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第121話 「名前のない感情」

八極拳で木を殴り倒した後も、レオンはクレイラに多くの書物を見せた。

国語辞典、数学、生物学、人類史、神話、加工技術、医療技術、心理学など

クレイラはたった1時間で20を越える知恵を吸収し、自分のものにしていった。


「ふう、疲れたぁ!」


レオンの隣にクレイラは腰を下ろして

欠伸をして、木にもたれかかった。

レオンは積み重ねたらどれくらいになるのか、照射して計算した。

ざっと成人男性くらいの高さがあった。


「博識になったよな……たった1時間で」


特に驚くこともせず、こんなもんか

とレオンは呟く。


「ん……これまでそういう経験なかったからさ、レオンの面白い!っていう感性を真似したら、なんか全部真新しく感じちゃって、そこからトントン拍子だよ。数学と地理は全然ダメだったけど」


「気持ちはわかる。その二つだけはどうしてもその気にならないからな」


「でもおかげで、私はレオンの“人間らしさ”っていうのがわかった気がする。どう?少しは人間らしくなったかな?」


クレイラはレオンの顔を覗くようにして突拍子もないことを聞いてきた。

それにレオンは、表情を変えずに答える。


「あぁ、バッチリだ」


レオンは右手を挙げた。

クレイラははっ、として自分の右手を上げてパチンと重ね合った。


「ハイタッチってやつだね。いい音なるなぁ」


「身を置いている環境の影響もあるが、一番は相性だろうな」


「ふふん、私以上にレオンとピッタリな人なんているのかな?」


えへん、と見栄を張り、クレイラはそんなことを迷いなく言う。レオンはふふ、と声を漏らす。


「いない、そもそも現れないだろうな。これまでも、これから先も……」


「そうかなぁ?レオンは優しくてハンサムだからモテると思うけど……」


モテる。そんなことはなかった。

そもそも、異性に対して最悪な思い出しかないため、今も普通の異性を見ると無意識に迎撃体制に入ってしまう。悪い癖だ。


「俺は好きになった人から好かれればいい。それだけで満足だ」


レオンはぽつりと呟いて空を見上げる。雪がゆっくりと積もっていく。

吐く息も、霧状のものとなって空に胡散する。


「……少し寒くなってきたな。今新しい商品のフレイムスープっていうのが

流行ってるらしい。温まるみたいでな……その、飲むか?」


「どんな味があるの?」


「うん、コンソメとかポタージュとか

あとはグラタン、ココアやらコーヒーやら……まあ、見てみるといい」


レオンは自分の電子媒体を指でスクロールしてクレイラの側に近づけた。

赤い瓶、赤い液体の絵柄で、蛇の形をした

湯気のようなものが描かれている。


「ええっと、じゃあこのストロングベリー味!」


「……ストロング、なんだって?」


レオンは疑問符を浮かべながらクレイラの側に寄りかかりつつ、その味を見つめる。


「……英語か、訳すと確か“とっても強い”」


「とっても強い?」


「どんな味だよ……」


「飲んでみたい、かも……」


「飲み切れよ?変な味だと言って残すなよ?」


「わ、わからないもん!美味しいかまずいかなん……て」


レオンの方へ視線を向けた。

ゼロ距離で残すなよ?と彼は言っていたのだ。彼は沈黙したクレイラを見つめてどうした?と首を傾げる。


「ち、近くない?」


「……?普通だろ?」


なんだろう、このときめきの感覚は、

生きてきて感じたことのなかった

不思議だが、嫌いではないこの感じ

レオンといると、胸だけではなく

心がドキドキとしてきた。


「どうした?やっぱやめとくか?

俺もその方がいいと思うが」


レオンはホットミルク味を頼み

注文確定ボタンへ指を近づける。


「私も、同じやつ飲む」


「ホットミルクをか?味変付けるか?」


「ん、いらないかな」


「わかった」


レオンはホットミルク味の数量の部分に光っている+マークを押そうとした。が、クレイラは注文確定ボタンを押してしまった。もう後戻りはできない。


「あっ、え?なんで?」


「……お金、無いんでしょ?」


「そこまで覗いたのか、スケベ」


「私の胸の中でしばらく動くのをやめていたのはどこの誰?」


「すいませんでした」


「よろしい」


新婚夫婦のようなやりとりをした後

レンジのチン、という音がなって

何もない空中から保護膜の貼られた

保温ジョッキが登場

レオンは手持ち部分を握り、それを受け取った。尚、支払いは自動換算である。


「……」


「……」


湯気の立っているフレイムスープをお互いが見つめ、そして同時に顔を向け合って


「飲むか?」


「飲めば?」


全く同時に言った。

なんだろう、このバカップル感

レオンはなんだかこそばゆくなって頭を掻きだした。


「じゃあ、飲むからな」


「うん」


このなんだか言葉にできないむず痒い思いを感じつつ、レオンはクレイラにジョッキを渡す。極寒でも消えることのない温かい湯気を初めて見つめる彼女は、なんだか子供みたいに目をキラキラさせた。


