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第221話「戦士として、兄として」

リオウとセリアは、紅蓮の騎士の軍が乗ってきた紅い飛行船が停泊している場所へとやってきていた。


眼前に広がる光景はもはや手の施しようがないほどに悪化していた。


「なんてことだ……!

俺達が来た船だけでなく、民間人を保護している船まで攻撃するとは……」


リオウとセリアの視線の先には、轟々と音を立てて燃え盛る民間人用の船が燃え盛っていた。


その有り様は自分たちのものよりも酷く損傷しており、そこから死臭が風下に流れて漂ってくる。


「そんな……では、マルドゥ様も!」


“ククク、どうだファティマ兄妹よ。

教えてくれ、自らがやってきた船が炎に包まれおまけにこの国の人間どもが死んでいく光景を見るのはどんな気分なのだ?”


上空が歪な形に歪むと、そこから湾曲したような状態で仮面の魔術師が姿を現した。


「玉座で戦った時の貴様ではないな。つい先程まで重傷を負っだ人間がこれほどまでに早く回復するはずがない」


「ほう、やはり賢いな。

ファティマ皇族の人間はどいつもこいつも地頭がいいらしい」


仮面の魔術師はクククと嗤いながら

先へは進ませないと立ちはだかるように飛行船の前に降り立つと、指を鳴らした。


「くっ……!

なんだ、これは……!?」


リオウの脳内に響くのは、自らを慕ってついてきてくれた部下達の苦痛の叫びであった。


「……っ!」


セリアの脳内に響く声は、この船に避難した人々のものだ。炎に苦しむ嘆きと悲しみの声が、空へとけたたましく響いて、消えていく。


2人の歯がゆそうな表情を見据え、魔術師は愉快そうに嗤う。


「イイ顔だ、困惑する表情はやはり家族譲りだな」


「貴様……今、今なんと言った!?」


「いいだろう。どうせなら死ぬ前に教えてやる。貴様らファティマ皇家の一族は、私が滅ぼしたぁっ!」


リオウの脳裏にかつての家族の記憶が蘇る。


偉大でありながら民を大切にした父親。


太陽の明かりのような優しさを持ち、誰からも愛された母親。

厳格でありながらも、誰よりも義理人情を重んじた祖父。


秘術を用いて苦しむ人々を救い続けた祖母。

その思い出が、業火で掻き消されていく。


「貴様の父親は実に煩わしかったぞ。私が敵国へ内通した矢先に私刑を行おうとしたのだからな。

マナを使い始めたての当時の私には少々手を焼いたが、同胞達の手を借りてどうにかして妻の前で殺してやることができた!」


当時のことを思い返しながら、仮面の魔術師は兄妹に向けて指を差して笑う。


「あぁ、次に母親について語ろうか。あの女は実によかった。

私が抱いた中で5本の指に━━」


そう口走った瞬間、魔術師の仮面に

深々と亀裂が入った。

彼は仮面に手を当て、拭き取った血を見やると、鋭い視線でリオウを睨みつけた。


「ジーク、人の話は最後まで聞くものだぞ?ましてや今は貴様ら身内の話だ。

だというのに━━」


「……これ以上は聞く耳持たん。

貴様を葬り去り、我が一族の仇を討る!」


仮面の亀裂を指先でなぞり、元の状態に修復する。そして、マントを大袈裟に広げながら、その中に収納していた無数の杖を選定して取り出す。


「レティシア皇女、貴様も母親と同じ最期を辿らせてやる!

そこで指を咥えて眺めていろ!」


「俺の妹に、レティシアに手は出させん!」


ジークは吸魔剣に蓄えていた風のマナを、剣の振り上げと共に勢いよく放射する。


三日月状の真空波が地面を引き裂き

仮面の魔術師へと一直線に迫っていく。


魔術師は杖をこん、と地面に小突き、頑丈な防壁を出現させて相殺させる。


「ふん、吸魔剣の力はこの程度か」


「やはり、城の時とは明らかに動きが違う。

何者だ、貴様……!」


「死ぬ間際に教えてやる!」


瞬きをした瞬間、魔術師は眼前に出現し、上空から膨大な魔力の光弾を雨の如く降らせていく。


リオウは後退しながら跳躍し、炎を纏わせた剣で全ての魔弾の雨を破壊していく。


青空は爆炎に包まれ、地上から見上げている魔術師に向けて高密度の水のエネルギー波を放つ。


「鈍い!」


魔術師は再びマントを広げる。

すると、紅の光を放った杖が自動的に取り出されて空中に滞在、紅蓮の炎を放出しながら水の一撃を相殺する。


(空中で生じた煙幕……通常であればここから追撃をすると踏むだろう。

だが奴は思考の読めない男、あらゆる手を探りながら戦わねばレティシアを失うハメになる。それだけは避けねばならん)


