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第131話「クレイラの不運と災難」

第131話「クレイラの不運と災難」


ダンっ、先に露天風呂から上がり

待合室にいた男性一同は突如聞こえた音に身体ごと傾けた。


「あん?なんだ?」


三人の戦士達はいい具合に赤くなって、肌も心なしかピチピチしていた。

これは、温泉の効能によるものらしい。


不純物の除去、肌の若年化作用

便秘腰痛解消等……とにかく身体の老化要素を徹底的に排除してくれる温泉が、男湯露天にはあった。と、先程の音の要因が登場した。三人とも思わず目を見開いて驚く。


右脇にリルルとソフィア、左脇にレベッカとセリアを担いだクレイラが、真っ赤な顔な鬼のような形相で歩いてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


クレイラも神経を集中しているのか、

それぞれの面々が接触して怪我をしないように配慮している。イングラムたちは手伝おうと席を立つが———


「そこでじっとしてて!!!!!」


「「「はいっ!!!」」」


ただ一度放たれる咆哮のような怒号

蛇に睨まれたカエルのように、動くことが出来ずに兵隊のような返事しかできなかった。


そして、クレイラはリルルをイングラムの膝に乗せ、ソフィアを肩に寄りかかるように寝そべるらせた。レベッカをルシウスの膝の上に、セリアをアデルバートの膝の上にそれぞれそっと置いた。激昂しているにも関わらず彼女の丁寧な行動には皆安心した。


「ふんっ!じゃあもう一度入ってくるから!

この子達のことよろしく!なんでこうなってるかはそこの肩に寄りかかってる人に聞いてくださいねっ!ふんっ!」


プンスコしながらクレイラは再び女湯露天風呂へ入ろうと暖簾を潜る。効能だらけのエメラルドの湯で水死体のように浮かびながら天井を仰ぎ、意識を半分手放す。

そんな彼女の楽しみを運命が許すはずもなかった。あぁぁぁ!!という咆哮と同時に髪を掻き乱すクレイラ。

慌てたイングラムはリルルとソフィアをアデルバートとルシウスの2人に預かってもらい駆け寄った。


「どうした、クレイラ。

ん?なになに?“凄まじいアルコール臭のため消臭作業を行っています。再入場お断り。”?」


先程出てきたクレイラ達が最後だったらしい。スピリタ酒の異様なアルコール度数は電子媒体式消臭部隊を編成しなければならないほど匂いが充満している様だった。


「あぁ……私の、せっかくの楽しみが!!!

露天風呂の湯でゆったりと天井を見て虫のせせらぎを聴きながら緩やかな風にほおを撫でてもらうっていう古風たな楽しみがぁぁぁぁ!!!!!」


(割と普通だな……)


「もういいっ!男湯に入るもん!」


半泣きのクレイラは隣に開いている青い暖簾を潜ろうとする。男達のどよめきが奥から聞こえてきた。


「待て待て待て!それはまずい!

色々とまずいからやめてくれ!」


「ええぃ!ままよ!野郎どもの裸なんか構うもんか!

離して!離してよぉ!温泉に入りたいのにぃ!」


暖簾の奥から野郎どもの構わないという声が沢山聞こえてくるが、イングラムはクレイラを羽交い締めしながら制止する。


「よせ!レオンさんがそんなことして喜ぶと思うか!?」


レオンという単語を聞き、ピタリと動きを止めたクレイラ。そして、ロボットの様にゆっくりとイングラムの方を首を動かしながら見つめる。


「う、うぅ……スピリタ酒のせいで!

ソフィアが酒なんて呑むからぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁん!!!」


イングラムの身体をぽこぽことグーで優しく殴りつけるクレイラは半泣きだった。

レオンがここにいたならすぐに抱きしめていたところだろう。


「確かにあそこはこぼさなければ飲めるとは書いてはあったが、まさかそんな度数の高い物を呑むなんてな。どうりで酒臭いわけだ」


「私が他のお客さんが来る前に酒臭い匂いを消したりアルコール度数を一番低くしたりして対処してたのにソフィアの身体がそれを許さなかったの!原液で呑むからいけないんだ!あの白髪女め!」


「幼馴染みを悪くいうなと言いたいが、今回ばかりは彼女が原因らしい、起きたらキツくお灸を据えておくよ。だから許してやってくれないか?」


「いいもん、個人風呂に入るから!」


「追加料金にございます、50000路銀ほどになりますが」


女将が笑顔で両手をすっと差し出す。

あいにくそんな大量のお金は持っていないクレイラ。


「ぼったくりだい!そんな高いはずがないもん!」


「消臭代金込みですよ……?

