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第217話「清廉の裁き」

リオウやクレイラ達が飛行船へ到着した時、轟音が響き、黒煙が空へ昇っていた。


人が焼けるような匂い、血の匂いが風に混じって流れてくる。

リオウは手を強く握りしめ、爪が指の肉に食い込むのを感じる。


「多くの家族の血の匂いがする……!

おのれ于吉、仮面の魔術師め……!」


手の内の痛み、そんなものは仲間達の負傷に比べれば大したことはない。


遥か後方に浮かび上がるこの元凶を起こした呪術師を怒気を孕んだ瞳で見据えた。


「感情を昂らせるのは結構だけど、それで足元を掬われないようにね?

貴方には守るべき家族がいるんだから」


リオウの隣へ立っていたクレイラが論する。


感情が仇となり命を落とした人間を、彼女は大勢見てきた。目の前で死んでしまってはせっかくの再会が台無しになる。


もしそんな光景を見てしまったら、後味の悪いことこの上ない。

人が悲しみに暮れる姿を、誰もが好んで見たいわけでもない。


リオウも一呼吸置いて、頭に上った血を下げて気持ちを落ち着ける。

そうだ、こんなところで倒れては、自らの悲願を達成できない。


冷静さを欠いては生き残れる戦いも生き残れなくなる。

クレイラの言葉のおかげで、思考を冷静に保つことができた。


「すまないクレイラ、助かった」


「活路は我々が開きます!

リオウ殿、セリア殿!お早く!」


最も信頼を置いている忠臣が、鉤鎌刀を構えながら迫り来る死霊達を斬り伏せる。


呪詛の籠った光弾を掻い潜り、弾いて心臓部を断ち切る。


不思議な魅力を兼ね備えた美女は

指を軽く鳴らしただけで、視界に捉えた死霊達を消散させていく。

地球の概念とやらの力が、魂を本来あるべき場所へと還しているのだろう。


彼女がこの行為をしているということは身体の負担も軽微なものであるのだと確信する。


「そっちは任せたぞ、お前達!」


リオウは背中に頼もしさを感じながら掃討しきれなかった死霊達の攻撃を掻い潜り、セリアと共にまだ生きているであろう仲間達の元へと駆けていく。


この程度であれば容易に飛行船に到達出来ただろう。


しかし、事はそう簡単には運ばない。


時代錯誤な古着を着て、赤い血を所々から垂れ流している老人が杖の先端を向けてその目をぎょろつかせ、リオウ達を睥睨している。


「ジークぅぅぅ!

お主の悲願はここで終わらせてくれる!

妹と共に家族の元へ逝くがいいわ!」


これまでにない膨大な魔力が杖の先からひしひしと伝わってくる。

その剣幕は凄まじいもので、見れば腰を抜かしてしまうほどのものだった。


于吉は本気でジークを殺し、この国を滅ぼそうという覚悟が見て取れる。


暴発してしまいそうなほどの呪詛を集約させ、杖の先を銃口のように向けると、籠りに籠った亜高速の弾丸が無数に打ち込まれる。


人のマイナス感情が凶器となり、リオウの身を抉る凶撃となるだろう。

ましてや、傍に最愛の妹がいては彼女すら巻き込んでしまう可能性があった。


しかし━━━━


「あなたの相手は私よ。仙人于吉」


艶のある声と共に黒き一閃がリオウに向かって飛んでいった呪詛の光弾を防いで、容易く破壊する。単色で単調な爆発が轟音を鳴らしながら煙が立ち込める。それは奇しくもリオウと于吉の双方の視界を遮った。


「2人とも、走って!」


鎌の使い手、ソフィアが叫ぶ。

リオウは応と声を上げながら、浮いている于吉の足元を通過して行った。


「おのれ、小娘が小癪な真似をぉっ!」


「小娘程度に邪魔される気分はどう?」


消えぬ煙を鎌の一薙が断つ。

風を纏っているのかと感じてしまうほど、軽やかに駆け抜けたソフィアは高らかに跳躍して、呪術師と目線を同じくした。


「ぬぅ………?」


彼女の身体には、僅かに見える深緑のマナがあった。


本来ならば身体を空中に滞在させるなど手段を持たぬ人間には到達できない境地だが、ソフィアにはその術があった。


この能力の裏にはレベッカの協力があった。彼女の扱う剣は特殊中の特殊だった。


あの魔剣は数多のマナ使いを斬り伏せることで、その血肉とマナを喰らって永らえてきた一種の生命体。

ルークと碧虎の絶対命令権により、 魔剣はレベッカの力となるように指示されている。


それ故にソフィアが空中に浮かんでいられるのは、その剣から発せられるマナが彼女を地上へ戻そうとする重力よりも強い力で実現させているからだ。


「カカカ、面白い手品を使うものよ!

じゃがそれもマナの続く限りの即席物!

駐在たらしめている要因を潰せば良いのじゃ!」


「確かにその通り。貴方の見込みは正しい。

けれど━━━━」


それは叶わないと、ソフィアが鎌を向ける。


「カカカ、よかろう。

まずは目の前のハエから痛ぶってやろう!」


神速に等しい突貫、ソフィアの眼前に迫った于吉は、杖の先端を槍のような鋭い物へと呪詛を用いて変換させる。


刺さればそれは、幾星霜の人間達の無念をその身に受けることになる一撃。

ソフィアは手にしている鎌の柄で、その攻撃を受け止めた。


「なにぃっ………!?」


驚愕を浮かべる于吉を他所に、少女の軽やかかつ強烈な一撃が腹部に打ち込まれる。


五臓六腑が震え、心臓が破裂してしまいそうな感覚に襲われ、思わず目を限界まで開いた。ソフィアは風のように身を翻して、身動きの取れない呪術師の身体へ鎌による第二の攻撃が下される。