リオウは風のマナを吸魔剣に纏わせ、あえて轟音を掻き鳴らす。

台風にも等しいその音を使い、相手の聴覚を混乱させる。


「喰らえっ!」


深緑の刃が煙幕を引き裂き、地上へ向かって飛んでいく。


「━━」


しかし、魔術師は何も行動しない。

敵の攻撃が迫っているというのに、マントを広げようともしないのだ。

リオウは両断された煙幕の隙間からその様子を見た。


何かを策している。と


「身代転移」


その言葉が聞こえた途端。

リオウの全身が凍りついたような感覚に襲われた。

魔術師の身体がぐにゃりと湾曲していく。


それと同時に、レティシアの身体も。


「くそっ…………!

それが目的かっ!」


リオウは即座に自身の放った一撃を吸魔剣で吸収する。

間一髪、立ち位置の入れ替わったレティシアに攻撃が直撃することはなかった。


「ちっ、なかなか厄介な剣だな。

マナを吸収する剣、貴様には上物すぎる」


レティシアのいた方向から魔術師の不快そうな言葉が溢れた。

リオウはその場に降り立ち、彼女の盾になるように前に出た。


「……家族愛というやつか。

くだらない、そんなものさえ無ければ貴様は私に勝てるものを」


「魔術師、貴様にはわかるまい。

愛する者が、信じる者が近くにいることが……これほど心強いということに!」


リオウは自分の兜を脱ぐ。

セリア、いや、レティシアと同じラベンダー色の髪が風に揺れる。


「レティシア、これを持っていろ。

大丈夫、必ず君を守ってくれる」


「リオウ様……」


「レティシア……俺のことはジークと……昔と同じようにそう呼んでくれ」


穏やかに微笑みながら、紅蓮の騎士リオウはファティマ皇族の継承者ジークへと戻る。


大切な物を二度と失わないために


「兄様、どうかご武運を……!」


「ああ……見ていてくれ!」


「別れの挨拶は済んだか。

兜一つ外したところで急所を増やしたに過ぎない!」


魔術師は突貫しながら、吹き付ける風を利用してマントを覗かせ、そこから無数の杖を選定する。


紅と翠、園獄の炎と破砕の風が左右から出現する。


周囲の大気を炎が取り込み、その規模を拡大させ、それを助長させるように嵐が飲み込んでいく。


「貴様からすればそうかもしれん。

だが、俺は違うぞ!」


冷静な表情で敵の繰り出す厄災にも等しい一撃を見据える。

後ろには守るべき妹がいる。

眠らせていた力を、目覚めさせる時だ。


「覚醒せよ、吸魔剣!」


ジークは吸魔剣を天空へと突き出した。

太陽の光を浴びたそれは、まるでサビが綻ぶかのように、蛹が蝶へ羽化するように、刀身が剥がれ落ちていく。


「させるかっ!まずはレティシアから仕留めてくれる!」


刀身全てが眩い白銀の光を晒す。

ジークは魔術師を見据えると、一歩足を踏み出した。


光の力により身体の全てが強化された彼は、瞬きの間にレティシアの前に立ち、厄災規模の攻撃を、一刀の元に断ち切った。


「……!?」


風が斬れた。炎が斬れた。


断面からは目を覆いたくなるほどの閃光。


邪念の籠った魔法の一撃は、光の粛清により掻き消されたのだ。


「ば、かなぁっ……!

太陽の剣だと!?」


「ここで終わらせる……!

一族の仇を、討つ!」


「ちぃっ……!」


後退して全ての杖に対し、ジークが振るう太刀筋に合わせて自分を守るように使役する。


全ての魔力をありったけに注ぎ込むものの、それは悉く光の刃によって斬り伏せられた。

鍔迫り合いすらまともに出来ず、仮面の魔術師の頬に冷や汗が流れ出る。


(まずい、このままでは私の顔が知られてしまう……!

逃げなくては!)


