第227話「わだかまり」
「ファティマ城が存在していた場所……今、そこは跡地と呼ばれているらしい。
僕もスクルド様からその話を聞くまで存在自体知らなかった。
僕達が物心つく前から既にあったと考えていいだろう」
最初の目的地を魔帝都に決めた後
ルシウスが腕を組みながら右往左往しつつ言葉を述べる。
電子媒体の持つ情報網を使っても、一切の情報が手に入らず、謎に包まれたままなのだ。
「大魔女の問題はどうにかなる……
魔帝都に到着して、彼女の書籍を手にすればいいだけの話だからね」
「問題は、ファティマの城の跡がどこに存在するのかということだ。
ベルフェルク、お前何か知らないか?」
アデルバートがベルフェルクに問いただす。誰もが彼に聞いただろう。
商人として様々な人々と交流し、多くの情報を持っているのだから。
「知っていたところで、お前達に教える理由にはならない。せいぜい世界地図を広げて目星を付けるんだな」
フン、と鼻であしらうように嗤うと
ベルフェルクは体重を乗せていた背もたれから離れて歩き始めた。
「あの、ベルフェルク様……!」
「……なんだ?」
彼を呼び止めたのは、今回の情報には決して欠かせない存在であるセリア、もといレティシア・ファティマだった。
彼女はベルフェルクの前に立ち、行く手を阻むと深く一礼する。
「━━おい!」
たじろぐベルフェルクに、セリアは続けた。
「どうか、お願い致します。
私は、私が何者なのかを知りたいのです。
本来の名があるということは、兄との再会で思い出すことが出来ました。
しかし、その兄は仮面の魔術師から私を守る為に炎の中へと消えてしまいました。
もし、私達皇族に何かしらの特別な力があるのなら、その秘密を知り、その力を皆様のために使いたいのです」
彼女は実に堂々とした口ぶりで続ける。
「私が何かしらの力を得た暁には、その力をベルフェルク様の目的の為に使用致します。
無論、ここにおられる皆様への危害を除いて、ですが」
「……どんな力かもわからないのに
力を貸すというのか?」
「それでレオン様をお救いすることへと繋がるというのなら、どのような力であれお貸ししましょう。ですので、どうかベルフェルク様の知りうる限りの情報を、私達に教えてはいただけないでしょうか……?」
純粋な眼差しと、真摯な言葉を紡ぐ。
セリアは自分自身の本心をベルフェルクにぶつける。彼の表情が、少しばかり強張っているようにも見えた。きっと躊躇っているのだろう。
セリアはそう読み取り、口を閉ざして間を置く。
「どうか、どうかお願い致します。
ベルフェルク様の知る情報を、教えてください」
数多くの人々を治療してきたセリアは外科や内科だけでなく、メンタルケアにおいても優れた実績を残して来た。
言葉を巧みに使い、感情を用いて
相手の表情を伺いながら、事を荒立てずに進める──
それが彼女の武器なのだ。
現に彼女は、土下座をしてまでベルフェルクに願いを伝えようとしている。
それを見て、アデルバートも感化されたのか彼女よりも先に頭を下げ、土下座した。
「ベルフェルク、俺からも頼む。
お前の知っている事を教えてくれ」
地面に頭を擦り付け、深く、ただ深く頼み込む。それが過去にわだかまりを起こした相手であろうと構わない。
今は些細な情報でも得られるのなら、プライドなど捨てる。
「……お前には誇りがないのか、アデル」
「無いわけじゃねえ、だがここで余計な時間を潰してしまえば、レオンは死んじまう……それがごめんなだけだ。
お前も、俺と同じ想いなんじゃないのか。ベルフェルク」
「──」
ベルフェルクの表情は困惑に染まり
2人から目を背けた。
「お前たちが俺を助けなかった事を、今でも許すことはできない。だが、どうしてもと言うならひとつ条件がある」
そう零すと、ベルフェルクはアデルバートやルシウスに鋭い視線を向けた。
今にも、土のマナや神の力を使ってその命を刈り取ると言わんばかりの怒気を孕んでいる。
「殴らせろ、お前らの顔を……それでお前達の欲しがる情報をくれてやる。言っておくが、これで許しただなんて思ってくれるなよ?
吐き気がする」
「……今は、少しでも情報が欲しい。
僕らへの鬱憤をそれで済ませられるなら、安いものだよ」
ルシウスはアデルバートの隣に立つと穏やかな眼差しで彼の一撃を受けた。
真正面からの、唯の正拳突きだった。
彼の中の怒りと、困惑が入り混じったそれはきちんと伝わったのだろう。
ルシウスは抵抗する事なくそれを受け入れて吹き飛ばされる。
「……口が切れたかもしれないね。
やれやれ、まさか本当に本気で殴るとは」
ルシウスは打たれた箇所を押さえながら立ち上がり、そう呟いた。
「今度は俺だ、気の済むまで思い切りやれ」
「言っておくが、これで過去のわだかまりが消えたと思うな。俺は一生、俺を助けなかったお前達を恨む」
「それでいい。お前のこれまでの鬱憤、全て受け止めてやるよ」
ベルフェルクは利き腕に力を込めると、思い切りアデルバートの頬に拳をぶつける。
抵抗する事なく、思いの丈と共に殴り飛ばされる。
「……気ぃ済んだかよ」
「お前ら2人ぶん殴るだけで済むはずがないだろうが」
「え……?」
そんなすっとんきょうな声を上げたのはルークだった。
え、僕もですか?と言う表情を見せながら目をぱちくりと動かしている。
ベルフェルクとアデルバート、ルシウスの3人はジッと視線を向ける。
まさかお前だけスルーされるなんて思ってないだろうな、と。
「当たり前だろうがっ!!!」
「ま、待て!待ってくれ!