お、きゃ、く、さ、ま?」


「あう……」


クレイラが原因ではないとはいえ

それを彼女になすりつけられるのは少々納得がいかない。彼女は彼女なりに被害を減らそうとしていたのだ。アルコール度数を低くするとか人間には出来ない。

全身を小刻みに震わせているクレイラは頭を下げて謝罪した。


「あの、女将さんと大将。

ごめんなさい、私の友達がお酒を飲んだから、他のお客さんに迷惑がかかっちゃって」


「ふぅむ、お嬢ちゃんが原因とは限らないし……本来なら弁償してもらうとこではある。がまあそこは俺の頼みを一つ聞いてくれりゃチャラにしてやる。どうだ?なんでも言うこと聞くってんなら君の連れも許してやるよ」


「本当ですか?

やりますやります!エッチなことじゃなければなんでも!」


大将は少し顔をしかめた。

ついでに周りの男たち、パパさんたちも顔をしかめた。

してもらうつもりだったのか。

しかしすぐに表情を商売用の笑顔に変えて


「んじゃあ、看板娘をしてくれるか?

写真も欲しい、宣伝したいんだ。

俺と女将の旅館をな」


「看板娘ですか?踊らなくて歌わない

アイドルみたいなあれですよね?」


「え?あ、あぁ、うん。まあそんな感じのやつだ。女将さんに案内してもらうからよ。

ちょっと来てくれな」


「はい、じゃあ案内しますね〜」


旅館式の着衣室へクレイラは連れて行かれた。男達三人はそれをただ眺めることしか出来なかったが、しばらくすると女将さんがにやにやしながら戻ってきた。


「大将!あの子売れるわ!素材がいいもの!」


「ほんとかっ!?」


女将さんと大将がガッツリ握手を交わし抱擁する。声がうわずっているし

表情が涙ぐんでいた。


「さあ、いらっしゃいなクレイラさん!」


と、そこにメイド服を着たクレイラが登場した。白を基調としたメイド服

白いカチューシャをした彼女を見た民衆は一斉にスタジアムの歓声のように声を荒げた。特に男達が。


「あ、あぅ……なんでこんな格好しなきゃならないの〜!」


「クレイラちゃん!

“お帰りなさいませご主人様”って言ってちょうだい!電子媒体で録画するから!」


「う、うぅ……レオンにも見せたことないのにぃ!」


目に涙を浮かべるクレイラ

そんなことはお構いなしに大将と女将が電子媒体のカメラを向けて録画を始めた。


「はいじゃあ行きますよ!3.2.1!どぅん!」


クレイラは突然スイッチが入ったかのようにどこからともなくドリンクとデザートの乗せられたお盆を掌に乗せ、身体を回転させながらウィンクする。ひらりひらりと空気で舞う

フリルが見えそうで見えない至宝をちらつかせる。男達は歓喜した。


「お帰りなさいませ♪ご主人様!

当旅館は若返り効果が即実感できる

効能の温泉を24時間注ぎ続けています!

美味しい天然水、露天風呂から眺める壮大な自然の景色、虫達のせせらぎ!穏やかな風の音……日頃の疲れを、当旅館で癒してみませんか?私は、その、ご主人様が帰ってきてくれるなら、いつでもお迎えいたしますよ?」


録画終了のタップ音が鳴った。

そして、静寂がこの空間を支配した。


「ぃ——————」


「ふぇ?」


「「「「「可愛いいいいいいいいい!!!!!」」」」」


「!?」


クレイラとイングラムたちはスタジアムの歓声のような声に驚きを隠せずに目を見開いた。大将が涙ぐみながらイングラムの肩に手を置いてきた。


「君のべっぴんさん、いいね!

みてくれよこのアクセス数!

1分足らずで50万回再生してるんだぜ!?

これは大繁盛待ったなしだ!

いやっほい!」


「いや、俺は彼女の恋人ではなく———」


「おーい!メイドの嬢ちゃん!

上司OLとか幼馴染の女子高生とかやってくれぇ!」


「そうだそうだぁ!見せてくれぇ!

