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第203話「隔たりの理由」

「アデル、いるか?」


空を征く地導船プリンツ・オイゲンの宿泊室の部屋の前で、イングラムは手の甲で扉をノックする。この部屋の主人は、アデルバートだ。


「どうしたイングラム?

悩み事でも吐き出しに来たのか?」


「似たようなものさ、入っていいか?」


アデルバートは扉を開けてイングラムを迎え入れた。

部屋は分割されていて、奥にはセリアの道具が一式並べられている。

素人目で見ても、それが医療器具だということは見てとれた。


「で、なにを知りたいんだ?」


「ベルフェルクが俺達を敵視……いや嫌悪と言うべきか?あの時、お前はそうなってしまった事情についてなにか知っていそうだった。

教えてくれないか?

どうしてベルフェルクが俺たちに敵意を向けているのか」


「……あれは、まだ俺達が魔帝都に

いた頃の事だった」


◇◇◇


6年前、イングラムやルシウスと同時期に魔帝都へ入った青年達がいた──


その1人、ユーゼフは当時から人外じみた食欲と暴力で同期や教員達を困惑させながらもその武勇はベテランの戦士教員を容易に打ち倒す程の実力者だった。


フィレンツェは代々続く名門中の名門。シーガル家の長男、性格に難はあるが、貴族で頭も良かった。


その特筆した2人に比例して、ベルフェルクの経歴は実に平凡であった。


それに比較して勉学、運動共に何の才能も家柄も持たない青年だった彼は、マナ使いでもなかったがゆえに同期の面々から虐げられていた。教員はその事実を、面白いと嘲笑いながら行為を黙認していた。


そんな状況が、ベルフェルクの心を徐々に閉じ込めていったのだが、彼はまだ折れていなかった。


「おほん、ベルフェルクくん。

君はなぜここに来たのかね?

この経歴では、主席で卒業することすら難しいだろうに」


(家族に捨てられてしまった、なんて言えるわけがない)


ベルフェルクは拳を強く握りしめながら教員の目を見た。


「僕は確かにマナ使いでもなければ

ユーゼフくんのような能力もない、

フィレンツェくんのような名門の出でもありません。けれど、そんなのは関係ないです!

経歴とか出身とか、僕は努力で覆して見せます!」


「ふむ……?何を根拠にそんなことを

言っているのかね?

努力が身を結ぶと、君は本気で信じているのか?」


「……猶予をください。

三ヶ月あれば、結果を証明してみせます!」


ベルフェルクに残されていたのは努力だけだった。

家族は優秀な兄2人を自身の子と認知し、才能を持たないベルフェルクはボロ雑巾のように捨てられてしまった。


「無能なお前にホワード家を名乗る資格はない。我々の前から失せろ、二度と姿を見せるな」


まだ12歳の時に、ベルフェルクは雷雨の中、家を放り出されてしまった。

窓の明かりは、試験を合格した兄達を祝福する宴が始まっていた。

雨に濡れる地面に拳を叩きつけて、

彼は明かりを睨んだ。


「クソッ……!

許さない、俺を捨てたこと必ず後悔させてやる!」


ベルフェルクはホワードという性を利用しながら、あらゆる勉学を独学で学んでいった。


全ては家族への復讐の為。

自分を捨てたことを後悔させる為だった。

彼はあらゆる手を尽くして魔帝都に入帝したのである。


「ふむ、まあよかろう。

だが三ヶ月でなんの成果も得られなかった場合は、ここを出ていってもらうぞ?」


「構いません。

学費も返していただかなくて結構です」


「代わりに、成果を出した暁には

君の言うことを一つだけなんでも聞いてやる」


ありがとうございます。とベルフェルクは頭を下げた。

彼は死に物狂いで勉強を続けた。


魔帝都の叡智と称されたフィレンツェに彼は3ヶ月で並び、そして上に立ったのである。


しかしそれがフィレンツェのプライドを深く傷つけた。

それは彼が、校長に成果を報告しに行くその矢先のことだった。


「おい平民、少し頭がいいからと言って調子に乗るなよ?

