表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/167

第146話「神帝の洗礼」


急速に落下する中で、イングラムは胸がひっくり返るような浮遊感を堪えながら、リルルとソフィアを両腕で抱き締めた。


(俺が守る――!)


「アデル! 例の水の膜を! ルシウス! その下に炎を!」


怒鳴る声が風に裂けても、仲間の耳に届いた。


「おう!」


「了解!」


ルシウスの掌から紅蓮の炎が噴き出し、落下地点を灼熱に染める。その上にアデルの水膜が広がり、じゅわっと水蒸気が立ちのぼる。


「OK! あとは任せて!」


クレイラが身体を地上に向け、誰よりも速く落下していく。


「我が身に宿し、風と土のマナよ! 降りし者たちを守り給え!」


風と土が絡み合い、やがて球体のクッションを編み上げていった。


――ズンッ!

土のトランポリンが彼らを弾ませ、衝撃が身体に走る。


「わぁい! トランポリン!」


リルルが歓声を上げる。


イングラムは彼女を胸に押し当てながら、クレイラへサムズアップを送った。風で髪を乱しながらも、クレイラはにやりと笑い、同じ仕草を返す。


一方――


「ひゃうっ!?」


セリアは命綱ごと引き寄せられ、アデルバートの腕の中に収まった。

がっしりと抱き込まれ、耳元で囁かれる。


「こうすれば安心するだろ?」


頬が熱を帯び、胸の鼓動が早鐘のように鳴る。


「……ありがとうございます、アデル様」


震える声に笑みを浮かべ、アデルも赤くなった顔を逸らした。


「まだ引っ張るんですか!?」


その甘い空気を、リルルの無邪気な声が切り裂いた。イングラムは困惑のあまり敬語になり、ソフィアは吹き出しそうになる。


その横で――

ルシウスはレベッカを背に庇い、己の体を盾にして衝撃を受け止めていた。土の反動で何度も弾みながらも、決して彼女を地面に打たせはしない。


「……起きる気配は皆無だな」


深い眠りの少女に苦笑を洩らしつつも、彼の眼差しは変わらず守り抜く覚悟に満ちていた。


「おいっ! クレイラ! 何度心臓を跳ね上げれば気が済むんだ!」


イングラムが怒鳴る。


「イチャイチャしてるとこ悪いけどねぇ〜」


クレイラはヘラヘラと返す。しかし心の奥底では――


(……いいな、みんな。私だって、レオンとなら……)


ほんの一瞬、羨望が滲んだ。


「じゃあクレイラさん、僕とイチャイチャしますかぁ?」


肩に「ポン」と置かれた手は、上空から最後まで気配を掴ませなかったベルフェルクのものだった。

クレイラはその手をぴしゃりと押さえつけ、笑顔を浮かべる。


「触るな♪ケダモノ」


ぐい、と腕を引き上げ、そのまま投げ飛ばす。地面へ叩きつけられる勢いは黒帯の武闘家すら顔負け。だが――


「はい、ぱんぱかぱーん♪」


ベルフェルクは宙で体を反転、くるりと回転してY字バランスの姿勢を決め、そのまま華麗に着地した。

両手を広げ、ガッツポーズ。競技選手さながらの満面の笑み。


「……」


その場にいた全員が言葉を失った。砂塵が舞う中、クレイラすら目を丸くしている。


「いやぁ〜、どうでした皆さぁん! 僕のこの着地技術ぅ! 新体操選手でもここまではできませんよぉ〜!」


胸を張ってドヤ顔を決めるベルフェルクに、誰もツッコめなかった。空気は唖然の色で埋め尽くされる。


――ともあれ、一行は無事に地へ降り立った。見渡せば、砂丘の切れ目に黒々とした石造りの回廊が見える。どうやらスフィリアの入り口付近らしい。


「よし、俺とソフィアで先導する。一応、警戒を怠るな」

イングラムが低い声で号令をかける。彼とソフィア、そしてその間にリルル。続くのはルシウスに背負われたレベッカ、アデルバートとセリア。そして最後尾を、クレイラとベルフェルクが固めた。


