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第211話「絶望を穿つ者」

干魃した地面に落ちる蒼い衝撃は、亀裂を伝わり、そこから溢れんばかりの水が噴水のように湧き出てきた。


煩わしそうに、イブ=ツトゥルはそれから距離を置くように空中へと逃げた。


「っしゃぁぁぁ!!」


青空に轟く軽快で、豪快な雄叫び。

訝しげに睨みつける邪神達を他所に、その声の主は姿を現した。


「お前さんの能力には水が苦手と聞いた。気にしないで浴びてくれ!」


“貴様……何者!?”


「あぁん?お前ら俺のこと知らねえのか?

いやぁ、神話史の中じゃ結構メジャーだと思うぜ俺」


まあいいや、と男は水で生み出した蜃気楼を消滅させ、前に歩み出た。


「仕方ねえから教えてやるよ。

俺は北欧の神、いや……災いの息子たちの一柱ヨルムンガンド。

覚えておいて損はねえぜ」


爽やかな風貌、青い髪は風に揺れ、緑色の瞳が目を引く。人間の姿をした彼は屈託のない眩しい笑顔を浮かべていた。


“貴様……”


後頭部をボリボリと掻き回しながら

額から滲み出る汗を片腕で拭う。

ヨルムンガンドは準備運動をしながら真っ直ぐに二体の邪神を見据えた。


「あー……?よく見りゃ片方は吐き気するくれぇ気持ち悪い神性出してんのに、なんだぁ、もう片方の奴は人間の成り被らねえと本気出せねえタイプか?」


“貴様……主を馬鹿にするな!”


空中に浮かんでいるイブ=ツトゥルは主人であるヨグ・ソトースを馬鹿にされると顔を赤くしながら激昂し、ヨルムンガンドへ突貫する。


「テメェらを馬鹿にするもしねえも、俺次第なんだよっ!」


彼は慌てることなく、後頭部をもう一度掻き乱すと、右手をスナップしながら水の鞭を地面にしならせ、風の吹くまま、音像を超えた一撃を

イブ=ツトゥルの背後に叩き込んだ。


彼女は地面に吹き飛ばされ、苦悶の声を漏らす。しかし彼女はナイトゴーントを呼び出してヨルムンガンドを襲うように命令を下していた。


「おーおー……群れてりゃ倒せるってか?舐められたもんだなぁおい」


鞭を引き延ばして水のマナを注ぎ込む。


心臓のように脈打つそれは、彼の決して真似出来ない技術によって、水圧を纏ったカッターが地面を裂いてナイトゴーント達をあっさりと引き裂いていく。


「そおらぁっ!」


空中へ跳躍し、鞭のリーチを更に伸ばして再び振るう。

耳心地のいい空気を叩きつけるような音を響かせて、迫る残党を駆逐していく。


「あらよっと!」


ニヤリと不敵な笑みを漏らしながら、空中に駐在するイブ=ツトゥルをその鞭を使って身体を拘束し、手繰り寄せた。


「おいお前ぇ……」


“く、この……っ!”


体制を整えようと、鋭い眼差しを向けたままのイブ=ツトゥルに彼は──


「ブース」


“な、なんですってぇ!?”


手繰り寄せた矢先に一気に引き離してヨグ・ソトースへ向けて投げ飛ばした。


「やっぱ、顔のいい女神じゃねえと

張り合いがねえや」


やれやれ、と両腕を頭の後ろへ回しながら、ハスターの元へと降り立つ。


それと同時に、ヨグ・ソトースは勢いよく投げ飛ばされたイブ=ツトゥルを受け止めていた。


“大丈夫か……?”


“ありがとうございます、しかし同調の儀式を止めては……!”


“ふ、案ずるな。

あと少しで同調も終わッ━━”


「悪いが、そうはさせん」


突如として眼前に現れた一つの影は

その勢いを落とさぬままに攻撃する。


ヨグ・ソトースはそれを黒い剣を再び顕現させ、寸での所で防いだ。


“ちっ……!”


「貴様が完全に現界してしまえば、厄介なことこの上ないのでな。悪いが、イングラムの人格を引き摺り出させてもらうぞ」


その言葉に、その声に聞き覚えのある人物が浮かび、ヨグ・ソトースは表情を曇らせた。


“フェンリル……キサマまで来ていたか。

だが、この身体の主導権をどうやって戻すというのだ?イングラムは既にベルフェルクに殺された”


イングラムの記憶に、フェンリルの声が在った。

ヨグ・ソトースに出会った記憶は無くとも、この骸が憶えていた。


ヨグ・ソトースが煽る。

が、フェンリルはそれを鼻で嗤った。


「ふ、よもや忘れたわけではあるまい?

