慣れることができる。

ということか。


「では俺も、早く慣れないといけませんね」


畏怖させる像を通り抜けて更に先へと進んでいく。そして、歩み続けること数十分

目の前に階段が現れた。


心を決し、一段踏み昇る。しかし、風景は何も変わらない。そのことに、セリアは違和感を感じ取っていた。


「……ブルー様?」


「どうされました?セリアさん」


「いつもなら、階段を登ると景色が塔内の情景が変わるのですが、何の変化もありません……」


「ブルーに何かあったと?」


「そう考えるほかありません……なにか、とても嫌な予感がします。」


不安げな表情を浮かべ、セリアは青々しい天井を見上げる。それと同時に響き渡る怒りの遠吠えイングラムも、ただならぬ何かを感じとった。そして、その背後に不気味な気配を悟り反射的に振り返った。


「何か、来る……!」


イングラムは槍を出現させ

構える。セリアには自身の護身用の剣を渡した。


純白の雪の地面がドス黒い朱に染まる。

そして、そこから顔を覗かせたのは

不気味な笑みを浮かべた小面だった。


赤子の不気味な笑い声がこの冷気を一層凄まじい物にさせた。

周辺の純粋は血の赤に染まっていく。


「……!なんだ、こいつは」


「子供の、声?」


黒く綺麗に生え揃った歯を見せつけながら

にたにたと能面は嗤う。


「……この感覚、そうか、貴様がルークをやったのか!」


ルークが倒れ、それを介抱した際に感じた禍々しい殺意。あの時と同じものが、目の前のなんとも呼び難い怪物からヒシヒシと伝わってくる。


「ルーク、死ヌ、イングラム、オ前、捕マエル」


「そうはさせん。俺たちはまだ死ぬわけにはいかないのでな」


槍を握りしめて、怪物を見やる。生物的な要素は何も感じ取れない。生気も、体温も、そして地面に映るはずの影も


それだけで、この世のものではない

ということはハッキリと理解した。


「成仏させてやる。期待していろ」


マナを放出し、紫電を槍に纏わせる。


(こいつに触れれば、おそらくルークの

二の舞いになる。遠距離戦でケリをつけるしかないな)



とはいうものの、遠距離戦は得意ではない。だが、不得手だろうともしなければならない時がある。それが今この時だ。


〈電子媒体、起動──ナウ・ローディング・アーチャー〉


空中に相棒である槍を投げ左手に紫電で出来た弓を召喚する。迸る紫の雷、かのファラオが愛用したともされる豪弓にも引けを取らない美しさである。


「さて、動くなよ。狙いが逸れるからな」


半回転しながら落ちてきた槍を矢の代わりに装填する。槍は共鳴し、自動的に矢の形状へとマナを生成する。そして————


弦を強く引き絞り、未だ嗤う怪物に向けて

無数に発射する。


鉱石すら容易く焼き穿つ矢が

能面の全身に突き刺さる。


「キケケケケケカカカカ!!!!」


「イングラム様!上に!」


「感謝します!」


マナの出し惜しみをしている場合ではない。イングラムは槍先にマナを再度集約して直線状に紫電の矢を発射。


天井に蜘蛛のようにへばりついたそれに

命中する。


「爆ぜろ!」


言葉が合図となり、矢は爆破した。紫の炎と黒煙を上げてただもくもくと立ち込める。


「セリアさん、俺の後ろへ」


弓を持ち、視線を怪物から外さず

左手でセリアを守るように横に出す。

すると————


「イングラム様、こちらを服用ください」


渡されたのは、メロンソーダのような色合いをしたものが入った半透明の瓶だった。


「マナを回復させるものです。僅かではありますが、お使いください」


イングラムはその好意を受け取りカラカラに乾いた喉を魔力液で潤す。仄かなスポーツドリンク風味が口いっぱいに広がり、減り続けていたマナ量が増えてきた。


(これは……!今まで以上に凄まじい魔力が湧き出てくる……!)


今まで以上に感じたことのない膨大な雷電が全身を迸る。これならばあの怪物を一掃できるかもしれないという希望が出てきた。


「この借りは必ず返します!」


槍の柄の部分を矢の如く引き絞る。そして、トライアングル状に紫電が顕現した。


「滅紫雷鳴!」


凄まじき地鳴りと轟音。そして直径1.5メートル程に肥大化した雷電の槍を、限界ギリギリまで引き絞った弦を放つ。天井すら穿ちかねないその膨大な熱量は敵を黒焦げにしてしまうだろう。


この場にいたふたりは、そう確信した。


正気のない何かが貫かれる感覚を両手が無意識に感じ取った。


イングラムは勝利の笑みを浮かべセリアにサムズアップする。それを見たセリアもサムズアップを返した。


「やりましたね!イングラム様!」


こくりと頭を縦に振る。それと同時に、ズドン、という音が地面に落ちるのを聞いた。


両者は思わず視線をそこへ向ける。


「ギ…ガガガ……!!

イングラム…………!」


血のように朱かった全身を覆う布は

所々焼き焦がれてズタズタになっており

能面も半壊し亀裂が深く入っている。

しかし、怪物はそんなものを気にしていない。執念と怒りといった感情が

それを打ち消しているのだろうか


「女、キサマモ゙……死!」


セリアに向けてその首を伸ばし、ヒルのように黒く生え揃った歯をむき出しにして噛みつこうと口を開く。


「させん!」


イングラムは己の槍を呼び戻して鋒を口元へ突き刺す。しかし、怪物はそれを歯で受け止めた。


「ギギギギギギィ!」


金属が軋むような唸り声を上げながら

血のように真っ赤な目を光らせてセリアを睥睨する。


「……っ!」


恐怖心から思わず後退するセリア。視線でそれを追うイングラムは彼女の後ろに迫る怪異を見た。


「セリアさん!避けるんだ!」


「えっ————」


振り向くと、分裂した怪物が既に口を開いて距離を縮めていた。イングラムは槍を片手で押し込みつつ、もう片方の手から紫電を放つ。セリアを避けて、先程の一撃よりは劣る電撃を浴びせる。


「ギガガガァ!!!!」


怪物は絶叫を上げながらも尚諦めない。

セリアを囲むように分裂し、黒い歯を剥き出しにして急速に接近する。


「セリアさん!」


「イングラム捕マエル!女ハ死ヌ!我々ノ勝チダ!」


槍で防いでいる方の怪物がケラケラと笑いながらそう呟いた。

そして————


「あっ————」


囲まれてはどうしようもない。セリアは己の死を覚悟した。


(アデル様……!)


それと同時に、一番慕っている人の名を

心の中で叫んだその時だった。


「おい、薄ら汚えモノを仲間に近づけてんじゃねえよ」


冷徹で冷酷な男の声が聞こえた。その刹那、怪物たちの動きは時が止まったように制止する。その表情は獲物を仕留められなかった怒りに染まっている。


イングラムはその声のする方向へと振り向いた。


「お前は————!」


「ふん、久しぶりだな。イングラム」


その声は、黒い防寒衣服をその身に纏った

従来の友、アデルバート・マクレインだった。

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