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第162話 「神殺しとマナ使い」

「急ぐぞ!早くここから離れねえと、俺達がペーネウスを殺した容疑者にされちまう」


アデルバートの声が焦りを帯びている。王の間から離れ、先刻織田信長と死闘を演じた城門前まで辿り着いた四人。石畳を踏む足音が、静まり返った城内に響く。


「それはない、と思いたいけれど、アデルくんの言も一理ある。不安の種は取り除いておきたいからね」


ルークが額の汗を拭いながら呟く。冷たい風が頬を撫で、血の匂いを運び去っていく。


あのまま玉座で弔っていたら、兵士が戻った時に真っ先に疑われてしまう。自分達は無実だ。満身創痍の王を殺した犯人——フィレンツェの姿もこの目で確認している。次に奴と再会した時は、必ず捕まえてやる。


「とにかく、今はリルルやセリアさん達のいる病院へ向かおう。レベッカさんもそこで治療を受けているはずだ」


ルシウスの提案に皆が頷く。


「レベッカ……!すぐに戻ってやるからな!」


イングラムの切実な声。その言葉に不吉な予感を抱きながら、ルークは拳を握り締めた。


「ここを抜ければ人だかりのある広場に着く!そうすればきっと————!」


"残念ながら、ここから先お前達を行かせてやることはできない"


ルシウスの言葉を遮るように、空を切り裂く威厳ある声が響いた。四人の前に突如として光の柱が立ち上る。眩い閃光に目を細める間もなく、そこから一人の青年が姿を現した。


「あぁ?誰だてめえは!」


アデルバートの怒声にも、青年は鼻で笑うだけ。ゆらりと身を翻し、その全容を見せた。


「なっ———!?」


息を呑む音が重なる。


「貴様らが四人のマナ使い……。レオンの元後輩、か。

はじめまして、俺はライル……ライル・ハイウインドだ」


色褪せた金髪が風に揺れる。青い瞳は氷のように冷たく、深い堀の顔立ち。頬には十字の傷が痛々しく刻まれている。まるで鏡に映したような——いや、光と影のような存在。


「レオンさん……!?いや違う、似ているが雰囲気はまるで正反対だ!」


ルシウスが困惑の声を上げる中、イングラムだけは槍を構え、鋭い視線を青年に向けていた。


「レオンさんではない……もし、貴方がソフィアが言っていた人だとすれば———」


青年の口角が片方だけ吊り上がる。不敵な笑み。


「ソフィア……そうか、あの少女は今はお前のそばにいるんだな」


「どうして、ソフィアを助けた!敵である俺の幼馴染である彼女を!」


「答えてやる必要はない。俺がお前達の前に姿を現した理由はひとつだけだ。ニトクリスの鏡を寄越せ!」


瞬間、アデルバートが動いた。凄まじい殺気を纏い、双刃に水のマナを宿す。水飛沫が宙を舞い、刃がライルの首筋を狙って振り下ろされる。同時に、イングラムが後方へ跳ぶ。


「渡すかよっ!!」


交差する双刃を、ライルは片腕を僅かに上げただけで受け止めた。本来なら肉に食い込み、血飛沫が舞うはずの刃が——まるで鉄壁にぶつかったように止まっている。


「ふっ、水のマナか。咄嗟にこれだけの水量を纏わせるとは大したものだ、しかしっ!ぬるいっ!」


ギリギリと金属が軋む音。アデルバートの全力の一撃が、微かな力で押し返される。


「なにっ!?」


バランスを崩した一瞬の隙。ライルの左脚が光を纏い、後ろ回し蹴りが繰り出された。


「まずいっ!」


ルークが風のマナで加速、剣で蹴りを受ける。だが——


剣に無数の亀裂が走る。刃が砕け、破片が宙を舞う。そして蹴りの衝撃は止まらず、ルークとアデルバートを纏めて後方の壁へと吹き飛ばした。石壁が砕け、建物の一部が轟音と共に崩れ落ちる。


「ルーク!アデル!」


「イングラムくん、二人の心配をしている余裕はないよっ!」


「その通り」


ライルの姿が消える。瞬きよりも速く、ルシウスの背後に現れた。踵落としが脳天に炸裂する。


重力が何倍にも増したような衝撃。ルシウスの体が地面に叩きつけられ、小さなクレーターができる。土煙が舞い上がる中、ライルは倒れたルシウスを瓦礫の方へ蹴り飛ばした。


そして、睥睨するようにイングラムを見つめる。


「それで、次は君か?楽しませてくれるんだろう?イングラム・ハーウェイ」


「……健闘はしてみせる」


ルークの剣が簡単に砕けたのは、ライルが神殺しの血を引くからか。ならば、自分の槍も同じ運命を辿るかもしれない。


(避けつつ、隙を見るしかない……!)


