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第184話「発見と解決策」

天空軍事国家ソルヴィアの朝は早い。


朝6時——空気がまだ冷たく澄んでいる時刻。女兵士達が整然と隊列を成し、国王を讃える讃歌を歌い始める。その声が、石造りの回廊に規則正しく反響していく。


しかし今日は、それに負けるとも劣らない声が聞こえるだろう。


「喜びたまえ諸君んんぬっ!!!」


バンッ——!


自動ドアが勢いよく何重にも開いた。その音が空気を震わせ、マルドゥ先生は両手を大きく広げて歓喜の声を上げた。白衣の裾が、勢いよくはためいている。


「わかった!?」


「わかったのね!?」


ガタンッ——クルーラとルーデリアが同時にデスクを叩き、立ち上がった。椅子が床を擦る音が響く。二人の瞳には、希望の光が宿っていた。


彼女らが求める結果と、マルドゥ先生が探求していた成果は——両者が望む形で、ついに合致したのだ。


「無論さ!天才マッドサイエンティスト兼プロドクターを名乗るこの私が言うのだから間違いないっ!」


マルドゥ先生の声は高揚に満ち、自信に溢れていた。


「それで、どういう症状なのかしら?」


ルーデリアの声が、かすかに震えている。期待と、わずかな恐れが入り混じっていた。


「単刀直入に名付けて……血乏症っ!それも特殊なやつだ」


マルドゥ先生は再び両腕を広げ、にやついた表情で説明を始めた。その瞳が、知的興奮に輝いている。


「レベッカくんの持つ剣は、他の剣にはない特殊な技能が備わっているようだ。敵を斬り伏せる際に飛ぶ鮮血が、その剣にとっての食事となっていたのだろうね。しかし彼女は守られることになれ続け、剣を振るうことは激減してしまった。それ故に、剣は彼女を喰らうため——体内の赤血球を食い荒らし始めているようだ」


言葉が空気を切り裂く。その重みに、部屋の温度が一気に下がったように感じた。


「そ、そんなっ!?じゃあ私がそれを持って敵を斬りさえすれば、もしかして———」


クルーラの声が上ずる。希望が、喉から溢れ出そうとしていた。


「残念だがクルーラくん。あれは持ち主本人が斬らなければ意味がないのだよ。恐らくだが、あの剣は意思を持っている。脈拍もあったし、生きてるんだろう」


マルドゥ先生の言葉が、容赦なくクルーラの希望を打ち砕く。


「セリアやスフィリアの医師達が原因を突き止められなかったのに、どうして……?」


ルーデリアの疑問に、マルドゥ先生は眼鏡をくいっと掛け直す。その仕草は不敵で、クククと嗤い声が漏れた。


「言っただろうルーデリアくん!私は天才マッドサイエンティスト兼プロドクターなのだよっ!はーっはっはっはっは!」


高笑いが部屋中に響き渡る。


クルーラが腕組みしながら、うーむと唸る。騒がしい中、彼女は必死に思案していた。眉間に深い皺が刻まれ、唇を強く噛みしめている。


そして——俯いていた顔をあげて、声を上げた。


「それで、どうすれば治るの……?あの子は私の幼馴染なの、絶対助けたい!」


その声は、震えていた。だが、揺るぎない決意が宿っている。


「方法はあるが、非常に危険だよ?最悪、命すら投げ捨てることになるかもしれない。君はそれでも、たった1人の馴染みの為に命を懸ける勇気を示す覚悟があるのかい?」


マルドゥ先生の声が、低く沈む。その瞳が、クルーラを鋭く見据えていた。


クルーラは立ち上がる。床を踏みしめる足音が、決意の重さを物語っていた。マルドゥ先生の前に立つと、真っ直ぐに目を合わせる。


「あるよ。友達を見捨てるくらいなら……この命を危険に晒しても構わない!」


その瞳には、迷いがなかった。炎のような熱が宿っている。


「———ファクシーの更に奥に、太古の森と呼ばれる聖域がある。伝承によれば、到達できた者だけが植物でできた宝玉を目に出来るという話しだ。まあ、あくまで可能性の範囲内ではあるが、行く価値はあるだろう」


