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第202話「取り戻すための戦い」

ルークは右脚を前に踏み出した。

利き手を柄に添え、一息に懐へと斬り込む。


「そらぁっ!」


しかし、浮遊する魔剣エデーレが身体の向きを変え、切っ先を振るう。


火花が散り、剣同士が激突した。


"ほう、なかなかの剣の使い手と見える。

我の一撃を同じ力量で相殺するとはな"


「人生の半分を剣につぎ込んできたからな。

同じ剣の使い手なら、感覚でわかるのさ!」


その言葉に相手は感心の声を漏らしながら身を翻す。

その軽々と振るわれる重々しい一撃を己の刃でその軌道を逸らしていく。


“無論、我が身は生涯敵を斬り伏せる為の肉体である。侮るなよ!”


「侮るほど自分に溺れちゃいないさっ!」


居合い斬りの構えをやめ、鞘から剣を抜くと、その刀身に深緑の風のマナを宿す。


乾いた空気のこの世界に、優しくも冷たい風が緩やかに吹き始めた。

エデーレの表情が、僅かに笑みに歪む。


“この風、まさかマナか!

そうか貴様、マナ使いなのか!

これはいいっ!”


(こいつ、なに喜んでるんだ……?

いったい何を———)


その時、エデーレの方から凄まじい“熱気”がルークの頬を掠める。

彼は冷静に、己の焼かれた部分の肌に手を触れる。


「これは、マナ———!?」


魔帝都にいた当時、ルシウスとマナを使っての模擬戦を数え切れないほど行ってきた。


その際に、ルシウスの使う炎のマナを全身に受けたことがあった。

今食らった熱気は、当時のルシウスほどの質量ではないものの、マナ使いのそれであると断定するには充分だった。


“さよう、我はマナ使いを数多喰らい

その術をこの身に刻み込んだ!

ついでだ、より力を蓄える為に貴様も食らってくれよう!”


この魔剣は、レベッカと共に数多のマナ使いを斬って来たというのか。

いや、これがレベッカに憑依して斬り伏せたという可能性だってある。


拒否する彼女を、ただ血肉を貪りたいが為に己を振るわせる器とするなど、ルークにとって許せることではなかった。


「……許さないぞっ!」


そう思えば思うほど、ルークの中に溢れてくる感情が怒りを孕みながら渦を巻いて身体を螺旋状に巡っていく。


翠の闘志が、彼の刃に注ぎ込まれていくのを柄を握っている手の部分から感じ取れた。


“ほう、闘志を可視化させるか……!!

これは面白い!”


ルークはエデーレの言葉を頭の片隅に留めながら腰を低くしつつ、神速をも越える速度の剣撃を振るった。相対する剣は、それを感覚で迎撃して見せる。


両者は互いに譲らず一進後退の攻防を続けていた。


「碧虎っ!」


“おうよっ!”


次なる一手を先に繰り出したのはルークだった。継承した概念の力を、碧虎の了承を以ってマナとして全身に纏う。


ルークは視覚に捉えることすら不可能な速度で一度の攻撃を、弱点であるコアめがけて繰り出していく。

しかし、ただ終わるだけの魔剣ではない。


彼は不敵な笑みを浮かべると、コア部分を強固な水のマナで覆った。


「残風刃!」


後方へ跳躍し、風のマナで作り出された三日月状のエネルギー波が弧を描く毎に生み出され、それは剣の元へと一直線に進んでいく。


しかし、剣に到達する寸前に現れた水のマナの壁でそれは吸収され、かき消されてしまった。


“ふははは!無駄よ無駄!

その力を使いこなせていない貴様に比べ、我は数多の水使いを食らってきた!

量より質と世は言うが、今この時だけは質より量よっ!このまま攻撃を喰らって果てろ!”


「断るっ!お前を倒さなきゃこの腹の虫が収まらない、レベッカに手を出したことを、必ず……必ず後悔させてやるからな!」


目に怒りを孕んだルークは、まるで見下すように嗤う魔剣を睥睨する。


〈いいぜルーク、女の為に戦う奴は嫌いじゃねえ……

むしろ好きだ。

あぁいう我が物顔の野郎は一度ぶん殴ってやらねえとわからねえもんだ!