「がぁっ………!?」


勢いあまり落下し、土煙を噴出しながら、血みどろの身体を無理やり起こす。


眼前に捉えたのは、鎌の先を地面に擦り付けて引き摺りながら歩み寄るソフィアだった。


「小娘ぇ………!」


「ふぅん、意外と頑丈なんだ」


ソフィアは勢いよくその鎌を上へ薙ぎ払うように振るうと、圧縮された空気が三日月状の刃となって飛んでいく。


その一撃を間一髪、身体を転がして回避する于吉。直線状に深い溝のように抉られた地面は思わず息を飲み込んでしまう程の破壊力だった。


「避けれるだけの力は残ってると。

なるほどね」


ソフィアは観察しているかのような口ぶりで、于吉と距離を詰めるための歩幅を大きくする。


「く、ただでやられると思うてか!

くわぁぁぁ!」


杖に溜め込んでいた呪詛の一部を解放する。


遥か上空に滞在するそれは妖しく光りながら光弾となってソフィアへと迫っていく。

しかし彼女は、その迫り来る光弾を見据えながら鎌を構える。


「━━━━」


最も近かった一つ目の光弾を軸ずらしすることなく、難なく弾いて打ち返す。


それが、次弾と衝突して爆発を起こすと残りの残弾も誘爆するように破裂して、呪術師の上空を黒紫色の黒煙が立ち込めた。


目を見開いた于吉は、残りの呪詛を治癒に使う。


リオウやシュラウドから受けた傷を完治させるには程遠かったが、自在に宙を駆け巡り、卑劣な手段を再び用いる程度には回復した。


于吉は身体を浮かび上がらせると周囲の死霊達を呼び寄せ、ソフィアを

喰らう様に命令を下す。


しかし


「喰らえ!骨の髄まで貴様らの血肉とするのだ!」


ソフィアは臆さず、手にしている鎌の先端を優しく撫でて、指先を切った。


その瞬間、吐き気を催す程の魔力がソフィアの手に握られている鎌に宿っていくのを于吉は見た。

漆黒の鎌が真紅の魔力を帯びている。


彼女の血にそれほどまでの影響力があるのか。


「ひいふうみぃ、敵の数、100は軽く越えてるみたい」


真紅を帯びた鎌を薙ぎ払うように振るう。


紅い魔力は三日月のような形状に変化して、その刀身を回転させながら群れて襲い来る死霊達を引き裂いていく。


10、20、30と、距離を詰めてくる相手から順に骸となって消えていく。


「馬鹿な、なぜじゃ!?

儂がこれまで溜めてきた濃度の高い呪詛がこうも容易く掻き消されるなど、ありえん!

あってはならんことだ!」


「ううん、あり得るのよそれが」


左脚を後方へ下げながら、全身に目一杯の力を込める。

真紅の魔力はその漆黒の鎌の刀身を拡大させていく。


「やれ!やれぇい!」


驚きから停滞していた死霊達は、はっとなった様子で敵であるソフィア目掛け飛んでいく。


彼女は目の前の羽虫を払うようにして悉く斬り伏せていく。

そして、ついには最後の一体。


「終わりっ!」


直線状に振り下ろされた一撃は于吉が呼び寄せた最後の死霊を両断した。


口を開けながら唖然とする于吉は、地に降りて振り返る少女を呆けたように見ているしかできなかった。


(儂の使い魔である死霊達がこんな簡単にっ……!

ただ一人の小娘にやられるなどとぉ………!)


狼狽えるような表情を浮かべる于吉に、ソフィアは慈悲など与えないと、その鎌を振るい杖を両断した。

すると━━━━


「が、ぁぁぁ──!!!」


声帯が張り裂けんばかりの絶叫が老いた身体から轟く。

于吉は苦しそうにその場に倒れ込み

喉を掻きむしりながら空を仰ぐ。

血が爪先から滴り落ちる。

しかし、今のソフィアには意味を成さない。


「苦しいでしょう?でも、貴方に利用された人達の方がもっと苦しい思いをした……殺したくもない相手に武器を向けることが、お互いにとってどれほど苦痛なのか、その身をもって知りなさい!」


杖が二つに分たれ、地面に落ちると妖しい光断面図から緩やかに漏れていくのが見える。


「や、やめてくれぇ、助けてくれぇ……」


情けなく、だらしなく、ただただ狼狽える。

呪詛を集めることができた杖も、もはやただの朽ちた木の断片に過ぎない。


今の于吉にできることは、ただただ懇願して、見逃してもらうことだけだった。


真紅のマナが鎌に覆いかぶさるようにしてソフィアの秘めたる力を解放していく。


其の手にあるものは、死神が冥府より現れた時に用いる断罪の鎌。


持ち主の血の力に呼応し、魂を刈り取り、只の骸とする必滅の獲物は魂の法を外れた者を断つものである。


「ダメよ──」


于吉の懇願を、冷酷に切り捨てる。


「今ここで、貴方は“二度目の死”を以って、これまでの罪を償ってもらう」


彼女の背後に見えるは、漆黒のロープに身を宿した表情の見えぬ死神。

その神の手が、ソフィアの手に触れ、鎌に断罪の力を与えていく。


「散りなさい」


音も無い一撃が振るわれた。

第二の生を司る霊核を悉く破壊されると、于吉は糸が切れたマリオネットのように動かなくなり、砂のように崩れ去り、そのまま風と共に消えていった。


「任務完了ね………」


血の匂いが風に混ざって飛んでくる。

どこか哀しげな表情を浮かべながら

ソフィアはレベッカのいる方へと

跳躍していった。

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