第126話「スアーガよさらば」
数時間後、イングラムたちは休息を取り終えて再度玉座に集った。再びネメアの招集がかかったのである。
「皆よく休めたか?ならばよし!」
「おいネメア王、意味もなしに呼んだわけじゃないだろ、要件を言え、俺たちに時間はないんだ」
悪態を吐き、粗暴な態度を取るアデルバートに兵士たちが一斉に銃を構えた。
蒼い影は一人の兵士の背後をとって首を羽交い締めにしながらナイフを首元寸前まで突き付ける。
「ガキのいる前で銃を下ろすとは舐め腐ってやがる。やる気か?あぁ?」
しかし、突如として彼の手にしているナイフから水が滴って凍り始めた。水のマナを出しているのではない、アデルバートは直感的にクレイラの方へ視線を飛ばした。
「アデルストップストップ。
それ以上はその子の教育に悪いよ」
ふん、と鼻を鳴らし兵士を突き飛ばしてナイフをしまう。
すると、瞬きの間に手とナイフが解凍されていく。利き手に再び温もりと感触が蘇る。手を広げたり握ったりしながらセリアの横に立つ。
「アデル様、あまりご無礼は……」
「言ったろうセリア、俺たちには時間がない。ルークだけじゃない。レオンだってどうなっているかわからないんだぞ。
悠長にしてられるか」
その言葉は冷淡であったが、事実を述べていた。ふたりの状況がわからない以上、確かにじっとしているわけにはいかない。
「ふむ、ではそんなせっかちなお前のために結論を話してやろう!心して聞け!」
「うるせえ、さっさと言え」
急かしに急かすアデルバート。
腕を組みながら睨みを効かせ
踵を鳴らしている。
「まずだな、余ことスアーガはお前達と友軍になることに決めた。まあ、同盟だな!」
「国を持たない我々に同盟、ですか?」
「うん?同盟は国同士がやるなどと言う法律は存在しないだろう?個人と国とが結んでもなんら不思議はないはずだ」
ふむ、とイングラムは納得する。
ネメアは続け様言葉を発すると
「同盟を結ぶリーダーは、お前だ。
イングラム・ハーウェイ」
「私が……?」
「そうとも。俺はなお前に期待しているのだイングラム、お前のその真っ直ぐな眼、そして高潔な志は、やがて周りを巻き込みこの混沌とした世界に平和をもたらすだろう。とな」
「——————」
「ははは、それに、スクルドからお前達のことは聞いていた。おかげですぐにわかったよ。”もし彼らが貴方の国の民を救ったのなら、その時は手を貸してあげて欲しい。”
彼女はそう言っていた。
うむ!さぁ同盟だ、同盟を組もう!
イングラム!手を出して血を垂らせ!
ほれ、早く契りを結ぶぞ!」
「かしこまりました」
イングラムは書状に自分の血でサインを記した。泡色に光るそれは宙に浮かび上がりネメアの掌に収まる。
「うむ、では行くがいい戦士達よ!
お前達の旅路に幸運があらんことを!」
契約書を眺めて穏やかな笑みを浮かべた王はイングラムたちを送り出すのだった。
こうして、イングラムは獅子王ネメアと盟友になり、スアーガを立つこととなった。
もうこの国に脅威はない。彼らはそう確信し、最初に入った時に潜った門の前までやって来た。そこには、見送るようにエレノアが立っていた。
「皆さん、もう行ってしまうんですか?」
狼の耳をへたりとたたみながら哀しげな表情を浮かべる。まるで、2度と会えないとでも思っているかのようだった。
「えぇ、俺たちはまだやらねばならないことがあります」
「また、遊びに来てくれますよね?」
「えぇ、必ず」
イングラムは手を差し伸べて、エレノアはそれを両手で握った。
約束の握手だった。
お互いが生きている限り、必ずまたどこかで会える。それは思わぬ再会かもしれないし、もしかしたらここに立ち寄ってのものになるかもしれない。
「それでは、お元気で———うぅ」
「エレノアさん……」
「せっかく仲良くできたのに、もうお別れだなんて、哀しいです。寂しいです。
でも、私、みんなで待ってますから!
この国の人みんなが人間を好きになってくれるように努力して、ここで待ってますから!」
「はい!その時はまた、ここに寄らせてください。楽しみにしてます」
そういって、イングラムは笑みを投げて門を潜っていった。そして、アデルバートたちもそれに続いていく。
リルルは元気に手を振りながら、バイバイと大きな声で名前を呼ぶ。
エレノアの瞳には涙が浮かんでいた。
「さようなら、人間の皆さん。
またいつか……」
溢れゆく透明の筋を、そよ風がさらっていく。エレノアは涙を指で拭い、前を向いてイングラムたちの姿が完全に見えなくなるまで見送った。
「わーい!セリアお姉ちゃんとクレイラお姉ちゃんが一緒だぁ〜!嬉しいなぁ〜ふんふふーん」
リルルは門を抜けて少しした後、クレイラとセリアの手を握って楽しそうにスキップする。
「よかったなリルル。君はセリアさんに会いたがってたもんな」
イングラムは先頭を歩きながら
リルルを横目に見る。
「うん!クレイラお姉ちゃんとセリアお姉ちゃんが一緒にいてくれるの、すごく嬉しい!」
アデルバートはセリアの隣で歩行を合わせるほぉ?とクレイラを眺めていた。
「だってねアデル様!