俺達には冥界に住む妹がいることを」


その言葉によって、北欧の冥界に堕とされたある女神のことを思い出した。


彼女は“死者を生者に引き戻す“

というギリシャの冥神ハデスにはない能力があるのだ。


“…………”


フェンリルは不敵な笑みを浮かべながら、凍てつく炎をその身体に叩きつける。


それを阻止せんとイブ=ツトゥルは

攻撃を仕掛けるものの、ヨルムンガンドに妨害される。


「おいこらブス女、お前の相手は俺だ。

フェンリル兄の邪魔は1ミリ足りともさせねえ」


“おのれぇっ!”


イブ=ツトゥルがナイトゴーントを次々に産み出しても、水の鞭が唸って振るわれ、それを未然に防いでいく。防ぎ続けていく。


そして、彼女から出てくる特有の黒い粒子も、神性が宿る水の効果で妨害され、神性力が徐々に低下していく。


「ヘルっ!準備はいいか!

イングラムの魂をこの身体に呼び戻せ!」


フェンリルが振り返ると、その視線の足元には黒紫色の炎が火柱を立てていた。

そこから出現したヘルは、イングラムの心臓を睥睨し、今度はヨグ・ソトースを睥睨する。


「えへへ、ごめんなさいヨグさん。

でも、こうでもしないとみんな不幸になっちゃうのでぇ……えへへ」


長い黒髪と灰色の外套で左側を覆う冥界の美女は申し訳なさそうに頭を下げながら地面から姿を現した。


死期を悟らせる腐敗臭を漂わせながら、その両手は人の身体の心臓へと当てられていた。


“ふっ……”


ヨグ=ソトースは神性を放出し、二人の神を吹き飛ばす。


「ひぇぇ!やっぱり無理ですぅお兄ぃ!」


「泣き言を言うんじゃない。

俺が奴を抑えるから、お前はちゃんと責務を果たせ。いいな?」


回り込んで、飛んでくる妹を受け止めながら地面に下ろし、肩に手を置いて激励する。


「わ、わかったぁ……」


「全く、やりにくい!」


「ご、ごめんお兄ぃ……!ちゃんとやる、やるからぁ」


悪態を吐きながら、フェンリルは

両腕に炎と氷の力を顕現させ、ヨグ・ソトースへ向かって飛んでいく。


そしてその後ろでは、ヘルがイングラムの魂を実体化させるために詠唱を始めるのだった。


“しかし不思議だ、私は貴様らから

衰えを感じない。地球の神々は皆

大厄災で癒えない傷を負っているものと思っていたが。”


「ふ、わからないか?

そんなこと、俺達がオーディン達と共に戦わなかったからに決まっているだろう?」


炎と氷、そして黒い刃がぶつかり

火花を散らしながら鍔蹴り合いをしている。


“……そういうことか、クトゥルフの力は、冥界にまで届かなかったのか”


「ほう、聡明だな?

その通り、我々災いの息子たちは

ヘルの支配する北欧の冥界に身を潜めた。キサマの息子の力は、そこまでの影響を及ぼさなかったんだよ」


「へへ、オーディンたちがいなけりゃどうなってたかわかんなかったけどなぁ!」


フェンリルの解説に、ヨルムンガンドが付け足す。

余計なことを言うなと、フェンリルは視線で訴えたが、弟の彼にはどこ吹く風だった。


「ふん、まあそういうことだ。邪神とて、ヘルの冥界の力に干渉することは出来ない。

クトゥルフは傷を癒さぬまま地上全ての国を海に沈めたが、俺達まで沈めることは出来なかったようだな?」


“ならば、息子の尻拭いをするのは今しかないということだ”


「ふん、その余裕、いつまで続くかな?」


炎と氷を爆破させながら、距離を取り口元から滴る血を拭う。


“だがお前も五体満足では済まんぞ”


「果たしてどうかな……?」


フェンリルとヨグ・ソトースは中間地点で衝突し、互いの得物を幾度となくぶつけ合う。黒と赤の火花が空へ昇り、同時に双方の神性も削がれていく。


「よぉガキ共、待たせたなぁ!」


「おっせぇぞ親父!

