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第229話「不愉快で波瀾万丈で」

(シーガル……よりによってフィレンツェと同じ姓……血縁か?)


ルシウスはニコライ・シーガルの名を聞いた時、ふとそんなことを思ってしまった。


フィレンツェ・シーガル──


ルシウスやイングラムの同期であり、功績泥棒とも呼べるほど鮮やかな手段、手際で他人の手柄を自分のものにしてしまういわゆるクズ男である。


「ま、何せニコライ様はフィレンツェのお祖父様だからな!

凄いのは当たり前だよ!ははは!」


その情報に、ルシウスは一瞬怪訝な顔を見せたが、すぐに事務的な笑みで表情を切り替えた。


「なんと、それはさぞ貴重なのでしょう。

しかし先生、僕は遊びに来たわけではないのです。校長と打ち合わせをしなくては」


「校長もこの公演にご出席なさるぞ?

だから君もおとなしく聞いていけ。

とても、とても良いお話だからね!

なんなら、席も用意しよう!」


「……わかりました。

それなら、座席表を見せてください」


過去に講義説明会の時に使われていた円形からなる講演ホール。

そこで骨身に染みるありがたいお話が聞けるのだという。


彼らはそんな話、心底興味がないが

その間動きを拘束されるというのも

不愉快な話である。


だから、先に座席を確認して、横一列全ての席が空いている場所を探す。

照明が暗くなった時に抜け出すことが容易となるからだ。


(クソッ……)


ルシウスは内心舌打ちを打った。

一番上にあるA座席から一番下にあるZ座席の左右の非常口がグレーに染まっている。


つまり、そこに座る予約者がいるということになる。

となれば、左右どちらへ移動しようにも誰かの視界を遮るハメになってしまうのだ。それらがもし、創設者の熱心な盲信者だとしたら、面倒な事になる。


「ルシウス君、どうした?

好きな座席を選びたまえ」


(少しでも人の出入りのない少ない座席にしなければ……)


ルシウスは最も移動に邪魔にならない座席を選択する。すると、表示されていた画面が緑色に光ると同色のレ点が光った。


「うむ、S座席だな。

予約席以外はどこへ座っても構わない。

私は早速校長に申請してこよう!」


小太りの教員は自分の事のように喜びスキップしながら教員専用のエレベーターに乗り込み校長室のある階へと移動していった。


「ルシウス……?」


「僕の考えが読まれているようだったよ。

あらゆる座席の非常口の周り全てが予約席で埋まっていた」


クルーラが心配そうにルシウスの顔を覗き込む。

彼は顎に手を当てたまま座席表をコピーしたものをみんなに見せた。


「もし動くのなら、講演ホールの天井に装備されているバックライト……その照明が落ちた瞬間が狙い時だね」


「あなた、ひとりで動くつもりなの?」


「あぁ、構造の詳細なら僕が一番知っている。みんなには悪いけど、講演が終わるまでホールで待機していてくれ」


エルフィーネらは頷くと、目の前の電光掲示板に案内階層図が表示された。


全てを目視では確認できないほど、数多くの項目が事細かに記されていく。


「あうあー……」


リルルはそのあまりの文字の量と細かさに目眩を覚え、レベッカに助けられつつも辛うじて正気を保った。


「……新しい階層が増えている。

ルー……じゃない、クルーラさん。

これを見てください」


「う、うん……」


訝しげに階層図を眺めるルシウスは、ぽんぽんとクルーラの肩に手を置いて指を指す。


彼女自身はそんなふうに触れられたことがないので少し困惑しつつ、じーっと画面を凝視する。


「うっわ……なぁにこの数。

下に10階も増えてる」


彼女の指先が画面に触れる。

すると、画面が真っ赤に明滅して、おまけにブザー音まで鳴ってしまう。


「えっ、えっ、えっ!?」


背後から軍隊の行進のように何人かの足音が雪崩れ込んでくる。

重々しい金属音を響かせながら、それはクルーラに一斉に向けられた。


「手を上げてそこを動くなっ!

部外者が勝手に表示に触るとは、ここを魔帝都と知っての愚行か!?」


「なんですかこの状況、なんでこんな目に遭うのかわけわからないんですけど!」


クルーラは突如として向けられた銃口に慌てふためきながら、隊長格の男の指示通りに両手を上げる。


「ふん!入り口から入る時にパンフレットを貰わなかったのか?

まあいい、魔帝都の法に則り貴様をみっちりオシオキしてやる!こっちへ来い!」


「や、ちょ、触らないで!

痴漢よ痴漢!訴えて金玉踏んづけてやる!」


全身を迷彩服に包んだ怪しい連中が、クルーラの両腕と両足を掴みあげてどこかへと連れて行こうとする。


「お待ちを……」


「あぁ!?誰だ貴様ぁ!」


ルシウスは深々と溜息を吐きながら

懐にしまっていたなにかを取り出す。

それは、騎士警察の証である手帳だった。


「ひっ、あ、あなたはルシウスさん!?

