第233話「単独行動」
隊長を気絶させたルシウスは、その服装をコピーするとその場を立ち去った。
「みんなと別れてしまったな。
だが、やるべき事は変わらない。
俺たちの目的は大魔女が記したとされる書籍を見つけることだ」
先程全員と別れた場所へと戻ってきたが、誰ひとりとしてその場に残っている者はいなかった。
やれやれ、と後ろ髪を掻きながら移動する。
(例の創設者の話が始まるのはあと1時間後か……ならその前に情報を見つける。
それが最善だが、もし見当たらない場合はその演説の最中に行動することになるな)
ルシウス個人がここへきた理由としては騎士警察の副隊長としてこの魔帝都の警備体制を観察して隊長である父に報告するという責務がある。
が、彼からすればそれはさほど重要な事柄ではない。
彼が最も重要視しているのは、魔帝都が5年でどのように変わったのかということだ。
生徒全員への扱い、払われる金銭の行方や教員の態度等……魔帝都が起こしてきた魔帝都の悪行をあげればキリがないが、全ての国を見て回る職業柄、一つ一つの学校を見ることを疎かにしてしまえば、この実態が息を潜んで世に蔓延ることになる。
彼なりの正義感を以て、それは阻止したいところだった。
「違法な集金をしている可能性は高いな」
ルシウスは新たに改造、増築されたエリアを確認する。
その数およそ20階、どれほどの資金を調達すればたかが5年でこんなにも増やす事が出来るのか。思わず眉間に皺を寄せてしまう。
「いや、最悪のことは考えないでおこう。
自ずと調べればわかることだ」
彼自身も全ての階層をこの短時間で
調べ上げるのは不可能だった。
だからこそ、重要そうな場所を探ることに決める。
「最上階の職員室、ここには俺も行ったことがなかったが………
例の本があるとすれば、上層部の連中が何かを知っている可能性は高い」
ルシウスはひと目につかないよう動いて裏口の高速エレベーターに乗り込むと、職員室の階層のボタンを押す。その際も、カメラの死角や人の視線などを掻い潜って動く。
エレベーターはゆっくりと閉まり、加速しながら上昇を始めた。
(モニター室があるなら、これが動いていることも見られているはずだ。
職員室の前にそこへ行き、ここのカメラの情報データを消さないとな)
1分もしないうちに最上階の職員室エリアに到達する。
周囲に人の気配はないが、ルシウスは息を潜めながら周囲を警戒しつつ動く。
自身の形跡が残らないように慎重に動いていると、モニタールームのある部屋へ到着した。
(形跡を消す程度わけない。
復旧に時間がかかるように仕向けよう)
個室への潜入も、最大の警戒をしながら行う。無数にあるモニターを、指紋を探知されぬように打ち込み、先程のエレベーターの記録を改竄して素早くモニタールームから出ると次は職員室へと向かった。
「ここか……かなり大きな扉だな」
扉の前に立ち、観察する。
入り口は固く閉ざされていた。
側面には生体認証をする為のデバイスが備え付けられている。
「ちっ……あれを突破しない限りは
中へ入れないという仕組みか」
5年前にルシウス達が在籍していた頃は、こんな機密性の高い機器は存在していなかった。大金をはたいて設置したということは、それだけ重要な何かを隠しているのかもしれない。
「中には更にセキュリティの高い防護策が施されている事だろう。
だが、危険を冒さなければ俺達は何も前に進むことはできない。
イングラム達の目的も、俺の目的も……止めたままには出来ない」
ルシウスは意を決し、周りに身を隠せそうな物がなにかないかを探し始めた。
彼は千里眼を用いて、無数に置かれていたそれを見つけると、そこへ向かって距離を詰めた。
「ダンボール箱…………?」
大型の荷物が無数に重なっても変形しなさそうな、茶色のダンボールが均一にドンと並べられていた。
軽く触れてみると、ダンボール特有の匂いと実感が指に伝わってくる。
誰かが運んできた跡だろうか、持ち手の穴が内側にめり込んでいる。
ルシウスは念の為、千里眼で内部構造を把握する。
「これは、使えるな……」
大人3人が密着しても移動には全く問題なさそうと判断したルシウスは、ダンボールを持ち上げて中に入り込んだ。
「被ると落ち着くな……」
ボソッと呟きながら、後方への警戒を怠ることなく入り口の角へ移動してじっと耐える。
「………」
体育座りをしながらの鎮座は腰に悪い。
ルシウスは時折姿勢を変えながら体の負担を最小限に抑え込んだ。
と、そんなことをしていると女性教員のひとりがエレベーターから降りてやってきた。
「……ん?
こんなところにダンボール置いてたっけ?
誰かの忘れ物かな?」
(新入りか、俺より年下だな。
この女にここに入る権利があるなら、利用させてもらおう)
首を傾げながら、頭にはてなを浮かべつつも、疑問を持ちつつ女性教員は扉の前に立ち機器の前に顔を突き出した。
〈網膜パターンの照合が完了しました。
お入り下さい〉
機器から発せられる電子音声が言い終えると自動的に扉が開く。
ルシウスは音を立てずに背後を取り、ストーキングで中へと侵入した。
◇◇◇
「はぅ〜!校長先生に頼まれていた書類カバンごと置いてきてしまいました!
