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第210話「越えられぬ絶対の壁」

制止した黒い剣の接触している部分から、渦を巻きながら黄金に似た粒子を撒き散らす風が吹いていた。


その影はやがて人の形を成し、黄衣の外套を纏った何かが地に足をつけ、片手でヨグ・ソトースが振るった剣を抑えつけていたのだ。


“……お前、ハスターか?

人間を護るとはどういうつもりだ?”


ヨグ=ソトースは初めて訝しげな表情を浮かべ、息子であるハスターに問いかける。

まさか自分の子供が、人間を庇うとことを本当に実行するとは思わなかったからだ。


“単純な動機だ。

この者達にクトゥルフ抹殺を手伝ってもらう!

故に、殺されては困るな!”


片手で黒の剣を弾き、黒い風で

創り上げられた剣を破壊する。

黄衣の王、ハスターは後退したヨグ・ソトースを追従、旋風で攻撃する。


“人間にそんなことが出来ると?

俺は、お前をそんな風に育てた覚えはないが”


“あなたに育てられた覚えもない。

俺は今までも、これからも孤独のまま……それを辛いと思ったことなど、これまでの一度もない!”


右手を突き出すと、集束された黒い風が膨大な質量を帯びて糸のような細さを吐き出しながら父の身体を傷付けていく。


“まだだっ!”


地を蹴り、突風で空中へ浮かび上がると今度は空を蹴り、風の鎌を創り出してそれを振り下ろした。


“っ……!”


ヨグ=ソトースは少しずつ押されはじめていた。それもそのはず、彼が宿っているその姿はイングラム・ハーウェイという人間の肉体であり、本来の物ではない。


ベルフェルク達人間に対しては1割未満の力でも圧倒することが出来たが、同じ邪神の系統──


しかも直系の息子に攻撃されている上、イングラムの身体が拘束具のような役割を果たして宇宙の外側にある自分の力を充分に引き出すことが出来ないのだ。


“人間達が邪神であるお前に、素直に協力するとでも思っているのか?”


ヨグ・ソトースは若干表情を曇らせながらも、両手に創り出した黒い剣で黒い風を捌き、直撃を回避している。


“説得する材料も人材もある。

それに、道半ばで倒れたとしても俺は奴さえ打ち滅ぼすことが出来ればそれでいい!”


“……なるほど、生半可な覚悟を口にしているわけではないようだな。

ならば俺も、父として、全力で相手をしよう”


黒き剣が鎌を打ち砕き、その際に発生した衝撃波でハスターは吹き飛ばされる。


それを予測していたかのように、黒い風を自分に吹かせ、その勢いを減少させながら大地に足をつけた。


“父よ、今の不完全な状態でどうやって勝つというのだ?俺に勝てる見込みがあるとでも?“


ハスターは風に黄色い外套をなびかせながら、赤い双眸を細めた。

黒い頭部、その口元は、ほくそ笑んでいるようにも見える。


”かつて幽閉されていた身で、今は完全に自由だ。対して父は、人間の器に縛られている——この戦い、俺が有利だ“


ハスターはヨグ・ソトースの様に人間を依代にして現界しているわけではないので、万全のハスターと1割未満しか力を引き出せない今のヨグ・ソトースでは実力差がありすぎた。


“私はあらゆる方法を視野に入れている。

全てを利用して引き出してみせるさ”


全にして一なるモノである彼は、それでもそれ以上表情を曇らせることはなかった。

不敵に笑い、息子であるハスターの攻撃を完璧に躱し、そして相殺している。


“そうはさせない。

あなたは永遠に銀河の果ての外側で大人しくしておいてもらおう”


“ふっ……”


三度身を抉る回転力を孕んだ風を斬り消し、僅かな隙を突いてハスターの鳩尾に柄を打ち込んで、身体を反転させながら後ろ回し蹴りで後方へ飛ばした。


ヨグ・ソトースは剣を地面に突き刺し、全てを魅入る黒い眼に変色させると深く呼吸を始めた。


直後、ハスターの直感が危機を察する。


“お前達、耳を塞げ!

この言葉を聞いてはいけない!”


ハスターは黒い風を放出すると

ベルフェルク達を護るために彼らを風で包み込んだ。

ヨグ・ソトースのその“声”を聞かせない為に


“━━━!!!”


その神の一声は地球上の全ての生命には決して理解出来ないものだった。

そしてその外なる神の言語を耳にしてしまえば、あらゆる生命はその音に魅入られ、眷属となる危険性を孕んでいる。


ハスターは余力を残しながら加速し

ヨグ・ソトースへ莫大なエネルギーの黒い風を放射する。

しかし、それは無意味に終わってしまった。


突如として、ハスターは顕現した眷属の吐き出したエネルギーによって吹き飛ばされてしまう。


“我が呼び声、我が命に従い

よくぞ姿を見せてくれた。感謝する……”


“忘れもしません、我が主よ。

お久しゅうございます”


黒と緑色の球体の中から姿を現したのはイブ=ツトゥルであった。

顔はとてもおぞましく、ミミズのように口開いていて、植物のような緑の衣を纏い、腐り爛れた無数の目玉が無造作に動き回っている。


上半身は痩せこけた老爺を思わせ、下半身は老婆を思わせるスカートのように垂れ下がった多くの乳房には、配下のナイトゴーントが群らがり、我先にと乳吸を競い合っている。


“キサマ……!イブ=ツトゥル……

スサノオたちに封印されていたのではなかったのか!”


