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第230話「はじめてのお友達」

「うわぁ……!」


「ボクボクガムガム欲しい。

ちょうだい」


んにゅー──


巨大なモアイ像は唇を尖らせて口を開けた。

しかしリルルはガムどころかお菓子の類を何ひとつ持っていない。


「ごめんなさい、私、お菓子もガムガムも持ってないの」


「ガムガム無いと口寂しい。

味あるのちょうだい」


「んー……」


こんなことになるなら、お姉ちゃん達からなにかもらっておけばよかったと後悔する。


このモアイ像からは悪い気配は全くしない、むしろ友好的な雰囲気だ。


同年代の友達のいないリルルからすれば、仲良くなれる初めての“お友達”になれるかもしれない。

そう考えた彼女は、にこりと微笑んだ。


「わかった!どうにかするね!

私、あなたとお友達になりたいから!」


「友達……!

名前、教えてほしい」


モアイ像の声に、高鳴りがあった。


「私は、リルルって言うの!

あなたは?」


「ボクボクはボクボク。

イースター島からここに来た」


大きさが3.5mほどある巨大人面像のボクボク。西暦のイースター島からレオンに引き上げられてここにマスコットキャラのようなポジションにしようと彼が設置したらしい。


「レオレオはひとりぼっちのボクボク連れて来てくれた。

レオレオはボクボクの最初のお友達。

次にグラグラ」


「グラグラぁ?」


グラグラとは、イングラム・ハーウェイの事である。彼が初めてここへ来た時、すっぱいガムを与えてくれたので勝手に友達だと認識したらしい。


「グラグラとレオレオは友達。

美味しいガムガムくれる。

リルリルはガムガムくれる?」


リルルはポッケに手を突っ込んだりして何かないか確認してみたが、やはりなにもない。


仕方がないと、イングラムからもらったお小遣いでゲスト仕様の電子媒体にアクセスし、美味しいガムと検索する。


「少ししかお小遣いないから

一個だけだけど、何が食べたい?」


「メロン味のガムガム。

レオレオが最初にくれたガムガム」


ぶわぁっと一覧に表示されるガム。

リルルは「メロン」と発言すると

商品が絞られて、メロン味のガムが

ひとつだけ表示された。


「あ、マスクメロン味だって!」


「それ食べたい。それちょうだい」


リルルは画面をタップすると、二人の中間に、ポトンと小さなガムが落ちて来た。


「リルリル、口に投げて」


「え?紙は取らなくていいの?」


「大丈夫、人間の体じゃないから

問題ない。ボクボク身体丈夫」


ボクボク、あーんと口を大きく開ける。

いつでも食べる準備は万端だ。


「わかった……投げるよ!

といやぁっ!」


リルルは落ちていたガムを拾い上げて、野球選手さながらのフォームで投擲した。


そしてそれは、見事にボクボクの口の中へと放り込まれた。


「もぉぐ……」


ボクボクの口に広がるのは北海道でとれた新鮮なメロンの味だった。


美しい縄模様と、ぷっくりと大ぶりに実ったそれを、ぎゅっと一粒のガムに閉じ込めてあるため、口いっぱいに濃厚な旨みが舌の上いっぱいになる。


「美味い!!!!」


芳醇でありながらくどくない至高とも言える甘みを堪能したボクボクは、部屋全体にそう叫んだ。


「そっかあ、美味しかったならよかった!

私達、これでお友達だね!」


「リルリルとボクボク、友達!」


少女とモアイ像の静かな談笑。

だが、それを引き裂くかのように、エレベーターがひとりでに動き出したのを、ボクボクは察知した。


「……リルリル、誰か来る。

ボクボクの後ろに隠れてろ」


「わ、わかった……!」


ボクボクの指示通り、リルルは彼の首の後ろへと回り込んでその場で小さくしゃがんだ。


すると、エレベーターが到着する音が聞こえ、左右に自動ドアが開くと、そこから偉そうな雰囲気を纏ったひとりの青年がやって来た。


「よぉモアイ像、相変わらずくちゃくちゃと汚い食い方してるなぁ。上品な俺を見習え?

ん?」


最高級の魔導衣装を身に纏い、その両腕は実に自信に満ち溢れていた。

この男、フィレンツェ・シーガルは

巻きタバコを咥え、火を先端に灯しながら見下したような表情でボクボクを見上げる。


「ボクボクはお前の上品さ、知らない。顔見たくない、出ていけ」


「ほぉん?このフィレンツェ・シーガル様に

『出ていけ』と言ったのか?んー?

礼儀がなってねえなぁおんぼろぉ!」


咥えていたタバコを指で挟みながら、ボクボクの身体に根性焼きを施してしていく。


モアイ像であっても痛みは感じるのか、苦悶の声が漏れていた。


「俺に楯突くとこういうことになるんだよ。

わかったか?古臭え時代の人間が作ったコレクションにもならねぇブツ野郎が!」


「ぐぅ、ぬぅぅぅ……」


「ああ、お前確かレオンに拾われたんだったか?だいぶ昔だから忘れてたが……そうだ、今から解体ショーでもしてやるよ。

マグロみたく生きたまま血抜きってわけにはいかないが、激痛のシンフォニーを奏でて無様な石ころにでもしてやるよ」


「お前、そんなこと出来ない」


「あぁ?」


「ボクボク知ってる。

お前悪いヤツ、悪いことしてグラグラ達困らせてた。嫌がらせしか出来なかったお前にボクボクを石ころになんて出来ない」


全身をワナワナと震わせながら、手にしていた巻きタバコをへし折って投げ捨てる。


たかがモアイ像如きの言葉に、彼は癇癪を起こし激昂した。


「ああそうかよ!なら出来るとこを見せてやる!後悔すんじゃねえぞクソ野郎が!」


「後悔することはない。

お前に出来ないって、ボクボク知ってるから」


火に油を注ぐ言動、フィレンツェは奇声を上げながら、電子媒体からダイナマイトを取り出してそれに着火した。


「ははははは!!!!!

