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第150話「違和感、そして片鱗」

「ふぁえ〜っ! ここが待合室かぁ〜! ひっろぉぉぉい!」


ベルフェルクは待合室に踏み込むなり、両手を空いっぱいに広げて叫んだ。


その声は天井にぶつかり、壁を這い、反響して――まるで空間そのものが彼の叫びに応えるように、幾重にも響き返ってくる。


目の前に広がるのは、常識外れの待合室。 床は鏡のように磨き抜かれたタイルで、歩くたびに靴底がかつん、かつんと澄んだ音を響かせる。


香ばしいコーヒーの香りが漂い、奥にはカフェスペース。壁の一角にはカプセルホテルまで備え付けられており、もはや「待合室」という概念を軽々と飛び越えていた。


まるで小さな街。いや、かつて存在した東京ドームひとつ分の広さを飲み込んだ、巨大な生き物の腹の中のようだ。


「ガキみたいな反応するな。視線を気にしろ」


アデルバートの声は低く冷たく、刃を突きつけられたかのように周囲の空気を震わせる。ちらほらと振り返る者の肩がびくりと揺れた。


「ひっっっっろぉぉぉぉいッ!!!!」


なおも叫び声を張り上げるベルフェルク。その声は鼓膜を直撃し、アデルバートの眉間に深い皺を刻ませた。


「うるせぇ……ぶちのめすぞ」


ごつん! 次の瞬間、ベルフェルクの頭は容赦なく床に叩きつけられた。タイルに響く衝撃音、空気を震わす鈍さ。続いて足が後頭部を押さえ込み、床と肉体の間からひゅぅっと苦しげな息が漏れる。


第三者から見れば、厳格すぎる父親が息子をしつけているような光景――だが二人は同い年だ。

クレイラは半眼で、どこか呆れながらその一幕を眺めていた。


――と、その時。


頭上のスピーカーがパチッと鳴り、弾けるように明るい女性の声が会場に流れ込んできた。


〈参加者の皆様ぁ! 本日はスフィリア武闘会、第35回目にご参加いただきありがとうございますっ!〉


その声は弾丸のように元気いっぱいで、聞く者の鼓膜を揺さぶる。場の空気は一瞬にして賑やかな祭りのそれに変わった。


〈長ったらしい話は大嫌いなので、ズバッと結論から参りますねぇ!〉


ざわ、と周囲の人々が息を呑む。


〈第3位の賞品は……使い魔無尽蔵液っ!〉


瞬間、どよめきが走った。 声に合わせて会場の空気が熱を帯びる。


〈これを指紋に浸し、頭に“使い魔にしたい形”を強く思い描くだけで、その形をした使い魔が生まれちゃうんですっ! しかも、ほぼ無限に! あえてこの賞品狙いでリタイアする者もいたほどの人気品ですよぉ!〉


「ほぅ? だが使い魔如き、ルシウスがいれば事足りる」


アデルバートは顎に手を添え、静かに呟いた。彼の隣で床に押し付けられているベルフェルクは、ぐぐっと呻く。


〈続いて第2位はぁ〜! エクストリーム惚れ媚薬っ!〉


男性参加者の喉が一斉に鳴り、空気がざわつく。


〈どんな生物もこれ一滴で、イ・チ・コ・ロ! あなたに絶対服従、間違いなし! 犯罪には使わないでくださいねっ!〉


歓声が爆発した。 野太い声、甲高い声が入り混じり、まるで闘技場の地鳴りのように待合室を揺らす。両腕を天に突き上げたベルフェルクも、床から muffledくぐもった声で「うぉーーー!」と叫んでいる。