聞いて聞いて!」
「あん?」
初めて聞く子供がいたら飛び退いて尻餅をつき、漏らしながら失神するだろうがリルルは慣れている。ちょっと不機嫌そうなアデルバートにも笑顔を向けていた。
「前にね、クレイラお姉ちゃんがいたけどセリアお姉ちゃんがいない時、私哀しかったの。でもね!哀しそうにしてたら今度はクレイラお姉ちゃんがいなくなってセリアお姉ちゃんが出てきたの!!
でも一緒になることってなかったから、何でかなぁってずぅっと思ってたの」
「———ほう???」
冷徹な殺気がイングラムの背中を蛇の様に伝う。そう仕向けたのはアイツだと、アデルバートは既に理解していた。
それを察したイングラムは足をぴたりと止めて、ムーンウォークしながらアデルバートの隣に立ち、耳打ちした。
「悲しませるわけにはいかなかったんだよ。
リルルはセリアさんに懐いてる、気分を沈めるわけにはいかんだろ」
「クレイラの変身能力がないならないでどうにかやり過ごせたろうに、何でそんなめんどくせえことしたんだ?」
「うっ……」
「ふん、まさか良心故か?お前らしいな」
アデルバートが背中を拳でドン、と叩くとリルルに向けて「一緒に手を繋げて良かったな」と一言言った。リルルは上機嫌だ。
そして、リルルたちの後方を
ルシウスとレベッカが歩いていた。
「ねぇ、転換しないんですか?」
「なんでですか、しませんよ」
レベッカはあの時の衝撃が忘れられないらしい。事あるごとに迫っては変身を願っている。しかし、それで痛い目をみたルシウスは二度としないとして体験版を消去したようだった。
「いやほんと死ぬかと思いましたからね忘れませんからね」
「いやぁ、すいませんでした。
ついつい気になって……」
顔を赤らめて後頭部を掻く。
悪気があることも自覚して、今は反省しているようだった。
「それじゃあ、自分の変身は気にならないんですか?」
そんな中、ルシウスがふとそんなことを聞いてきた。レベッカはきょとんとして、目を見開く。
「へ?」
「気にならないんですか???」
そう言われればした事がない。
男性に憧れたこともあったが、性だけはどうにもならないと諦めていたころがあった。
しかし、今はそれを叶えるアプリがある。
ルークと共に、切磋琢磨する剣の友になりたかった彼女にとって、それは雷を直撃したくらいの衝撃があったのだ。
「あの、レベッカさん?」
「ありがとうございますルシウスさん。」
「え?」
「私、昔の願いを思い出しました。
ルークと模擬戦をする時、彼はいつも手加減してくれてたんです。
私が女だから、きっと本気になれないんだと思ってました。だからずっとずっと剣の道を極め続けてきました。高みを目指していました。でもそれが!」
立ち止まってルシウスに顔を近づける。
「今叶うんです!」
「おお……」
どんっ、と満面の笑みを浮かべたレベッカに、思わず気圧される。
「は、はぁ……それは、おめでとうございます?でも体験版はやめておいた方が良いですよ。あれは辛いです、えぇ、辛かったですとも……まあ体験したいと言うなら止めませんがね」
「あ、それは結構です。
正規版でやるんで」
ルシウスの背後で火柱が立ったような気がした。レベッカは目をパチパチさせて、腕で目を拭い、もう一度ルシウスを見る。
そこには爽やかな笑顔を浮かべるルシウスがいた。
「どうしたんですか?」
悪意など微塵もない、善意の塊のような顔。
ルシウス・オリヴェイラが激痛くらいで怒るわけがない。と安堵したレベッカだった。
そして、それを他所に少し苦い顔をしたルシウスがいるのだった。
彼らの次の目的は、砂漠の王国スフィリア。エルフィーネの情報によれば、様々なマナ使いが集まる武闘会を近々開催するのだという。そして、優勝賞品は「知りたい事が知れる魔の鏡」
それを手にするべく、イングラム一行はスアーガに向かって歩いていくのだった。
「ところで騎士様」
「うん?」
「あの白い髪の女の人って、だあれ?」
「…………」
それは間違いない。ソフィアのことだ。思いだしたイングラムは即座にスアーガへ駆けていき医療室で快復していたソフィアの手を引いて連れて戻ってきた。この間わずか三十秒。
「紹介しよう……」
「はじめまして、イングラムの幼馴染のソフィアです。よろしく」
幼馴染という言葉を聞き、雷を受けたように固まるリルル。
そして、旅の一向にソフィアが加わる。また一段とにぎやかになるな、と
イングラムは小さく微笑んだ。