第215話「紅蓮の騎士とクレイラ」
リオウとシュラウドの手によって、サタンは倒された。
しかし、于吉と仮面の魔術師の離反、ソルヴィア王が言いかけた言葉の意味などは結局わからず、彼らにとっては後味の悪い結果となってしまった。
「━━━━」
何もかもが終わり、命の散った玉座を真っ直ぐに見据える。ソルヴィアの王の遺体は、サタンが出現した時、建物が倒壊、それにより潰れてしまったようだった。
「リオウ殿、飛行船の内部にどうやら女子供がいるようです。
調査に向かいますか?」
配下であり最も信頼の出来る人物、シュラウドが駆け寄ってきてそう報告してきた。
出所と正体が不明の船があると、任務遂行の最中に部下達から連絡があった。
リオウは眉を細めながら戦友へと向き直る。
「女子供か……避難先へ収容しきれなかった人々を匿っているのか?」
「いえ、それがどうやらそうではなさそうなのです。
避難先のシェルターを配下達が確認したようなのですが、我々に帰順した者達以外は全員そこへ移動したようでして……」
「ふむ……となると、そこにいるのは
この国の外から来た人間ということになるな。調査するぞ、シュラウド」
「はっ、承知しました」
シュラウドは跪き、主人であるリオウの命令を承ると、先導して飛行船の方向へと歩み始めた。リオウもそれに続く。
飛行船が停泊している場所へ赴くと
5人組の監視兵達が一斉に敬礼を始めた。
リオウとシュラウドもそれに応えるように敬礼を返す。
「リオウ様、シュラウド様。
お疲れ様です!」
「ああ、お前達もお勤めご苦労。
これが例の飛行船だな?」
「はい、凄まじい技術力により豊富な銃火器が外部に取り付けられています。
外からの襲撃を迎撃するためのもののようですが、どうやって取り付けたのか我らの技術兵達も詳細は掴めておりません」
「そうか、引き続きこの船の監視と捜査を続けてくれ。俺とシュラウドはこの中に入って色々調べてみる」
「承知しました。お気を付けて!」
敬礼を返す兵士達に頷きで応えると
リオウとシュラウドは飛行船へと足を踏み入れた。
“入場許可証が必要です”
つま先に強烈な静電気が走り、思わず足を止める。
というか踏み入れた瞬間に痛みと共に警告をするとは、ずさんなAIもいるものだと、痛んだ場所を押さえながら嗤う。
“お姉ちゃん入場許可証ってなーに?”
“危ないから部屋にいなさいって言ったでしょうリルル。騎士様が心配するよ?”
“うんー”
「リオウ殿……」
「あぁ、ダダ漏れだな」
透き通るような声はAIの生み出した声ではなく、どうやら本物の女性の声だったようだ。
後ろからは幼い子供の声も聞こえるし、何やら複数人の慌てる女の声も耳に入ってきた。リオウとシュラウドは思わぬ事態に困惑しつつも視線を合わせる。
「騎士……ですか。
リオウ殿、これはあくまで可能性ではありますが、この船はソルヴィアのインペリアルガードであった
イングラムの物ではないでしょうか。
それに今の幼児の声、コンラで聞いたことがあるのです」
「騎士は子供のお守りをしているというわけか。しかし、そうだとしても解せんな」
なるほど、確かにそれならばナイトに相応しい。
だがしかし、数多の女性を引き連れているというのは納得がいかない。あの男はそんなにも尻の軽い男だったのか。二人の中のイングラムのイメージががらがらと音を立てて崩壊していく。
“おほん……入場許可証が必要です。
お持ちでない方はお引き取りください”
もし、AIではなく拡声機を使って警告をしているならば、会話をすることができるかもしれない。リオウは音の発せられている方へと視線を向けると──
「問おう、お前はイングラムの仲間か」
“入場許可証が必要です”
プログラムされた機械のように同じ言葉を繰り返す声。
これでは聞こえているのか聞こえていないのかわからないではないか。
無機質で機械的な声に、思わず精神を逆撫でされる。
「おい、そこの女。俺はお前に聞いている」
“入場許可証が━━━”
「リオウ殿、代わりまする」
シュラウドの声がけならばもしかすると、相手も態度を軟化させるかも知れない。
彼は至高の武を極めんとする武人だ。
それに、彼はとても紳士的である。
リオウはその可能性に賭けてみることにした。
「そこな声の主よ。我ら紅蓮の騎士はそなたたちに危害を加えるつもりはない。ただ問いに答えてくれればそれでよい。
従ってさえくれれば、姿を見せろとは言わぬ、どうか聞き入れてはくれぬだろうか?」
“あ、ねえねえクレイラお姉ちゃん!