マルドゥ先生の声が、真剣さを帯びていた。


「よし……!早速行こう!」


クルーラが力強く頷いた、その瞬間——


ガシッ。


マルドゥ先生の手が、クルーラの肩を強く掴んだ。その冷たい感触に、クルーラの身体が一瞬硬直する。


「待ちたまえよクルーラくん。あそこは伝説の魔獣が存在し、祀られている宝玉を守っているとも言われているんだ。勝てる見込みはあるのかい?」


その声には、わずかな心配が滲んでいた。


「無くても行くわ。私が戦わなきゃ意味がない!」


クルーラはその肩を優しく退け、踵を返す。靴音が床を叩き、ゆっくりと扉へ向かっていく。


その背中は、小さく見えた。だが、揺るぎない強さが滲んでいる。


扉が開き、彼女の姿が廊下の光の中に消えた。


「まだ話は途中だったのだがね。まあいい、同時進行はルーデリアくんに任せようじゃないか」


マルドゥ先生が、クスクスと笑う。


「……?」


ルーデリアの眉が、ピクリと動いた。嫌な予感が、背筋を這い上がってくる。


マルドゥ先生の視線が、青髪の女性を捉えた。その瞳には、何かを企むような光が宿っている。


ルーデリアは渋々、耳を傾けることにした。


「君には、バミューダトライアングルと呼ばれた魔の海域に行ってもらいたい。君は水のマナ使いだから、普通の人間より深く潜水し、泳ぐことが出来るだろう?」


バミューダトライアングル——


フロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ三角形の海域。


西暦時代では古くより、戦艦や飛行船が相次いで消失する超常現象が起きた場所だ。


この現象は今現在でも解明されておらず、オカルトマニアの間でも今尚、非常に人気の高いネタとなっている。


「そこになにがあるの?レベッカを治すための治療法があるのかしら?」


「いや別に?治療法はないけれど、その海域でしか入手出来ない希少な素材があるのだよ。それは万病に効くとされ、一時期は不老不死に関連するのではと、噂されたものさ」


マルドゥ先生の声が、軽やかだ。だが、その奥に隠された意図を、ルーデリアは感じ取っていた。


「たかが不老不死の素材を取りに、わざわざ海域に赴くなんて……馬鹿げているわ」


ルーデリアはやれやれといった具合に、呆れた表情を浮かべる。だが——


動きを止めた。


そして、ジッと鋭く、赤い視線を向けた。


「"概念"」


その一言が、空気を凍らせた。


マルドゥ先生は、クスクスと微笑む。舐めるような視線で、ルーデリアを見据えた。


「ククク、ご名答……流石ルーデリア王妃、いや、貴族殺しとして名を馳せた暗殺者だけはある。洞察力もずば抜けて高いとはね」


その言葉に、ルーデリアの身体が僅かに強張った。


「初めから知っていたのね。私が女じゃないって」


声が、低く沈む。


「私が君を男だと思った理由は、トイレの使い方さぁ!男女で洋式お手洗いの便座の上げ下げは、今も問題となっているからねぇ!君は昨日、きちんと下げないまま私のお手洗いを使っただろう?」


そこかよ——


ルーデリアは呆気に取られながら、頬を掻き俯いて謝罪する。


「それはごめんなさい……」


「掃除する身にもなりたまえ。アンモニア臭が加速化したら、用足しどころでは無いよ!」


「気を付けます……」


思わず、しょんぼりとした声が漏れた。


「謝罪する暇があるなら、そそくさとパワーアップしてきてくれたまえよ。ついででいいから素材も取ってきて欲しいなぁ」


マルドゥ先生は人差し指を頭にトントンとリズミカルに叩きながら、メモを取り出す。ペンが紙を走る音が、静かに響いた。


「太古の宝玉の粒子、そして魔の聖液を入手すれば、彼女の症状を緩和出来るだろう。あとはそう——クレイラくんの出番だ」


不敵に嗤う先生を背に。


クルーラは、ファクシーの森のさらに奥に存在する太古の森へ。


ルーデリアは、バミューダトライアングルが発生する魔の海域へと——


二人は、それぞれの旅路を歩み始めるのだった。


◇◇◇


ここソルヴィアにも、ギルドが存在している。


酒場らしい場所には、無数のツマミや酒物がメニューとして表示されている。木の香りと、酒の甘く鼻をつく匂いが混ざり合い、空気を満たしていた。


ユーゼフ・コルネリウスは、そこで朝から呑んでいた。


「よぉ〜姉ちゃん〜!景気いいの頼むよぉ!」


大きな声が、店内に響き渡る。


「こ、困りますお蟹様……!おつまみがこの国からなくなってしまいますぅ!」


店員の女性の声が、悲鳴に近い。


ここでも、ユーゼフはある意味で有名人だ。今朝方、ソルヴィア王は「蟹に気を配るように」との御触れを回している。


それを破れば最後——ユーゼフ、いや、この人的厄災は、このお店のみならず全ての食糧庫から食べ物を食い尽くしていくだろう。


しかし、それをさせない為に——彼女がいる。


「ねぇ、ユーゼフ様ぁ〜!お酒の飲み過ぎは身体に毒だよぉ!」


甘く、幼い声。


そう、ここにはリルル……もとい、クレイラが変身しているリルルが平穏を保っていた。


あどけなさを全面に押し出しながら、ユーゼフの鎧を弱々しく引っ張っている。その演技たるや、誰が見ても子連れの犯罪者に見えるだろう。


「んー、リルルちゃんがそう言うなら仕方ないかぁ〜!急性アルコール分解っ!」


ユーゼフはリルル(偽)の言葉を受け取る。


無糖の強力炭酸水をグイッと一気に飲み干し、身体の中に巡り巡るアルコールを炭酸と結合させて一気に暴発させる——


ぼふんっ。


鈍い音が、彼の身体から響いた。


これで彼は、最初から一滴も飲まなかったという効果が現れるのだ。


(とんでもない子だぁ……)