お前は所詮、貴族の元に平伏す存在。

俺の上に立つなど烏滸がましいものなのだと、普通は思うのだけどなぁ?」


目の前に、フィレンツェとその取り巻き達が立ち塞がる。


「おい!なにをするんだ!」


ベルフェルクを、とりまきの同期達が取り囲んでくる。両手足を羽交締めにされて合格証明証を目の前で破かれてしまう。


「━━━━!!」


「ハハッ!あーあ、大切な合格書類がぱぁだ!

平民如きが調子に乗るからだぞ?

これに懲りたら二度と俺の上に立つなんて思うな」


フィレンツェは心底可笑そうに笑いながらその場を立ち去った。

ベルフェルクは解放されてすぐ、破かれた書類を掻き集めて、成果を報告しに向かった。

しかし━━━━


「いや……だめだ、破かれたものは無効となる。またレオンがやったのか……あの無法者め!」


「校長、待ってください!

彼とこれはなんの関係もありません!

これをやったのはフィレンツェ━━━」


椅子に座ってふんぞり返っていた

校長がデスクを思い切り叩いて立ち上がった。


「黙れ!優秀なフィレンツェがそんなことをするはずがないだろうが!

全てレオンの責任だ!あの下賤者が!」


ベルフェルクは校長の態度に苛立ちを覚えた。まるで聞く耳を持たない。


どうしてこれほど怒っているのか不思議だった。


(レオン……か。彼は確か文武両道の人物だったはず。

普通は好まれる肩書きだろうに、蔑まれている理由はなんだ?)


ベルフェルクはレオンの悪い噂しか聞かなかった。後輩も、同期も、先輩もほぼ全ての生徒や教師が彼を嫌悪していたのだ。人間、そこまでする者には逆に興味を惹かれる。

彼はレオンと交流を持とうと決めた。


そして、ある日━━━━


「……君が、ベルフェルクか?」


ついに出会った。

レオン・ハイウインド

歴代魔帝都の生徒の中でも最強と表面上は呼ばれている。


「は、はいっ!初めまして!

ベルフェルクです!」


「そんな堅苦しくする必要はない。

それに、君のことは噂に聞いている。三ヶ月であのフィレンツェを越えたんだって?凄いじゃないか」


ぎこちない一礼をするベルフェルクの肩を優しく叩く。これまで家族にもそんなことをされてこなかった経緯から、驚いて、思わずはねのけてしまった。


「すまない、馴れ馴れしくしてしまったな」


「いえ、僕の方こそごめんなさい……

けど、先輩に会えて嬉しいです」


「━━━」


レオンは目を見開いて呆気に取られたような、表情でベルフェルクを見つめた。


「あの、先輩?」


「いや、君は他の奴らとはどうやら違うようだと思ってな。俺を見ても嫌そうな顔をしないし、それに、会えて嬉しいと来た。

初めてだよ、そんなことを言われたのは」


レオンは嬉しそうに微笑んで、握手を求めてきた。

初めての対応に、ぎこちなさそうに

ベルフェルクは手を握り返す。


「これで、俺達は知己だ。

なにかあれば言ってくれ、喜んで手を貸そう。

そう、例えばこんな風に」


レオンは掌サイズのアタッシュケースを取り出して、その口を開ける。

そこに入っていたのは、ビリビリに破かれたはずの合格書類だった。


「そ、それは!?

どうして直ってるんですか?

