表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/167

第124話「誰が為の力か」

「……貴様、なぜ俺のことを知っている!?

それに、ハイウインドだと……!」


リオウは仮面の奥で目を見開き

その字名に驚愕する。


「それには答えられないな……」


拳と剣が交わる。

常人にはまともに立つことすら出来ない突風が、二人を起源にして吹き荒れる。

砂塵は渦を巻き砂を巻き上げて大地を抉っていく。


「———レーヴェ」


ライルは目を細めて聞こえないように

奥歯を噛み締めた。それは尋常ではない力だった、口の中に鉄の味が舌の上で踊る。

そして、自然と拳に力が入る。

リオウはそれを受け、跳躍して再度剣を構えた。そしてリオウは、その字名を持つひとりの男の名を口にした。


「レーヴェ・ハイウインド……おそらくは、お前の父であり……そして俺の命の恩人だ」


「……ふっ」


レイの声のトーンが明らかに下がっているのが理解出来た。リオウはそれを理解して尚、言葉を続けた。


「そうだと言ったらどうする?

何か不都合でもあるのか?」


レイは砂塵を巻き上げながら

迎撃態勢をとっているリオウに一撃みまう。


そして、拳の軌道を読んでいた剣士は

吸魔剣を解放し、その勢いを殺すようにして受け止めた。しかし、マナを吸収する独特の感覚がやってこなかった。


リオウの持つ柄にマナが届くことはなかった。それと同時に、背筋が凍るような悪感が蛇のように伝っていくのを感じた。


「———マナ使いでは、ないな」


「だったらどうする」


リオウは目を細めてその理由について模索し始める。振われる数々の無慈悲な拳を時に躱し、時に剣で受け、時に全身全霊を以って反撃する。しかし、どの行動にもリオウは手応えを感じなかった。


(怒りを表しても手を抜いている。

か……解せんな)


リオウは振われた拳に向かって吸魔剣を薙ぎ払うように振るう。人間の身では決して奏でない撃鉄の音が耳を劈く。

吸魔剣は攻撃を受け続けている内に

ゼクスの本懐が発揮されていくのを感じ取った。それを柄に通じ、主人であるリオウに伝える。


幾度となく剣と拳がぶつかり合う

その度に、レイの感情が剣を伝ってくる。

弟達に非常の判断を下した哀しみが。

両親を守れなかった無力さからくる自分への怒りが。リオウ自信が経験したのではないかと思うほど、脳裏に映像が鮮烈に浮かび上がった。


(くっ、なんだ、この男のこの能力は!?

自身の経験を他人に見せつけるものか?

いや、それだけであれば仲間達があそこまで恐怖する理由には不足している。

一体——————)


