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第218話「新たな刺客」

レベッカは魔剣を片手に死霊達を斬り伏せる。

ソフィアとは違って彼らを完全に無に返す術は持ち合わせていないが、それでも何もしないで呪われるよりはマシだった。


“娘、剣の冴えが増したのではないか?”


「あなたのせいかもねっ!

ほら次、炎のマナで燃やすよ!」


“う、うむ”


エデーレは誉めたのにレベッカはそれを素直に受け止めないどころか、偉そうに命令を下す。

そして、それに大人しく従う魔剣。

この剣の主人はルークの中に存在している風の概念碧虎である。


彼がレベッカに、ルークと同じようにマナを扱うことができるように短期間でこの剣を一から鍛え直した。そのおかげで、リオウに似たようなやり方で様々なマナを扱うことが出来るようになった。


「火炎旋風斬!」


風が鳴き、炎が熱を帯びて天空を舞う。


左脚を僅かに後方に下げ、脚に力を込める。

放出するマナの力に気圧されないように、しっかりと大地を踏み締め、無数に群がる死霊の軍団へ炎と風の異なる二つの属性を合わせた剣技を

叩きつける。


屍の焼ける匂いとかつて人だった者たちの悲痛な叫びが風に乗ってレベッカの耳を劈く。


もう一度業火に焼かれる感覚を、恐怖を紛らわせるには声を上げる他ないのだろう。

身動きの取れぬ空の中で、必死に身体を動かして炎を掻き消そうとしている。


「ごめん━━」


風のマナの力で高く跳躍し、死霊達の中心位置に雷のマナを集約させた一撃を振るう。

同情は一度だけでいい。

せめて次の攻撃では苦しい思いをさせないように、レベッカは叫んだ。


「紫電雷鳴剣!」


イングラムのマナ程破壊力のあるものではないが、魂を天に返すにはこれで充分だ。

剣を空へ掲げて、突き上げる。

轟音と共に迸る紫紺の一閃は、レベッカの眼前に無数に浮かんでいた死霊達を一掃する。


“死人に情けをかけたのか?”


「………私がそれほど非情な女に見える?

出来れば攻撃なんてしたくないし、死んだ人達にあんな苦しい思いもしてほしくない。

けど、ここで戦わなくちゃ沢山の人が犠牲になる。見過ごすなんて、出来ない」


“まだ甘いが、その思考は嫌いではない。

この時だけはお前の剣として振るってやる。

好きに振るうがいい”


「カッコつけないで、私を食い殺そうとしたくせに。いい?今度そんなスカした真似したらルークに言いつけて碧虎さんにスパルタ特訓させてやるんだからね」


ルークに負けるも劣らぬ強烈な威圧感。

般若のような表情と地獄の底から湧いてくるような低い声で剣を睨みつける。


“す、すみませんでした”


「よろしい。

さあ、死霊達を呼び寄せている術師を倒しにいくよ!」


レベッカは強く気合を入れながら

頷くと、駆け出そうとして右足を前に出した。その瞬間━━━━━


「━━ちぃっ!」


前方から吹き飛ばされてきたであろうソフィアがレベッカの眼前に着地し、彼女はその衝撃を殺すために鎌の柄を地面に深々と突き刺した。


「ソフィアさん!?」


「レベッカ…………!

こっちじゃなくて、前を向いて!」


剣の柄を強く握り締め、気配のする方へと視線を上げる。

これまでの死霊とは比較にすらならないほどの存在感を放っているその男は、ゆっくりと宙から降り立ってきた。


「んふ、んふふふ………久しぶりの地上の空気、骨身に染み込むようだね」


「あなたは………?」


烏帽子から溢れている白髪は肩まで伸びており、顔は皺の刻まれた壮年の男性。


平安時代を思わせる色褪せた朝服をその身に纏いながら、レベッカを見据えクスリと笑った。


「あぁ、僕?

蘆屋道満………よろしくお願いするよ」


「蘆屋道満………?

その名前、日本人ね?」


「日本人て、西暦時代に存在したあの………?

でも、だったらなんでこの時代に──」


「そちらのお嬢さんが于吉の魂を還してくれたからです。おかげで僕は、動くことができるようになった。

どうか、礼をさせてください」


「彼は法を外れた魂であり、その上、罪を犯した。この手で断罪するのは当然よ。

そして、あなたも!」


ソフィアは腰を低くしながら、地を蹴って突貫する。

蘆屋道満は平安時代に活躍した陰陽師の1人として名を馳せていた人物である。


だがレベッカ達にとっては超古代とも言えるほど遥か昔の時代の人物だ。

故に彼は、于吉と同じく、死者の身で現世へと降り立ったのだとソフィアは結論付けた。


「レベッカ、バックアップを!」


「わかった!」


「んふふ、僕は女性には手を出さない主義なのです。どこからでも、如何様に攻撃なさい」


蘆屋道満は穏やかに微笑んだまま

迎撃や避けようとする素振りすら見せない。

レベッカは彼の背後へと回り込み剣を振るい。ソフィアは跳躍しながら着地と共にその鎌を蘆屋道満へと振るった。


「…………なっ!?」


その驚愕は、女戦士達のものだった。

目の前にいる男は確かに剣と鎌の一撃によって切り伏せられた。

だというのに、血が一滴も吹き出すことはなく、斬られた当の本人も涼しい笑みを浮かべている。


(攻撃が、すり抜けた……!?)