俺達で思い知らせてやろうぜ!〉


「もちろんだ、力を借りるぞ碧虎!」


奴は質より量と言った。

ならばその発言を撤回せざるを得ないまで追い詰めてやろう。


優越感に浸っているそのブサイクな微笑みに強烈な一撃を見舞ってやれば、面白い顔が見られるはずだ。


そうと決まれば、ルークは碧虎の概念の力を2割ほど引き出す事に決める。


1割でもまだ力を御し切れていないというのに、2割にしてしまえば身体が引き裂かれてしまう。しかし、碧虎を一度は倒した彼だ。

激痛に耐える覚悟はとうにできている。


「おぉぉぉぉ!!!」


身体の内側が引き裂かれるような衝動に襲われる。

臓器のひとつひとつが悲鳴を上げて

秘められた風は空気のように膨張してあちこちから血管が破けていく。


“ふんっ、馬鹿な男だ!

慣れない力を無理に使えば身体が

どうなるか知らぬとはな!

そのまま我の食糧となるがよい!”


「この程度、レベッカが目を覚めない事に比べれば、どうということはない!

人の手を借りなければ食事にすらありつけない貴様に、負けてやる道理はないっ!」


足を踏み出して、高速で加速する。

刃にうねるようにして吹く風の一撃がエデーレのコア付近(鳩尾に相当する部分)へと振るわれた。


重々しい物質に押し潰されるような感覚が、あの余裕そうな表情を天辺から突き崩した。


“お、おぉっ!?”


続く第二撃、ルークは剣先に暴風を即座に集約させ、まるでハンマーのように垂直に構える。白緑色のマナは人の身には到底耐え切れないほどの風圧を宿している。


いくら目の前の剣が数千の異なるマナ使いを喰らってきたとしても、それはきっと微々たるものであり、そして半端者のマナだ。


半端者の数千のマナ使いと、熟練のマナ使いの一とでは、差があり過ぎる。


ましてや、ルークには概念と神の力が宿っている。

負ける道理は、どこにもない。


「押し潰されろっ!」


“さ、させぬぅっ!”


剣は膨大な数千の力を一撃の元に纏わせた。


炎、水、雷、風、土、どれも強力なものではあるが、それは当人達が熟練の使い手であればこそだ。


この魔剣は未熟だ。五色のマナが互いを食い潰し、争っている。これでは最強の一撃など繰り出せない。


“な、なにをしているっ!

敵は目の前にい━━━━━━”


狼狽えている隙に叩き込まれた一撃。


それは剣身を砂のように掻き回しながら破壊し、最も強固な柄の部分には深い亀裂が生まれ、そしてその顔面は恐怖と死に怯えた弱者そのものの表情だった。


“ぐ……ぅ……”


「どうだ、参ったか?」


剣にも血潮というものはあるらしく、あちこちの亀裂から血が流れ出ている。


そして、あの腹の立つ顔ももはや面影はない。ルークは魔剣のコアに触れ、それぞれのマナを回収する。


小刻みに身体を震わせるだけの、何もない得物になってしまった。ルークは歩み寄り、眼前に獲物を突きつける。


抵抗する余力すら残っていない魔剣は、唸る様にして狼狽えるしかなかった。


「レベッカを苦しませた罰だ。

お前を破壊させてもらう、覚悟しろっ!」


両手で剣の柄を強く握り締め、怒りを自身の手にある獲物に注ぎ込み突きの構えを取りながら恐ろしい形相で睨みつける。


これを破壊すれば、レベッカを助け出すことができる。彼女がこれ以上苦しむことはなくなるのだ。


ルークは一息にコアを突き砕こうと刃を押し込もうとした、その直前


〈待った、そいつの命は俺が預からせてもらうぜ〉


寸前のところで、切っ先が止まる。

ルークは凄まじい形相のまま自らの中にいる碧虎に問いを投げた。


「どういうことだ碧虎っ!

貴方も知っているはずだ、こいつはレベッカを━━━━!」


〈あぁ、それはもちろん知ってる。

けどな、こいつのマナの貯蓄量は目を見張るもんがある。だからお前、俺と契約しろ〉


”なにっ!?”