「考え事をしている暇があれば

手を動かせ!」


臓腑の破壊を目的とした凶拳がリオウに迫る。意識を模索に向けていた彼は、僅かに対応が遅れたものの、拳がかすれて兜に亀裂が入ってしまった。


「リオウ殿!」


「シュラウド!案ずるな、お前は自分の身を守ることを第一に考えろ!」


叫ぶシュラウドに対して視線のみを投げて身を守るように告げる。そしてリオウは剣を構えて吸魔剣の真価を発揮させようとした。


「お前に生半可な攻撃は効かぬだろうと読んだが、さて———」


澄んだ夜空が砂嵐に飲まれて掻き消える。

砂嵐を発生させた起源は、リオウの持つ剣の影響によるものだ。目にも見えない事細かな粒子状の砂が、渦を巻いて剣にまとわりついていく。


「……面白い」


「つぁ!」


斬る、払う、振るう、落とす。

あらゆる剣技を眼前の敵に見舞っていく。

どれも手応えはないし攻撃は掠ってもいない。強者はその繰り出される攻撃を腕で防ぎ、足で防ぎ、身体を逸らして躱しいなして躱していく。


「ふむ、剣筋は悪くない。おそらくは我流か。

敵を苦しませずに楽に逝くように創意工夫が成されている」


レイは彼の剣技を躱し続けながら

聞こえるように呟く、リオウはそれを挑発とは捉えずに淡々と攻撃を繰り返す。

上から、横から、下から、あらゆる方向から一撃を向ける。


「挑発には乗らず、か。

いい戦士だな、お前は」


口角を浮かべて、余裕の笑みを見せる。

徐々に息を荒げていくリオウに対して

レイはスタミナを殆ど消費していない。


「剣の振り方、そして全身の使い方。

標準点よりは高得点だが、いかんせん

まだまだだ。今の自分を見てみろ。

息を荒くして剣の狙いがずれ始めている。

そんなではこの先の敵を倒せんぞ」


次の一撃を振るう隙を突かれ、リオウは腹部を蹴りあげられた。鎧の軋む音と同時にダメージが入る。


「ぐっ……」


二歩、三歩後退してよろめきながらも

首を横に振って思考と意識を留める。


「ほう、軽度とはいえ私の攻撃を受けて立っているか。なるほど肉体面は中々頑丈だな」


「貴様、なぜ俺を観察するような真似を……!」


「興味本位だが?」


「馬鹿にするな……!」


吸魔剣にマナが宿って先端が光り輝くとリオウはそれを振り下ろした。

直線状のエネルギー波が、レイに迫る。


「ほらよっと」


放たれた赤き一閃は、拳で叩き落とされた。

光は二手に分かれてレイの後方の地面に着弾して爆発する。


「……これ以上は無意味だ。

撤退することを勧めるぞ。皇子様」


シュラウドの眉間に汗が滴る。

兵士達が慄き、声を震わせる。

手にしていた武器を、無意識に手放していく。彼らは既に、戦意を喪失していた。

しかし、彼らの長は仲間がそうであっても


「否、と言わせてもらおう」


退くことはしない。

彼はただひとり、レイに畏怖することも戦慄することもなく、堂々と立ち向かうために剣を再び握り、切っ先を向ける。


「俺には、守らねばならない仲間がいる。成さねばならない野望がある。

其の刻まで、俺は、俺達は歩みを止めるわけにはいかない……!」


レイは感心しながら拍手を贈る。

これほどの勇士はそういない。

心の底から、彼はそう思った。

リオウが振るう一撃一撃は、彼の信念と思想から来る重みからくるものなのだと理解する。


「いいだろう、お前ほどの勇士は久しぶりだ!撃ってこい!お前の全力を———!」


「そうさせてもらおう!」


リオウは口元を拭いながら

全身全霊を刃に込めていく。

全ての神経を手に集中させ、五感を鋭敏にする。


「唸れ、我が刃よ!剛烈一閃!」


静けさの中で産まれた小さな砂嵐の中で、剣が赤黒く光り極光の刀身を造り出し、レイに向けて一撃必殺の剣が振われた。


「おおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」


「——————」


天に届きかねないその黒く赤い光は

空よりも高いものだった。

刀身はただひとりの敵を断ち切らんが為、仲間の光となって降り立った。

レイは微動だにせず、天に煌めく極光を仰ぐと———


「隙が大きいな」


レイは待ちくたびれたと言わんばかりにそう溢して、寸前のところで拳を構え、リオウの胸部を刹那の速さで唯一度だけ突いた。


「——————ぐっ!」


手にしている柄が揺らぎ、天から振り下ろされかけたその極光も一撃の影響により掻き消えた。その軽い一撃は、最大にして最高の

