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第200話「正体」

イングラムの雷撃がユーゼフに轟くのと同時に、空から聴き慣れた飛行船の音が聞こえてくる。


それを見上げると、地導船は彼らを覆うようにして空中に駐在して、そこからルークとアデルバートが降りてきた。


普通ならば、兵士達が迎撃してもおかしくはないのだが、紅蓮の騎士軍に対抗する準備の為全ての兵士が駆り立てられている。

その心配はなかった。


「待たせたな、俺達も無事に概念の力を手にした」


「これでみんな力を継承できたね!

あとは身体にうまく馴染ませていければ……って、ベルフェルク!?」


顎に手を当てながら呟いていたルークの視界に映ったのは見慣れた男の姿だった。


驚きから、目を見開いて反射的に指を差してしまう。


「人を指差すもんじゃない。不愉快だ」


「———はえ?」


ルークの中にあったベルフェルクの固定概念が今崩壊した。


いつもは、でさぁ、とか、まさぁとか言っておちゃらけておかしな言動で時に場を困惑させ、時に場を和ませていた彼が、まるで仇を前にしたかのような冷たい言動で言葉を放ったのだ。


ルークは高速瞬きしながら困惑してしまう。


「ほう……それがお前の本性か。

ベルフェルク」


呆気に取られているルークに代わるようにアデルバートがいつも仲間に語りかけるような口調で話しかける。


「だからなんだ、アデルバート」


ベルフェルクの声は、氷のように冷たかった。


「馴れ馴れしくするな」


「……お前、まさかあの時の事を根に———」


イングラムの視線がぴくりと反応して、アデルバートの方へと反射的に向いていく。


まさか彼は、ベルフェルクがあぁも敵意を剥き出しにするようになってしまった原因を知っているのだろうか。


思わずアデルバートの名を呼ぼうと口が動きかける、しかし———。


「はいはい、いがみ合うのはあとで!

みんなに聞いてほしいことがあるんだよ」


その言葉はクレイラの一言によって阻まれた。重々しい雰囲気だと察したのであろうクレイラが手をパンと鳴らし、この場の空気をいつものものへと戻していたのだ。


「せっかく降りてきてくれた2人には悪いんだけど、一旦地導船の中に戻ろう?

