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第154話「邪悪を断ち切る雷鳴」

漆黒の戦士――その正体は、ルーク・アーノルドだった。 観客席にどよめきが走り、ざわめきが会場全体を揺らす。


「……サン=ジェルマンの言っていた通りだったか」


アデルバートは低く呟いた。 邪神を身に宿すソフィアの対面に立つその男から、常人ではあり得ぬ神気が溢れ出ている。 腕を組み、瞳を細め、彼は目と耳を研ぎ澄ませる。


――この戦いから目を逸らすことは、許されない。

暗雲が渦を巻き、雷鳴が大地を揺らす。 それはもはや自然現象ではない。 会場そのものを支配する、ルーク・アーノルドの力だった。


「馬鹿な……! 快晴を嵐に変えるなど……スサノオ以外にできるはずがない!」


死神はソフィアの喉を通じて絶叫する。


「借りてるだけさ、ほんのちょっと」


ルークは肩を竦め、やれやれと笑った。 だがその瞳の奥には、戦慄と昂揚が入り混じった光が宿っている。


自分ですら制御が危ういほどの力――それを彼は“借りている”だけ。


「その剣……草薙か!?」


死神の声が怒りに濁る。


「違う違う。これは俺の剣に、爪の垢ほど神威を分けてもらっただけだ。本物はもっとすごいんだろ? お前なら知ってるんじゃないか?」


「ぬぅ……人の身でここまで……!」


死神の黒き爪が空を裂く。 だがルークの剣は疾風そのものだった。 一閃――視界が追いつく前にソフィアの身体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「神の一撃を……人間が……!」


「鍛えてますから」


ルークの軽口に観客は歓声を上げ、同時に息を呑む。 その剣撃は、もはや“速い”という言葉では足りない。 嵐。竜巻。暴風が形を持ったかのような斬撃だった。


ソフィアの身体を操る死神は、なおも抗う。 邪気を噴出させ、ジェットのように直進し、黒き爪を振り下ろす。


「死ねぇぇ!」


しかし、ルークはわずかに腰を落とし、瞳を閉じる。 呼吸。間合い。気配。すべてを読み取った一瞬――


「斬っ!」


鞘から抜かれた剣は稲妻そのもの。 ソフィアを覆う邪悪な気配を、嵐と共に切り裂いて吹き飛ばした。


「ぐっ……!」


邪神の声が掠れ、ソフィアの身体から黒い靄が弾き出される。 観客は歓喜と恐怖の混じった悲鳴を上げた。

ルークは瞬きの間に彼女を抱きとめ、そっとその身を支える。


「……ふぅ。加減はできたみたいで安心したよ」


片手で剣を納め、もう片方で気を失ったソフィアを抱き上げる。 その瞬間、黒雲は裂け、会場に夏の日差しが降り注いだ。 さっきまでの豪雨が嘘のように消え、濡れた石畳からは蒸気が立ち昇る。


〈勝者ァァァ! 正体を現した嵐の剣士、ルーク・アーノルドだぁ!〉


〈灰色の鎌使い・ソフィア、死神をも従えたが及ばず! 圧倒的な技量差を前に敗北ッ!〉


観客席は揺れんばかりの歓声に包まれた。紙吹雪が舞い、名前のコールが止まらない。 ルークは困惑したように笑いながら、片手を軽く挙げて応える。


――その様子を、アデルバートは観客席から冷ややかに見下ろしていた。


「……あいつが勝ったか。ふん、なら決勝は俺とだな」


彼は立ち上がり、会場の光へと歩み出る。 太陽は容赦なく肌を焦がす。汗が背を伝い、耳には旧西暦から受け継がれる蝉の声がうるさく鳴り響く。


「……鬱陶しい」


マナを操り、水の膜を纏って熱を遮断する。 蒸気がふわりと立ち昇り、周囲の観客がざわめいた。 涼やかな冷気を纏いながら、アデルバートは鼻で笑う。


「暑苦しいのは苦手だ。……さて、親友のいる場所まで行くとするか」


観客の喝采が止まらぬ中、彼は悠然と足を踏み入れた。 ――決勝の舞台へ。


「おい、ルーク」


「……やあ、久しぶりだね」


振り返ったルークは、相変わらず人懐っこい笑みを浮かべていた。

だが、その背後に渦巻く神気は嵐そのもの。観客の誰もが言葉を失う。


「あれ、アデル。傷が増えた?」


「そういうお前こそ……老けたんじゃねぇか。顔に線が増えてるぜ」


「ふふ、相変わらず辛口だ。安心したよ」


軽口を叩き合いながらも、アデルバートは胸の奥で小さく安堵する。

親友の生存を、この目で確かめられたことに――だが、すぐさま表情を引き締めた。


(あの力……ルーク一人で作れるはずがねぇ。間違いなく背後に“神”の存在がある……)


「アデル」


耳元に触れるように、ルークが囁いた。


「俺の力を視なくても、そのうち嫌でもわかるさ」


微笑みながら去っていくその背中。

普通の者なら畏怖で震え上がるだろう。

だがアデルバートは、拳を強く握りしめた。


(面白ぇ。全力で叩き伏せて……勝ち残ってやる)


黒マスクの下に浮かんだのは、戦いへの歓喜の笑みだった。


―――


スフィリアの病室。


静けさの中で、セリアとリルルは眠り続けるレベッカを見守っていた。


「お姉ちゃん、まだ起きないね」


「……ええ。お医者様も病名がわからないと……」


答えに詰まるセリア。リルルを不安にさせたくない気持ちが、喉を塞ぐ。


そこへ、ノック音。


「やあ、リルル。レベッカさんはまだか」


現れたのはイングラムだった。

彼は優しくリルルの頭を撫で、電子中継を点ける。


〈優勝商品は“ニトクリスの鏡”――望む答えを一つ知ることができる〉


「……それなら、レベッカさんを治す方法も……!」


リルルが目を輝かせ、セリアもはっと顔を上げる。


映し出されたコロシアムの中央。

そこには――ルークとアデルバート、二人の姿。


「まさか……お二人が戦うのですか!?」


「ええ。これが最後の戦いだ」

イングラムの眼差しは鋭い。セリアも思わず息を呑む。


―――


〈さあ! いよいよ決勝戦だぁぁぁ!〉


〈蒼き黒マスク・アデルバート! そして嵐の剣士・ルーク・アーノルド!〉


実況の叫びと同時に、観客の熱狂が爆発する。

紙吹雪が舞い、太鼓が鳴り響き、万の声援がスタジアムを揺らす。


観客席の最前列で、子どもが叫ぶ。


「剣士さまぁー! 蒼髪さまぁー! 頑張ってぇ!」


その小さな声は、ゴングの音と奇しくも重なった。


――カァン!!


アデルバートとルークの拳がぶつかり、風と水が弾け飛ぶ。

轟音と共に大気が震え、観客は総立ちとなって咆哮を上げた。


決勝戦――幕が切って落とされた。

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