第228話「魔帝都へ」
ルシウスをリーダーとする5人は、魔帝都の入り口の少し前まで来て足を止めていた。
彼らが在籍していた頃からその外見の豪華絢爛さはあったが、今の魔帝都は更に金をかけているのだろうか、金と銀の装飾に包み込まれていて、外部から来たものを圧倒するほど輝かしかった。
「凄まじいな、僕らの頃よりも……なんというか金の荒使いが増した気がする」
「ついに歯止めが効かなくなったか……」
周囲には帝都生が身につける学生服を着たルシウス達の後輩達がゾロゾロと門へと入っていくのが彼らの場所からでも見えた。
男女共に外見のスペックはかなり高水準で粗暴と言った感じの人物は今のところ見当たらない。
「ほぉ、俺達の後輩はこんなにもかっこよくてかわいいのか……いいなぁ。
お淑やかそうだなぁ、お清楚なんだろうなぁ」
そう呟いたのは、ファクシーで森の賢者を欺いた時にルークが変身した少女クルーラであった。
彼女は彼らと同じ学生服を身に纏って、羨ましそうに若い彼らを眺めている。
そんな彼女の耳を、ギリリと力強く引っ張るその人はレベッカだった。
「そう、そんなに若い子がいいんだ?」
「いでで……違うわよもう!
私達の同期はろくな女子がいなくて……授業中ぺちゃくちゃガム噛むわ、黒板に変なデコシール載せるわ、悲鳴みたいな黄色い歓声あげて駄弁るわ……鼓膜の休まる日がなくてさぁ……」
「あははは……それじゃ、行こうか。僕らは裏口から入ろう」
ルシウスも思うところがあるのか、うんうんと頷いてクルーラの言うことを肯定する。
彼もまた被害者の1人なのだ。
登校する生徒全員が校内の門へ姿を消したのを見計らって裏口へ先導する。
「着いたな……どうやら、ここもだいぶ金が回っているみたいだ……全く、税金を無駄に使って見栄だけをよくしたところで、教育者の質が悪ければ本末転倒だろうに」
教員達しか使わないここにも、不相応な装飾がこれでもかと施されていた。
人の視覚を奪うなら、何かの役に立つかもしれないと思いながら、ルシウスは扉をノックした。
「やあルシウス・オリヴェイラ君!
待っていたよ、実に5年ぶりだねぇ!」
出迎えてくれたのは、片手に食べかけのドーナツを持った小太りの男性職員だった。
彼はルシウスのいた学級主任で、彼の才能を出会った当初から見抜いた“観察眼だけ”は優秀な教員である。
「ああ、先生……ご無沙汰しております。
今回の学園の相談の件でお伺いにあがりました」
「はっはっはっ!
そう固くならずともいい、昔のように気軽に相談してくれても良いのだぞ?
おや、そこの女性達は一体?」
視線がルシウスの後ろを向いた時
その表情は野獣のように変貌した。
この男、人の能力を見抜く能力はあるものの、セクハラやパワハラなど、女性に対しては凄まじいほどの手の速さと口車の上手さを発揮する、危険な男なのだ。
「彼女達は僕の仕事の知り合いでしてね、この学園の内情を見学したいと」
「む、亜人と餓鬼がいるじゃないか……ダメだぞルシウス君。
いくら君の願いだとしても、獣臭くて、おまけに叫ぶしか脳のない子供を中に入れるのは流石に無理だ」
教員はレベッカとクルーラの後ろにいた2人を見ると、顔色を変え、嫌悪感丸出しでそう言った。
「流石、セクハラまがいの教師様は
仰ることが下衆ですこと」
「なんだとぉ?」
「あなたのその首筋から仄かに滲み出る香水、若い女性のもの、ですよね?
しかも、その方は最近結婚されたばかりの人のもの、誰かの愛する人を奪うだなんて下衆以外のなんだと言うんです?」
エルフィーネ達亜人族は、人間よりもすぐれた五感を持っている。
鼻で匂いを嗅ぎ、目をわずかに細めれば隠していることも全てわかってしまうのだ。
彼女はそれを利用し、この男の隠している悪事を暴いたに過ぎない。
「ぐ、ぬぬぬ……!
証拠はあるのか、証拠は!」
「そんなに証拠が欲しいなら、今からその首筋の跡を拭き取ってあげましょうか。
残っているんですよ、無理やりさせたような口紅の跡が……」
「ぎくっ……!?」
その反応に、ルシウスは落胆する。
人間は5年程度では何も変わらないという事実を突きつけられると、こんな男に無理やり奪われてしまったその夫に同情してしまう。
「はぁ……先生、セクハラまがいの癖、まだ完治してなかったんですか、それとも、面倒になって放置を?」
ルシウスの視線は鋭利な刃物のように教員の目に突きつけられた。
しばらく会っていなかったこともあって、その威圧感はこのクズ男を屈服させるには充分だった。
「い、いや……!
そ、そうだ!亜人の方もそこのお嬢さんも、せっかくだから見学していくといい!
私が校長に直々にそうお伝えしておくよ!
ははははは!