どうだ、お前ひとつなんてこたぁねえ!

簡単に爆発させてやる!!!!」


「……フッ」


ボクボクは鼻で笑った。

静寂なこの場でフィレンツェの脳内血管がブツリとキレた音が聞こえた。


「テメェ……!」


「やめてっ!これ以上ボクボクちゃんを意地悪しないで!」


リルルは勇気を出してその身を乗り出した。

最初のお友達が、酷い目にあっている。


胸を穿つような悲しみが募り、それは怒りとなって発露し、彼女はフィレンツェの前に立ちはだかった。


「リルリル……!?

なんで出てきた!」


「うん……?このガキ確か、イングラムの連れていたガキか!」


「ガキじゃない!リルルって言う名前があるの!」


「っはは!ちょうどいい!

おいモアイ像、お前の前でこのガキを痛ぶってやるよ。

お前には手も足もないもんな?

無駄な口しか存在してないもんなぁ?

お友達が痛いよぉ〜、苦しいよぉ〜って泣き喚く姿を見て後悔しろぉっ!」


フィレンツェは思い切り右腕を振って幼いリルルの頬を思い切り打った。


ヒリヒリと熱が籠った痛みが走り、その衝撃には耐えきれずに身体が崩れ落ちていく。


「はぁ……はぁ……!

堪んねえなぁ、ガキを痛ぶるのはよぉ!」


「……うっ、ぐ」


「リルリル!」


少女が痛そうに患部を手で押さえ、ただのモアイ像が不安げに声をかける。


その光景が、その音が、フィレンツェの被虐心を高ぶらせていく。


「大、丈夫……だよ、ボクボクちゃん。私、こんな怪我痛くないから」


「へぇそうかい……!

なら今度は手のひらじゃなくて、蹴りを見舞ってやるよ!」


今度は右脚が振り上げられる。

立ち上がり始めたリルルの肩を、踵落としの、要領で打ち砕こうと上げられた足が勢いよく振り下ろされる。


「……っあ?」


それを、リルルはか細い両手で押さえつけた。少女が出せる全ての力を出し切って、直撃寸前で受け止めたのだ。


「ボクボクくんが受けた心の傷に比べたら……!

お父さんや、お爺ちゃんお婆ちゃんが受けた痛みに比べたら…………!

こんなもの、全然痛くないっ!」


感情の爆発──


ソルヴィアで起きてしまった悲劇をトリガーにしてリルルは怒った。

大人の攻撃を受け切った彼女は、ぎこちなく立ち上がりながら、左足に力を込めて思い切り急所を蹴り上げる。


「うごぁぁぁっ!?」


油断と予想だにしない反撃をもらったフィレンツェは、地を這いながら急所を腕で押さえて、苦悶の声を漏らしその場をゴロゴロとのたうち回る。


「リルリル、やる、すごい!」


「クソッ、この、ガキがぁ……!」


しかし大人は姑息で汚い者も存在する。


電子媒体で痛みを相殺し、負傷部位を治療し終えた彼はむくりと起き上がり見下ろす。


「殺す、殺す、殺す、殺してやる!」


リルルも負けじと睨み返す。

イングラム達との冒険で邂逅した怪物達に比べれば、この男など怖くない。


大人気ないフィレンツェは刃物を手に取り刃先と共に不敵な笑みを向ける。


「鮮血ぶちまけろぉっ!」


音もなく刃を振り下ろす。

しかしそれはリルルを突き刺す事はなかった。


「……ふっ」


計り知れない力に抑え込められた。

いくら手に持つナイフに力を込めても全く微動だにしない。


「な、なんだこのガキ……!

どこから出て来た!?

ま、まさか──!」


白いワンピースを着て、アルビノの様な肌の色を晒し、髪の毛が顔半分を隠している。


彼女は、ナイフを手のひらに受けながらも、苦痛の表情を出す事なく笑っていた。


「クク、リルルよ。

その感情の発露を忘れるな……お前の中に眠る私が唯一目覚める起点に

なりうる」


突如、フィレンツェの身体が宙に浮いた。


その瞬間、強風が吹いた思えるほどの風圧が襲いかかり、フィレンツェは後頭部を勢いよく壁に叩きつけられて気絶した。


「あなたは……誰?」


「私は、お前の中に眠る邪神だ。

ククク、やはり人間は面白いな」


白い少女はリルルに振り返って穏やかに微笑むと手を優しく頭に置いた。


「ぜひ、私ともお友達になろう。

神として、お前のはじめての友達に……」


「君は……」


リルルが名を問いただそうとした瞬間、この部屋全体が渦を巻き、湾曲する。


時間にして1秒にも満たないものでは

あったが、リルルの目の前から姿を消すには充分過ぎる時間だった。

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