卒業されたあなたがどうしてここに……」


隊長格の男がみるみる青ざめ、全身からドバッと嫌な汗が滲み出ている。


「ここに来たのは理由がありますが、お答えする訳にはいきません。

騎士警察の守秘義務に違反しますからね。

ところで隊長殿……彼女を捕らえてどうするつもりなのですか?」


「い、いえ、その……」


「彼女は可愛いので、そう思われるのも無理はありません。ですが、相手の同意なしに複数人で連れ込もうという事件性確実の拉致行為を目撃しては、これを出さない訳にはいかないでしょう」


「お、仰る通りです!

お、お前達!その人を解放しろ!」


クルーラの状態でも抵抗出来ることは出来るのだが、風のマナを放出してしまえば当時のルーク以上の能力を持つ彼女が校長の目に止まってしまう。


クルーラはそれを避けるため、わざとらしくか弱い女性を演じているのだ。


「ぐぇぇっ!!!」


雑に落としていく隊員達は、我先にと各々持ち場の方へ脱兎の如く去り行き姿を消していく。


そして、残ったのは隊長の男性と、穏やかな微笑みを浮かべながらとてつもない威圧感を放つルシウスだけだ。


「……さて、僕が何を言いたいのか

現場を取り仕切る立場である方なら既に察しておられるでしょう?」


「は、はぃ……」


「もちろん、彼女にも非があります。

勝手に表示された画面に触れてしまい、そのせいで皆さんの業務に僅かながら支障を出してしまった。

しかし、それと拉致とは別問題です。

あなたがたは“みっちり”とおっしゃいました。それは、どういうことなのかきちんと説明願います。さあ、個人室へいきましょうか♪」


「ひぃぃぃ!!!

ごめんなさい!!!

ごめんなさいぃぃぃ!!!

許してくださいルシウス様ぁぁぁ!!!」


隊長がクルーラを見つめる。

許してくれと、懇願してくる。

しかし現実は非常である。


「ダメに決まってるだろどすけべ!

みっちり叱られてこいや!」


ズルズルとルシウスに引きずられていく隊長は、情けない表情で両手を限界まで伸ばして助けを乞う。

それは、彼らの姿が消えるまで続いた。


「私達だけになったわね……どうする?

講演まではもうしばらく時間がかかりそうよ」


静寂を破ったエルフィーネは自身の端末に、講演時間を示しながら全員に共有させた。


無数に表示される数字に表情を顰める3人。難し過ぎる専門用語に、卒業したクルーラですら困惑している。

しかし、ただ一つこの場にいた全員が読める単語が目に止まった。



「ん、なんだこれ……反乱分子の除去?

ハイウンド家の人間について?」


「ハイウンド………確か神殺しの一族の姓だったわね。

ここの出身だったのね?」


エルフィーネが興味深そうに視線を移し、指先を軽やかに滑らせると、ドンとひとりの男の真正面の写真が表示された。


しかしそれは、普通の写真とはあまりにもかけ離れたものだった。

モノクロに処理され、まるで近所の子供がおこなったかのようなイタズラ書きがなされおり、あらゆる生徒、教員からの罵詈雑言が嫌でも目に止まった。


「なんだ、なんなんだ……これは!」


クルーラは言葉を失った。

その男の顔は塗り潰されていてもよくわかる。自身の剣の才能を讃え、魔帝都1の実力者にまで鍛え上げてくれたもう一人の師のような存在。


その師の事について、ありもしない事がズラリと書き連ねられている。

そして、最後の文は、彼女の怒りを爆発させるものだった。


レオン・ハイウンド

死亡


◇◇◇


「ここ、どこぉ……?

剣士様ぁ?お姉ちゃん〜?」


幼き少女、リルルは先のドタバタに

呑み込まれ、エレベーターに半ば強制的に乗り込んでしまい、人気の無い階へと降り立ってしまっていた。

この辺りは薄暗く、自身の足元が辛うじて見えるくらいである。


「うぅ……迷子になっちゃった……

知らないとこに出ちゃったし、あぅ」


“むごごぉ……”


「ふぇ!?」


布生地の地面が、何かの音に揺れる。

地震にしては非常に短い揺れだったが多感な歳のリルルはそれを敏感に感じ取った。


「な、なにか……いる?」


“むごぉ……”


「お、おばけ?」


“が……む”


辛うじて聞き取れた言葉。

リルルはその声を聞き取り、おばけではないと察する。

好奇心旺盛な彼女は、ゆっくりと大股で前進していく。

そして、ドンっと大きな何かにぶつかった。


「いたた……」


尻餅をついたリルルは、お尻を撫でながら立ち上がる。


“だい、じょぶ……かぁ?”


「だ、誰ぇ?」


“ガムガム、口にくっついた。

取れ”


ガムガム、とは、ガムのことだろうか?

視界が暗がりに慣れたリルルは、見える範囲でガムを取る。

それは長い間に噛み続けたがゆえに、味を失って空気に触れ続け、へばりついた固いゴムのようなものだった。


「うわぁ……」


剥ぎ取ったガムをそこら辺に捨て去りリルルは顔を見上げた。

そこには、巨大なモアイ像が口を動かして、なんと喋っていたのだった。

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