さあ、行こうかぁ!」
ドーナツをそそくさと食べ終えて
教員は背を向けて逃げ出すように扉の奥に消えていく。
「ルシウス、君の教師はあんな奴だったのかい?」
「あんな奴だったさ……あれのせいでどれだけの生徒の青春が踏み躙られたと思う?」
クルーラはあの男が恋愛を謳歌している生徒の邪魔をしている場面を思い浮かべ、嫌悪感を露わにした。
同時に自分はこの学園で好きな人を作らなくて良かったと安堵もしてしまう。
「今安心したでしょ」
「してません」
ルシウスのあの冷たい目が今度はクルーラに突き刺さる。
目を合わせたら負けると理解している彼女は言葉を被せながらそっぽを向いた。
「レベッカ、頼むからあんな男に釣られないでくれよ?」
「うん?
それは大丈夫だよ、私には君しかいないし、君以上にかっこいい人がいたとしても、命の恩人とは比較するまでもないし」
クルーラとレベッカは固い握手を交わしハグをした。
「さあ、先へ進もう。
僕達の求める答えはこの中にあるからね」
◇◇◇
5人が裏口へ踏み込む。
目に飛び込んできたのは広大な図書館のような場所だった。
天井には、多くの優秀な成績を収めた生徒や、教員達の絵画が飾られている。
どれも、レオンの同期のものばかりだった。
「ねえねえ弓兵様。
弓兵様の絵はないの?」
「辞退したんだよ。僕は飾られて讃えられるなんて柄じゃないからね。
歴史に名を残すべき人は、他にいるし」
「えー、そうなの?
いいなぁ、私も学校で頑張れば認めてもらえるかなぁ?」
「ああ、頑張ればいずれは君も認めてもらえるよ。ただ、ここはやめておいた方がいいかな」
「なんでー?」
「あはは、まあ君ももう少し経験を積めば自ずと理解出来るようになるよ」
「ふぅん……?」
ルシウスはリルルの頭を優しく撫でてやり、かなり先を歩いている元担当教員の後へと着いていく。
と━━
ドン、とわざとらしくリルルにぶつかるひとりの男がいた。
「いってぇ……ああ、骨折れたかもなぁ。おいガキ、弁償しろや」
大柄で、全身タンクトップの筋肉男が尻餅をついたリルルにガンを飛ばしている。
(この男、確かレオンさんの元同期のフーヴァー……彼とは違い、僕らと同じで転入という形で入ってきた男だったはずだ。
大した功績も残していないコイツが
こんなところで何をしているんだ?)
「ちょっと、先にぶつかったのはあなたですよね!リルルちゃんはまだ色々多感な時期なんですよ?」
レベッカがリルルを抱き起こし、睨み返す。
「あぁ?このアマぁ、誰にもの言ってんだ?
俺はな、あのレオンを倒した剛腕の
フーヴァー様だ!同じ目に逢いたいかっ!」
「ホラ吹き野郎ね……」
「あぁ?」
エルフィーネが火に油を注ぐような
ことを言う。
実際に2人の対決を見たわけでもないのにまるで知っているかのように呟いたのだ。
「あなたの実力じゃ、ルシウスにも勝てないでしょう?
マナ使いでもなければ突出した知識もない。
人を痛ぶることでしか快感を得ないクズにそんな実力があるはずがないでしょう」
「エルフィーネ、本音を言い過ぎだ。
時にはオブラートに包まないとね」
「おい待てルシウス。
テメェ炎のマナの講習で首席だったからって偉そうにするなよ?」
ルシウスの胸倉を掴み、持ち上げる。
確かに腕力だけなら、ルシウスは
この男に劣るだろう。
「先輩、僕達は喧嘩をしにきたわけじゃありません。リルルちゃんのことなら僕が後ほど謝罪しますから、見逃してくれませんか」
「なら、賄賂をよこしな。
迷惑料としてもらってやる」
(はぁ……全く、場所が場所でなければ、すぐにでもぶちのめすところだが)
定められた場所で戦わなければ魔帝都の法則違反になる。
もちろん、賄賂の譲渡も禁止されているのだが、ルシウスはこれを呑み、金を渡す。
「ふ、わかってりゃいいんだよ!
グズどもが!」
フーヴァーは唾をルシウスの顔に吐き捨て、その場を去っていった。レオンの同期は、血の気や癇癪を起こす連中が多く、問題が多発していたことをルシウスは思い出す。
「うわぁ……相変わらず単細胞だなぁ
アイツ……ルシウスぅ、お金渡してよかったのか?」
「問題ないよ、あれはおままごとに使う、子供用のものだ、あの男の思考では気付きはしない」
「相変わらず下に見てるなぁ……」
「アイツが一度でも機転を効かせたことがあるかい?ないだろう?」
クルーラはうんうんと頷きながら、リルルを肩車して校内を見て回る事にした。
そうすれば、例の馬鹿のような男に当たるリスクもない。
それもそうかと納得し、彼らは教員の後を追いかけた。
「おい、ルシウス君、言い忘れていたが今から魔帝都の創設者様が
大事な公演をしてくださる!
君たちも聴いていきなさい。
ありがたい、骨身に染みる言葉になるからね」
さっきの騒動などまるで聞こえていないかのような口ぶりに、リルル以外の全員が不快感を顕にする。
しかしルシウスは、すぐに事務的な表情を作って切り替えた。
「創設者……?」
「ん?君は知らんかね?
かつての大戦を生き抜き、数々の優秀なマナ使いを輩出したこの魔帝都をたった1人で作り上げた方!
その名もニコライ・シーガル様だ!」