イングラムは周囲のプラス電子を引き寄せ、体内のマイナス電子と結合させる。パチパチと音を立てながら、全身に1000万ボルトの高圧電流が纏われていく。空気が焦げ臭くなる。


「ほぉ……凄まじい電力だな。触れてしまえば俺も無傷では済まないだろう」


雷と光——速度では光が圧倒的に速い。しかし、光のマナを扱うには膨大な集中力と時間が必要だ。ならば、その前に——


「一撃を加えるのみ!!」


イングラムが低い姿勢から雷鳴と共に突進する。秒速340メートルの人型の雷。


「閃撃……!」


ライルの拳に仄かな光が宿る。


「はぁっ!」


空気中に雷電が迸り、槍の一撃が迫る。


「光迅脚!」


脚に集約された光のマナ。雷撃と光撃が激突し、轟音が響き渡る。放射状に広がる雷が周囲の地面を焼き焦がし、黒く滲んだ光がイングラムの全身に熱い痛みを走らせる。


「ぐっ……おぉぉぉ!!!」


奥歯を噛み締め、槍を横薙ぎに振るう。四方から紫電が迸り、ライルの逃げ場を奪う。焦げた匂いのしない上空へ、ライルが跳ぶ。


「逃さん!」


イングラムの体が紫色に光り、瞬時にライルの背後に現れる。槍を引き絞り、突きを放つ——


「ふっ、なるほどなっ!」


光のシールドが間一髪で展開される。槍は弾かれ、回転しながら地面に突き刺さった。


「まだだっ!!!俺の紫電はまだ負けていないっ!!!」


左掌に1000万ボルトの光球を作り出し、シールドに叩きつける。耳をつんざく轟音。シールドに亀裂が走り始める。


「力は俺には及ばない、しかしその覇気と気概は負けていない。褒めてやる!」


ライルの左手に光の刃が現れ、イングラムの脇腹を貫いた。


「っ———!!!!」


熱い痛みが全身を駆け巡る。背中から血に塗れた白い光が漏れる。鉄の味が口の中に広がる。


「ま、だだぁ……!!俺はレオンさんを助けるまで諦めない!どんなに苦境に立たされようと、どんなに高い壁が立ちはだかろうと、俺は、俺達は、乗り越えてみせる!!そして、レオンさんを必ず助け出すっ!!」


血の痛みをアドレナリンで押し殺し、イングラムは左掌を突き出し続ける。


「答えてくれ、アイツの何がお前たちをそこまで突き動かす!?」


「レオンくんは俺の目標なんだ。アンタに潰えさせやしない!」


深緑の風の剣が光刃を押し返す。ルークが立っていた。


「それは、てめえには一生理解出来ねえものだ!」


水のマナを纏ったアデルバートが、イングラムの背を支える。


「僕が夢に向かう、その背中を押してくれた。だから———!」


ルシウスの業火がライルを包囲する。炎の壁が天高く昇る。


「皆、レオンさんに会おうと願っている!そう望んでいるから、立ち上がる!立ち上がれるんだ!レオンさんを見捨てた貴方に、俺達は負けるわけにはいかないんだっ!!!」


風が舞い上がり、炎が燃え盛り、水が激しく踊り、雷が空を裂く。四つのマナが渦を巻き、ライルの歪んだ光を呑み込んでいく。


その時、イングラムの脳内に優しい声が響いた。


"イングラム、俺の光の力。お前に託すぞ!"


心臓が高鳴る。懐かしい温もりが胸に広がる。


「レオンさん……!光のマナの力、お借りします!」


「「「おおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」」


ルークの風が、アデルバートの水が、ルシウスの炎が、そしてレオンの光がイングラムの全身を包み込む。五色に煌めくマナが一つに融合していく。


「光雷・裂閃槍!!!」


雷の光球がシールドを粉砕し、五人の力を結集した槍の一撃が、眩い光と共に放たれた。


「光のマナが、まさかっ!?く、ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」


直撃。


ライルを中心に膨大な爆発が起こり、光と音が世界を白く塗りつぶした。地面が激しく揺れ、砂塵が舞い上がる。


そして静寂が訪れた時、そこには深いクレーターだけが残されていた。

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