第125話「王の提案」
第125話「王の提案」
スアーガ王国では民達がゾンビのような存在になってしまうという惨劇に見舞われたものの、紅蓮の騎士軍は突如として撤退。
陽動隊はおろかリーダーの率いる主要部隊までもが一斉に退き始めたと、偵察隊は王に報告したという。
それからは、街の復興のために、イングラムたちは民や兵士達と協力して一日も早く元の生活へ戻れるように尽力した。
そして、ある程度復興の目処がたったある日。獅子王ネメアはイングラムら国外から来た面々を玉座に呼び出した。
「うむ、良くぞ来てくれた!
皆身体は充分に休められたか?
獣臭くて敵わなかったのではないか?
がははははは」
「兄上、どうかほどほどに」
豪快に笑う獅子王。
ネメアはあの戦の後で治療に専念して
無事快復。王の執務に戻りながら
今は民達と交流を深めようと思考を巡らせているらしい。
弟のレネアは相変わらず豪胆で大胆な兄のやり方にてんやわんやしつつも、国の復興に一番に取り組み、民達から慕われるようになった。
そして、何より変わったことといえば
彼の人間不信に多少なりとも改善の兆しが見えたことだろう。
「外から来た者達よ。このレネア
まずは謝罪させてもらいたい。
私の人類に対する揺らぎが、今回起きた事態の悪化、および復興を遅らせたと言っても過言ではない。君達を疑ってしまったことを詫びさせて欲しい」
「いえ、あの状況では無理もありません。僕が同じ立場であれば、きっと同じ行動をしたでしょうから」
「すまない。ルシウス」
レネアは頭を下げて、謝罪の意を示した。ルシウスはそれには及ばないとすぐに顔を上げるように言った。
「王様、私達を呼び出してどうしたの?もふもふさせてくれるの?」
「こら、リルル。ネメア王に失礼な事を言わない」
純粋無垢な笑顔を浮かべ、ぴょんぴょんと跳ねながらおねだりするように問いかけるリルルの頭にポンと手を置いて少し強めの口調で静止させる。ちょっとしゅんとするリルルを
他所に、イングラムは顔を見上げた。
「イングラム、アデルバート、ルシウス。
そしてレベッカ、セリア、クレイラ。
お前達の尽力によって多くの者が紅蓮の騎士軍の脅威から救われた。ゾンビの被害が起こるとは思いもよらなかったが、それも最小限の被害で済んだ。これも皆の尽力あってこそだ!ぜひ礼を言いたい」
ネメアは玉座から立ち上がり頭を下げた。
レネアは驚愕し親衛隊は額に汗をかいている。王が外の人間に対して感謝の意を見せるのは初めてだったようだ。
「そこで、だ。お前達。
俺の統治するこの国に永住する気はないか?宿も仕事も、好きに選ぶ権利を与えよう!」
「兄上!それはいくらなんでも
大盤振る舞い過ぎです!自重してください!」
「むぅ、しかしなぁ、彼らの功績は
それに比類しうるくらいのものだ。
俺が見ていなくとも、俺の国の民達が
彼ら一人一人の活躍を見ていた。
復興の最中も多くの者がお前達の名を挙げ感謝していた。民の言葉を疑うわけにもいくまい?」
「……それは、そうですが」
「と、いうわけだ!どうだ!?
ここに住むか?なんなら余がすぐに移住の手続きをしてもかまわんぞ!?」
全員は顔を見合わせたあと、王に顔を向けイングラムが小さく手を挙げた。
「王よ、イングラム・ハーウェイ。
言を述べさせていただきます。
よろしいでしょうか?」
「うむ!申せ!」
ネメアが玉座に再び腰を下ろすと同時にイングラムは一歩前へ進み、膝を折り頭を垂れた。
「王のご厚意、まずは感謝申し上げます。しかし、我々にはやらねばならない目的がございます。それを成すまで、ひとつの国に長く留まることは出来ません」
申し訳ありません。とイングラムは再び頭を垂れた。しかし、ネメアはそれを気にも留めずにイングラムの言葉に疑問を浮かべる。
「ふむ?その目的とはなんだ?
話せる事なのか?もし可能ならば
それを話してはくれぬか」
「我々はレオンという人物を探しています。なんらかの情報がどこかで得られるのではないかと国々を回っているのですがいかんせん成果は乏しく、未だに何も掴めていない状況です。仲間もひとり、その最中で行方不明になりました」
「レオン……レオン・ハイウインドか!確かクトゥルフの邪念のやつがそんなことをくっちゃべっていたな。確かハイウインド家の末弟とかなんとかどうのか、と……」
「ネメア王、何か知ってるのか」
アデルバートが腕を組みながら静かに問いを投げる。周りの兵士たちはタメ口にざわめくものの、やはり王は器が大きいらしい。
それすらも気にしていない様子だった。
「レオンに会ったことはないが
その男についてはお前達の方が詳しかろう。だから探し回ってるんじゃないのか?」
「「「——————」」」
そう言われれば、彼らはレオンの出自や家族関係など何ひとつとして知らない。
なんとなく、聞きいてはいけないような気がして、雑談で交流を図っていた。
それは、みんなが意図して打ち合わせたわけでもなく、ただ偶然同じ考えに至っただけ。
だが今回はそれが仇になった。
戦士達は揃えて口を閉ざす。
「……?どうした、なぜ黙る?