この声の人覚えてるよ!コンラで私とセリアお姉ちゃんを助け━━━━”
“リィルルゥゥゥ……”
嬉しそうに話す少女に釘を刺すように、地獄から赴いた死者のような声が響く。
リルルは小さく、「やっぱりおばさん」と呟いた。
“おいこら待ちなさい餓鬼。
おばさんとは聞き捨てならないわ!
逃げるなぁっ!”
「なあ、シュラウド」
「はい、リオウ殿」
「強行突破したらダメだろうか」
「ダメでしょうな」
ある意味ではこれも戦いだ。
根負けすれば相手が勝ち、隙を与えてしまうだろう。そうはならないように、あくまでも対等に接しなければならないと、シュラウドは言う。
しかし、その声の持ち主はリルルと呼ばれた少女をどうやら追いかけていったらしい。
おかげで声が遠のいていった。
「代理が来るまで待つか?」
「待ちましょう、中にいるのはあの女性だけではないようです。会話の出来る者も必ずや来てくれることでしょう」
「そうだな……その通りだ」
城をいくつも落としてきた鬼神とは思えぬほど冷静だ。
自分だけだったらきっと中に入って強制的に調査をしていただろう。
シュラウドという冷静な武人がいてこそ、紅蓮の騎士は成り立っているのかも知れないとリオウはしみじみと感じる。
“おほん、連れがご迷惑をおかけしたわね”
先程と同じ、ソフィアと呼ばれた女性の声とそっくりの声が聞こえてきた。
しかし、妙なのはよくよく耳を澄ませれば、奥の方からそのソフィアの声が怒声を撒き散らしながらリルルと名を叫んでいる。
「貴公、よもや別人か?」
“━━━━”
小さく溜息を吐く、ソフィアを名乗る別人は、こほんと咳き込みをしながら元の声に戻る。
どうやら隠し通せないことを悟ったらしい。
“改めて、私はクレイラ。
貴方達が紅蓮の騎士のリーダーというのは把握しているよ。”
「ほう、お前は俺達のことを知っているのか」
冷ややかにして温もりのある声色で
クレイラは話す。
そして、彼らが何者なのかも熟知しているかのような口ぶりだった。
“えぇ、イングラム達と何度も戦ったことも知っている。でも、これは、プリンツ・オイゲンは渡さない”
彼女の言うこれ、とは目の前にあるこの武装化された飛行船のことだろう。確かにこれを手中に収めることができれば紅蓮の騎士軍の戦力は大幅に増加する。しかし、彼らの目的はそれではない。
内部にいる女子供の調査、そして可能であればその者達の保護をすることである。
「俺達の目的はそんなことではない。
武力行使をするつもりはないから、中に入れてくれないか」
“子供一人、女五人。以上。”
「他には誰かいないか?
もしそれ以上いないのであれば、君達は我々が保護させてもらう」
クレイラの言に嘘はないだろう。
電子媒体による生体反応探査でも、確かに六つの反応がある。
六人だけなら、衣食住を与える充分な質の物を用意出来る。
しかし━━━━
“保護……?
悪いけれど、イングラム達で間に合ってる。
お引き取り願うよ”
クレイラはその申し出を断った。
「そのイングラム達はどこへ行った?