セリア達もいるし、揃ったら伝えないといけない約束だったし、そうだったよね?イングラム?」


「あ、あぁ……」


彼女から滲み出る雰囲気は、これまでとは違う覚悟を決めた者のそれだった。


思わず圧倒され、一瞬だけ言葉が詰まる。


「ありがとうイングラム。

それじゃ、行こっか!」


この時、穏やかに笑みを浮かべるクレイラを見た瞬間に心に胸騒ぎを感じたのは、イングラムだけではなかった。


◇◇◇


地導船、プリンツ・オイゲンのメインルーム兼操縦席に監禁室でハングドマンとして吊るされたユーゼフと、大人しく自室で勉学に励んでいるリルルを除いて全員が揃った。


クレイラはレオンを慕ってくれた後輩達とその仲間達を見つめると、力強く頷いた。


「よし、みんな揃ったね。

単刀直入に言うけれど、私の正体は人間じゃないの」


そう言葉にするクレイラの表情は至って真剣だった。イングラムは最初に出会った時から、その圧倒的な力には目を奪われていた。


陽に照らされる蝶のように優雅でありながら、精密な機械のように敵の弱点を的確に突き、仕留める。


人が老年期に足を踏み入れたとしても辿り着くことは非常に難しいだろう。

息を呑んでしまうほど優雅で、儚かった。

彼女の技の数々は———。


「私は、地球という概念そのものなの。本当の名は、テラ──

この身体も、レオンの記憶、創造力からいろんな人間の要素を組み合わせて生み出したものなんだ」


その言葉に、ベルフェルク以外の全員が驚いている。

そして彼女は、付け足すように指を立てて


「あ、でも代替わりはきちんとしてるよ?私で3代目」


人間ではない。

そして、彼女は地球そのものである。

その言葉の重みに、冷や汗が滲んだ。



「だから、君達の人類の生みの親でもあるし、動物や植物、鉱物の親でもあるんだよ。

もちろん、君達概念も、私“たち”にとっては子供だね」


イングラム達の頭の中で、それぞれの概念の絞るような唸り声が聞こえて来る。


彼らももしかして、このことをはじめて知ったのではないのだろうか


5年前にそれぞれの概念がクレイラとレオンの手によって一度敗北しているという話は聞いているが、それが彼らの永く古い記憶が無意識に感じ取ってしまったからなのか。

だが、だからといって、レオンに対して手を抜く理由にはならないはずだ。


「私が君たちの記憶を共有して、自分の経験にしたり、身体を瓜二つにしたり、有機物やら無機物やらになれるのもそれが原因なの。ここまではいいかな?」


その場にいた面々のそれぞれが、各々の反応を見せながら最後には頷く。


全員が無事に飲み込めている事を確認したクレイラは、優しく頷いて話を続ける。


「私の身体、最初はこんな感じじゃなかったんだ。レオンに見つけて助けてもらった時……気がついた時は全身ボロボロで片目すらなかったからね。

重度の記憶障害もあって、自分が概念であることすらも忘れてた」


情けないなあと、ポツリと呟きながら銀色の髪を優しく掻き分ける。

その癖も、よくよく見ればレオンとよく似たものだった。


「そんなことになったのは、西暦に起きてしまった大厄災と、人類の起こした革命の影響なんだ」


彼女は言う、神代から古代までは微々たるもので、そこまで影響はなかったのだと。


だが、人類の技術が発達してきた19世紀のイギリスから環境汚染は起こった。


当時の産業革命を皮切りとして、森林の不必要な伐採、農地の開拓、海浜の埋め立てなどが行われた。

古来から保たれていた自然が、世界規模で歪められてしまったのだと。


「度重なる環境汚染、そして不要な戦争で作り出された核廃棄物……

君達の先祖が作り出したものの影響でオゾン層は破壊されて、海も山も酷く汚されてしまった。

もちろん汚染を食い止めようとする人類もいた。私はそれは凄く嬉しかった。

でも、遅かったんだよ。あまりにも、遅すぎた」


人類は気付くのが遅すぎた。

傲慢だった。我儘で、私欲に忠実だった。

そしてあまりにも保守的だった。


「そして、西暦最後の日。

地球は、一度死んだ」


大厄災──


宇宙の外なる神々が地球侵略のため襲来した西暦史における事実上最後の戦争である。


クトゥルフ率いる深きものども。

そして千の貌を持つナイアーラット、人類に対して嫌悪感を抱いている神達。


彼らが邪悪なエネルギーを以って、地球とその概念、地球の神々を終始圧倒した——

彼女は苦虫を噛み潰したような表情で語る。


「先代は最期の力を使って地球の神々を治癒した。その恩恵に、彼らはその力を地球の為に用いた。

今の地球で、海とか森とかが全く汚されていないのはそれが理由だよ。

けどその反面、自分の命、核の部分までは長らえることは出来なかった。

それは宿痾みたいでね、今の私も、君たちで言うところの心臓が病気となって残ってるんだ」


彼女は若干引き攣った笑みを浮かべながら左胸の心臓部分を優しく撫でる。


「正直言うと、私の身体もそう長くは持たないと思う」


クレイラは、まっすぐに全員を見つめた。


「けど、レオンを助け出して邪神を倒すまでは、なんとか持たせてみせる。それは約束する」


クレイラの強い決意と眼差しに全員が呑まれていく。


深い海のようで、立ち止まることの出来ない風のようで、遥か下を見下ろす天のようで、どれにも形容し難いなにかに全員が口を閉ざしたままだった。


「さて、この際だから質問とかあるかな?

なんでも答えてあげるよ!」


そんな雰囲気を察してか、クレイラはいつものような飄々とした感じに戻っていた。


腰に両腕を添え、口角を上げながら

えへんとドヤ顔を浮かべてみせる。

そんな彼女に手を挙げたのは、アデルバートだった。


「……俺から、いいか」


「はい、アデル。なんでもどうぞ!」


教師と生徒みたく、和やかな質疑応答にしようとクレイラは踏んでいたようだが、彼は———


「お前が死んだらこの星はどうなる?」


そんなものは知らぬと核心を突いてくる。

その問いに思わず表情を顰めるクレイラを他所に、アデルバートは心底真面目な表情で視線を向ける。


「おい、アデル!」


イングラムが驚き、前に出る。


「私もわからない。

先代から引き継いだ記憶があまりにも曖昧なものでね。先々代のも復元出来ずじまいだし」


「そうか、悪い……変な事を聞いた」


「けど──」


クレイラが深刻な表情を浮かべる。

全員の心臓を鷲掴みするような、

圧迫感を感じさせる。


「多分、地球は終わる。

どうしてかって?

私には、次世代を残す力が無いからだよ」


「なに……!?」


アデルバートが驚く。


「じゃあ……この先は一体、どうなるっていうんだい?」


ルークはあまりにも非現実的な言葉に、思わず冷静さを欠いていた。


「どうにかしたいとは思ってるよ。

みんなには生き抜いてほしいからね

その為にも、色々考える必要があるけど──」


クレイラは顎に手を添えながら現状を述べる。

尽くせる手は、多くあって困らない。

その先に彼女がいなくても、イングラムたちが生きていける世界を存続させる為に。


「お前が地球そのものの概念であろうと、人間でなかろうと、俺達の仲間であることには変わりない。それは、それだけは忘れないでくれ」


アデルバートは恐れていなかった。

人外である彼女を、仲間として信頼している。


「アデル……」


クレイラの雪のような肌に、一筋の涙が滴り落ちていく。


アデルバートの言葉は、無意識に彼女が背負っていた恐怖や躊躇いから、解放してくれた。


この流れる涙は、安堵からのものだろう。

クレイラは全員に、微笑んだ。


それに応えるように、彼らも力強く頷く。


「ありがとうアデル、ありがとうみんな……必ず、レオンを助けて邪神を倒そう!」


クレイラの一言は、これまでにないほど穏やかで、とても強いものだった。


戦士達の決意を新たにさせるほどに。

全員の満ち満ちた表情を穏やかに微笑み見つめるクレイラは、それを誤魔化すようにして空を見上げる。


(待っててね、レオン。

君は私が、ううん、私たちが必ず君を助けるから。

そしたら、その時は———)


言葉にする事はなく、曝け出しかけた想いを再び閉じ込める代わりに、彼女は新たに決意するのだった。

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