碧虎の思考は読めない。

どのような意図があるのか、満身創痍の今の剣には汲み取れるはずもなかった。


〈お前もそのまま錆付いて最期を迎えたくはねえだろ?なら、俺のマナを血の代わりにくれてやる。どうだ?

俺の力を使えてお前は剣としての生を謳歌することが出来る。

悪い話じゃあねえだろう?〉


"我は血を主食とするのだ……。

マナだけでは空腹で死んでしまう"


「ならマナを主食に出来るように

身体を鍛え直すか!」


ルークがドス黒い笑みを浮かべながら提案する。水だけで飲めと人間に言っているようなものだが、今の彼が冗談を言う状態ではないことは、剣もよくわかっていた。


〈お、そいつぁいい!

俺がお前の中に入って鍛えてやるよ!

くぅ、俺様優しすぎるぜっ!〉


「さて、新たな契約者が現れてくれたんだ。

レベッカの昏倒、チャラにしてくれるよな?」


“い……いや、その━━━”


魔剣は苦しみ、呻きながら言葉を探っているようだ。

それを──


「してくれるよなぁ?

断るなら石化する湖へお前をぶん投げるぞ……?なぁ?」


ルークが真っ黒なゲス顔を晒しながら自分の剣を器用にくるくると回し始める。


断ればぶった斬るとプレッシャーを与えているのだ。


魔剣は苦しげに呻き、震える声で答えた。


"ぐ、ぬぬ……わ、わかった……

契約する、だからそれでお前の彼女への罪滅ぼしとさせてくれ……"


「ば、バカヤローっ!

レベッカは彼女なんかじゃなくて

タダの幼馴染っつうか同居人というか!

とにかく色々あるんだよ!」


人殺しをも厭わなそうな悪魔の表情から一変して、恋愛経験皆無の青年特有の赤面が現れた。


剣も碧虎も、沈黙しながら照れを

隠そうともしないルークを見つめている。


〈よし、契約するぞ剣〉


“心得た”


碧虎は表に出ていて契約を完了していた。先程まで虫の息だった魔剣が生き生きとエメラルド色に煌めいている。

受けた傷も、古傷となっていた。


〈よし、これでテメェは俺の所有物だ。

俺が仲間だと認知している連中以外に手を取ることもできねえように結界を張ったぜ!

触れた瞬間に爆破ってやつさ!〉


サイコパスな発言をしながら剣の柄を咥えルークの中へと戻っていく。

ひとまずは、これでレベッカも昏倒から快復するはずだ。


“小娘はここから出ればすぐ目覚めるようにした。そして、今から言うことはほんの詫びだと思え、ルーク。”


「なに?」


“レベッカにお前と同じ風のマナをヘモグロビンに結びつけた。”


「それは本当か?

嘘ついたら承知しないぞ?」


“嘘をつく利益など今の我には存在しない。

目覚めた時に確認すればよかろう?”


剣の発言に嘘は感じられない。

ということは、レベッカは仲間内でクレイラを除いた初めての女性のマナ使いということになる。


これは戦力として大きく期待できそうだ。

と、ガッツポーズしているとここが大きく揺れ始めた。


〈契約主が変わったから、新しく生まれ変わるのか?ならさっさと出たほうがいいぜ!〉


「おうっ!」


ルークは碧虎の指示通りに、軽やかに飛ぶと天井を突き破って脱出した。


◇◇◇


「やあやあお帰り、眠り姫がお目覚めだ━━━━」


「わかってますぅ!」


マルドゥ先生の横を通り抜けて、診察台兼ベッドに横たわるレベッカの元へと駆ける。


「レベッカ……!?」


声をかけると、これまで穏やかに寝息を立てていたレベッカがゆっくりとその目を開く。


「う、ううん……?」


天井の明かりが眩しいのか、彼女は

おぼつかない手つきで目元を覆った。

ルークはそれに気付き、彼女の視界を自分で埋めてやった。


「レベッカっ!よかった、目が覚めたんだな!」


「ルーク……!?これは、夢?」


「夢なものか、紛れもない現実さ。

それを今から教えてあげるよ」


首を傾げるレベッカに、ルークは優しく触れた。


そして——口づけをした。


会いたかった幼馴染の温もり。

覚醒半ばだった彼女は、ようやく目を見開き、声にならない声を上げた。

それは驚きか、喜びか——

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