クレイラの心の中で、呆れと驚嘆が入り混じる。


だがユーゼフは、そんな彼女の瞬きなど気にも止めず、ボディービルダーのポーズを繰り返し見せつけてくる。


「ねぇどう?かっこいい?イケメン?」


「うんっ!流石ユーゼフ様ぁ!」


むぎゅーっ——


ガラ空きのボディに抱きつく。鎧の冷たい感触が、頬に触れた。


本来の姿であれば、絶対に、確実に、永劫にこんなことをするわけがない。だが、仮の姿の手前、こうでもしなければまた彼女の力が、この犯罪者の為に削がれてしまう。


それを避けることができるなら、この姿のままでご機嫌取りをする方が、よほどマシだと——彼女は判断したのだ。


と———


「ユーゼフ……なにしてるの貴方」


一種の不安に駆られていたグラハムが、隣席に座り込みながら深々と溜息を吐いた。その吐息には、疲労と心配が混ざり合っている。


「なにっておつまみを食べにきたんだけど」


「私はリルルが心配で仕方ないのよ。ね、大丈夫?おじさんに変なことされてないかな?」


グラハムの声は優しく、心配そうに小さな少女を見つめている。


本物のリルルは、セリアと共にプリンツ・オイゲンに待機させているとはいえ——やはり心配だ。


犯罪的衝動で、変身したクレイラに手を出してしまいかねない。まともに受け止めることはないだろうが、万が一不意を突かれキスなどしてみろ——


レオンの怒りが、星を破壊するだろう。


そんなことにならないよう、しっかり見張らねばならない。


「うん!ユーゼフ様は見た目は怖いし!声色はちょっと変な感じだけど、とっても優しいんだよ?」


リルル(偽)の声が、無邪気に響く。


「ずきゅんっ!どきゅんっ!リルルちゃんの優しさに俺興奮しちゃう!」


「はい、お姉ちゃんの側に来ようねー」


グラハムの腕が、優しくリルル(偽)を抱き上げた。小さな身体が、温かい。


ユーゼフの制御を全面的に任せたとはいえ、彼女にばかり押し付けるわけにもいかない。


グラハムは別案を思考しながら、ユーゼフを見据える。


「いやぁしかし、お姉さんと幼女が俺の側に来てくれるなんて!幸せ者だなあ!リルルちゃんこっちおいでよ!」


「お姉ちゃんとお手洗い行きたい……ダメかな?」


リルル(偽)の瞳が、潤んでいる。その演技に、ユーゼフは思わず胸を押さえた。


「くふっ、いってらっしゃい!」


「よし、お姉ちゃんとお手洗い行こうねー」


グラハムは勇敢な少女を抱きかかえ、トイレの入り口へと向かう。靴音が、規則正しく床を叩いた。


そして——


リルルは変身を解いた。


小さかった身長が、光と共に元へと戻っていく。淡い光が身体を包み、輪郭が変化していく。


「そういえばグラハムは、ここに残る?ルークとアデルは概念と戦いにいくみたいだし、なにかアドバイスとかしてあげなくていいの?」


クレイラの声が、いつもの飄々とした調子に戻っている。


「ここに残るわ。万が一が起こった時には戦えるように、備えておかないと。それに、私の場合はなんの役に立たないと思うよ?」


グラハムの声が、少し沈む。


口説き落としたなんて言ったら、どんな顔をされるかは目に見えている。だからこそ、言葉にする必要もないのだ。


「私は口説き落とすの、いいと思うけどね?」


クレイラの声が、くすりと笑いを含んでいる。


「そこは読まないでくれないかな……?」


グラハムが思わず、頬を染めた。


クレイラはクスクスと笑いながら、グラハムに視線を向け、小さく頷く。


「それじゃあ騎士様?変わらぬ護衛をお願いしていいですか?」


その声は、どこか甘く響いた。


「ええ、もちろんよ。君だけに負担をかけさせるわけにもいかないものね」


グラハムは、小さな少女の代わりとなってくれるクレイラの肩に手を置いて微笑む。その温もりが、優しく伝わってきた。


「あと、騎士様って呼ばれるのは、この姿じゃなんだかむず痒いね……」


頬が、ほんのりと温かい。


二人の美女は、ユーゼフの目を盗んで別の帰路を使い、医療室へと帰っていく。


足音が静かに遠ざかり、廊下に消えていった。

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