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第232話「情報か、逃走か」

エルフィーネと別れたクルーラとレベッカは、2人で人混みを掻き回しながらリルルを探していた。


しかしいくら周囲を見渡しても、それらしい影すら捉えることが出来ない。


「ふぅ……いくら探しても見当たらない。

ここ、こんなに人が多いんだね」


レベッカは近くの休憩用の椅子に座り込んで深呼吸した。

少しの疲労を表情に孕ませながら

ロビーをいく生徒たちを眺める。


「世界有数の規模を誇る学校だから。

実力があれば、誰だって入る事が出来るよ」


「私でも?」


「君の実力ならもちろん入れるよ。

でも私はおすすめしないわ。

ここの連中、表面上はいい顔をするけど、裏では反対する生徒を粛正したなんて噂も出るくらいだから」


粛正という単語に、レベッカが表情を変える。そして、ぐいっと身を乗り出してノアの顔を覗き込んできた。


「どうしてそんなことを……?」


「ここの連中は、自分に都合よく動く生徒しか重宝しない。

動かない人たちは、洗脳にかけられたなんて話も聞いたわ。

ここに、私の友人がいたの。

でもその子は、校長に反論しただけで人格を排泄させられた」


「人格を……排泄?」


人格排泄薬──


これを体内に投与することでそれまでの人間の思考や記憶を“リセット”

してしまう薬のことらしい。

それを受けたが最後、その人間は二度と元の人格には戻らない。


「彼は、廃人になってしまったのよ。

そしてそのまま……」


儚い言葉を紡ぎ、彼女は顔を下に向けた。


表情を見るに、とても親しい間柄だったのだろう。長年の交流がなければこれほど落ち込むことはない。

レベッカは優しく背中に手を置いた。


「ありがとうレベッカ。

でも、落ち込んでいるわけじゃないの。

少し思い出してしまっただけで」


「そっか……よしよし」


「……えへへ」


嬉しそうに微笑むクルーラ、それを見て内心がとても温まるレベッカ。


「ぎゃあははははは!!!」


酷い笑い声が、2人の穏やかな雰囲気を一気に最悪にしていく。

しかもその声は、ひとつじゃない。

ふたつあった。


「……な、なに?

この下品な笑い声は」


「シッ──!静かに!」


クルーラは即座にレベッカの口元を手で塞いだ。

隣にしか聞こえないレベルに抑えていたがレベッカはあまりに唐突な出来事に困惑した。


「まさか、あいつらがここに来ているのか?」


「あいつらって……?」


「うん、掻い摘んで話すと……」


クルーラが口を開いた瞬間周囲がどよめき始めた。あれほど密集していた人だかりが、綺麗に二手に分かれていく。


「うん、説明する必要なくなった。

アレだよ」


レベッカはそっと人差し指が指された方へ視線を向ける。そこは人だかりが分かれた中心の場所だった。

2人の女性が、ファッションショーのような歩行でこの場を支配している。


「……おんなの、人?」


「る、ルークが在籍していた時にほぼ全ての男子を甘い誘惑で堕としていった子たちさ。

ここを出た後も、結構な頻度でメディアに出ているよ。

私は絶対見ないけど」


「え、さっきの下品な笑い声はもしかして」


「YES、あの2人のものです」


圧倒的なスタイルと美貌、容姿をもつ2人は、クルーラとレベッカ以外の全員の度肝を抜いていた。


「お、おい、あのひとたちって有名なモデルだよな……!

サプライズ出演か!?」


「うそ、超可愛い……!」


聞き耳を立てていると、そんなセリフがちらほら届く。

クルーラは苦虫を噛み潰したような顔をして首をブンブンと振っている。


「どこが可愛いだ、性格最悪だろ……」


「そうなの?」


「あの場は全員が彼女たちに魅了されているから、あの2人は気分がいいんだ。

1人でもそれがいないとなると大変なことになる。

頼むからこっちにくるなよ……」


「そう言うとやってくるよ」


「やめてっ!

怖いこと言わないで!」


「ちょりーっす」


ほら言わんこっちゃないと言った表情でクルーラは顔を真っ青にさせた。

レベッカが声のする方向へ顔を向けようとするのを必死に阻止する。


「あんたら見ない顔だね。

こっち向けよ」


「あ、あはは、寝違えててそっちに

顔向けられないんですよ。

ね?レベッカ」


「うんうん!そう、首がジンジンしててもう横を向けないと言うか!」


「嘘つけ、さっき正面向いてたろ」


女2人は初対面のクルーラとレベッカの頭を無理やり掴んで自分たちの方に向かせた。

その顔を見るや、凄まじい苛立ちに満ちていた。


((うわぁ……面倒くさぁ……))