ノルンの嬢ちゃん達からちゃんと

ルーン石もらってきたんだろうなぁ!?」


「抜かりねぇよ蛇息子ぉ!」


飄々とした口調でフェンリル達を餓鬼と呼ぶ自由気ままなロキは、担ぎ上げていたクーラーボックスから取り出したルーン文字を片手に、フェンリルに赤、ヨルムンガンドに青、ヘルに紫の石を投げ渡した。


「其の身体へ本来の魂の返還をせん……ぶひゃぁ!?」


「あ、やべ、詠唱中だった?

でも安心しろ!この石でプラマイゼロだ!」


「ほ、本当!?

な、ならもう一度、うん、頑張ります!」


淡く光って共鳴する紫のルーン石を強く握りしめて静かに胸に当て、詠唱を再開する。


「おぉ……!こいつぁいい!

やる気がフルに上がってくるぜ!」


ヨルムンガンドの身体が淡い青色に光り、全身に力を漲らせ、掌からトールを倒した毒を放射する。

それは意思を持っているのか、イブ=ツトゥルの周囲を取り囲み、円を描くようにして閉じ込めていく。


「くはぁ!やっぱりこれ出すのは気持ちいいぜ!ドーパミンドバドバだぁ!

おら、苦しめ!悶えろ!

そんでもって絶句しろぉ!」


地上ではロキとフェンリルが背中合わせで頷き合っていた。


「親父、合わせろ!」


「おうよっ!」


フェンリルの放つ熱気で、ロキが勢いよく飛び出しつつ、黒い刃の一撃を蹴り技で削ぎ落としていく。


続いて、上空から炎と氷の同時攻撃が迫り、受け流しに移行したヨグ・ソトースも流石の連続攻撃によって刃に亀裂が入っていく。


「喝っ!」


邪気を滅さんとする極みの連続攻撃。


ロキは人体の急所と、骨の中の接続箇所を破壊していく。フェンリルの下段蹴りは受け止められるものの、人体の損傷により膝を突かざるを得なくなったヨグ・ソトースの表情は苦悶に満ちていた。


「ちっ、肉体が全盛期より程遠いとはいえ、ノルン共のルーンの加護を使ってもまだ奴を引き剥がせないとは、しぶとい奴だ」


「これでようやく五分五分かぁ。

末恐ろしい。けど、面白えな!

なぁ狼息子?」


フェンリルが悪態を吐き、ロキはこの状況を楽しんでいるようだった。

そんな父親にも、彼はため息を吐く。


「ふん、オーディンと戦った時程面白くはないさ。

こんな茶番はさっさと終わらせるに限る」


「はっ、そうかよ。

なら今度は俺に合わせな!」


いいだろう、一呼吸置いたフェンリルはロキと共に突貫し、ありったけの神性を放出してヨグ・ソトースの黒い刃を粉砕する。


そして、運良くタイミングが重なったのだろう。ヘルが叫んだ。


「パパ、お兄ぃ!

ヨグさん抑えつけてて!」


「「おうっ!!」」


二人は同じ角度で頷きながら

イングラムだった身体を無理矢理羽交締めにして抑えつけた。


「この者の身体に、本来の魂を返還せん!」


一瞬にして地面から出現したヘルは、両手の平を心臓に当てて詠唱を完了する。


“しまっ━━”


淡い光がヨグ・ソトースそのものを

弾き出し、本来の魂がイングラムの肉体へと吸収されていく。その証拠に、彼の顔つきや風貌が元へと戻っていく。


フェンリルは倒れゆくその身体を抱き止めた。


“我が主!!”


「はぁ、まだ死なねえの?

マジかよ、トールは一発だったんだぞ?

もうちょい濃度増し増しにするべきか?」


ヨルムンガンドは呆れながらも

鞭をしならせ、イブ=ツトゥルを拘束する。


「おい親父ぃ、フェンリル兄ぃ!

このブスさぁ、大気圏まで投げれば

死ぬかね?」


「「無理だろ」」


満足のいく答えが得られなかったヨルムンガンドは、頭を掻き乱して深々と溜息を吐いた。


「お兄ぃ!

私でその爛れおばはんを魂ごと冥界送りにさせられるかもぉ!」


妹の言葉を聞き、ハッとしたヨルムンガンドはにっこりと妹のヘルにサムズアップする。


「おぉ!ナイスだぜヘルぅ!

その手があった!」


イブ=ツトゥルはヘルの冥界送りの詠唱によって、彼女の支配下である冥界へ肉体ごと送られるのであった。

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