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第135話「襲いくる怪物」

「行きなさい、我が下僕たちよ!」


虚ろな視線を浮かべながら

数多の少年少女たちがクレイラに迫る。


「……下手に傷つけるわけにはいかないよね。きちんと親御さんの元へ返してあげないと」


まるでかごめかごめをする童子たちのように

彼らは円を作り、その中心にクレイラが立つようにする。


「あなたの考えは甘いのですよ。

言ったでしょう?そこの子供達はあらゆるものを戦争で亡くしたのです。

死人にどうやって会わせるおつもりで?」


空中であぐらをかきながら

にやりと不敵な笑みを浮かべる笛吹き男。

クレイラはそれを見上げて宣告する。


「それは、あなたを叩きのめしながら考えることにするよ」


「ほうほう、それはなんとも威勢のいい!

貴女のような強がりな女性は大好きですよ?

えぇ、そのクソみたいに硬いプライドをじっくりとへし折って泣き咽ぶまで痛ぶる甲斐がありますからねぇ!」


「はっ、ど変態だね。

私はあなたみたいな大人は大っ嫌いだよ」


クククと男は笑い、パチンと指を鳴らす。

ボウッと周辺が青白い霊炎に包まれ、子供達は抑揚のない声でクレイラに背を向けながら

かごめかごめを歌い始めた。


手を繋ぎ彼女の周りをクルクルと回りながら子供達は徐々に距離を詰めていく。


「「「「鶴と亀が滑った〜♪

後ろの少年だぁれ?」」」


子供達ひとりひとりが霊炎となって

クレイラに突貫していく。


「っ———!」


クレイラは同じく炎の盾を顕現させて

その一撃を防いだ。


痛いよ


男の子の声がクレイラの頭の中で響いた。


「……今のは」


助けて、お姉ちゃん


続く女の子の声、クレイラの背後で呻きながら突撃していく。


「がっ……!?」


クレイラの背中が突如重くなった。

耳元で囁かれるのは、助けてと声をかけた少女のものだ。

視線を背中にやると、歪んだ表情を浮かべた少女が背中に張り付いていた。


クレイラの頭の中で、少女の記憶が自分のことのようにフラッシュバックする。

父親が戦場で死んだ。母親が病気で死んだ。


飼っていた犬が貴族に殺された。

家も無い、帰る場所も無い、頼れる大人もいない。少女は彷徨うしかなかった。


生き残るための術もない幼い命は

その後暫くして果てたのだ。

死ぬ直前まで、少女は生きようとした。


新しい国へ赴こうと脚を引きずった。

だが、それは叶わなかった。

世界が、環境が、運命が、それを許さなかった。それが、何度も何度もクレイラの頭の中で自分の罪のように囁いてくる。


「……ぐっ、まずい。予想以上に精神に来る。こんなのがまだ来るだなんて」


クレイラは重い身体を起こして

少年達が繰り出してくる霊炎の数々を炎の盾で防ぐ。


熱い


痛い


子供達の攻撃を盾が受け止める瞬間に

クレイラの頭の中でそんな言葉が聞こえてくる。


(だめだ!このままじゃ私が先にやられる)


せめてあの男の笛に亀裂でも入れられればこの状態異常は解除されるはずだ。

だが、背中の重りは徐々に重量を増していく。


「んん?あなた、よもやその子供の“記憶が視える”のですか?ほぉほぉ、それは面白い!

なら次々に覆い被さってしまえ!」


「———!」


クレイラは地面に手を置き

氷の円形上のバリアを貼った。

子供達はそれでも迫ってきて

バリアを破ろうと必死に叩いてくる。


開けろ、開けろ、開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ!


子供達の声が、バリアの内部にまで響き

頭の中でこだまする。


「んんー、普通ならばすぐに発狂するものですが……これではちと時間がかかるやも」


ハーメルンの笛吹き男はバリアの中心部に降り立って足踏みをしながら、笛を奏でる。


「さぁて、紫電のマナを使う少年よ!

