第134話「魔境!?狭霧の森」
「ふんふふ〜ん♪」
先頭を鼻歌を交えながら道中をるんるんスキップで移動、旅館を後にしたクレイラは非常に上機嫌だった。悪魔の提案をしたとは思えないほど、別人のように見えたから。
「どうしたのみんな、足取り重いけど」
「「「「「——————」」」」」
そうもなるだろう。イングラムたち男子メンバーにはレオンと出会ったら落雷が落ちるのだ。気分が上がる方が不思議だ。
そして、ソフィアはリルルをおぶっていた。
ファーストキスをセリアにしてしまう要因を
作った罰のひとつとして、甘んじて受け入れていた。そして、他の女子メンバーたちは
露天風呂での記憶が鮮明に蘇りうまく会話が出来ずにいた。唯一被害を免れたのは
空気感染をしなかったクレイラのみ。
彼女は酒にも強いらしい。
「おーい、みんな?大丈夫?
具合悪い?テント張る?」
クレイラが気を遣ってそう言ってくれるものの、皆口を閉ざすばかり。
よほど応えたのだろう。
「あ、ほらほら、そろそろ狭霧の森だよ!
休憩してから行ってもいいけどどうする?」
「ふむ……しかし休憩してる最中で
何かに襲われては迎撃できまい。
ここは一気に抜けた方がいいだろうな」
「イングラムはそうなのね。
他のみんなは?」
「私達は、少し休んでいきたいと思います。
旅館から1時間は軽く歩きましたから」
セリアが手を上げてそういう。
長距離移動は男女共に疲弊が溜まりやすい。
確かに無理はいけない。
「んー、じゃあ先に行ける人は先に行くってことでいい?」
クレイラが先陣を切ってそう言うと
全員が頷いた。
クレイラはひとりひとりを指差していち、に、と数えている。
「クレイラ?一体何を———」
「私とイングラム、ソフィアが先導するよ。」
「なぜそのメンバーなんだ?」
「私は疲れたことがないっていうのがひとつ。イングラムはまだ歩けそうだし、慣れてるのかわからないけど移動による負担を最小限に抑えてる。そしてソフィア、君はリルルをおぶってこそすれ疲れた表情を一切見せてこなかった。それは我慢によるものじゃなくて、何かの特訓によるものでいいんだよね?」
「えぇ、私は十年前からずっと戦うためのトレーニングを積ませられてきたから、自然と身体がペース配分を覚えたのね。
リルルを背負っても負担にならなかったのはそのおかげかしら」
クレイラの観察眼は見事に的を得ていたらしい。ソフィアの身体的能力を即座に見抜いて
行動するように徹する。
「アデルバートとルシウスは
疲れてるリルルたちを守ってあげて、後から私たちの開いた道を歩いてきてくれれば大丈夫だから。」
まあ、リルルはずっと背負ってもらっていたから平気だとは思うが。
「わかりました。僕たちは念のために入り口に待機しておきます。あ、そうだ。
念のためにこれを」
ルシウスはクレイラに何かを手渡した。
見た目は掌サイズだが、ひどく重量感のあるものだった、鉱物の類には見えない。
「これは?」
「狭霧の森は樹海のように道に迷うことが多い、それは体内の電子を電波に変えて正確な道を示してくれるコンパスのようなものです。誰かの電子媒体と同期しないと使えないものにはなりますが、役に立つはずです。」
「ありがとうルシウス、じゃあありがたく使わせてもらうね。イングラム、同期してもらっていいかな?」
「あぁ、貸してくれ」
クレイラからコンパスを受け取ると
電子媒体は自動で起動し、照射モードに入ると同期を完了させた。
〈complete〉
「よし、準備は出来た。
2人とも、行こう」
ソフィアはリルルを下ろしてセリアに預ける。
「セリア、リルルをお願いね」
「かしこまりました。ソフィア様もお気をつけて」
こくり、とソフィアは頷いて2人と共に
並び立つ。と———
「エッチなことしちゃダメだからね〜
騎士様〜」
山彦に呼びかける要領で、イングラムに釘を刺すリルル。イングラムにその気はない。
彼は振り返らずに手で合図をして
三人で森の中に入っていった。
「狭霧の森、噂には聞いていたが
人が入ると霧が出るのだな。」
狭霧の森は、外界から来るものを拒むかのように凍てついた霧を放出し、中に入れないようにするのだという。
しかし、それを恐れずにこの森に住んでいる人間も何人かいるという噂もたっているのだ。
「うん、それに、これはただの霧じゃない。
マナの感じと似ている。」
「この森全体がひとつの生物だという可能性も、否定は出来ないわね」
「そうだな、何が出てくるかわからん。
ふたりとも、警戒は怠るなよ」
三人がお互いの背を守るかのように
イングラムは槍を、ソフィアは鎌を顕現させて敵の襲撃に備える。
「進もう……」
ゆっくりと周囲を伺いながら先へ先へと進んでいく三人、しかし、どれだけ経っても
道が途切れる様子はない。コンパスは正常に行き先を示しているというのに、周りの風景や、木の位置などが全く変わっていないのだ。
「……これは、ハメられたな」
「うん、だね。どれだけ進んでも
新しい場所に出ないっていうことは」
「私たちを見ている“何かが”いるってことよね。」
三人は小声で話をしていると
どこからか怪しげな音色を奏でる笛のような音や、タンバリン、ドラムなどの音が聞こえてきた。
(……楽器の合奏?