「それじゃあ、いただきま———」


いただきます。そう言い終える瞬間。

ピキりとグラスに亀裂が入り、間髪入れずに

割れて熱く白い液体が飛び散った。

レオンは即座に片手でクレイラの顔を守り、破片と火傷から彼女を救った。

無数に突き刺さった破片から、鮮血が飛び散り、中に高温のミルクが侵入していく。


「———っ!!」


一瞬震えた左手、冷たいものに高温の液体を注いだ音が聞こえ、レオンの表情は僅かに歪んだ。


「レ、レオン!?大丈夫!?」


「あぁ、俺は平気だ。

マグマの側に落とされた時に比べりゃ

どうってことない。怪我はないか?」


「うん、大丈夫だよ」


「よし……なら安心だ。

そのグラス、そこに置いておけよ?」


そういうレオンの顔は熱々の真っ白い液体がかかっていた。彼は自分の右腕でそれを拭い去り、割れた要因を出したであろう物を見据えた。


「隠潜蛇か……全く、高周波で威嚇とは粋なことをする。ミルク代のツケ、その肉で払ってもらうか」


雪に同化して透明でいるはずのその正体を即座に見破り、レオンは腰元に備えていたサバイバルナイフを二本同時に投擲した。


一つは頭部、もう一つは目と目の間にある心臓部だ。音もなく投げらたが故に、蛇は避けることもできずに死んだ。


あの個体種族は生命線を絶たれることでようやく全貌を現すようになっている。レオンは悪態を吐きながら、二本のナイフを引き抜き、そのまま捌き始める。


「クレイラ、大丈夫か?

高周波の影響は?」


「うん、平気だよ。ありがとう」


「何よりだ。よし、朝飯にしよう。

今日は蛇の蒲焼だ。

味は鶏肉に近くて、食感は豚の軟骨に近い。クセがなく脂肪分も少ないから貴重なタンパク源にもなる、それに、雪原地帯に生息するからそれなりに個体数もいる。だからまあ、飽きるまでは食える」


「いや、知ってるけど……」


「……そうだったな」


記憶を共有しているのをすっかり失念していたレオン。そして恥ずかしさを紛らわせるように乾いた薪を電子媒体から取り出して、ちょうどいい箇所に撒き始める。


「火は私が出すよ」


「……ライターがあるのか?」


「ううん、出せる気がするだけ」


そういうと、クレイラが立てた人差し指に小さな青い炎が灯った。

まるでマジシャンみたいに、何の躊躇いもなく出した。


「……クレイラ、マナ使いなのか?」


「そうみたい、ひとつだけじゃないみたいだけどね。」


「ほぉ……?」


「まあ、他は後でのお楽しみってことでひとつ……」


「ふふ、そうだな。飯にしようか。

あ、コイツの下半身は血抜きして干し肉にするぞ」


「わかった」


クレイラの身体構造や能力に非常に惹かれるが、まずは腹ごしらえだ。

腹が減っては戦はできぬと古き人は言ったという。そして、数時間後———


「ふぅ、食ったな。

腹八分目、眠くならない程度に満腹だ」


「ご馳走様〜」


二人は手を合わせて大地の恵みに感謝した。


「ふぅ、美味しかったね」


「あぁ、誰かと食事をするのがこんなにいいものなんだと、再認識したよ。」


「……え?」


「なんだ?」


きょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。

クレイラは少し頬を赤染めして下を向いたまま俯く。


「……クレイラ?」


「レオン、私ね……多分、人間じゃないかも知れないけど、もしかしたら、私が考えてる以上に歪な存在なのかも知れないけど……でも、もし許してくれるなら、これからもっと、一緒にいろんなことを知りたい。いろんな世界を、レオンと見て回りたい。いろんな人と出会って自分の人間としての性を培っていきたい。これって、我が儘……かな?」


「……君が人間であろうとなかろうと

君はクレイラという唯一の存在だ。

だから、夢を持つこと、興味を持つこと……それは君が得た感性だ。俺は、それを大切にしてほしいと思ってるし、俺自身も君のその考えを大事にしたいと思ってる」


レオンはクレイラの前に立ち上がって、俯くクレイラの顔を両手で自分の方へと向ける。


「ふぇっ!?」


顔全体を赤くしてしまうクレイラ。

その表情は、もはや思春期の少女そのものだ。これは、レオンから得たものでも、本から得たものでもない。彼女の中に芽生えた女性としての感情だった。


「それと、クレイラ……君は歪なんかじゃない。どこからどう見たって可愛い女の子だ自信を持っていい」


「か、可愛い……」


「あぁ、可愛い。

彼女にしたいくらいだ」


さらっと告白するレオン。

そういう皆の発言をするのも

初めてだったのだろう。

彼の頬も、ちょっとだけ赤かった。


「いや、でもほら、私は、その……

そういうの、わからなくて……」


「それはこれから二人で作っていけばいい、君のその夢と一緒にな」


「う、うん……!」


クレイラの頷きに、優しい笑顔を浮かべる。レオン、そして、ムクリと立ち上がり空を見上げた。


「暖まってきたな……」


「うん、暖いらなかったね……」


深々と降り積もる雪山の中で

二人の中で確かな情熱が火を灯し

燃え上がらせていった。

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