あの時確かに━━━━」


「たまたま回収した物の中に紛れていたんだ。指紋からフィレンツェの奴がやったことは明白だが、普通にやり返すんじゃ面白くない。これを借りていいか?」


「は、はい……もう見せても意味がありませんし、好きにしてください」


レオンは不敵な笑みを浮かべて

わかった、とだけ伝える。


「それじゃ、俺と会ったことは内緒で頼む。またいつか話そう」


後日、ベルフェルクの合格書類が

魔帝都の上層部に通達され、彼の努力は無事に認められることとなり、魔帝都中退は免れることとなった。


「えっ!?僕もアヴァロン山脈に行けるんですか!」


「あぁ、上層部からの通達でね。

君の成果は正式に認知されたようだ。

まずはおめでとう、やはり信じていてよかったよ」


(鼻からそんな気はなかったくせに。

謝罪の一言もないのか、このおっさんはっ!)


魔帝都の大人たちに対する不信感が増したベルフェルクは、その後も他の生徒達の目を掻い潜りながらレオンと親密になっていった。

そして、運命の日━━━━━


「ベルフェルクくん、君のこれまでの功績を讃え、イングラムくん達と共にアヴァロン山脈へ遠征に向かってほしい。

2泊3日という短い期間だが、野生動物も多く生息しているので班とはぐれないようにするんだぞ?」


「はいっ!」


(どうせなにかしら起こるんだろう。

必然的にな、こいつら大人どもがどんな汚い手を使うのか警戒しておかないと──)


◇◇◇


夕刻、アヴァロン山脈手前に陣を敷いた魔帝都。ベルフェルクが共に行動するのはイングラムとアデルバートだった。


「おい……俺の邪魔だけはするなよベルフェルク。

俺はこんな任務をさっさと済ませてレオンと決着を着けるんだ」


(なんだ、この親しくなれなさそうなやつは……こいつと同期だなんて、不安しかないな)


この頃のイングラムは兄のように慕う人物を失ったばかりで荒んでいた。

レオンとの戦いに敗れて、再戦の事のみを考えているので、ベルフェルクなど眼中にないのだ。

気持ちを切り替え、アデルバートにも笑みを浮かべて挨拶をする。


「ええと、よろしくお願いするね。

アデルバートくん」


「ここはごっこ遊びをする場所じゃない。

よろしくもクソもあるか」


この時のアデルバートは魔帝都の教員と指導員の動向を監視する為に神経を尖らせていた。

周りの仲間達に被害が及ばないようにする為であるが、その対象にベルフェルクは入っていなかった。


(こいつもなんだか固いなぁ……この遠征が終わったら距離を取ろう)


ベルフェルクは2人の気を散らさないように上手くやり過ごした。

気性の荒い猛獣達も工作が昔から得意だったことが幸いして、この3人の陣はほぼ無傷で山中にキャンプを張ることが出来た。


しかし、彼は運悪くイングラムとアデルバートと逸れてしまったのだ。


「お、いたいたぁ……ベルフェルクぅ!」


その声に思わずぞわりと身体が身震いする。

フィレンツェが先達の4人を引き連れてやって来たのだ。


分厚い化粧をヒタヒタに塗った女が2人。いかにも筋肉自慢だと思われる男が2人。

フィレンツェの後ろで控えていた。

金をちらつかされたのだろう、ベルフェルクは内心舌打ちしながら平静を装った。


「こんにちはぁベルフェルクくん。

ちょっとさ、先輩の私達と一緒に夕飯でもどうかな?きっと楽しいよぉ?」


「は、はぁ……、いえ、チームを離れるわけにはいかなくて━━━━」


「シーガル家の御曹司のお誘いを断るのかぁ?ふぅん?お前やばいぜぇ?」


(ちっ、筋肉バカが……!

俺に力があれば今すぐこいつらをぶん殴るのに!)


「おら、こいよ、先輩命令だぞコラっ!」


「やめ、やめろっ!イングラム、アデル!

助けてくれっ!」


必死に叫ぶ。

しかし、その声は虚しく木霊した。


汗ばんだ筋肉の溝から滴る汗がベルフェルクの体に引っ付いていく。

抵抗しても引き剥がせない無力さに

絶望しながら、奥のキャンプ地へと引き摺られていった。

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