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第23話「飛翔」

ドラゴンは雄々しく翼を羽ばたかせて空へと飛び上がった。上昇気流が思ったよりも冷たくて反射的に顔を伏せる。


「リルル、大丈夫か?」


片手で手綱を持ちながらリルルの手を握る。こんな強風の中でも、人の温もりは

感じ取れるらしい。少し安堵しながら、後方にいる少女に声をかける。


「うん、平気だよ!」


「よし、ルークを離さないようにな!」


「は、はいっ!」


いい返事に頷いて、イングラムはドラゴンの頭から景色を覗く。雄大な自然、草木は陽に照らされ鳥たちは声をあげながら羽ばたいていて川は美しく水面を打ちながら流れている。


「ふむ、綺麗な景色だな」


電子媒体を起動して、地図を広げてみる。

旧ロシア大陸を思わせる広大な土地だ。

これよりさらに南に氷の帝国がある。


(フレイムスープは人数分、持てる分だけ保存してある……が、あそこの気温がどれほどなのかが問題だな)


気温の低い地域に住む人々はその環境に適応するために進化したのだろうか、それとも、持ち得る知識を使ってそれに対抗しているのだろうか。


どちらにせよ、彼らの協力がなければコンラへ辿り着くことすら難しいだろう。その道中で何かに襲われる可能性もある。問題は山積みだ。


(くっ……)


「ねえ騎士様、剣士様が目を覚ましたよ?」


問題という名の束縛からリルルが解放してくれた。イングラムはルークの方へと視線を落とす。


「……なんで空なの?」


目の下にはパンダ並みの黒い隈が出来ていた。目は虚気味で光がない。あまり眠れていないのだろう。それでも、辛うじて思考し発言する力は残っているようだった。


「ベルフェルクからこのドラゴンくんを

借りたんだ。コンラまでの道中、この子の力で移動している」


「な、なるほど……」


納得したように頷くとルークはまた意識を失った。目を覚ましては落ちる。数時間に一度の頻度でこれが起きている。早く治さなければどうなってしまうか想像できないイングラムではない。