俺にはてんで心当たりが無くてだな!」
それはそう、ルークにはベルフェルクが受けた屈辱というか、過去のトラウマというかの事情を全く聞かされていないのだ。
だから、心当たりがないのは至極当然である。その原因を探ってる間に、両腕が押さえつけられたような感覚を覚える。
「えっ……?」
「いやあ、僕達だけというのもなんだし、ねぇアデル君」
「ああ、その通りだ。
まあ事情はきちんと説明してやるよ……お前が殴られた後でな」
「いやいやいや!?
それは困るんだけど、怪物相手の傷ならともかく、こういういざ殴りますよって時はなんか心構えしなくちゃならない気がするんだ俺、せめて、せめて先に説明を━━━━」
「コォォォォォ……」
ベルフェルク、2人の時よりも増して
深呼吸している。なんか拳にオーラのような物が見える、ルークにはそんな気がしてたまらないのだ。
「琥珀色の光が見えるぅ……!?」
「食らえぇぇぇ!!!」
(いや待て、でも特大の一撃を喰らったら、それはそれでアリなのでは?)
ルークの脳内で、真っ白なナース服、赤い十字のナースキャップを着たセリアがほわんほわんと浮かんでくる。
笑顔を浮かべ、注射器を片手に持つセリア。
今重傷を負えば、名医の彼女が親身となって治療してくれる。
そう考えると、これもアリな気がしてきた。
結論が出たと同時に、ルークはぶっ飛ばされその勢いで天井に頭を突き刺した。
「ねぇ、心なしか威力が高くないかい?」
「ふん、それくらい当然だろう」
ルシウスの問いに、ベルフェルクは鼻を鳴らしながら返答する。
そして、その光景を眺めていたアデルバートは訝しげにルークを睨んでいた。
「あの野郎、絶対セリアに治療してもらおうと思ってたな」
「治療でしたらお任せ下さい!」
セリアは意気揚々と微笑み、にこりと微笑んだ。
「いや、アイツの治療は俺がやる。
どうせロクでもないこと考えてんだろ」
天井から脱出したルークは顔面血まみれのままセリアの前に着地して土下座した。
「アデルの治療は雑なんです!
リハビリの時もスパルタだったのでぜひセリアさんに治療していただきたく存じます!」
「ルークぇ……」
セリア以外の女性陣がちょっとドン引きしている。
しかし剣士はそんなのも気にせず、真っ赤な顔面を地面に擦り付けている。
「……ファティマの城についてだが
俺の知ってる情報をくれてやる」
「ベルフェルク様……!
ありがとうございます!」
「あの、俺の治療は?」
ルークの肩に、優しく手が置かれる。
その手の主人はアデルバートのものだった。
彼は満面の笑みで、圧力をかける。
「私がしてあげますよ、ルーク様ぁ」
「ひぇぇ…………」
ベルフェルクは男性陣を無視して
ソフィア達に情報を話すことにした。
「ファティマの城があったとされる場所。
そこは伝承の丘にある」
伝承の丘──
ベルフェルクの話ではそこにファティマの跡地があり、そこは西暦貴族の再来とも呼ばれるほど、多くの貴族が輩出された場所だという。
それが周りに周って、牙を向けられることになるとは当時の王は思いもしなかっただろうが。
「クレイラ様が私の中の記憶を読み取れなかった理由は……」
「断片的であれ全てであれ、そこで何かしらのきっかけがあれば思い出せるだろう」
「ベルフェルク様…………」
「家族の記憶か……俺には不要なものだが、お前にはきっと必要なものなんだろう。
セリアからレティシアへ至るまでの鍵なんだからな」
ベルフェルクはこれまでにない穏やかな微笑みでセリアを見つめる。
せめて、セリアの家族だけは、自分と同じでないように願いながら
「その時は、躊躇うことなく決断を下します」
「あぁ、ここにいる連中はお前の選択を後押しするだろう。イングラムもそうしたはずだ」
「……はい!」
〈間も無く、目的地の魔帝都へ到着します〉
プリンツ・オイゲンの機械的なアナウンスが響いた。
どうやら付近に着陸してくれるらしい。
「ステルス機能を発動させているとはいえ勘付かれているかもしれない。
ルークくん、回復薬を飲んで変身するんだっ!」
「えっ、あの……え、治療は?」
困惑する彼に、アデルバートは無理やり薬を飲ませて、外見だけは元通りにさせると例のアプリを起動させ、半ば強制的に女性の姿へ、クルーラへと変身させた。
「それじゃあみんな、僕達の目的を一度確認するよ。
僕とルークくん、エルフィーネとレベッカさん、リルルちゃんは魔帝都に侵入して大魔女リディアの書籍を得る」
「俺とセリア、ソフィアとベルフェルクは、ファティマの城跡へ向かい光のマナの情報を入手する」
「お互いの目的が済んだら無線でコールをしよう。それじゃあ、健闘を祈る」
ルシウスのチームはプリンツ・オイゲンから降り立つと、即座に離陸して空へと消えていく飛行船を見送った。
「……よし、それじゃあ行こう。
みんな、気を引き締めてね!」
「「「おうっ!!!」」」
ルシウス達は少し離れた場所から
魔帝都へ向けて歩き始めるのだった。