「いやぁ、まさか撃たれるとはねぇ〜。ケツくん、また治療ドック行きだなんて……ちくせうぅ」

ベルフェルクは首の後ろに手を回し、しょんぼりとした少年のような歩き方で、ルシウスの隣へととぼとぼ並んでいく。


「…………」


その後ろ姿を眺めながら、クレイラの胸にざらりとした違和感が走った。

軽口を叩きながらも、どこか――目に見えない底知れぬものを隠しているような気配。


腑に落ちない。まるで地面の下に潜む巨大な何かが、今にも地表を突き破って現れる前触れのように。


彼女は小さく眉をひそめ、無言のまま前進を続けた。



上空から轟いた声は、空気そのものを震わせるように胸を打った。

〈良くぞ生き延びたな、戦士たちよ!〉


その響きは耳だけでなく、骨を伝って脳を震わせる。思わず全員が空を仰ぐ。


〈だが! その程度では、我が国の武闘会に立つには不足であるぞ!〉


ホログラムが弾けるように展開し、空いっぱいに男の顔が映し出された。

漆黒の瞳と鋭い笑み――スフィリア神帝、ペーネウス。


「何者だ!」イングラムが吠える。


〈余こそは、この国を統べる神帝ペーネウスである!〉


その瞬間、胸を圧迫するような威圧がのしかかる。呼吸が浅くなるほどの覇気。


〈蒼髪の戦士アデルバート! お前は己の国を守れなかった。紅蓮の騎士軍の総大将も、大将軍シュラウドすら討ち取れぬまま……何を吠える?〉


「――っ!」


アデルバートの脳裏に、燃え落ちる故国と、助けられなかった人々の顔がよぎる。胸の奥に針を刺されたような痛みが走り、思わず剣に手をかけた。


「てめぇ……!」


だがセリアが必死にその手を押さえる。


〈そして貴様もだ、イングラム! ルークと共にのうのうと旅をし、キメラに傷を負った。その遅れがなければソルヴィアは滅びなかった!〉


「……ッ!」


その言葉が心臓を抉った。息が詰まる。気づけば腕が勝手に伸び、紫電が奔流となって迸る。


――ズガァァン!


雷撃がホログラムを直撃し、液晶に亀裂が走った。


〈ほう……! 余の試作型とはいえ、傷をつけるか! 良い!〉


ペーネウスの口元が愉快そうに歪む。怒りではなく、期待と歓喜。


やがてその視線はルシウスに移った。


〈ルシウスよ。案内ご苦労であった。すぐに余の下へ戻り、報告せよ〉


「はっ、承知しました。ペーネウス神帝」


跪いたルシウスの姿に、全員が凍り付く。


「ルシウス……あの皇帝と知り合いだったのか」


イングラムの声が震える。


「うん。昔、命を救われてね。その恩返しで各国の情報を報告しているんだ」


彼は微笑を崩さず淡々と語る。


「……ふん、信用が落ちたもんだな」


アデルが吐き捨てる。


「ははは。聞かれなかったから、言わなかっただけさ」


その笑顔は変わらない。だからこそ、逆に不気味だった。


「エルフィーネもすでに到着している。僕は先に失礼するよ。……クレイラさん、レベッカさんを頼む」


レベッカを託すと、ルシウスは背を向け、軽く手を振った。

次の瞬間――彼の姿は掻き消える。


残された仲間たちの胸に、疑念と不安だけが渦を巻いていった。



「……俺たちも行こう。ここに残るのはまずい。」


イングラムは砂の足場を踏みしめ、前に進んでいく。それにソフィア、リルル、セリアと続き、ベルフェルクも後を追う。

そして、アデルバートはクレイラに振り向くと


「お前、知ってたのか?」


「……なんのこと?」


「ふん、お前も騙して隠す側か?

全く、どいつもこいつも隠し事をしやがる。」


アデルバートは舌打ちしながら

進んでいく。


(……彼らと共に行動をすることで、少しずつ記憶を取り戻してきている気がする。

でも———)


クレイラは自分の手のひらを見つめる。

仄かに淡く煌めいていて、とても暖かい。


(記憶の共有も、際限が利かなくなっている。抑えないと……。)


自分が人間ではないことを嫌でも再認識させられる。人の姿をしてあらゆる存在に変身することができ、そして、他人に触れてしまうと無意識に記憶を共有してしまう能力を

クレイラはそれが憎らしくて、爪が肉を食い込むまで強く拳を握りしめた。


(ベルフェルク……貴方は一体誰の味方なの?)


顔を上げ、わざとふらついた歩き方をするベルフェルクを見やる。

彼に触れた時に無数に頭の中に飛び込んできた無数の映像は、彼女にとって口にすることが躊躇われるものばかりだった。


(ううん……今は、彼らと共に行かないと......

レオン、待っていて)


クレイラは首を振って強く焼きついたベルフェルクの記憶を振り払いながら強く足を踏み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