「……耳元で騒ぐな、阿呆が」


アデルバートは苛立ちのまま、さらに彼の頭を床へ叩きつけ、後頭部を容赦なく踏みつけた。


〈そして第一位ぁっ! 知りたいことを一つだけ、必ず教えてくれる――魔鏡っ! 通称、ニトクリスの鏡ですっ!〉


会場の熱が、さらに跳ね上がった。 どよめきは歓喜と驚愕が混じり合い、天井にぶつかって降り注いでくる。


〈本大会初登場の品になりますよぉ! 欲しいこと、知りたいこと、何でも一個だけ、確実に答えをくれるんです!〉


男たちの目はぎらつき、息を荒くする。第二位に歓声を上げていた連中も、今度は「鏡だ……!」と口々に叫んでいる。


〈では以上っ! ベスト3の賞品一覧と簡単な説明でしたぁ! 大会は明日からですので、欲しいものをじぃ〜っくり考えてくださいねっ! それではまた〜!〉


バイバーイ、と陽気な声が弾け、スピーカーはぷつりと途切れた。


「ったく……男どもはなんであんなもの欲しがるんだか。俺には理解できん」


アデルバートは足を退け、冷ややかに吐き捨てる。


「とかなんとか言って、セリアに媚薬使いたいとか思ってるんでしょ?」


「はっ倒すぞ、てめぇ」


アデルバートの右腕がぷるぷると震える。彼の頬は怒りで赤くなり、鼻息が荒くなる。クレイラはにやにや笑い、わざとらしく目を細めた。


「殴りてぇ、その顔」


「さいですか〜」


ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らすアデルバート。


「さてと、私はふらっと散歩でもしてこようかな。お茶でも飲む?」


「いや、やめとく……。アイツ殺されるからな」


「そんなことないと思うけどなぁ」


軽やかに肩をすくめると、クレイラは背を向けて歩き出す――が、ふと立ち止まり、穏やかな僧侶のように手を合わせて振り返った。


「……念じなさい」


「あ?」


「念じれば、通じます。これが“念じるチュートリアル”です」


「……おう。試してみるか」


ベルフェルクは水から顔を出した魚のように、勢いよく顔を持ち上げ、肺いっぱいに空気を吸い込む。


「すぅ——はぁぁぁ」


「少しは懲りたか、ベルフェルク」


「君はぁ……もう少し慈悲とか、躊躇いとかを覚えた方が良いですぅ」


「必要ねえよ。加減すれば甘えがつくだろうが」


アデルバートの口元がかすかに緩む。


「まあいいでさぁ。僕ぁちょっと、綺麗なお姉さんたちのところへ行こうかなぁ」


「……そういう趣味だったの?」


クレイラの訝しげな視線。ベルフェルクは「ちちち違いますってぇ!」と懐から紙を取り出す。


「じゃじゃーん! メイドカフェぇ! 素敵なオムライスがあるんですよぉ! ここでしか食べられないんですってぇ!」


彼の目は本気で輝いていた。


ベルフェルクの瞳は、あまりに澄んでいた。

下心の影ひとつなく、ただオムライスを食べたい――その一心しか見えない。

クレイラがじっと覗き込んでも、そこに揺らぎはなく、まるで子どものように純粋だった。


「ふぅん……まあ、道中は混み合ってると思うから気をつけてね〜。じゃ、アデルもまたあとでね!」


軽やかに鼻歌を口ずさみ、スキップ混じりに歩き出すクレイラ。人混みの波に呑まれるように、その背中はすぐに見えなくなった。


アデルバートは小さく肩を竦め、隣に視線を向ける。


「で、君はどうするのぉ?」


「あん? とりあえず対戦相手の情報収集だな。ソフィアが出るのは確定らしいが……まあ手は抜くさ」


「そうですかぁ。んじゃあ僕ぁ、オムライスをオムオムしに行くんで……アデュデュのデュー」


にやけながら顔を突き出すベルフェルク。その顔をじっと見たアデルバートは、ふと違和感を覚えた。


「……おい待て」


足を止めさせ、彼は怪訝に目を細める。


「お前の顔……綺麗すぎやしないか?」


「ほえ?」


「さっきあの勢いで床に叩きつけた。鼻血の一つや二つ、歯が欠けてもおかしくねえ。なのに無傷だと?」


「あぁ〜、それぁオートクッションの効果でさぁ! 持ち主に危機が迫ると自動で展開して衝撃をゼロにしてくれるんですぅ! ほらこれ!」