このバリアを焼き切りなさい!」


「——————」


小さなイングラムは身体をふらつかせながら

虚ろの目を見せて掌をバリアに向けて伸ばす。


「イングラム!ダメ!正気に戻って!」


幼児の身体から蓄積でいる

マナの量は大人の半分以下だ、だが、生命エネルギーを限界にまで使えば、それは

大人に比類しうるものになる。

幼い騎士の掌で電撃が静かに走るのをクレイラは見た。


「……くっ!」


クレイラはバリアを解除して紫電の直撃を浴びた。彼女の全身に雷が蛇のように迸る。

地に這いつくばりながらその電撃を浴び続ける。マナが無くなり続けるまで、あの男は紫電を撃ち続けるように命令するだろう。


クレイラが参ったと懇願するまでずっと。


しかし、10分近く経っても、クレイラは音を上げなかった。

大勢の子供達が覆い被さっても抵抗することをせず、地面だけを見ていた。


「んんー、堪えてばかりで声を漏らさぬとは……存外面白味のないものですね」


男は笛を奏でながらクレイラを見下ろしていた。だが、彼は存外に飽き性らしい。

イングラムに攻撃を止めるように指示してその身体を宙から下ろしてクレイラの前まで歩み寄った。そして、腰を下り顎を手で持ち上げ、覗き込む。


「もう50人近くの子供の記憶を見ているでしょう?どうして参ったと言わないのです?」


「ここで私が折れたら、絶対に後悔するからに決まってるでしょ……!」


「ふむ……?」


さらに顎クイをして、吐息がかかる寸前まで顔を近づける。


「人のフリをしているわりには

綺麗な顔をしていらっしゃる。

その唇は如何様な味か、確かめてみても?」


「その瞬間にあんたの唇を噛みちぎって、地面に吐き捨ててあげるよ」


「ククク、ではでは、鎌持ちの少女よ。この女の首を落としなさい。

その後で別々に解剖してあげましょう」


ソフィアはゆらりゆらりと身体を揺らしながら鎌を持ち上げ、首筋に刃を当てた。


「ソフィア……!惑わされないで!」


その望みも届かない。

ソフィアは手にしている鎌を振り上げると一気に振り下ろした。

しかし、時が制止したかのように、それ以上鎌が首に近づくことはなかった。


「……ん?」


「女を虐げるとは悪趣味だな。

それに、幼い童子達を誘拐までしてるときた。

マジで気に入らねえ、一発ぶちのめしてやるか」


狭霧の森の遥か空から

荒々しくも粗暴な男の声がした。

そして突如ソフィアの持っていた鎌はポンっと煙が噴いて花束に変わった。

周辺の子供達も風圧で吹き飛ばされて

掻き消えていく。


「くっ、貴様……何奴!」


「あぁ!?てめえみてえな脳みそゴミまみれな輩に答えてやる義理はねえ!

死に損ないはさっさとくたばりやがれってんだよ!」


怒号を撒き散らしながら声の主は毒突く。

すると、突如2人の間に小さな人の形をした折り紙が風に乗せられてふぁさり、とハーメルンの笛吹き男の左肩に乗る。


「……うん?これは、折り紙?

十字架に貼られているかのようですねぇ。

飾り気のないもの———」


「ぱぁん」


突如折り紙は膨張し、左肩に乗っかったまま大きく爆発した。


「ぬぉぉぁ!?」


衝撃波で木に叩き付けられる

男、受け身も取れぬままにぶつかったので

口に込み上がった血を地面に吐き出す。


「がはっ!?な、なぜ!?

ただの折り紙が爆発など……」


「おうおう、初歩的な罠なのに見抜けねえとは都市伝説で語られる存在にしちゃあ……ちと頭の中身がお粗末だったようだ。

次はもうちょい、そうだな、赤ん坊でもわかりやすいやつにしてやるか」


男の姿はどこにもない、だがすぐ近くで声がするのだ。ハーメルンの笛吹き男は周囲を見渡す。周辺に佇む木々、先程まで踏んでいた草、なびく風。そのどれもが、声の主のようで男は困惑する。


「はっはぁ!雑魚!お粗末!

ちんちくりんのりんりんがぁ!」


指を指して腹を抱えながら笑っている男の声が容易に想像できる。

激情に駆られた男は、クレイラのそばに舞い降りた先程と同じ人型の折り紙に攻撃を仕掛ける。


「いけぇっ!イングラムぅ!

その紙を焼いてしまえ!」


幼き騎士は再び掌を突き出して紫電を放出し、折り紙を焼き焦がした。


「はっ、なんだこれは。

童子の身体だからか?おかげで肩こりが治りそうだぜ」


小さな薪のように燃えるそれは突如として爆発、白煙を撒き散らした。

立ち込める煙の中で、巨大な一つの尾が浮かび上がった。


ぴょこぴょこと動く耳のような形、狼にも似た口元、そして、豪快な男の笑い声。白煙は風に飛ばされて3メートル近くある大きな白い狐の懐の中で両腕を後ろに回して気だるそうにしている人が見えた。


クレイラは気がつくと、その狐の背の上に乗っかっていた。

その男は黒い烏帽子を被り、肩まで伸びた白髪と白い羽織を身に纏い周辺には大量の人型の折り紙が浮遊していた。


「貴様かぁ!その煩わしい折り紙を

僕の肩に置いたのは!」


「……ふぁ〜、おいそこの童子、もう一度やってみろ。さっきのビリビリってするやつ」


男の声を無視してイングラムに視線をよこす。イングラムは先程からずっと紫電を放出しているのだが、この男には効いていない。

感電しているという現象が起こっていないのだ。


「あー?終わりかおい。

けっ、まあ童子だからしゃあねえか。

まあいい、肩こり代はちゃんと払ってやるよ」


大量の折り紙がイングラムとソフィアを包み込んでひとつの枠の中に拘束する。


そして両腕をぐるぐると回してあー、と声を出しながら首を左右にコキコキと鳴らして笛吹き男に指を指さした。


「さて、そこの笛吹き野郎。なんて呼ばれてたか忘れたがてめえは気に食わねえ、大人しく俺の式神に封印されろ。殺生石にぶち込んでやってもいいが、どっちがいい?」


「断る!僕にはやらねばならないことがあるんだ!貴様に邪魔される筋合いはない!」


「おうおう、激ってるねえ。

ま、てめえの都合なんざ知ったこっちゃねえぜ、俺はお前を始末しなきゃいけねえんだ。

痛みはするがすぐ終わる。抵抗すんなよ?」


へらへらと笑いながらハーメルンの笛吹き男の言葉を聞き流す男は後頭部をすりすりさせながら気だるそうな目で見ていた。


「何を先程から偉そうにしている!

貴様は何だ!?なんなのだ!そのコスプレのような格好は!」


「あ?コスプレっつったか?

式神って答えみたいなヒントをやったにも関わらず答えがそれかよ。

これだから都市伝説の犯罪者は———」


男は目つきを鋭くして狐の頭を撫でながらこう言った。


「俺様の名は安倍晴明。

西暦時代最大にして最高の陰陽師だ。

その梅干し以下の小さくてお粗末な脳みそにちゃんと叩き込んどけよ?」


安倍晴明は名乗り終えるとむしゃむしゃと赤く熟したリンゴを指を鳴らして出現させ、それを食らいながらハーメルンの男の前に立った。

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