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第209話「全にして一、一にして全なるモノ」

「ヨグ=ソトース……!?

貴様、邪神か、なぜイングラムの中にいる!」


ベルフェルクは再びセクメトの力を身に纏い、その瞳を見ないように口元を見据える。


神の力を手に入れたとはいえ、力を完全にするための同調への道は未だ程遠く、邪神と対等に戦うには、それはあまりにも不完全であり、あまりにも無謀だった。


“なぜ、か……さあな、それは俺が聞きたいところだ。

人間というちっぽけな器に閉じ込められた上に、イングラムという人格が根底から存在している。窮屈なことこの上ない”


「……クッ!」


地球の神々が束になっても擦り傷しか与えられなかった存在である邪神、その中でも最恐とも言える存在が、イングラムという器にその片鱗を見せつけ、乗っ取っている。


そのあまりにも圧倒的な威圧感と、底知れない恐怖心がこの砂漠を瞬きの間に覆い尽くす。


“ほう……君は俺とは違うようだ。

セクメトと同意を得て力を発揮させているらしい”


音も無く、息を呑む事も許さないままヨグ・ソトースはベルフェルクの顎を優しく掴み、まるで宇宙の果てにも感じられる銀河の瞳で見据える。


“ほぉ……俺を見ても正気を保っているとは、中々の精神力だ。エジプト神たちの力を纏っていなければまともに正気を保つことすらできまい”


「──!」


身体全体が爆発してしまいそうなほどの高温が昇ってくる。


凍てついてしまいそうなほどの悪寒が巡っていく。


息が出来ず、指も動かせず、まるで生きたまま彫刻にされてしまったかのような感覚がベルフェルクの脳に突きつけられる。


全部の感覚が、光の差さない宇宙の果てに放り投げられたかのようだった。


“現実を突きつけるようで悪いのだが、俺はまだ1割の力も引き出せていない。不完全な今の君が、今の俺を倒せると息巻いているのなら、それは自惚れだ”


「ベルフェルクっ!!!」


風の剣士の雄叫びと共に、暴風にも等しい一撃が放たれた。

それを容易く、指先だけで掻き消す。


光速に近しい速さで、ルークはイングラムの骸を持つ“それ”を蹴り飛ばす。


「……はぁっ、はぁっ!」


そのおかげで、暗闇という檻から精神を取り戻したベルフェルクは、生まれて初めて呼吸をするかのように息をした。

身体は膝から崩れ落ちたが、その時感じる砂の感触すら、わからない。


「大丈夫か!?」


身体の感覚が全て戻るまで10秒近くかかったが、この状況は辛うじて理解出来ていた。だからこそ、無謀な真似をした剣士に敵意を向ける。


「なにを、しに来た!

神の力すらまともに継承していないお前が役に立つとでもいうのか!」


「だとしても、一人で戦うよりはマシだ!

俺の中にもスサノオ様の力がある。

それが例え、ベルフェルクに並ばない微弱なものだとしても、アイツをどうにかする力にはなるはずだ!」


「相変わらず楽観的な奴だ……!

この状況でそんな戯言を吐くとはな!」


「言ってろ……!来るぞ!」


ルークは剣を抜き、身体の中に眠る

スサノオの力を全て解放した。

ベルフェルクも舌打ちしながらも、セクメトから継承した力を全て解放する。


“ふむ……今の風、だいぶ弱かったな。

その程度で吹き飛ばせるとでも思っているのか?”


巻き上がっている砂塵の中で浮かぶ不気味なシルエットは、真っ直ぐに2人へ向かってくる。


“ハスターの出すものに比べれば、お前のそれは良く言って頬を撫でる程度のレベルだ。

同時に、地球の神々はそこまで深い傷を負っている事もおかげで理解出来たよ”


「くっ……!」


風とルークの浴びせたたった一度の攻撃で地球の神々の陥っている状況について把握してしまうヨグ・ソトース。


“俺は全にして一、一にして全なるモノ。

この宇宙の理は全て俺の手の中にある。

無論、その子であるこの星のこともね。”


かの神は全てに隣接している。

いかなる時間・空間にも自らを接続できるほどの存在なのだ。

そんな神を、蟻のようにちっぽけな人間がどうやって打ち倒すというのだろう。


“久しぶりに地球へ顔を出すことが出来たんだ。お前達には軽いウォーミングアップの相手になってもらうとしようか”


2人の戦士は構える。

絶望の中に渦巻く恐怖と戦いながら、神と交える覚悟を決める。


「足を引っ張るなよ、ルーク!」


「お互い様だろう!」


2人は邪神の恐怖に屈することのないように、それぞれの神性を最大まで解放する。

不完全ではあれど、対抗するにはこうする他なかった。


「はぁっ━━━━!」


嵐にも匹敵する強風が、ルークの剣から勢いよく放出される。

ヨグ・ソトースはそれを小手先だけで防いで、ルークの腹部へ強烈な蹴りを見舞う。


「ぐぁっ……!?」


骨という骨が小枝を踏み潰すような音を鳴らし、臓器は重機のようなもので勢いよく押し潰されるような感覚が襲う。


「ぐっ……うぅっ!!」


口元から滲み出る赤い血が、地面に垂れる。

それでも、ルークは引くことなく敵の肉体へしがみついた。


“ほう……?”


