第201話「剣の中の冒険」
「……ルーク、紅蓮の騎士軍への準備は俺達でやる。お前はレベッカさんを助ける為に動いてくれ」
クレイラの告白の後、それぞれが準備に取り掛かる中、自室にいたルークの肩をイングラムが優しく叩いた。
彼は驚きながらも踵を返して振り返る。
「それは、どういうこと?」
ルークは不満そうにイングラムを訝しげに見つめる。
参戦するな、と彼に言われてしまえばせっかくの概念の力を披露するどころか、地上のソルヴィアで無念にも散って逝った人々の仇を打つことすら叶わない。
「いや、そうじゃないんだ。
お前にももちろんあいつらと戦ってもらう。
だがその前に———」
イングラムは顎に手を置きながら、しばし思考し、それを言葉にする。
「レベッカさんの剣、ソイツの中に入って彼女を喰らおうとする魔の存在を食い止めてきて欲しい」
そう言えば、マルドゥ先生も言っていた。
レベッカの使っていた剣は意志を持つ生きている剣で、レベッカが対存在に振るった際の鮮血を食事としていたがその機会が減ってしまったから彼女の中の赤血球を食らい始めたのだと。
イングラムが突拍子もないことを言ってくることはない。ということは、剣の中に入る為のなにかしらの方法が見つかったということになる。
「……一体、どうやって中に入るの?」
「お前達が概念と戦っている間、例の医者先生と話していたが、あれは持ち主が敵を斬らなければ食事にありつけない。ということはお前も知っているだろう」
「うん」
「縮小薬を貰った。
あの剣にはコア、即ちエネルギー体が存在し、血を取り込む為の器官が存在するようだ」
「だから、そこに入ると……?」
確かに生きている人間がそこに入り込めば剣はルークを食糧として認知するだろう。
しかしその反面、中に侵入した瞬間に命を散らせるハメになってしまうのではないかと、ルークは一瞬躊躇ってしまう。
「不安に駆られるのも理解できるが
そうならない為の素材集めを、お前とアデルがしてきただろう?」
碧虎との戦いでは概念の力の継承の他に、植物でできた宝玉も入手した。
彼曰く“古びてるから効能は期待すんな”とのことだが、無いよりはマシだ。
「それと、これも渡しておこう。
さっきアデルから受け取った深海の聖水だ。
これがどうして剣の中に侵入する為に用いられるのかは俺も理解できなかったが、彼女と長年共にしたお前なら、きっとなんとかできるはずだ。」
「はは、あまりにも確実性に欠けるね。
けど、それくらい曖昧でもいい。
プリンセスを助ける冒険はそうじゃなきゃね」
ルークは友人の言葉にくすりと笑いながらも深海の聖水を受け取る。
それと同時に、胸の奥からひしひしと込み上げてくるのは純粋な滾りだった。
イングラム達と合流するよりも前に、彼はさまざまな土地や国を流離っては強敵相手にその剣を振るってきた。
それが今、再びひとりでに動き出そうとしている。
「お前ならうまくやれると信じている。
マルドゥ先生のところへ向かうといい。
レベッカさんの剣も、彼女のところに保管されているはずだ」
「———わかった。
それじゃあ、俺は一足先にソルヴィアへ戻るよ」
「あぁ、行ってこい。
俺達も用意を済ませたらすぐに向かうよ」
ルークはイングラムに強く頷きながら自室へ向けて歩き出す。
彼も後を追うようにして部屋から出ていくと、渡り廊下でイングラムはルークと別れた。
「……さて、アデルの元へ向かおう。
あいつの過去について、聞き出さねば」
イングラムは反対側にあるアデルバートとセリアの部屋へと向かうのだった。
◇◇◇
「やあ待っていたよ、剣にダイブする準備は出来ているかい?」
ルーク・アーノルドは単身マルドゥ先生のいる場所へとやってきていた。
必要な道具と材料は全て揃えてある。
彼はそれを両手に乗せて見せつけると、満足げな表情を先生は浮かべた。
「よぉし、では最重要治療室へとご案内するとしようか。入室前にきちんと消毒殺菌させてもらうからね!」
「は、はいっ!」
全身を滅菌、消毒した後に宇宙服のような防護服を着せられて、ルークは最重要医療室へと案内された。
道中にはまるで研究室のような半透明のカプセルが均一かつ無数に並べられている。
中には人の身体のようなものが浮かんでいる。衝撃を与えればすぐにでも目を覚ましてしまいそうだが、今はその心配はなさそうだ。
「ククク、気になっているようだから教えてあげよう。これでも昔はぐれ研究員だったんだ。人類の神秘、身体の内側をどうしても解明したくてね……」
「うへぇ……」
「人はなぜ病に陥るのか。
そして、なぜ打ち勝つものと打ち負けるものがいるのか。
若さ故に勝つのか、老いが故に負けるのか?
