第206話「芽生える疑心」
「間も無く到着します!リオウ様!」
遠方を見渡していた兵の一人が
声を荒げて報告する。
その言葉に頷きながら、後ろで待機している兵士たちに振り返った。
「ああ……ここを潰せばくだらない王政社会は衰退の道を辿るだろう。
お前達の力を貸してくれ!」
飛行船は速度を落とし、ついに天空皇国ソルヴィアへの領域へと足を踏み入れたのである。
「私とリオウ殿は王の居る中央を攻略する。
他の皆は補給地点や観察拠点を破壊して欲しい」
「「はっ!!」」
シュラウドの号令に、全ての兵士達が一丸となって指示を受託する。
各々が最も得意とする得物を手に持ち戦闘態勢へ移行する準備は出来ていた。
「着国します!」
「よし、我々の夢の実現まであと少し……!
王や貴族どもを粛正し、くだらない秩序をこの手で打ち砕く!
お前達、必ず生きて帰れ!
共に勝利の祝杯を味わう為に!」
兵士達の士気は最高潮に達し、歓喜の声を上げる。リオウは進むべき道を剣で指し示す。
自分達の征く道が正義だと信じて……
◇◇◇
「行け、我が精鋭達よ!
ソルヴィアを共に滅ぼす為に!」
リオウの指示が轟き、紅蓮の兵士達は並々ならぬ気迫で鬼神の如くソルヴィアへと降り立った。
「来たか紅蓮の騎士!
ここから先は通さんぞ!」
「我らの道を阻むなっ!」
門番の女兵士二人を一人の兵士が容易く剣の一振りでこれを斃す。合図を皮切りに、それぞれの部隊が侵攻を開始した。
「リオウ殿、道を拓きまする!
いざ、このシュラウドの戦いを見よやぁ!」
シュラウド・レーヴェンハイトは
高らかに跳躍して中央に集まっていた女兵士達を鉤鎌刀の一振りで打ち倒す。
地面には隕石が落ちたかのような深いクレーターが出来上がり、その際に発した衝撃波で吹き飛んでいく。
リオウは内心で警戒を緩めなかった。
(……この程度で終わるはずがない。奇策があるかもしれない……油断は命取りだ)
そう思っている時、遥か前方から
音速を越えた矢が迫ってくる。
「ふんっ!」
リオウは視線を向けず、腕の動きだけでその矢を掴み取り、へし折った。
放たれた方向から感知した音を頼りに、リオウはシュラウドに目配せをして片付けるよう命じる。
「承知……!」
シュラウドは手にしていた鉤鎌刀を槍投げの要領で鋒の向きを変えると、一直線に投擲した。そして、その数秒後、何かに直撃したのかぐしゃりという肉に刃物が突き刺さるような音が響いた。
「弓兵か……その程度で我らを阻めると思ったか?」
雄叫びに応えるように、あらゆる箇所から弓兵が姿を現して弓の弦を引いた。
「下がれ、シュラウド」
一歩前進するリオウは、懐に携えた剣を抜きその刃を振るった。
「波動……!」
眼前にまで迫った矢が突如として時が止まったかのように静止し、原型を留めないほどに切り刻まれて全てが地面に落ちた。
そして、それを撃った兵士たちは強力なその余波によって空高く吹き飛んでいく。
「……女しかいないのかこの国は!
この国のソルヴィア王はゲス以下のようだな!」
「えぇ、通達された情報通りでしたな。
早急にここを潰してしまいましょう!」
「ああっ、必ず国王の首を取るぞ!」
王城の前まで進んでいくと、これ以上は行かせまいと大勢の女兵士達が仁王立ちして待ち構えていた。
その中には、恐怖からか足が震えているものもいた。
「お前達……もうそんな王に従うのはもうやめろ。
ただの従僕に成り下がり、自由すら謳歌出来ない縛られた生に一体なんの意味があるというんだ?」
リオウはそんな光景を不愉快そうに目を細めながら吐き捨てる。
女兵士の一人が前に出て震える身体を誤魔化しながら叫んだ。
「黙れ、王に対する愚言は重罪に値するぞ!」
「そうは言うがな、ならなぜ王直々に俺を裁きに来ない?