戦えぬ者達を放置するなどと、「騎士とは呼べぬのではないか?」
“それは貴方の担ぎ上げてる勝手な騎士像でしょう。彼には彼なりの信念ややり方があるの。”
「ふむ、それもそうか。
だが、この国の王が死に、その騎士達も帰還しない今、お前達はどうやって生きていくつもりだ?」
“生憎、こちらには優秀なお医者様もいるし、優秀な女剣士や鎌の使い手だっている。
生活はこの船の中だけでも十分成り立つし、食糧や衣服は購入すれば済むもの。
それに━━━━”
女剣士、鎌使い、医師——飛行船に待機させるだけでは勿体ない人材だ。戦場で活躍してもらわねば、宝の持ち腐れとなる。
そう、二人は思った。
“私だけでも、紅蓮の騎士全員を止められる。
だから、彼女達を外に出す必要がないんだ”
思わず視線を上げた。
彼女の口元から滲み出るその言葉は、戦いを終えたばかりの二人を昂らせる。
「ほう、それは意外だな。
我々の軍はたった女性一人に止められるほどか弱いものだと、そう言いたいのか?」
“……彼女達に傷を負わせたくないだけだよ。
国を破壊し続け、暴虐を働いている貴方達がもし踏み入ると言うなら、こちらとしても抵抗はさせてもらう”
「……クレイラよ、貴公はその少女から何を聞いた?」
シュラウドは胸の中に滾る思いを押さえ込み、真摯に問いを投げる。
“これ以上答える必要はないよ”
冷ややかな声色で返答が来る。
それを受け止めた上で、シュラウドは紡ぎ続けた。
「よかろう、だがクレイラよ。
これだけは聞いてくれ。
私はコンラでリルルと出会い、そこでセリア殿を治療したことがある。
もし彼女が息災であるならば、一言でいい。
声を聞かせてはくれぬか」
“ちょっと待って、リルルに聞いてみる”
シュラウドの言う言葉が真実か否かを確かめに向かったのだろう。
クレイラの気配が遠のいていく。
そして━━━━
“えーっと、セリアお姉ちゃん。
これ、聞こえてるかな?”
“えぇ、大丈夫ですよ。
きちんと聞こえているはずです”
記憶の中の声と、今聞いた声とがリンクする。するとシュラウドの表情に笑みが溢れ落ちる。安堵の表情だった。
「おぉ、息災だったか。
あの怪我からよく立ち直ってくれたものだ。安心したぞ」
“あの、申し訳ありませんが、お名前をお聞きしても?”
そうであったとシュラウドが呟く。
彼らしからぬ慌て振りに、リオウも思わず笑みが溢れる。
「我が名はシュラウド・レーヴェンハイト。
コンラで貴殿の回復を願った者だ」
“その節は、どうもありがとうございました。おかげさまで身体の傷は治り、今こうして再び医者としての役割を全うできております”
“おじさん!おじさん!
元気にしてたんだね、よかった!”
救った二つの命の再会が微笑ましかった。
少女の知己を呼ぶような感覚にシュラウドは強く頷いた。
「私は私の役割を全うしたまで、貴殿らの命を散らせずに済んでよかった」
“あの、もし御二方がお許しくださるなら直接お礼に伺ってよろしいでしょうか?”
「あぁ、無論だ。
俺達は危害を加えないと約束しよう」
“わぁっ!私も私も!
お姉ちゃんを助けてくれたおじさんの顔見たい!”
リオウの承諾と、クレイラが護衛に付くことを条件に、セリアとリルルは飛行船からその姿を見せた。
「━━━━」
リオウの視線が大きく見開き、セリアを見つめている。
シュラウドは駆け寄ってくるリルルの頭を優しく撫で、再会を喜んだ。
「えへへ、おじさん!
久しぶり!」
「あぁ、元気だったか?少女よ」
「うん!」
その傍らで、セリアはリオウに対して頭を下げた。
「お初にお目にかかります。
私はセリアと申します」
「その髪、瞳、……レティシア、レティシアか!?」
「え、ええっと……?
あなたは一体──?」
困惑するセリアを他所に、リオウは
自分の顔を覆っている仮面を取り外した。
美しい紫色の髪を靡かせ、悲しそうに表情を曇らせた。
「そうか……その反応、どうやら記憶を失くしたようだな。ならば、今一度名乗ろう。
俺はお前の兄、ジーク・ファティマ……ファティマ王朝の皇子となるはずだった男だ」




