第152話「武闘会開催!」
〈さあ!始まりました第35回スフィリア武闘会ッ!〉
澄み切った女性アナウンスの声が会場全体に響き渡る。 スタジアムは観客の熱気で沸き返り、足踏みと歓声の振動が床を鳴らす。
〈各国から集った猛者たちよ! 勝利の栄光を手にするのは誰だ!? 己が誇りを賭け、定位置につけぇぇッ!〉
爆音のファンファーレ。耳を震わせるほどの管楽器の咆哮に、観客は総立ちになって拳を振り上げた。
「ふん……」
アデルバートは喧噪を意にも介さず、掲示された巨大なトーナメント表に視線を落としていた。
燃え上がる照明の中、指先で自分の欄をなぞる。
「……野郎ハンターだと? 嫌な響きだな」
冷たく呟くと、視線を鋭く上げる。
――最初の試合が始まった。
〈第一回戦! 巨大筋力VSワニの手ジュニア! ファイトォ!〉
ゴングが鳴り、両者がぶつかる。 大地を叩く衝撃音、砂塵が舞い上がり、観客が総立ちになる。 結局は巨大筋力が勝利の雄叫びをあげ、退場していった。
(……ただの脳筋だな。力で地面を砕き、相手を嵌めて殴り潰す……そんな古典的な戦法、俺には通じねぇ)
アデルバートは目を細め、冷徹に分析を終える。
続く第二試合――ソフィアの登場に会場はざわめいた。
〈灰色の鎌使いVS白と黒の至高の痒み!〉
入場してきたのは、背に羽を持つ蚊の亜人。白黒の衣装に鋭い吸血針を備え、観客に妖艶な笑みを振りまく。
「んふふ♡ あなたの血も心も全部吸ってあげるわ」
「そう……よいしょっと」
ソフィアが取り出したのは、焚きつけられた蚊取り線香。 煙がゆらゆらと漂い、観客が爆笑と歓声を上げる。
「なっ!? それは煽りね!? 許さないんだからぁ!」
蚊女の白い肌が真っ赤に染まり、怒号と共に突撃してくる。 だが針は地面に突き刺さり、必死に引き抜こうとする姿に観客席から黄色い声援が飛び交った。
「……うるさいわね」
ソフィアは軽く足を蹴り上げ、鎌で粉微塵にして叩き伏せる。 観客は一瞬沈黙――次いで爆発的な歓声に包まれた。
〈勝者! 灰色の鎌使いッ!〉
彼女は再び頭を下げ、堂々と退場していく。
(……相手が悪すぎたな。ソフィアに触れられる奴なんざ、そうはいねぇ)
アデルバートは腕を組み、静かに戦況を見届けた。
やがて、第六試合──
〈さぁぁ! 第六回戦は注目カード! 蒼い黒マスクVS荒ぶる鎖鉄球の支配者・野郎ハンターだぁぁ!〉
観客の大歓声が轟き渡る。紙吹雪が舞い、スタジアム全体が揺れる。
「……」
アデルバートは深く息を吸い込み、対戦相手を見据えた。 入場してきたのは、大柄で筋骨隆々の男。スキンヘッドに厚化粧、鎖鉄球を両手に振り回しながら獣じみた笑い声をあげる。
「んふふふ……いい男じゃないのぉ! 狩ってやるわ、この相棒でねぇ!」
「お前に狩られるほど……俺は安くねぇ」
〈レディィィ・ファイトォッ!!〉
ゴングが響いた瞬間、鉄球が唸りを上げて飛来した。 空気を裂く轟音。観客の悲鳴。
「チッ……危ねぇ!」
アデルバートは紙一重で躱し、双刃を抜き放つ。 刃をくるりと回転させ、逆手に構える。
「んふふっ♡ すばしっこいじゃない! でも疲れるまで投げ続けるわよぉ!」
鎖がじゃらじゃらと鳴り響き、鉄球が雨のように襲いかかる。 アデルバートは跳躍し、鎖の上に足を乗せる。見下ろす視線が鋭く光った。
「ふん……」
「素敵♡ その仮面、剥ぎ取りたいわねぇ!」
野郎ハンターはさらに小さな鉄球を手にし、両手に大小の鎖鉄球を構えた。
「そぉれっ♪」
「遅ぇ!」
大型鉄球を跳躍して躱しながら、小さな鉄球を双刃で受け止める。 刃と鎖がぶつかり、火花が散る。
「んんっ! やるじゃない! その力……脱いだらもっとすごそう! やばい、興奮してきた!」
「はっ、その滾りを冷やしてやる……深水双刃!」
水のマナが刃に宿る。 双刃はたちまち水流を纏った長刀へと変貌し、鎖を押し返していく。
「んふふ♡ 水の中みたい! 鎖が動かない……でもねぇ?」
野郎ハンターは笑みを浮かべたまま、鉄球を離し、代わりに伸ばした手を――アデルバートの首めがけて伸ばした。
「うぉぉっ!?」
アデルバートは反射的に双刃を交差させ、防御の構えを取った。
しかし――その一瞬の硬直が命取りだった。
「ガラガラガラッ!」
蛇のように鎖がうねり、大型鉄球が背後から襲いかかる。
空気が押し潰されるような轟音。あと数センチずれていれば、頭蓋は熟れたスイカのように砕け散っていた。
(……じゃらじゃらとうるせぇ鎖だ!)