取りに戻らないと!」
横に移動しながら電子媒体を起動し、ステルス迷彩を起動する。
こうすることでダンボールの存在や匂いなどを隠蔽することが可能なのだ。
女性教員が去った後、ゆっくりと前進していく。
〈えー!まもなく創設者シーガル様の
講演会が発表されます。
全校生徒及び本日の見学者は大講演会ホールへお集まりください〉
いやなアナウンスを耳にしながらも
ルシウスは覗き穴から把握できるものを見つめる。
「なんというか、地下研究室のような場所だな。
嫌な予感がする」
辺り一面巨大な水槽が無数に並べられておりその中には得体の知れない生物が不気味な色の液体に浮かんでいた。
「まさか、生物兵器か……魔帝都め。
生徒達の身内が出した入学金を兵器を作る為に投資していたのか」
熊とゴリラを合成したようなものやワニと蝙蝠を合成したものなど、その多様性は数多くあった。
奥へ進めば進むほど、複雑に入り混じった生物兵器が生み出されていることになる。
「父に報告しなくては……!」
ルシウスは証拠のデータを電子媒体に音もなく記録し、父親へデータを送信するとダンボールを回収して更に奥へと進んでいく。
「ここは、ただの研究施設ではない!
職員室など真っ赤な嘘だった」
ステルス迷彩を起動したまま、ルシウスは怪しげな箇所を次々に記録していく。
まるで展示物のように浮かんでいる生物達は目が覚めているのか、それとも野生の本能ゆえか、ルシウスへギロリと視線を向けてくる。
「体温を感知している……彼らは俺に気づいているらしい」
西暦から遥かなる時を経てなお、この星に生きる生命の謎は未だ全て明かされていない。
その事実を改めて突きつけられたルシウスは生命への尊厳と畏怖を抱いたまま、奥地へと足を進めていく。
(金庫か……!
だが何かしらの罠が仕掛けられているのは明白だ。
このままここで待機して、誰かが開けるのを待つしかない)
隠密性と秘匿性を高めた上位互換のステルス迷彩をいつでも起動出来るように、彼は再びダンボールの中へ身を隠す。
どれだけの時が経とうと、誰かが来れば即座にその情報を千里眼で視て、暗記してしまえばいい。ルシウスにはそれが可能なのだ。
「……して、次の情報なのですが──」
(足音が複数聞こえてくる。
これは、校長のものか……)
ルシウスは息を潜め、覗き穴の方からじっと外の様子を伺うことにした。
「校長、地下階層の大図書室にて
風を操る女のマナ使いを捕らえました」
「……女のマナ使いだと?
珍しい存在もいるものだ。
例の魔女はそんな遺産も残していたのか」
(ルーク、捕まってしまったか。
しかし、例の魔女、それに遺産だと……?)
「かつて在籍していたルーク・アーノルドを遥かに凌ぐ質量のようです。
計測器で測ったのですが、数値がバグを起こしまして、壊れてしまいました」
「その女のマナ使いは、なぜ大図書室になんぞいたのだ?
よもや、大魔女リディアの禁書を探しに来たのではあるまい?」
「その可能性は大いにあるかと、なんせ大魔女の記したものです。
マナ使いであれば万人が欲しがる代物ですよ」
男はクスクスと笑いながら、中央の巨大水槽を見据える。
彼は操作盤をいじり、その怪物を浮かせていた紫色の液体を全て引き抜いた。
「しかし、どこでその情報が漏れた。
あれは我々が厳密に保管し、決して外部に漏らさぬように誓約書を交えていたはずだが?」
校長が顎髭に手を添えながら、じっと水槽を見上げて呟く。
黒紫色の液体に浮かぶ、邪悪なドラゴンのような怪物は、そのエメラルド色の瞳を輝かせ、校長を見下ろしていた。
「はい、情報を洗いざらい探したのですがどこもシロでして、しかし、先程モニタールームへ行った際、データの一部に異常な数値が見られまして……」
側近と思しき人物は、申し訳なさそうにそう呟いた。
それを、気にするなと校長は優しく言う。
「どうやら侵入者がいるようだ。
この魔帝都を率いる長としては、この施設の情報を持ち帰らせるわけにはいかない。
今ここで始末することにしよう」
「……校長?」
校長は身体の向きを変え、ぐるりと
見えないはずの存在を見下ろした。
不敵な笑みで、真っ直ぐな視線で
ルシウスを視る、
「久しぶりだな……ルシウス・オリヴェイラ君。君がここへ来ることは随分前からわかっていたよ」
(なに……!?)
ダンボールを脱ぎ捨て、即座に弓を召喚して姿を現すルシウス。
校長の言う言葉に思わず冷や汗が噴き出る。
そして、側近達は各々が武器を取り出して構える。
「やめておけ、かつては炎のマナ使いで首席を取った男だ。君達では到底適うはずがあるまい」
その言葉に気圧されたふたりは、武器をしまって後ずさる。
「心配はいらん。
私が彼の相手をする……その為の“コイツ”だ。
君達は手筈通り、講演会の準備を急げ。
私も時間には間に合わせる」
「かしこまりました」
側近達は指示通りに、その場を後にした。
「グスタフ校長……このエリアはいったいなんです?
魔帝都とは、どんな組織なんですか!?」
「ここで散る君が知る必要はないよ。ルシウス」
グスタフは、操作盤を操作して中の怪物を覚醒させる。
そしてその怪物は、苦痛の雄叫びを上げながら、微量の粒子となって消え去り、グスタフの身体の中へと吸収されていった。
「……な、なんだ!?
怪物が身体の中に!?」
「試験段階だ、ルシウス君。
我々魔帝都の科学が世界に通用するのかどうかの、な。
それに、“これ”を使わなければ、私は君には敵わない。
卑怯と言ってくれるなよ?」
全ての光が降り注がれた後、グスタフの身体は不気味なオーラに包まれた。
「ククク、それでは……好奇心は常に死と隣り合わせだと言うことをその身に教えてあげよう……」