その圧倒的な権力で、力で、大金で
我々紅蓮の騎士を屈服させればいいだろう?
かつてのお前達をそうさせたようにな」
「ぐっ……」
正論を喰らい歯痒い表情をしている兵士を他所にリオウは彼女達の境遇を想像する。
経緯は違えど、結果は同じようなものなのだろうと、まともな職につくことすらままならず、家族に売り捨てられた少女達は、貴族達の道具として、防御装置として重宝され、飽きられれば廃棄されてしまう。
いつ終わるかもわからない希望のない未来しか、彼女達には無かったのだ。
そんな者達が今目の前に立って剣を向けているのだ。自国を滅ぼされた自身と、境遇を重ね合わせ全員に聞こえるように言葉を発する。
「お前達……我が紅蓮の騎士の一員となるがいい」
「な、なにをっ━━━━━!?」
「俺がお前達に富を、そして自由を与えてやる。誰にも支配されない、自分で考え行動できる権利を……!」
「騙されるものかぁっ!」
隊長格の女兵士が斬りかかるもの、リオウはそれを片手で防ぎ押さえつけた。
「俺は、俺達は"一人の人間"としてお前たちを見る」
その言葉に、一部の兵士達が動揺し始める。
手にしていた剣が震え、涙を流す者も現れた。
「……本当に、私達を人として見てくれるのですか?」
「ああ、約束する」
彼女らは一人、また一人と手にしていた剣を落としてその場に泣き崩れた。
だが、まだ疑いの目を向ける者もいた。
「お前達の家族も、俺が……いや、俺達が救ってやる!」
その言葉に、最後まで疑っていた兵士達の心も動く。
「自分を守るための力も、手段も、あらゆることを教えてやる!
お前達が望むものを、自らの手で手にできるように!」
シュラウドはリオウの言葉を聞き入れながら、主人の横に立ち言葉を紡いだ。
「さよう……リオウ殿は身寄りのない我らに何もかもを与えてくださった。
私はそのおかげで再び戦うことを誓うことが出来た。次は、御主達の番だ。
リオウ殿の手を取るがいい!」
従者であるシュラウドの言葉が心に刺さったのだろう。
次々と武器を手放し、涙を流しながらその場に膝をついた。
「お前達の家族も、俺が……いや、俺達が救ってやる!
共にソルヴィアを、全ての国を……王政を滅ぼそう!兵士達よ!」
リオウの電子媒体が、彼女達の電子媒体と激しく共鳴する。
王を守る精鋭の証だった白銀の鎧は
自分と家族を守ると決意を改め、ゆっくりと紅蓮に染まっていく。
「あなたは……本当に身寄りのない捨てられた私達を家族として見てくれるのですか?」
声を震わせながら、潤んだその双眸をリオウに向ける。その瞳の奥には、一筋の希望が光となって宿っていた。
「俺も元は身寄りのない身だ。絶望も屈辱も知っている。共に来い——希望ある未来を、一緒に見よう」
「ありがとうございます……リオウ様。
我々ソルヴィアの兵士は、今より紅蓮の騎士の傘下となります」
「そうか、来てくれるのか!
ありがたい!
お前達の力があれば、ここの腐った秩序を崩すことが出来る!」
リオウは微笑みながら優しく肩に手を置いた後、ゆっくりと立ち上がらせた。
「よし、落ち着いたら我々と合流してくれ。
全員必ず迎え入れると約束する」
「はい、リオウ様!
我々は負傷している者達を手当しながら他にも仲間になる者がいないか説得してみます!」
リオウは頷いて、足早に王城の入り口までシュラウドと共に駆けていく。
〈リオウ様、ソルヴィア補給路破壊完了しました!〉
〈こちらも敵の退路を塞ぎました!