彼は薬指に付けた刃のリングで親指を切り裂く。流れ落ちる血が床に落ちると、蒼光の魔法陣が浮かび上がり――アデルバートの身体を水のように呑み込んだ。
刹那、鉄球が頭上を掠め、衝撃波が頬を焼いた。
心臓が冷や汗を吹き出す。だが彼は安堵する。音を聞き取れた、それだけで生き延びたのだ。
(……さて、いつまでも逃げてはいられねぇ)
止血しながら、次の一手を組み立てる。
「どこへ消えたの? まるでニホンの忍者みたい! あぁ、ときめいちゃう♡」
野郎ハンターは鎖をじゃらりと垂らし、獲物を狩る獣のように周囲を見回していた。
――水面が揺れる。
鏡のように張った床が波紋を描き、そこから蒼黒の影が姿を現した。
「ッ!」
双刃を構えたアデルバート。水滴が滴るその姿に、観客が息を呑む。
「あぁ〜水も滴るイイ男ね! 素敵ぃぃ♡」
野郎ハンターの興奮は頂点に達し、鎖鉄球の回転がさらに加速する。唸りを上げながら弾丸のように飛んでいくが――アデルバートは軽やかに身を翻し、水圧レーザーのような刃で鎖を切断した。
(……よしっ!)
にやりと笑みを浮かべ、首筋へ斬撃を振るう。だが――
「んふふ♡」
鉄臭い風が吹く刹那、野郎ハンターは素手で刃を掴み、そのままアデルバートを蹴り飛ばした。
「っ……!?」
「わたしの、死んだ彼氏がくれた鎖を……壊したわねぇぇ! 許せなぁぁぁい!!!!」
ゴリラのように胸を叩き、咆哮がスタジアムを揺らす。観客は耳を塞ぎ、空気が震動でざわめいた。
「クソッ、デタラメな……!」
野郎ハンターは腰を低く構え、猛獣のような目で地を蹴る。突進力はカバを超え、トラックに轢かれたかのような衝撃がアデルバートを襲った。
「ぐっ……!」
両腕で受け止めた瞬間、骨が粉砕される音が内部に響いた。腕が青白く変色し、血の気が引いていく。
(馬鹿げた力……バーサーカータイプか!)
さらに――スキンヘッドにサイのような角が生え、突き上げが迫る。
「あなたがぁ! 彼氏の鎖を壊したからぁ! 今度はあなたが壊される番よぉぉ!!!」
叫びと共に小型鉄球が飛び、続けて大型鉄球が蛇のように絡みついた。
「ちっ……!」
瞬く間に拘束され、ぐるぐる巻きにされる。逃げ場はない。
「ハァッ!」
振り上げられ、地面へ何度も叩きつけられる。骨が軋み、肺が押し潰され、観客席から悲鳴と歓声が入り交じる。
「顔だけはぁ! 綺麗にしてあげたから安心してぇぇッ!」
最後は上空数百メートル。鎖が一気に収縮し、アデルバートを地に叩き落とす。
轟音。砂塵が空を覆い、視界を奪う。
「はぁ、はぁ……イイ男ねぇ」
満身創痍のアデルバートに跨る野郎ハンター。荒い呼吸の中で恍惚と笑う。
「……やめておけ。俺のマスクを剥げば……後悔するぞ」
「んふ♡ そんな脅し、効かないわぁ。剥ぎまぁす♡!」
指が黒マスクに触れた瞬間――アデルバートの身体が水のように膨張し、巨大な円形の牢獄へと変わった。
「な、なにぃ!?」
水の牢屋が鎖を絡め取り、野郎ハンターを閉じ込める。観客は騒然となり、悲鳴と歓声が渦巻いた。
「よっと……ずいぶん分身を可愛がってくれたな?」
別の方向から現れるアデルバート。本体はずっと魔法陣に潜んでいたのだ。
「最初に出たのは俺の分身。本体と思い込み、ボコボコにしてくれて助かったぜ」
「……っ!」
水牢の中、野郎ハンターは目を見開き、酸素を必死に求めてもがく。
「まんまと引っかかったな。負担は大きかったが……割に合う」
円形の牢に手を置き、冷ややかに言い放つ。
「ギブアップしろ。残り時間は少ねぇ」
野郎ハンターは必死に首を縦に振る。審判がサインを確認する。
〈野郎ハンター、ギブアップ! 勝者、蒼き黒マスク!!〉
観客席が爆発したように歓声を上げる。アデルバートは牢を解除し、歩み去る。
「げほっ、げほっ……!」
「悪かったな、だがこれも戦法だ。お前の敗因は――俺の策を見抜けなかったことだ」
「……なんて……かっこよくて素敵なのぉぉぉ!!!」
野郎ハンターの目がハートになり、熱に浮かされたように叫ぶ。
「……やべっ」
アデルバートは背を向け、全力で走り去る。
「待ってぇぇぇ!! 私の彼氏になってぇぇぇ!!」
「断るッ!!!」
スタジアムは爆笑と大歓声に包まれ、武闘会の熱気はさらに最高潮へと達した。