第132話「部屋の怪異」
クレイラによって大反響大好評の旅館になった狭霧旅館。そのおかげで、50000路銀と、一泊二日の料金はチャラになった。
イングラムたちは騒ぎが収まったのちに男達が泊まる鳳凰の部屋へと向かった。
セリアたちは女将さんの部下が丁重に運んでくれるということで、お言葉に甘えることにした。
ぴしゃん
障子を開くと、和を基調とした古風な部屋が目に飛び込んできた。ベッドはなく、布団にくるまって横になる。古来から日本はそういう生活をしていたのだという。
イングラムたちは既に敷かれていた布団を眺めて、見事だと洩らすと、イングラムの布団にだけ全員が違和感を感じた。
「うん……?イングラムの布団だけ膨らんでないか?膨張剤でも入ってるのかこれ」
「いや、それはない。
布団は古来から羽毛を使ったものが大半を占めている。おかしなものを詰めるはずがない」
「めくってみたらどう?」
ルシウスがアデルバートの後ろに隠れてそう施す。
「おい、なんで隠れる。さっきの怪異の話か?」
「僕、ホラー苦手なんだ」
「そうかい、おらぁ!」
アデルバートは体術に関してはイングラムより上手だ、ターンするようにルシウスの背後に回り込んで突き飛ばす。
「おわぁなにをするだぁ!」
押されて抵抗できなくなったルシウスはそのまま布団にダイブした。
しかし、同時に布団の膨らみも刹那に消えた。そして、天井から唸り声が聞こえてくる。
「ぐはぁ!」
「うるせえ静かにしろ、何か聞こえる」
自分が突き飛ばしたのに静かにしろとは飛んだ理不尽である。
「あぁ“二度と来るか”と言っているように聞こえるな」
イングラムとアデルバートは背中を預けながら部屋の隅から隅まで見渡す。
すると、奥の襖がちょっとだけ空いてる。
事故物件の襖の中にいる黒い何かの写真をイングラムは見たことがあるが、アレと状態がよく似ている。イングラムの探究心が刺激される。
「アデル、あそこの襖開けてもいいかな」
「やめておけ、ろくな目に遭わねえぞ」
子供のような純粋な笑顔で指差す。
そして大人のように論するアデルバートに対して少し残念そうな顔をする。
と———
“そっとしといてよぉ”
という声が聞こえてくる。
クレイラに非常によく似た声だ。
例の襖から聞こえてくる。
「クレイラはどっかに行ったはずだ。
それに、俺たちより先に入って来れるわけがねぇ。扉がロックされてたしな」
そうだ、この部屋に入る時に、鍵はしまったままだった。
アデルバートが鍵を差し込んで開いたのだから女将さんの部下達がいたずらをしているとは思えない。これは、怪異のひとつか!?
「よぉき!ますます興味深いぞ!
なあアデル!」
「ふん、別に」
ルシウスが立ち上がってイングラムの背後にぴたりと付く。
「ルシウス、俺このまま声のする襖まで行くけど、来る?」
「いえ結構です。
部屋の隅でおとなしくしてます」
アデルバートの背後に立てば、今度は襖に向かって投げ飛ばされるに違いない。
そう判断したルシウスは部屋の隅でじっとしていることにした。
「よし、いけイングラム!
お前の探究心を無駄にするな!GO!」
「YES SAR!」
アデルバートに敬礼しながら抜き差し差し足忍び足で襖に迫る。
“来るなぁ〜!ひとりにさせてよぉ〜
イングラムぅ!”
ここで声を出せば、相手に気づかれてしまう可能性が高い。ゆっくりと、しかし確実に、イングラムは襖と自分の距離を縮めていった。
“イングラム!個室別の人の気配がしたからここに来たの!ねぇ聞いてる!?”
アデルバートは腕を組み、ふむと
頷く、仲間の耳に違和感を感じさせない、モノマネ力とでもいえよう、彼女の声に瓜二つだ。その技術力に、彼は思わず感心していた。
「いい作戦だ、敵にしておくには惜しいかな。ルシウス、千里眼で相手の正体を見極められるか?」
「いいえやめておきます怖いのを見たら死んでしまいますやめてやめてやめて」
笑顔を浮かべながらカタカタ震えるルシウス。ここで三名の現在の心理状態を説明しよう。
まずイングラムは恐怖心なんて微塵もなく、興味津々でなんなら写真を撮りたいという欲まである。次にアデルバート、彼は興味と恐怖半々でいつでも迎撃でいるように精神を研ぎ澄ませている。虫が出てきたら逃げる。
そしてルシウスは恐怖一心である。
抵抗する気力もないまま腰を抜かすだろう。
「……そろり!そろり」
“い〜ん〜ぐ〜ら〜む〜?いい加減にしにないと怒るよ?
忍足なら気付かないとでも思ったの!?”
「くっ、人の気配を察するとは
アデル並みの聴覚!」
クレイラと瓜二つの声の持ち主は
名前をゆ〜っくりと言って警告する。
しかしイングラムは怪異の類だと信じ切っているためにそれを聞かない。
「警告されればされるほど、探究心は増していく。そりゃ!」
ピシャ
姿はなかった。影も形も布団すらもない。
ただの虚空だった。
と、突如アデルバートが叫ぶ。
「イングラム、天井だ!」
イングラムが天井を見上げると
そこには銀髪の長い髪を垂らした怪異がいた。鬼のような形相をして両手両足を駆使し蜘蛛のようにして天井に張り付いている。
「……うん?2人とも待って。
彼女はクレイラさんでは?」
カタカタ震えていたルシウスは千里眼を用いてその正体を見た。
姿がクレイラによく似ていたからというのもあるかもしれない。
「阿保、クレイラがどうやって
俺たちの部屋に侵入するっていうんだ!