「逃すと思うか!」


下から振り上げられる光剣を、最も頑丈な杖で防ぐ。


高熱高温の火花がマントのあらゆる場所へと飛び散り、魔術師の体温を急激に高めて体力を低下させていく。


(于吉も蘆屋道満も加勢に来ないとなると、奴らに倒されたか……!

あの役立たずどもめがぁっ!)


憤り、隠し持っていた拳銃を引き抜くと銃口を向けて弾丸を放つ。

ジークはそれを剣を振るって消滅させ左肩から右足に向かって剣を振るった。


「消えろ……っ!

輝光斬!」


「ぐぎゃあああああああああ!?!?」


身体の内側が引き裂かれ、太陽に投げ捨てられたかのような感覚が魔術師の脳を支配していく。


絶叫しなければならないほどの恐怖と苦痛が、蛇が這うようゆっくりと襲っていく。


「おの、れ……!

私はまだ、私はまだぁぁぁぁぁ!!!」


「この一撃を受けても倒れんとは……!

ならば、もう一度振るうまで!」


ジークは剣を強く握りしめ、全身に力を込める。敵は満身創痍だ。

だが、だからこその一撃が身を滅ぼすこともある。


精神を極限にまで研ぎ澄まし、陽の光を剣に蓄えさせると、意を決した彼は地を蹴った。


と━━


「兄様っ!」


レティシアの声でその足を止める。

先程までの快晴が嘘のように暗雲に包まれていくのがわかった。


それに伴い、光り輝いていた剣は輝きを緩やかに失っていく。


「なんだ……何が起こっている!?」


今、魔術師を斬れば仇討ちを成せただろう。

しかしジークは、上空に浮かんだ不気味な赤い光に身体の自由を奪われてしまった。


「あれ……は!」


「とてつもなく恐ろしい魔力、こんなにも胸が苦しくなる魔力は生まれて初めてです」


それを見たレティシアも力が抜けたように、その場にへたり込む。


「ア、ァァ……!我が主クトゥルフ様ぁ!

どうか邪悪なる力を我が身に…………!

この人間達の最期をご覧にいれましょう!」


黒よりも黒い空から、地より唸るような声が轟くと、不気味な光が魔術師に降り注いだ。


「おおおおおおおおおおお!!!!!

これが、古の神々の力……!

ははははははははははは!!!!!

勝てる、勝てる、勝てるぞぉ!」


邪悪で不気味なオーラを突如としてその身に宿した仮面の魔術師、彼の仮面は亀裂が走り地面にこぼれ落ちたものの、禍々しい魔力が靄のように働き、表情が上手く掴めないでいる。


「この力で、貴様らを……殺す!」


「レティシアだけは死なせん。

俺の命に変えても!」


ジークは剣を支えにしながら、悪魔的に強化された仮面の魔術師に突撃する。


「ふっ……!

神殺しでないお前に今の私が殺せると思うのか!」


「楽観視出来るほど、俺は腐っていない!」


闇の一撃が、重々しく吸魔剣に降りかかる。


しかし戦士は歩みを止めない。

避けられる一撃を避け、防げる一撃を防ぎ喰らう攻撃は喰らう。


全身が血だらけになっても、ジークの瞳は未だ生気を帯びていた。


「死ねぇ!ジーク・ファティマ!」


ジークは気迫を持って魔術師に迫り、その刃を心臓に突き立て、その勢いのまま猛進する。


「ぐ、ぁあっ──き、さ……まぁ!

ジークぅぅぅ!」


「兄様……!いけない!

堕ちてしまいます!


「レティシア……!

お前と再会できてよかった!

一族の仇は討てなかったが、お前とこうして語ることができた……俺はそれだけでも満足だった!」


ジークは全身全霊を振り絞って、燃え盛る飛行船の中に魔術師と共に突っ込んでいく。


「どうか無事に生きてくれ!

レティシア……!

それが、兄としての最期の望みだ!」


「兄様……!」


「おのれおのれおのれぇ!!

最期まで、この私をぉぉぉ!」


魔術師は攻撃を続ける。

だが彼は倒れない、この男を道連れにするまでは。


「待たせたな魔術師、俺一人で地獄へは行かん……貴様も共に道連れにしてやる!おおおおおおおおおおおお!!!!」


彼が奥へとその身を投げ捨てた瞬間

飛行船は爆音を上げて墜落、地上へと沈んでいく──


「兄様ぁぁぁぁあ!!!!」


レティシア・ファティマの悲痛な叫びは暗黒の空へと掻き消されていった。

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