一撃を打ち砕くのにはあまりにも強大に過ぎた。


「ぐっ……」


紅い鎧いに身を包んだ戦士は身体をふらつかせるも、どうにかして剣を支えにして膝を突く。


「リオウ殿!」


「リオウ様!」


シュラウドが、仲間達がリオウの名を呼ぶ。

低下しきったはずの士気が、彼らの声援で取り戻されていくのをリオウは肌で感じた。

血反吐を砂の地に吐き出し、兜は更に

割れ、次第に原型を留めないほどに

粉々になって、地に落ちた。

そして、空を塞いでいた砂嵐も

やがて止み、消えていった。


「はぁ———、はぁっ……」


そして、國崩しの長たるものの貌が

露わになった。肩まで下ろした美しい髪は美しい星空に照らされて葵色に光り、京紫色の瞳は未だに敵意を宿していた。口元に流れる赤い一筋を拭う様子をゼクスは眺めて

やはり、と小さく溢した。


「リオウ・マクドール、いや、かの王朝の皇子よ。

國崩しの人間がこの程度だったとは驚いた。それでよくいくつもの國を滅ぼしてこれたな。弟達以上に、愉しめない」


吐き捨てるようにレイが言う。

しかし、リオウはあくまで冷静にゼクスを見上げて叫んだ。


「まだだ、俺が死なない限り、國崩しは終わらない!國は世界を蹂躙するものだ!

生きとし生けるものたちの自由を奪うものだ!」


「その身体でまだ立ち上がろうとするか」


「國は全てを束縛する!

人も、意思も、そして感情さえも!

俺達は喪った物を取り戻さねばならない!

その為には、こんな所で倒れるわけにはいかないんだ!」


吠えるものの動こうとすれば身体が悲鳴を上げる。肉体の外側に着ている鎧は、本来は身を守る為の物、しかし、今ばかりは己を蝕む凶器になり、肉体の内側では臓器に激しい損傷が起こっていた。生きるに必要な呼吸をする為の肺も、今は命を縮めてしまう物になりかけている。


「そうだ、その通りだ!俺達は望みを失っちゃあいけない!みんな!リオウ様を護るんだ!!」


「「「おうっ!!!!!」」」


ひとつの宣告で全ての兵士達が動き始める。手放したはずの武器を手にして

震えている身体に鞭を打って

ある者は馬を駆り、ある者は己の脚で行く。

数十秒もしないうちに、彼らは全員リオウの前に立ち、レイを阻む護りとなった。


「レイ・ハイウインド!

敵はひとりではないことを忘れるな!

我ら紅蓮の騎士軍!皆ひとりひとりが

リオウ殿の矛であり、盾である!

主人を斬ろうというならば、まずは我々を斬り伏せてみよ!」


「お前達……!」


レイはその光景をその赤い双眸で確かに焼き付けた。彼らは悪逆非常な存在ではない。そうであれば、リオウは見捨てられこの荒野に朽ち果てたに違いないだろう。


「常に忠実であれ」


リオウを筆頭とするこの騎士軍には

この言葉が相応しい。

そう思うと、手を下すこと自体が馬鹿馬鹿しく思えてきた。レイは自嘲気味に笑うと彼らに背を向けて歩き出した。


「……なぜ、とどめを刺さない」


「お前を、お前達を倒すのは私ではない。弟の仲間達だ」


「イングラムか……」


「お前にはこれから知ってもらわなければならないこともある。それに、お前達全員をここで倒すのは、少々勿体ない気もしてきたのでな」


レイは背中越しでそう呟いて、満足そうに手を振りながら、その先へ立ち込める砂塵の中へと足を踏み入れた。


「待て!ひとつ教えろ!

お前はなぜ俺が皇子と知っている!?」


「————職業柄だ。

それ以上は、答えられない。

また今度会ったら、その時は必ず話そう。それまで生きてろよ。リオウ殿」


笑うような声でそう言い、そして今度こそ彼は砂塵の中へと姿を消したのだった。静寂と憔悴の渦が巻くこの戦場で全ての兵士達がゼクスの消えた方向へ視線を向けていた。


「リオウ殿、恥ずかしながら我々は手も足も出ませんでした。あの男、予想以上に強大な戦士のようです」


「あぁ、どうやらあれでまだ本気ではないらしい。

あの男、心底恐ろしいが、実に越え甲斐がある。いい相手〈友〉が出来た」


「リオウ様、肩をお貸しします!」


紅蓮の騎士軍はこの件により

獣の国スアーガから一時撤退することとなる。この軍団の進軍を阻止したのがレイという一人の男の功績だということをスアーガの民達は決して知りはしない。

今後も、きっも知ることはないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