「……すんすん」


1人は、クルーラに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「ね、さっきの風ってこの子じゃね?」


顎に手を添えて、ぐいっと自分の方へ引き寄せて匂いを嗅ぐ。

クルーラは必死に顔を背けるものの、あまりの怪力に無理やり真正面を向けられた。


2人の容姿は確かに優れていた。

頭の回転も速そうだし、体臭から不快なものが感じられない。片方はショート、もう片方はツインテールと

小悪魔系とメンヘラ系と言う方が正しいだろうか。


全く知らない赤の他人から見れば

それはさぞ美しいのだろう。

だがクルーラは視界を逸らす。

目に映したくないために


「ち、違いましゅ……」


「違わねえだろ、魔帝都がアンタみたいな逸材見逃すはずねえじゃん?」


「校長に言ってくる〜」


「わ、私もクルーラももう10代過ぎてますし……ここに入ることはないと思うので」


背を向けて歩き始めた片方の人に向けて聞こえるように言う。

こうすれば歳のせいか、と納得してもらえると思った。が━━━━


「いや、ここ最近は孤児の編入とか多いしさ?まともに学業できてない大人も多いわけ。

私らがお節介焼いてやるっつってんの。

先輩の言うこと聞け?あん?」


しまった、墓穴を掘った。

レベッカはあちゃーと内心呟きながらクルーラをチラッと見る。


「いやぁ、あの、それはありがたいんですけど、校長先生ほどの偉い方なら早々会うことは出来ないと思ってるんですけど、いかがですかね」


「だから、それも融通聞かせてやるっての。

意味わかってる?頭ん中ゴミでも詰まってる?脳外科行けば?」


反論するも、全て丸め込まれてしまう。

このままではいけないと、クルーラは表情を真剣なものへと変えて立ち上がった。風のようにひらりと言葉を述べ、見事な反論で打ち負かせてくれるのか。レベッカは目を輝かせて期待する。


「あ、UFO!」


「「!?」」


クルーラは2人の死角の先を指差す。

そこから微量の風のマナを放出して

UFOの形に練り上げ、自由自在に浮遊する偽りの円盤を見事に作り上げた。


2人は視線に釣られ、見事UFOを視界に収める。


「今だ、逃げるよ!」


レベッカの手を強く握り、人混みの中へと飛び込んでいく。

エリア内の構造を少しでも把握していたおかげで、スムーズにエレベーターに乗り込む事ができた。


「あの風使いを逃すんじゃない!

追え、お前たち!」


「あたしらも後で行くねー」


「「「かしこまりました!!!」」」


「校長、いいカモが見つかりました……ええ、レオン討伐に一躍買えるはずです」


メンヘラ系のモデラーは、黒い電子媒体を用いて校長に連絡する。

画面に表示されたのは、クルーラとレベッカの後ろ姿だった。


〈ご苦労……捕えることとする〉


ぶつり、と通話先の校長の声は途切れた。


◇◇◇


一方で、エレベーターに乗り込んだクルーラとレベッカは、大図書室と呼ばれる階層へと降り立っていた。


逃走経路としては失敗だが、大魔女の情報を得るならここしかないと踏んだのだ。


彼女らとて、本来の目的を忘れたわけではない。


チン、とエレベーターの階層ランプが緑色に明滅しドアが開いていく。

そそくさとそこから降りると、エレベーターは上の階へと上昇して行ってしまった。


「まずい……!

さっきの様子だと、私たちは追われているみたい。

レベッカ、急いで情報を探そう!」


「えぇっ!?

こんなにいくつもある部屋で探すの!?

どんな見た目かもわからないのに!?」


「時間がないんだ!急ごう!」


とはいうものの、議事堂に大量の本を敷き詰めたかのようなこの場所からはただただ淀んだ紙の匂いしか漂ってこない。


下も上も全て巨大な棚で埋め尽くされていて様々なジャンルの本が置かれているのだ。


「ちっ!まともに分類もしてないのかここはっ!」


本の厚さとか背表紙の高さとか、見る限りではざっくらばんとしか分けられていない。


追っ手が迫る中、限られた時間の中で大魔女の本だけを見つけるのは不可能だった。


「せめて千里眼さえあればすぐに見つけられるのに……!」


悪態を吐きつつも、手当たり次第に探していく。しかしその時は無惨にも、エレベーターの到着音で終わりを告げた。


クルーラは舌打ちをしながらも、電子媒体を素早く起動する。


「レベッカ、よく聞いて。

私がここで連中を巻きながら本を探し続けるから、君はエルフィーネさん達と合流して私がここにいることを伝えて!」


「そんな、ルークを残していくなんて出来ない!」


「時間がないんだ!

ここで2人とも捕まってしまったら

アデルくん達に負担をかけてしまうことになる!」


レベッカの返答を待たずして、クルーラは変身魔法のレーザーを照射した。

レベッカの身体はみるみるうちに

小さくなって、美しい三毛猫の姿に

変身してしまった。


「行け!」


尻をペチペチと叩いて、棚の隙間に身を隠すように伝える。扉の開く音が聞こえても、クルーラは本を探し続けた。


「にゃぁ……」


人の声を発することの出来なくなったレベッカは、悲しそうに鳴くと

隙間に身を隠した。


それと同時に、重厚な金属が突きつけられる音が図書室に静かに響いた。


「見つけたぞ、侵入者め……そこを動くなよ?」


クルーラは舌打ちをしながら、ゆっくりと両手を上に挙げる。

背を向ければ、警備隊が5人ほど、銃器を向けていた。


指先は既にトリガーにかけられている。


「ほう、計測したがなかなかのマナだ。

君は、風のマナ使いなのか……」


怪しげな計測器が、クルーラの全体をCTのようにスキャンしていく。

男はクスリと笑いながら、ゆっくりと近づいて行く。


「これは、ルークを越える逸材になるな。

君は我々の特務の役に立ってもらうとしよう……」


「なに……!?」


クルーラが目を細めると、頭に強い衝撃が走り、彼女は気を失った。

レベッカは息を潜め、ただその行く末を見守ることしか出来ないのだった。

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