いや、普通こんな森の中で吹くのは妙だ。
獣に見つけてくれと言っているようなものだぞ)
イングラムだけがその音色を聞き取ったのではないらしい、クレイラもソフィアも
同じようにその音色が聞こえる先を見据えていた。そして、深い深い霧の中から、ひとつの人影が見えた。
「構えろ!」
その影はゆっくりと、ゆっくりとこちらへ向かってきている。踊りながら吹いているのか
笛は右へ左へいったりきたりを繰り返している。そして、ついにその姿が見えた。
細く長い笛を加えて、それを奏でているひとりの男と、幼い男の子や女の子が男を筆頭にして列を組み前進していた。
敵意も殺意も感じない、ただ純粋に笛を吹くことを楽しんでいるように見えた。
だが、その行進をイングラムが槍を以って
制止する。
「待て。子供達を連れてどこへ行くつもりだ?」
「子供達を助けるのですよ、槍の騎士。
僕の後ろにいるのは戦災孤児……
家族を亡くし、家を亡くし、住む国すら無くなった報われない子供。
僕はそんな彼らを救いたいのです。」
笛吹き男は淡々とした口調で自らの望みを
語る。悪意や邪さといったものは一切感じられないが、それでもイングラムは槍を退けなかった。
「いい考えではあるが、俺にはどうしても
そこの子供達がすすんで望んでいるようには見えんな。」
「今は寄る辺を意気消沈しているのです。
まだ人生経験の浅い子供、そうなるのも必然と言えましょう」
イングラムはクレイラに目配せする。
彼女の“記憶を共有する力”で
少年少女らの意思を確認するのだ。
クレイラがザッ、と歩み寄ろうとすると
男は子供たちを庇うように笛を振るい
その歩みを止めさせた。
「美しき銀髪の者よ。あなたからは人ではない何かを感じる。今何をしようとしているのか、僕にはわかる気がするんですよ。」
「私をそう感じ取るってことは、あなたもただの人間じゃないってことを自白してるようなものだよ。ハーメルンの笛吹き男さん」
「——————!!」
男は笛をくるりと回してクレイラに振るった。しかし、彼女はそれを氷の刃にて防ぐ。
反撃に出るとは思っていなかったのか、
男はたじろいだ。
「いつ、いつ僕に触れたんです?」
「史書であなたのことを知っていただけだよ。かつての西暦の世界ではドイツにハーメルンという地域があった。そしてある年のある日、その地域の少年少女たち130人がコッペン近くの処刑場で行方不明になった。ってね。」
男はイングラムに視線を配る。
どうやら彼もこの男の正体に気付いていたようであった。
「ふ、ふふふ……
よくぞ、よくぞ僕の名を当ててくれました。
いやはや、史書に通ずる方がおふたりもいるとはね……」
男は不気味に笑い、身体を振るわせる。
だが、男は突如として形相を変えた。
邪悪に冒された狂気の表情はもはや言葉にし難いものだった。
「貴様は古き時代の誘拐犯というわけだ。
さて、その子達は開放してもらおうか。」
「しかし、僕の笛を聞いてもその威勢が保たれるかどうか、是非見てみたいものです。」
「———!イングラム!ソフィア!
耳を塞いで!その音を聞いちゃダメ!」
「遅いのですよぉ!」
男は即座に笛を奏でた。
酷く落ち着くようなでいて、恐ろしい安らぎの音色。母親に抱かれて子守唄を歌われているかのような、懐かしい感覚が、イングラムとソフィアの耳の随まで届く。
「な———!」
「っ————!?」
イングラムとソフィアは、笛の音色を聞いた途端に頭を押さえて叫び始め、苦しそうな声を絞り出す。すると、ふたりの身体がみるみる小さくなっていく。リルルと変わらない歳になって服装も今着ていたものに変わってしまっている。そして、手にしている武器を落とし、ハーメルンの笛吹き男の奏でる音色にに吸い寄せられるようにふたりが側に寄っていった。
「……しまった!」
奥歯を噛み締め、爪が食い込むまで拳を握りしめる。男はクククと笑いながらイングラムたちの頭を優しく撫で、自分の顔に頬擦りさせる。
「子供が足りなかったのでちょうどよかった。あの片目の男に子供を半分にまで減らされてからはめっきり力が弱まりましたが、んん」
(片目の男……!?まさか、レオン!?)
「ふむふむ、なるほど、このふたりで今の僕の力が限界値を突破したようで……ククク」
男は掌を見せて、そこに紫電を生み出した。
イングラムが作り出すものと大差ないそれを
ソフィアに投げつけて感電させる。
「この————っ!」
「下手に動けばこの子供達を殺します!!
大人しくしていれば、あなたの仲間に
手は出さないと約束しましょう。
それにしても、あなたは非常に興味深い。
僕の笛の音色を聴いても苦しみすらしないとは、それに、子供の姿に退行しない……
やはり、人間ではないらしい!」
クレイラは身構えた。
しかし、ハーメルンの笛吹き男を護るように
イングラムとソフィアを含めた十数人の子供達が前に出る。
「ぜひ、中身を見てみたいものですなぁ?
さぁて、愉しい愉しいお遊びの始まり始まり」