あれ、もしかして知らないうちに皆の
地雷を踏んでしまったのか?」
「いえ、それはないかと。
おそらくは、皆その男の個人情報を知らぬのです。だから口を閉ざしている。」
「ふぅむ?お前達、何年一緒にいた?」
「俺とルークは4年間」
アデルバートが口を開く。
「俺とルシウスは2年、共に過ごしました」
続いて、イングラムが口を開いた。
ネメアはうーん、と腕を組みながら思考する。そして
「皆がそれほどの月日を共に過ごしたのに誰も一度も、レオンの家系について聞かなかったのか?」
「はい、お恥ずかしながら」
「——————」
顎に手を添えながら、ふむ、と戦士達を見据えた後、奥にいる女性面子を眺めた。
「そこの者達はどうだ、レオンについて何か知っているか?」
リルル、レベッカ、セリアは揃えて首を横に振る。会ったこともない人間の情報を、彼女らがどうして知っていよう。知っていたならとっくに言葉にしているはずだが
「……そこの銀髪の者よ、其方はどうだ」
ネメアは唯一微動だにしなかったクレイラに問いを投げる。その瞳は他の者たちに見せる目よりも遥かに鋭いものだった。
「知っています。ですが、レオンに口止めされてるから、お答えられないよ」
その瞳が彼女の目に入っていないのか
それとも萎縮されることに慣れているのかクレイラは淡々と返答した。
「では質問を変えよう。
レオンとどれほどの月日を過ごした?」
「約5年ほど、かな。その後に私は彼と別れたよ。
本当は、共に行きたかったんだけどね……」
「どうやって聞き出した、レオンの情報を」
明らかに声色が低くなっているのがわかった。兵士達の中にも身震いする者が現れ、
レネアも額に汗を流す。
リルルは何かを感じ取って、セリアの足元に隠れてしまった。
「言ったでしょう、答えられないって」
「なぜだ?その男の友が情報を欲しているのだぞ?答えてやるのが筋だと思うんだがな」
「レオンと約束しました。
“俺の秘密を知れば必ず悲惨な目に遭う。だから口にしないで欲しい。”と」
「——————」
一瞬、王の全身の毛がふわりと立ち上がったような気がした。レネアはそれを見た直後に反射的に身を乗り出して、クレイラたちを庇うように前に出た。
「兄上!なりません!どうか穏やかに」
「わかっている。銀髪の女、其方中々に“強いな”」
(兄上のあの眼光を受けて尚微動だにしていない。呼吸も乱れていないし、汗もかいていない、それに、彼女からは緊張感を感じない。これ以上の何かを、潜り抜けてきたとでもいうのか!?)
「ふふ、ありがとう」
クレイラは一歩前に進んで軽く会釈をしながらそう言った。ネメアも埒があかないと察したのか、深々と息を吐いて脱力した。
「がはははは、いやぁ強い!
いい女だよ其方は!なぁレネア!
がははははは!」
玉座の緊張感が一気に解け、いつもの王の笑いに戻った。イングラムたちは内心安堵しただろうが、クレイラだけはネメアを見据えたまま動かなかった。
「よし、お前達、探す旅に出る前に身体を休めていけ。俺のせいで余計な神経を擦ったろうしな」
ネメアは片手をあげると、兵士は敬礼して全員を部屋へと案内する。
「あー、そこの銀髪の其方、残れ」
リルルの後についていたクレイラは
その声にぴたりと反応して歩みを止めた。
「わかった」
振り返り、返答する。
「皆、一度下がれ。
この者と二人だけで話がしたい」
「しかし……」
「下がれっっっ!!!」
轟く怒号に、兵士達は腰を抜かし
皆がそれぞれの待機室へと戻っていった。
そして、ネメアも兄を刺激しないようにゆっくりとその場を去っていく。
(あの女、一体何者だ……?
人間ではない、それ以上の何かではあるのだろうが……)
レネアが去った後、玉座は周囲を封鎖した。
ネメアは玉座から立ち上がり、段をゆっくりと降りてクレイラの目の前に立つ。
「其方、人間ではないな?
そして亜人でも、獣人でもない。
宇宙人という線も捨て難いが、そうではあるまい」
「そう、私はこの地球上あらゆる存在のどれにも当てはまらない存在」
「なぜ、人の女の姿をしている」
ネメアはクレイラを見下ろしながら
見据えたように言った。
だが、クレイラは動じない。
「私の大切な人が、こうあれと望んだからです。それ以上のものはありません」
「レオン……、其方にとってあの男とはなんだ?なぜ、イングラム達よりも
遥かに短い期間共にしていた其方が、レオンの個人情報を持っているのだ?」
重々しい間に、クレイラの深い底のような声色が響いた。
「……さっきも言ったはずだよネメア王。答えられないってね。
これ以上の詮索は、力尽くで聞きに来てもらうしかないけど」
クレイラに宿るマナがネメアの瞳の中で可視化される。容易にこの国全体を飲み込むことのできる力を彼女はオーラとして放った。赤にも、青にも、黄にも、紫にも、緑にも見えるそれは、虹のような色彩と言えよう。口を閉ざして見惚れてしまうほど美しく、そして恐ろしい破壊の威力がネメアには視えた。
「いや、やめておく。
“俺では絶対に勝てんからな”」
「それじゃ、私も部屋に向かうよ。またね」
「あぁ……」
クレイラは背を向けて走っていった。
ジェヴォーダンの獣の時には流さなかった汗が、不快感となって全身を伝う。過去数多に渡る感情のような何かが、ネメアを蝕んでいく。
「……もしや、あの娘の正体は———」