態勢を整えたハスターが仮面の奥で瞳を光らせる。


“馬鹿な……本来なら13人の詠唱が必要なはず。まさか、一人で召喚したというのか!“


イブ=ツトゥルはその容姿とは不釣り合いな聖母のような微笑みを向ける。


“ハスター、眷属である私は主の命に従うまで、例え外宇宙であろうとも、銀河の果てであろうと、声が届くのならばそれに応えるまで”


頭を撫で、配下たるナイトゴーントに優しく囁く。


“主の子を殺めるのは気が引けます。

まずは謝罪をさせてください。

ごめんなさいね?”


彼女の笑みはハスターに不気味に映った。

そして、身体に縋り付いていたナイトゴーント達はコウモリのような翼を羽ばたかせてハスターとベルフェルク達に飛んでいく。


“やらせはせん!”


ハスターは地面を抉り、そこから風を出現させると、群がって飛んできたナイトゴーント達を悉く黒い風で小さな肉体を両断する。


彼女の乳房に垂れ下がっている配下たちにも質量を練り上げた風を弾丸のように打ち込み空に飛び立つ前に撃墜していく。


“あらあら……お強いですこと。

流石風を司る一柱ですね”


“ハスターのことは任せた、俺は

この身体を完全に同調させてここへ現界する。

いささか時が不足しているが……

時間をかければ造作もないことだ”


ヨグ・ソトースは恐ろしいことを口にする。

彼はイングラムの身体を自分の第二の肉体として作り替えようとしているようだった。


“かしこまりました。

我が主”


合意するイブ=ツトゥルを他所に

ハスターは目を見開きながらそれを阻止する為に突貫する。

その計画が成功してしまえば、クトゥルフ神話を知る勇敢な騎士の尊い命が奪われ、ヨグ=ソトースによる第二の大厄災が起きてしまいかねない。


“そうなれば、今度こそ地球が終わる……貴様らの思い通りにさせてなるものか!”


両脚からジェット機のように風を噴射して、光速に近しい速度でヨグ・ソトースへと迫り、黒い風の鎌を振るう。


それが肌を掠める直前で、制止した──


イブ=ツトゥルが黒い粒子を撒き散らしながら攻撃を受け止めたのである。


“チッ、キサマ邪魔を……!”


“邪魔をしているのは貴方です、ハスター”


乳房から垂れたのは墨汁を思わせる黒い母乳だった。それは明確な敵意を孕んでいて、狙い澄ましたようにハスターの黄衣へと飛んでいく。


“ぐっ……!”


ハスターは距離を置きながら、黒い風を何度も繰り出し続ける。

しかし、それは悉く黒い粒子に阻まれ、母乳の効力により消滅させられてしまう。


“おほほ、焦りは禁物ですよ。

ハスターらしくない。

風らしく飄々としていてはいかがでしょう?”


“黙れっ!このまま父を野放しにしてはおけない。その人間の肉体も返してもらう!”


黒い母乳を振り払いながら、イブ=ツトゥルへと攻撃の手を向ける。

放出し続けたため、黒い風の出力は

徐々に低下しているのが理解出来た。


いくら神といえど、力を放出し続ければ全身に疲労が募り、鮮明な思考が靄かかったように曖昧になる。

それでも、ハスターは諦めずに力を溜めては攻撃を繰り出した。


“おほほ、なんとも涼しいですこと。

この蒸し暑い砂漠にちょうどいいです”


“キサマぁ……!”


距離を詰める。


そして、攻撃を振れば振るほど

垂れ下がった無数の乳房が風の力を吸い込んでいく。それはやがて豊満な胸のように膨らむと力を増大させたまま、ハスターに“返す”のだった。


苛烈な風のカウンターが、ハスターの身体を穿っていく。

その身体は空高く吹き飛ばされ、受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられてしまった。


“ぐっ……あぁっ……!”


立ちあがろうと力を入れるハスター。

しかし、それを邪魔するかのように、イブ=ツトゥルは頭を踏みつけてグリグリと踵で弄び始めた。


“おほほほ……愉快ですわ。

勝てると見込んでいた相手の策に溺れ、敗北する気分はどんな感覚ですの?ぜひ教えて下さいな。”


“そうだな、実に不愉快だっ……”


“ほほほっ、それはそうでしょうねぇ

だって貴方は、実の父親である主を

相手にしていたのですから。

人間さえ庇わなければ、こんな無様を晒さずに済んだと思いますよ?”


ハスターは彼女の脚を強く掴み顔を上げて睥睨する。自分を馬鹿にされたことよりも、人の子を蟻以下と思ったその発言に憤る。


“ふっ、そうやって笑っているがいいツトゥル、いつか俺に与えた苦痛は……お前へと返す。必ず返してやる……!”


残った最後の風を使って、彼女の脚を弾く。

ハスターはよろめきながらも立ち上がり

ズレたフードを被り直した。


“ツトゥル、もう少し時間を稼いでくれ。

そうすれば、この身体は第二の身体となる”


“やらせる、ものかぁっ……!”


ハスターは前に進む。

身体を蝕む痛みに堪えながら薄れゆく意識を離さないまま、真っ直ぐに、父親の元へと脚を前に出す。


“そろそろ終わりにしようハスター。

父のせめてもの情けだ”


一時中断したヨグ・ソトースは

瞬間移動でハスターの眼前に移動し、黒き刃を空へ掲げる。


振り下ろされようとした、その刹那──

突如、砂漠の太陽の光が蒼い影に遮られた。


「よぉ!こんな面白ぇ戦い。

テメェらの勝ちで終わらせるなんざ勿体ねぇ!“俺たち”も混ぜてもらうぜぇ!」


その言葉とともに、蒼い衝撃がイブ=ツトゥルとヨグ・ソトースを襲った。

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