鍵しまってたんだぞ!」
「いや、だからそれはさっきみたいに変身能力を使って紙になるとかして隙間から入れば指紋も何も付けなくても済むでしょ!」
「阿保!紙に変身する怪異がいるか!
てめえクレイラに化けやがって!
あいつは俺たちの仲間なんだぞ!」
「だぁかぁらぁ!私だって言ってるでしょ!」
「ふむ、あくまでシラをきるつもりか怪異!
仕方あるまい、俺たち3人でお前を退治して———」
天井に張り付いていた怪異は
イングラムに向かって飛んできた。
「うぉっ!?」
反射的に避けるイングラム
「ねぇ、イングラムくん!
まずいんじゃないかな!?
彼女モノホンのクレイラさんだって!謝ったほうがいいって!」
ルシウスはクレイラだと見破ってイングラムとアデルバートに警告する。しかし
「ルシウス!お前疲れてるのよ!
俺たちに任せておけ!いくぞおらぁ!」
「このぉ!わからずやどもがぁぁぁぁぁ!!!!!」
怪異は咆哮して立ち上がり真水が右手から放出されると同時に、冷気を放つ鎖に変形していく。それでイングラムとアデルバートを拘束し柱に巻きつける。
冷たい感触がひしひしと湯上がりの身体に染み渡っていく。
「う……このマナの感じは」
「クレイラなのか?」
「そうだって言ってるじゃんか!」
「僕何度も忠告したんだけどなぁ……」
そして、数分後———
ルシウスに慰めてもらっているクレイラがそこにはいた。
「私、個室から追い出されて、怪異だなんだって、うぅ、言われて、イングラム、アデル、信じてたのにぃ……」
半泣き声でそう呟く。
枕を涙で濡らしながらちらちらと括り付けたふたりを見やる。
「すいませんでした、僕が全力で止めるべきでしたね。よしよ———」
「触るなケダモノ」
撫でようとした手を払い除けられた。
結構痛い。手が赤くなってしまった。
「えぇ……なんか、ごめんなさい」
なぜか謝るルシウス。一番何もしていない彼が最初に謝ることになるとは思わなかった。
「いや、クレイラ、その、すまなかった。
俺としたことが、好奇心に負けてしまった。
申し訳ないことをしてしまったと思ってる」
「おい、クレイラ……悪かった。
調子に乗ってたよ、だから許してくれ」
「君たち2人はそこの柱で括られたまま寝てろ。私はこの布団をふたつに敷いてゴローニャする。この時間だけは誰にも邪魔させぬぞ」
ごろんとふたつの布団の間にその身体を埋めながらふたりの方へ視線を向ける。口調が怖い。
「お、おい……このままでは風邪をひいてしまう!クレイラ頼む!解いてくれ!」
「凍死する!」
「低体温症の一歩手前の温度にしてあるから平気。それくらいなら君たち耐えられるでしょ、コンラでフツーに生活してたんだから」
「「……」」
そういえばクレイラは人の記憶を共有できるのだった。コンラでの活動を彼女が知らないはずがない。それを踏まえてのこの所業か。
「それじゃあおやすみ〜あ、寝る前に歯磨きをば……るんるーん」
鼻歌混じりにスキップしながら洗面台に移動するクレイラ。そして、数メートル布団を離すルシウス。彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。足蹴りしてしまって激昂させてしまいかねないから。
「おい、ルシウス。今のうちにこれを溶かしてくれ!」
アデルバートは踠きながら解こうとしつつ、視線を鎖に移す。
確かに氷ならばルシウスの火のマナで
溶かすことができそうだ。
「よし、わかった。
早速試して———」
立ち上がろうとしたルシウスの肩に
少女の手が触れた。
“もしそれを溶かそうとするなら、君も縛り付けるよ?”
(頭の中に直接!?)
振り返って見なくてもわかる。
クレイラは笑顔を浮かべながら顔に怒気を孕んでいるに違いない。
現に、イングラムとアデルバートは
まずい、という顔をしているから
想定通りなのだろう。
「わかりました。僕も歯を磨いて寝ます。
おやすみ2人とも!ぼばいちゃ!」
ルシウスは立ち上がり洗面台に移動し
高速で歯磨きして布団に潜った。
クレイラはしばらくごろんごろんと布団の上で転がり続けるとしばらくして大の字になって寝息を立て始めた。穏やかな寝顔と緩やかな呼吸、安眠している証拠だ。
自動照明が明滅して、灯が消えた。
残る光源は窓から差し込む月の明かりのみ。
「なあ、アデル」
「あぁ……明日はクレイラにみんなで土下座するぞ」
「そうしよう……一日くらい立ち寝しても、どうと言うことはない。俺たちもそろそろ寝よう」
「あぁ、おやすみ」
キンキンと冷える鎖。
振り解けない拘束、諦めたふたりは大人しく眠ることにするのだった。