奇妙な飛行船があった為、複数人で見張りについています!〉
リオウの電子媒体に朗報が二つも届く。
全員に届くように設定されているため、兵士達の士気はうなぎ上りだろう。
「皆ご苦労、こちらも通達する。
ソルヴィアの兵士達が仲間となってくれた。
後々合流するので丁重に迎え入れてほしい」
〈〈了解しました!〉〉
電子媒体の連絡を終えると
リオウは王城の玉座の門を蹴り上げた。
「ソルヴィア王っ!!!」
だが王の間には人が一人としていなかった。
気配も微塵もなく、シュラウドとリオウは周囲を警戒しながら見渡す。
「ここで震えているだろうと思ったが……どうやら腑抜けではなかったらしい」
「その通り……儂は腑抜けなどではない!
リオウ・マクドール!」
嫌味ったらしく吐き捨てながら
重々しい甲冑の音を響かせ、背後から玉座の間へとやってきたのは、ソルヴィア王だった。
「なんだと……?」
「先の兵士達への演説、見事だった。
あの場にいた全員を手中に収めてしまうのだから」
「ふん、貴様からの賛辞など反吐が出る」
「だが、儂にも意地がある。
弟の仇が目の前にいるというのに、臆して隠れることなど出来ようものか!」
ソルヴィア王は剣を抜き、兜の奥底から憤りの表情を覗かせる。
「悪政を敷き酒池肉林を築いていただけの貴様に、この俺が倒せるものかっ!!」
シュラウドは後方に下がり、リオウは前進しながら携えている鞘に手を添える。
両者共に闘志は充分だ。
一撃の元にどちらかが斃れ、どちらかが勝利する。
「この一撃、餞別と受け取るがいい──!」
「貴様を斃し、首を空高くに放り投げてくれるわ!でぇぇぇい!!!」
愚直なまでの直進。
ソルヴィア王を包む鎧が黄金に輝き
最初で最後の一撃を、最強のモノへと進化させる。
「━━━━っ!!」
その一撃が振り下ろされる刹那、誰にも聞こえないほどの小さな声と共に、過剰なまでの衝撃と共にリオウの一閃が鎧を打ち砕いた。
「ぐぁっ……!?」
斜めを描く亀裂にヒビが細々と入り
そこから鮮血が垂れ落ち、鎧が砂の城のように崩壊していく。
「ば、かなぁ……ぐはぁっ!」
「なんと……他愛無い」
その言葉を最後に、ソルヴィア王は前のめりになって斃れた。
「リオウ殿……」
「いや、トドメを刺す必要はない。
すぐに死ぬだろう」
シュラウドが振るいかけた一撃を止めるかのように制止するリオウ。
そして、ソルヴィア王は鮮血を吐きながらも口を開いた。
「思えば……儂が愚かだった。
弟と分かり合っていれば、すぐに駆け付けられたというのに……!
過去の喧嘩をいつまでも引きずっていた儂のせいで、弟とその国の民達は死んだのだ!」
「なに……?
それは聞き捨てならんなソルヴィア王。
俺はあの国で確かに戦いはした。
だが俺は誰一人として殺していない。
貴様の弟の姿すら、俺は見ていないのだぞ!」
リオウが振り返り、慌てて駆け寄り胸倉を掴んで、睨みつける。
「……ほう、そうか、今わかった……
真なる敵は━━━━」
ソルヴィア王の首が原型も残らず弾け飛んだ。その場に残された2人は背後を振り返る。
「大丈夫でしたか、リオウ殿……?」
「ほっほっほ、間に合ってよかったわい……のう?魔術師殿?」
「仮面の魔術師、呪術師于吉……!
貴様らここでなにをしている!」
リオウはこれまでに無いほど
仮面の奥に怒りを滲ませるのだった。