蟻のような存在である人間が、地に臥すことなく神に歯向かっている。

生気の引いた顔は、邪神に対する恐怖ではなく、怒りが向けられていた。


思わず、感心してしまう。

まだこのような人間がいるのかと。


「滅びの太陽!」


ベルフェルクの背後に再び日食の如き輝きの太陽が出現した。

その力は、元を正せば宇宙のエネルギーの一つだ。


その最大をぶつけられれば、流石の邪神でも無傷では済まない。


「ルークもイングラム諸共散れっ!」


大地が震撼し、地面の至る所がまるで干魃しているかのようにヒビ割れていく。


そこら中から、マグマのように赤く煌めく光が見えた。それはベルフェルクの意思に従い、鞭のようにしなってヨグ・ソトースへ伸びていく。


赤い鞭はヨグ・ソトースの足元、首筋や心臓目掛けて目にも止まらぬ速さで跳んでいく。


太陽の発する熱には劣るものの、超高温であることに変わりはない。

それは頰を掠めただけで、癒えない傷として残った。


「終わりだ!」


もう一つの太陽光の熱エネルギーを充分に吸収したのだろう。

黒い太陽は膨張し、やがてこの場の大気を全て蒸発させながら、ヨグ・ソトースに向かって投擲された。


“どけ……”


決死の力でしがみついていたルークを軽く蹴り飛ばして、邪悪なオーラを発すると、ヨグ・ソトースは自らに迫り来るそれに対して、剣の形を模した黒き一撃を繰り出しその太陽の中心部へ突き刺した。


「これで終わりだ、ヨグ・ソトース!」


“━━フッ”


膨張し、質量の拡大を続けていく黒き太陽の放射熱の影響は、後方にいるアデルバートとルシウスにも及びかけていた。


ヨグ・ソトースは彼らを見据えると

ベルフェルクの必殺の一撃を爆発させた。


「…………」


隕石でも落ちたかのような衝撃と砂塵が地球規模で巻き上がる。

ベルフェルクは言葉を発さないまま地上に降り立つと全身に軋むような衝撃に襲われた。


「ぐぅっ……!」


その場に膝をつきながら、身体の内側を突き破り込み上げてきた血を地面に吐き出す。

その血は、熱の放出する余波で砂のように変貌し風に乗って飛んでいく。


「がっ、はぁ……!」


薄れゆく意識の中で、破壊神の力を得た戦士は煙の中に立つ影を見た。


“ふむ、人の子にしてはなかなかに

面白い攻撃だった”


彼は気にしていないと、その表情が物語っていた。身につけている装束には焼け跡一つすら残っていない。ベルフェルクの中にあった自信は粉々に打ち砕かれた。


「クソっ……!クソぉっ……!!」


地面に拳を打ちつける余力すら無くなり、身に纏っていた神気は空中へ消散していく。


ぼやける視界の中で、ベルフェルクは真っ直ぐにヨグ・ソトースを睥睨する。

これが今の彼に出来る、精一杯の抵抗だった。


“さて、ウォーミングアップは完了した。

次の一手で、仕留めよう”


黒い太陽を爆発させた一撃が来る。

しかし、今のベルフェルクにはどうすることも出来ない。呼吸をすることすら困難な今、抵抗することは不可能に等しかった。


“──骸となり土に還るがいい”


振り下ろされかけたその一撃を、水と炎の強靭な盾が防いだ。


「みすみす死なせるかよ……!」


「その通り、2人が時間を稼いでくれたおかげで最強の盾が出来上がった」


アデルバートとルシウスがベルフェルクの前に降り立ち、ヨグ=ソトースの首元に視線を向けることで“魅入られる”ことなく行動を取っている。


「馬鹿、野郎……!防いだ所でどうする!

お前達もむざむざ死ぬようなものなんだぞ!」


「だからって、お前が死ぬとこを見てられるか。俺はそれほど性根が腐ってねぇんだ。

覚えとけ」


必死の罵倒を受け流しながら、2人の戦士は盾の出力を上げ続ける。


“ふっ、怪我人は大人しく逃げることだけ考えておけばいい。後は我々に任せておけ”


“紅獅子の言う通りです。

貴方の作った時間は無駄にはしませんよ”


紅獅子と蒼竜がベルフェルクの頭の中で答えた。


誰も求めていないというのに、この男達はどうしてこうも命を賭けることが出来るのか。


「馬鹿だ……本当に馬鹿野郎どもだ、お前らは」


ベルフェルクが自嘲気味に呟く。

もはや全身に力を入れても身体が動かない今、こうして笑うことしか出来ない。


身体を動かしたくても動かせない苛立ちに、自分の頬を打つ。


”希望など所詮は夢のように儚いものだ。

そんなもの、私が断ち切ってやる”


黒き波動を両手に宿したヨグ・ソトースはそれを盾に向けて軽く放出する。

最大出力で練り上げられた盾は、容易に破壊されてしまった。


「ちっ……!これがほんの少しの力だと……馬鹿言え、出鱈目にも程がある!」


「僕達だけじゃない、紅獅子様達のマナもありったけ注いだ盾が、こうも簡単に……!」


ステンドガラスに一斉に亀裂が入るような音を轟かせ、その盾は跡形もなく消え去り、そして消散する。


「狼狽えんじゃねえルシウス!

諦めねえ限り勝機はある!今動ける俺たちがやるんだ!」


アデルバートの激励を受け、ルシウスは強く頷いて炎の弓を顕現させる。

最後まで抗うと、決めたのだ。


“無駄な足掻きを……すぐに終わらせてやる”


「くっ……!」


全てを粛清する黒い刃が空へ出現した。


それは一振りに世界を破壊し、生命を絶やす滅びの剣。

ヨグ・ソトースは不敵に笑い、それを振り下ろした。




”そうはさせん”


遥か遠くから声がする。

すると、地面に接触寸前だった黒い剣が制止した。


“……!”


波動により黒く染まる世界で、ただ一つだけ黄金に染まる存在があった。



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