「早く行かねばならんが、ドラゴンくんの

ペースを守らなければきっと到着前に

疲れてしまうだろう。中間着地地点を把握できていない現状でそれは得策ではない。」


ましてやここの地形は膨大な山脈地帯で、凹凸の激しい場所だ。ドラゴンの耐久性がどれほどのものなのかを知らないから、イングラムは目視で確認するしかない。


◇◇◇


飛び始めてから2時間が経った。

未だに山脈地帯は続いている、しかし

頭一つ飛び抜けて高い山を越えたあたりから凄まじい冷気を帯びた風が頬を撫でた。

白い息になる程に低い気温らしい。

イングラムはリルルにフレイムスープを

渡して、自身もそれを飲み始める。

ちなみに今回はコンソメ味だ。


「リルル、ルークに飲み物を点滴してくる。少しだけ代わってくれるか?」


「え……?」


「両手で力一杯持っているんだ。大丈夫、リルルは強い子だ。やってくれると信じてる」


よしよし、と頭を優しく撫でてやる。

ルークに飲ませることができない以上

体内に直接取り込ませるしか方法はない。


「うん……わかった!ドラゴンさん!ちょっとの間よろしくね!」


ドラゴンくんはその言葉に応えるように優しく声を上げた。


「風が緩やかになって行く……もしかして、俺の行動を理解したのか?それともリルルに応えたのか?」


ドラゴンくんは通常のスピードよりも

少し遅いスピードで羽ばたき始める。

リルルを振り落とさないようにする為だろうか。


イングラムはその行動に感謝し、乗竜綱を外し、ルークを抱える。


「今は意識がないからそのままの注射でいいだろう」


〈注射器を照射、顕現させます〉


機械的な女性のアナウンスの後、イングラムの右手には1本の注射器が出現した。


そこへ、フレイムスープを吸引し

ルークの首筋にある大動脈に注射する。

これで飲まなくとも、同様の効果を付与させることができる。仄かな赤い光がルークをベール状に包み込む。これが付与されたという証明になる。


「よし!」


イングラムは再び竜綱をルークに

キツく結びつけて後部席に座らせた。


「リルル、ありがとう。もう代わっていいぞ」


「騎士様、ドラゴンさんがねもっと【飛ばせる】って言ってるよ!」


「……なに?言葉がわかるのか?」


「なんとなく、かなぁ……ねぇ?ドラゴンさん?」


グルルと唸るように返答する。呼吸を深く深くし始めているということは嘘と言うことではないのだろう。


「あっ!【しっかり捕まってろ】って!」


「よし、ふたりを落とさないように尽力する。リルル、ドラゴンくんの手綱を離すんじゃないぞ!」


「うん!」


力強く握りしめる。離したりしたらみんなが落ちてしまう。イングラムの大切な友達がどこかへ行ってしまわないように、確かに強く、精一杯の力で握り込む。


「お願い!ドラゴンさん!」


咆哮、承諾したと言う合図なのだろうか。

ドラゴンくんは低速から高速に切り替えた。何倍もの羽ばたきは、力強さと雄々しさを感じさせる。


「きゃっ!風が冷たい!!」


「フレイムスープでも効果が薄いとは……

コンラの気温は予想以上に低いようだな……!」


極寒の風がフレイムスープの効果を半分以下の効力に下げていく。とっさの判断で飲用していなければ間違いなく凍死していた

だろう。ドラゴンくんは平気そうではあるがもう少ししたら休ませてあげなければならない。かれこれ2時間以上空中を飛んでいる。


「冷たすぎる、コンラにいる人たちはこれを凌いでいるというのか?」


指先の感触が鈍くなってきている。そして空から白い雪が降り始めてきた。そう、コンラの領域に突入したのである。


いかなる猛暑になろうとも、コンラには年中雪が降る。荒れ狂う吹雪、進む足を止める積もり積もった雪。そして鏡のように煌びやかな地面……これはコンラならではの特徴なのである。


「……!ドラゴンくん!降りるんだ!

空から吹雪が来るぞ!」



ドラゴンは自分の感覚器官、嗅覚に神経を研ぎ澄ませた。速まる潮の香り、頬を撫でる風の速度、そして、牙を剥き始めた雪たち。


イングラムの言葉を受け、ドラゴンくんは

猛スピードで急降下する。

ドラゴンの野生の本能が警鐘を鳴らしているのだろう、バンジージャンプを何倍ものスピードで落下させたような重圧が3人に襲いかかる。


頬が重力に逆らって引き上げられる。

喋ると舌を噛んでしまいそうなので

イングラムはリルルの口元を手で押さえ、ルークを抱き寄せ自身の口だけで竜綱を操る。





ドラゴンくんは雪の積もった森の周辺に降り立った。そしてそれと同時に疲れたらしい。ドサリとその身を純白の大地に下ろし、犬のように舌を出して体温を調節し始める。


「歯が……歯茎が……」


猛烈な痛みが口内を走る。

凄く痛い。が、リルルたちに怪我がなくて何よりだった。


ドラゴンくんは気を遣ってくれるらしい。

3人を包み込むようにその身を盾にし、横たわった。


「ドラゴンさん、寒くない?」


グルル……としか言わない。

この個体は本物のドラゴンではない。

ハーフ種なのだ。いくら遺伝子研究が進化したとはいえ元の動物たちの性質を根本から変えることは難しい。


「私が温めてあげるね!ぎゅっ!」


両手をいっぱいいっぱい広げて、ドラゴンくんに抱きつく。リルルの優しさに気付いたのかドラゴンくんは彼女の顔をベロンとなめた。


「わぁ!くすぐったいよ〜!」


「……」


鎮痛剤を歯茎全体に注射しながら微笑ましい光景を見る。リルルとドラゴンくんは先程出会ったばかりだというのにずいぶん仲良しになった。


「よーし!私もくすぐるからねぇ!

えいえいえい!」


こちょこちょとドラゴンくんの胸部を

擽る。こそばゆいのか顔を変に歪めて

声を出し始める。


「リルル、程々にな。

ドラゴンくんは疲れて————」


ブァックション!