ベルフェルクは満面の笑みで小さな道具を掲げ、歯をきらりと光らせた。


「……お前が作ったのか?」


「オウイエア!」


親指を立ててサムズアップ。アデルバートは呆れ混じりに手を振り、追い払うように言った。


「さっさと行け。好きにしろ」


「わーいメイドさぁぁん!!!」


叫びながら走り去るベルフェルク。アデルバートはその背を見送り、深々とため息を吐いた。


「やれやれ……ガキが、あいつは」


ふと視線を落とした時、足元に小さな塊が目に入った。


「……土?」


ベルフェルクが駆け抜けた後に残された土の粒。それを拾おうとした瞬間、ふっと風に散るように掻き消えた。


「……ベルフェルクが土を拾い集める癖なんざ聞いたことがない。それにあのクッション……見たところ自動機能なんかありゃしなかった」


アデルバートの瞳が鋭く光る。


「つまり……あいつ自身が、土のマナを使ったということか」


――ベルフェルク・ホワード。

隠された素顔が、静かに顔を覗かせた。



---


一方その頃。


「ふんふ〜ん♪ オムオムオムオムオムライスぅ〜♪ オムレツも捨てがたし〜♪」


ご機嫌な鼻歌を響かせながら、ベルフェルクはスキップを刻む。

向かうは1キロ先の冥土喫茶【悶々モモン】。

そこのオムライスは“天に昇る味”と評判の逸品だ。


「ミルキーミルクを添えまして〜♪

にゃんにゃんにゃんにゃと魔法の言葉!

美味しくなーれ、美味しくなーれ!

悶々キュ―――」


……ヒュンッ!


空気を裂く音と共に、矢が彼の足元に突き刺さった。

石畳に弾ける衝撃音、舞い上がる砂塵。


「どひやぁっ!?」


腰を抜かして尻餅をつくベルフェルク。瞳が見開かれ、震えた声が漏れる。


「な、なになになに!? 僕を狙う賊ですかぁ!? でも今は何も持っとらんですたぃぃ!!」


視線を向けた先。逆光の中から、ひとつの人影がゆっくりと歩み出てきた。


「やあ、僕だよ。ベルフェルクくん」


「ふぇ? 君が攻撃してきたんですかぁ!?」


影の正体はルシウス・オリヴェイラ。

彼の瞳は黄金に輝き――超千里眼を発動している証。

穏やかな笑顔のまま、首を小さく縦に振った。


「そうだよ。君は僕が矢を放った瞬間、こちらに視線を向けた。……いつから気づいていたんだい?」


「いやいやいやぁ! こんな場所で矢なんか飛んでくるなんて、気づけるわけないじゃないのぉ! もうやだ、怖すぎぃ!」


「……とぼけるつもりか」


ルシウスの声が一段低くなる。再び弓を構え、弦を強く引き絞った。その矢先はベルフェルクの額を正確に射抜こうとしていた。


「な、何をするんだルシウスくん!」


「悪いけどベルフェルクくん。君には重要参考人として、僕と一緒に来てもらう」


ヒュンッ!


再び放たれた矢が、ベルフェルクの左掌に深々と突き刺さる。


「———っ」


さっきまでの飄々とした態度が消え、代わりに浮かんだのは――不気味な沈黙。

矢を無理やり引き抜き、へし折る。骨を軋ませるような音。


「痛ったぁ……」


(血痕がない……やはり、何か力を隠している)


ルシウスは息を呑んだ。

だがベルフェルクは、血をものともせずに口角を吊り上げ、不気味な嗤いを浮かべた。


「その目……いつまで持つかな?」


次の瞬間、ベルフェルクの姿が掻き消えた。


「———っ!?」


ルシウスの超千里眼ですら捉えきれない速さ。気づけばベルフェルクの拳が懐に潜り込み、一撃を叩き込んでいた。


「いやぁ……まあ、お昼前に腹を空かせるのもいい運動だねぇ。君なら、ちょうど良さそうだぁ……」


その声は笑っている。だが表情は無機質で、目は氷のように冷たい。

首を左右にコキコキと鳴らしながら、別人のような気配を漂わせる。


ルシウスは細剣を抜き、構えた。

黄金の瞳と、土色の笑みが、鋭く交差する。


次の瞬間、空気が震え、二人の戦いが始まった――。


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