いいや、いいや、そんなことはないはずだ!
人の身体は未知の可能性に満ち溢れている!」
前を歩いていた先生はにやりと笑みを浮かべ、両腕を大きく広げ、高らかにそう叫んだ。
「私は処断寸前だった人々を引き取り、日夜研究と医療発展のために尽力を続けているのだが、いかんせん1人では進むものも進まなくてねえ……」
「ん、それってモルモットってことでは?」
「そうだが?モルモットだが?
人類の発展の役に立てるだけ光栄だろう?
死体なんて堆肥葬にしか使えないじゃないかぁ!」
「た、たい……なに?」
「(たいひそう)堆肥層だが?大雑把に説明するならば、人の遺体を栄養豊富な苗床として地球に還そう。という方法さ。土葬でも火葬でもない新しいやり方だし、何より地球に負担が少ないからね。最近ではこれが主流なのさ!」
「はあ……」
この先生は人体実験でもし進歩がなかったとしても、その遺体を肥料として撒き散らすつもりらしい。
死者に人権はないようだった。
「さあ到着だよルークくん。
あ、これ受け取っておきたまえ、さっき作り終えた侵入剤だよ」
「いつのまに……!?」
「君がうへぇと言った辺りからだが?」
なんとマルドゥ先生、先の移動の最中講義じみた内容を喋りながら材料をこねくり回して完成させてらしい。
流石は元研究者といったところか。
「それを身体に吹きかけたまえ!
あぁいや、1人では無理か。なら手伝おう」
ルークが使おうとしていたのを強奪し、無理やり吹きかける容器に突っ込んでいく。
なんともガサツなマルドゥ先生。
ルークは、ただ唖然と見ていることしかできなかった。
「さあさあ……!
目を閉じるんだ、これで君は剣に
食糧と認知されながらも消化されずに中に侵入することが出来る!
まるでこんにゃくのようにね!
あ、それと、生きた剣を見てみたいから、小型のドローンナノマシンも液状にしておいたよ」
その言葉に、ルークは思わず目を見開き、困惑したように顔を顰めながらえー、とブーイングする。
「そんなの当たり前だろう!?
生きている剣がどんな口調で、どんな方法で会話してくるのか、なぜ所有者の斬った生き物の血しか吸わないのか!
元研究者の血が騒がないはずがないじゃないか!それとも君は美しい裸体の女性がおいでよと誘っていきても知らんぷりするタイプの人間かい?」
「む、それは確かに知らんふりはできないなぁ」
「君は変態なのかい?」
「貴女に言われたくないですぅ」
ルークは確かに美女や美少女が大好きだが、どこぞの人災のようにロリであればいいというわけでもないし、女性はなにかと裏があるから表面上は本能に従って嬉しそうにしているだけだ。
しかし、セリアの前では別であるが。
これはアデルバートにも言っていない。
言ったら殺されるのは確実だと、本人も理解しているからだ。
「あーくそ、無駄話をしてる場合じゃないぞルークくん!ほら、さっさと剣の中にダイブするんだよ!早くっ!中を!剣の中を見せてくれたまえ!」
げしげしと細い足からは想像もつかないくらい高い威力の蹴りがルークの足の脛を襲う。
怖い単語を積まれたスプレーを吹きかけられながら研究者というのはこういう面々ばかりなのかと苦痛に顔を歪ませながらも、ルークは剣の中へとダイブしていくのだった。
◇◇◇
ルークが目を覚ますと、そこにはヘモグロビンが謎の怪物に捕食されようとしていた。クマとライオンの中間のような生物がきのこの傘だけのヘモグロビンに飛びかかる。しかし、それが謎の力によってバリアが張られ、怪物は弾き返された。
「教科書でもあんな形だったよな、ヘモグロビン」
ルークも赤血球と同じか少し大きいくらいの4μmしかない。
彼は腰元の剣に手をかけ、襲い掛かる怪物を剣を引き抜くと同時に斬り伏せた。
「こいつが剣の中の主人、ってわけじゃなさそうだね」
〈今の一部始終を見て思ったのだが今のバリア機能はおそらく白血球だろう。
癌細胞なんかの有害物質を駆逐してくれる優れた細胞の一つさ!