効能どうたらとかどうだっていいからよぉ!」


(この変態どもめ)


クレイラは口の中に鉄の味が混じるのを感じながらも、くるりと回転してOLの格好へと姿をタイプチェンジした。

銀髪から長い黒髪に変わり、黒ストッキングを履いたタイトスカート姿になると大将たちは勢いよく叫ぶ。


「はい!録画行きますよ!さんにーいち!」


「なに?まだ仕事が出来てないの?

ふぅん?私の期待に応えられないのねぇ……?まあいいわ、そんなあんたにはこの狭霧旅館入場券をプレゼントしてあげる。

感謝なさい?ほら、なにニヤニヤしてるの!?早く行きなさいよね!」


「「「「「ふぉぉぉぉぉ!!!」」」」」


大歓声も大歓声。それはもう至近距離でアイドルを応援しているファンの姿そのものだった。


イライラを押し殺しつつ、クレイラは

まだ50000路銀相当に達してないだろうと思いつつ、元の銀髪へと髪色を戻してくるりと一回転して女子高生服へ変身した。


「おーい!この銀色の猫耳つけてくれー!そぉらぁ!」


「おわっ、あぶなっ!?」


飛んできた猫耳を避けつつもキャッチしてそれを頭に装着する。

妙に付け心地が合って不思議に思いつつもクレイラは役へと没頭する。


「はい、録画いくでござますよ!はい!れっつらほほいほいほい!」


「……」


クレイラは電子媒体のカメラに近づいて旅館券を見せると。


「あの……これ、パパが当ててくれたんだけどさ、私にくれたの。

それで、2枚あるから君にもあげる……

え?どうしてって?

……それくらいわかってよ、馬鹿」


動かないはずの猫耳をぴょこぴょこ動かして耳を赤くする。表情は一切変わらないのに、耳だけは正直だった。

好きな男の子と一緒に出かけたことのない少女は初めて勇気を振り絞って旅行券を渡す。

一足早い、大人への階段を昇るために。


会場は拍手喝采に包まれた。

色々と刺さったのか、中には号泣する物まで現れたのだ。


「ううっ、幼馴染に会いてえよぉ!

元気してっかなぁ!」


「なんだ、このぽっかり空いた穴を

少しずつ埋められていくような感覚は……彼女は、天使か!?」


(帰りたい、私、すごく帰りたい)


クレイラはちらりとイングラムたちに目配せしたが、皆揃って拍手しているだけだった。

なぜ助けないのか、わけがわからない。

セリア達はまだ寝ているし、起きる気配もない。いつまで続けねばならないのか


「お嬢ちゃん!次はニッポンのキョウトジンやってくれぇ!」


「おおいいね!おいでやすだっけか!?

聞きてえ聞きてえ!」


仕方ない、これで最後にしよう。

クレイラはくるりと身体を回転させてイヤイヤ変身した。和を感じさせる羽織を見事に着こなして手にしていた和傘をくるりと回しながら笑顔を浮かべる


「当旅館においでやす」


「「「「「ふぉぉぉおぉぉ!!!」


「…………」


いい加減うざったくなってきたクレイラは表情が曇っていた。早く温泉に入って眠りたいのにこの馬鹿どもがそうさせてくれない。

このまま続ければ疲れ果てて二日近くは寝てしまう羽目になる。そうなればレオンを探す手間が余計にかかる。クレイラは胸元にしまっていたレプリカのドスを見せつけて———


「おらぁ!死ねどす!」


ヒュッ、と在らぬ方向へ投擲した。

そして、ずぶりと何かに突き刺さる音が木霊する。そして、それは天井から落下してきた。イングラムもこぞって人混みに紛れる。


「おぉっ!?こいつぁ旅館の怪異じゃねえか!?どんな霊媒師でも退治できなかったっていう……?」


「お嬢ちゃんよくやった!

みんな!拍手喝采だ!」


この旅館にそんな化け物がいたことなど知らなかったし、なんか目についたからついでに殺しただけだ。クレイラはイライラしながら皆が振り返る前に部屋に直行した。


パタン


静かな個室だった。

月明かりが窓から照らされ、畳の香りが苛立ちを抑える。普段なら抑えるのだ。だが———


「二度と来るかこんなとこぉ!」


クレイラにだけは、効かなかったようである。

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