木霊するほど大きなくしゃみをした。

寒さと擽りのダブルアタックは流石に応えたらしい。そしてその拍子に、イングラムは彼方に吹き飛ばされた。


「風邪引いたの?大丈夫?」


リルルはドラゴンくんの顎をよしよしと撫でてやる。自分の騎士がどこかへ行ったのを彼女はまだ気付いていない。





そして、イングラムが吹き飛んでから

1時間弱が経とうとしていた。

フレイムスープの効果は徐々に薄れていき

低体温症の兆候がリルルに現れていた。

更に追い討ちをかけるかのように、風が雪を巻き込んで吹き始める。今度は地上での吹雪がやってくるのだ。


「うぅ……騎士様……寒い……よ……」


ドラゴンくんも瞼が重いらしく今まで以上に低い唸り声を出した。


「ドラゴンさん、大丈夫。騎士様がきっと……助け……に」


その身を凍てつかせんと雪がリルルの身体を包み込み始める。堪えられなくなったリルルとドラゴンくんは眠るように意識を失った。しかし、失うその瞬間までリルルはルークを離さなかった。





視界すら遮る純白の世界の猛威を受けることなく歩いてくる者がいた。

防寒性と保温性に優れた黒衣を身に纏い

片手には5メートル級の白いコモドドラゴンを背負いながら、無表情のままやってくる。


「……子供?それにこの生き物は、ハーフ種か」


深々と溜息を吐きながら、優れた洞察力で見えにくいものを見抜いて腰を下ろす。


「ったく、おそらく誰かの連れだろうが

ほったらかして行くもんじゃねえな」


しばしの沈黙の後、男は背負ってきたコモドドラゴンを“凍り漬け”にして

リルルを抱き上げて、ドラゴンくんを

担ぎ上げた。そして————


「おい、なんで、お前まで寝込んでんだよ。ルーク」


男は口角を僅かにあげて、友の名を呼んだ。





「……うっ」


気を失っていたらしい。イングラムは雪に埋もれていたその身を起こして、全身についていた雪を手で払い落とした。


「まさか飛ばされるとは思わなかったぞ。

リルル、後で怒らないとな……はぁ」


身体に違和感を感じ始める。フレイムスープの効果が薄れ、低体温症の兆候が現れ始めたのだ。


「まずいな、この吹雪の中でリルルを

探すのは難しい。しかし、あのままにしておくわけにもいかん」


電子媒体を起動しようにも、吹雪が酷く、画面は砂嵐のようになって強制的に落ちた。


「くっ、万事休すか……」


片膝を付きながら朦朧とする意識を拭い去ろうと頭を横に振る。しかし、自然の脅威はそう容易く乗り越えられるものではない。その事実を改めて痛感させられた。

その猛威は、容赦なくイングラムに牙を剥く。


「こんなところで、意識を手放すわけには!」


顔を伏せながら呼吸を荒げていると、どこからか足音が聞こえてきた。こちらに向かってきている。


「……あの、大丈夫ですか?もしかして、遭難されてしまったのでしょうか?」


物腰柔らかな女性の声は、全てを包み込むようだった。この寒さをかき消してくれるような温もりすら感じる。


「その症状……少し待っててください」


女性はバッグの中にある低体温症緩和液を取り出してイングラムの血管に注射する。

そして簡易型防寒衣を羽織らせる。


「あくまで応急処置ですが……立てますか?」


女性はイングラムの手を掴んで自らの肩に寄らせる。


「ええ、ありがとうございます。あなたは?」


「私はセリアと言います。コンラで医者をを務めさせてもらってます。」


これは非常に都合がいい。コンラへ入国する手立てと、仲間を治療する方法が同時に見つかるなんて幸運だ。


「俺はイングラム・ハーウェイ。早速で申し訳ないのですが、仲間を治療して欲しいのです。」


「……!あなたがイングラム様でしたか!

お話は常々アデル様から聞いています」


どうやらこの人はアデルバートの知人らしい。しかも、イングラムのことを知っているときた、ますます運が向いている。


「アデル様は別ルートからコンラへ向かっているはずです。イングラム様。ご一緒してもらえるでしょうか?」


「もちろんです。護衛は任せてください」


セリアは満面の笑みで感謝の変動を述べる。こうして、アデルの仲間のセリアと共にイングラムはコンラへ向かうのだった。

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