人間は癌遺伝子というものと切っても切り離せないような関係で繋がっている。
説明しようか、癌遺伝子というのはだね———〉
ルークの耳元で、小さな鳥のような物体が浮遊している。
そこから長い議会が剣の中で行われようとしているのを流石に移動しながら聞くのは無理だ。
彼はなにせ、理科や科学が大の苦手なのだから
「う、魔帝都のトラウマが!
あのハゲ教師の理科授業が……!
や、そんなことより目的地のナビゲートしてくださいよ!」
〈えぇ〜、やだ〜!〉
「我儘女っ!」
ルークがマルドゥ先生を一蹴しながら辺りを散策する。
〈ふむぅ……ここは人でいうところの食道に近いのかもしれない。
しかしヘモグロビンは普通血管内で酸素と共に運ばれてくるはずだが……?〉
「あー難しい話は無しです!
それで、どこへ向かえばいいですか?」
〈そんなに難しくはないぞ!?
まあいいか、剣は外見のように構造が複雑ではないハズだ。とりあえず真っ直ぐ進んでくれるかい?コア、心臓部分に近付くことが出来れば向こうも防御態勢を取ってくるだろうさ〉
知らんけど、と吐き捨てるマルドゥ先生を他所に、ルークはナビゲートされるがまま真っ直ぐに進んでいく。
道中白血球に襲われかけたが、電子媒体のステルスタイルを被ることでどうにか進んでいくことができた。
そして———
“誰だ、我に取り込まれぬモノは!!”
「うぉっ!?なんだぁ!?
お前が黒幕、なのか?」
人間でいうところの心臓部分に到達したルークの目の前には、顔が彫られている巨大な剣が浮遊していた。
それは真っ直ぐにルークを見下ろし
目を見開いている。
"貴様は、人間……?"
剣は驚きに声を震わせた。
"どうやってここに?
それに、黒幕とはどういう意味だ"
ルークは腰に差した鞘に手をかけながら迎撃態勢を取った。
「そのままの意味だ!
レベッカを眠らせたままにしているのはお前だろう!」
ルークのその言葉に、剣は察しがついたのだろう。身体、もとい剣を震わせながら声を殺して笑っている。
“そうだ、その通りだ。
だが、それはあの子娘が契約を果たさぬがゆえ!”
「け、契約だって?」
ルークは訳が分からないと言った顔で詰め寄る。
"さよう、我と小娘は契約した。
我が血を欲する時、汝は獲物を斬り伏せるべしとな。だが、小娘はその契約を違えた!
血を与えぬ対価はその身を我が喰らうこと。
貴様は止める為に来たのだろうが契約は曲げられぬ!!諦めろっ!”
「レベッカを助け出す為だ……!」
ルークは剣を構えた。
「規律を守ることは確かに大切だ。
けど、だからと言って彼女を喰らうなんて——
俺が、絶対に認めない!」
“はっ、強情な剣士め!
ならば我を倒して見せろ!
そうすれば考えてやらぬこともなくもない!”
「よぉし、その言葉録音したからな!ね?先生!」
〈うむ、珍しいものは録画録音する性質でね。残念だが撤回は効かないよ?〉
“……来いっ!”
〈あ、今無視した〉
「約束は守ってもらうからな!
行くぞ!」