ソフィアの瞳は確かに蘆屋道満を捉えている。それはレベッカも、彼女の手にしている剣も同じだった。

だというのに、ソフィアの手に本来感じ取れるはずの“斬った感覚が無い”のだ。


「ふふ、洗練された鎌捌きだ。

直に当たれば無傷では済まないだろうけれど」


「こいつ…………!」


「ソフィアさん、2人でやりましょう!」


隣に立ったレベッカの提案に、視線を向けながら頷く。

確かに2人でかかればこの不可解な現象解決の糸口を掴むことが出来るかもしれない。

そう思うと、抜けていた力がすっと柄に戻っていくような感じがした。


「えぇ、やるわよ!」


気合いを入れ直して、ソフィアはレベッカと共に2人がかりで飛びかかる。


あらゆる角度、あらゆる部位に同時の斬撃が襲ってくるならば、相手は何かしらの反応を示す。

しかし、2人に伝わってきたのはただ虚空を斬る感覚のみだった。


「んふふふ」


「まだっ!」


振り下ろされる鎌と振り上げられる剣が蘆屋道満の身体のあらゆる箇所を斬りつける。急所も、人体を動かすための関節部分も、全て━━━━━


「ふふ、まるで手応えがないね

まあ当然と言えば当然だけど」


しかし蘆屋道満の表情は変わらず

変わらずニヤついた笑みを浮かべながら言葉を述べている。


「こいつの身体、一体どうなっているっていうの……!」


「……魂そのものにすら触れていない?

いや、そんなはずはない。

生物には必ず魂が存在する」


非現実的な現象を冷静に捉え、口にする。


“ソフィア、なかなかに鋭いな。

左様、この古風な男は本体を何処かに置きながら我々を翻弄しているに過ぎん”


「なにかわかったことは?」


“あるとすれば、その男は我らを周囲を飛び舞うハエだと思っていることくらいだ”


「はは、なるほど、脅威とすら見られていないわけだ……」


手にしている剣の言葉に乾いた笑いしか出てこないレベッカ。

本体の目処も立っていないこの状況でどうやって現状を打破しろというのか。


「がむしゃらに戦っても意味はない……けどだからといってここから退くことも出来ない。こんな相手、初めてだし……」


一向に打開策の浮かばない女戦士達に蘆屋道満はくつくつと嗤う。


「悩み蠢く人間もまた一つの芸術と言えましょうか……貴女方はイングラムやルークに頼りすぎているのですよ。」


その言葉は両者の心に深く突き刺さった。

全身からどっと嫌な汗が噴き出てくる。


それだけじゃない、喉から出かけていた言葉を何かが押し留めているかのような不快感さえ感じるのだ。


「貴女達は弱い、弱いが故に彼らに頼り切りになる。だからこそ、“自分は強くなくても構わない”そう無意識に自覚してしまう」


“知ったような口を聞くな!”


魔剣エデーレはするりとレベッカの手をすり抜けて風のマナによる斬撃を放つ。

真空波にも近しいそれは、瞬きの間に蘆屋道満を断った。


「ククク、効かないなぁ……?」


身体の中心をマナが叩き斬ったからか右半身と左半身が上下にズレて、声も二重になって聞こえてくる。

しかし、敵の声色からするに、本当に攻撃が効いていないのだろう。


“やっぱり本体を見つけ出すしかないか……”


であるなら、と剣はソフィアの方へ視線を向ける。


“ソフィア、我らで活路を拓く。

貴様のその鎌を用いて本体を見つけ出せ”


「あなた達はどうするの!?」


“答えずともわかるだろう。

レベッカ、あの時代錯誤の人間から目を逸らすなよ!」


「わかってるよ、ソフィアさん!

ここは任せて!

私達でどうにかするから!」


レベッカは自身の懐から抜いた剣を構え、魔剣エデーレと共に蘆屋道満に斬りかかる。

それと同時に、ソフィアはその場から離脱する為に跳躍した。


「そう易々と行かせてあげるわけにはいかない」


蘆屋道満はソフィアを捉え、式神を用いて膨大な波動を放出する。

レベッカと魔剣エデーレはそれを防ぐために同時に波動へ剣を振るった。


しかし━━━━


「すり抜けた!?」


式神が狙うはソフィア唯一人。

対象となる存在にしか影響を与えない攻撃が、今まさに彼女の眼前に迫っていた。


「ソフィアさんっ!!!」


波動が空中で爆発し、黒紫色の硝煙が立ち込めた。


「ククク……イングラム達が怒り、嘆き哀しむ様が浮かび上がるようだ」


「んだよ、お前までこの時代にいるのかよ。それに、相変わらず腹の立つ顔だなぁ」


上空に声が響いた。

誰しもが視線を上げると、そこには紙のような球体が浮かび上がっていた。


「……っ!」


声を押し殺したのは蘆屋道満だった。

その紙に、彼は見覚えがあったからだ。

そして次の瞬間、その身体は無意識に後方へ飛ばされていた。


「探したぜ、蘆屋ぁ…………!」


怒りとも悲しみともとれる声の主が、苦戦するソフィアとレベッカの前に降り立った。

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